それは、偶然の再会だった。
「―――拓・・・か？」
突然掛けられた声に、拓は驚いて振り返った。
「・・・秀人・・・く・・・ん？」
目の前に居たのは、久しぶりに見る友の顔。
拓が憧れて止まなかった、唯一の『者』。
彼のようになりたかった。
誰よりも強く、拓に力の使い方と強さの有り方を教えてくれた彼のように・・・。
「元気だったかよ？」
問われて、拓の表情が緩む。
いつもいつも秀人の態度は変わらない。
つい昨日も会ったように、気軽に話しかけてくれる。
それが、何よりも嬉しくて・・・。
「うん。秀人くんも、変わらない・・・ね。」
笑って応える拓の笑顔に、秀人の表情も柔らかなものになった。

―――それは、本当に久しぶりの再会だった。
そして、何よりも嬉しい偶然だった。
初めて拓に強さを教えてくれた『友達』との時間は、拓にとって舞い上がるほどの【幸福な刻】だったのだ。
だから、拓は気付かなかった。
二人の再会を見ていた、別の視線があった事に・・・。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

金曜日の夜。
いつもの待ち合わせの場所に行くと、珍しく相手の方が早く来ていて・・・拓は目を丸くする。
約束の時間よりも、早く行く拓の方が待つ事が多いからだ。
「ごめん・・・待たせちゃった？」
「―――否・・・。」
珍しいなと思いながら拓が近付くと、相手は何かを言い掛けてから、ふと視線を逸らした。
―――一瞬の違和感。
「ひざ・・・き・・・くん？」
ふと、相手が酷く不機嫌な気がして、拓は恐る恐る声を掛ける。
チッと舌打ちしてから、緋咲は咥えていたタバコを捨て、足で踏み潰した。
「―――行くぞ。」
「う・・・うん。」
促されて、バックシートに座る。
いくら目立たない場所を待ち合わせにしてても、いつ誰に見つかるか分からないのだ。
【秘めた恋】だからこそ、気を付けなければならない。
―――尤も、“秘”めた恋と思っているのは拓だけで、周りの連中にはとっくにバレバレだったりするのだが・・・―――

走り始めた緋咲の背中に腕を回しながら、拓は誰にも見つかりませんように・・・と、願っていた。

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緋咲のマンションの部屋。
既に毎週のように通っているそこは、拓の住む街からは遠い。
横浜に住む拓と、横須賀に住む緋咲が・・・こんな関係になってしまう事自体、不思議な事だったが・・・今では当たり前のように会っている。
そして、逢えばそれが当然の様に・・・互いを確かめる為に肌を重ねるのだ。
一瞬、その“時”を思い出してしまい、拓はボッと頬を紅潮させた。
そうして、考えを追い払うように頭をブンブンと横に振る。
カチャッと音がして、ドアが開かれる。
シャワーを浴びてきた緋咲が、部屋に戻ってきたのだ。
ドキンッとしながら、拓はソファーの上でクッションを抱え込んだ。
いつもきっちりと固められている紫の髪が、崩れて前髪が垂れている。
毛先から雫が滴り落ちる。
頭からタオルを被っているのと、長い前髪で緋咲の表情は伺えなかったが・・・今日の緋咲はいつもと違う気がした。
いつも以上に口数が少ないのも気になる。
何か、嫌な事でもあったのだろうか？
チームの頭を張っている緋咲だから、拓の知らない所でケンカか争いがあったのかもしれない・・・。
見た目、激しい傷が無いから、精神的なものなのだろうが。
困った拓が、どう声を掛けようかと思案に暮れていると、冷蔵庫からビールを取り出して一気に煽った緋咲が、ドカッと拓の横に座り込んだ。
長い前髪を掻き揚げる仕草にドキドキしながら、拓は緋咲をこっそり見た。
同じ同性なのに・・・好きになってしまった【相手】。
最初は、確かに敵対していた筈なのに・・・何時の間にこんなに惹かれてしまったのだろう・・・。
「あ・・・ぼ・・・ボク・・・シャワー借りるね・・・」
ふと、向けられた視線の熱さに耐えられなくて、逃げようとした拓の手首を緋咲が捕まえる。
「―――何・・・？・・・いたっ・・・！」
無言で引き寄せられた拓は、体勢を崩してしまって、ソファーの手すりの硬い部分に身体をぶつけてしまう。
いきなり組み敷いた緋咲に文句を言おうと視線を上げた拓は、暗い翳りを秘めた強い視線とぶつかって、一瞬ゾクッとした。
その眼差しを、拓は以前見た事があった。
それは、まだ拓と緋咲の想いが重なっていなくて・・・拓が一方的に傷付けられたあの時の―――。
思い出してしまった恐怖に、拓の表情が凍り付く。
「・・・ぃやっ・・・！！」
口付けられそうになって、思わず拓の唇から拒絶の言葉が出てしまい、腕が緋咲の身体を押してしまった。
それは、恐怖から来る無意識の行動だった。
だが、その瞬間の緋咲の表情は、拓の想像を遙かに超えたものだった。
きつく寄せられた眉で、何かに耐えるような目線が、再び拓を捕らえた時・・・拓は己の取ってしまった行動の意味する大きさに気付いて愕然とした。
自分は一番してはいけない事をしてしまったのだ。
―――緋咲を拒絶し・・・傷付けてしまった・・・―――
そう気付いた時には、既に手遅れだった。
冷たい氷のように感情を失くした眼差しが、拓を捉えた。
「―――緋咲く・・・！！」
ゾクリと、背筋が凍る。
何が緋咲をこんなにも苛立たせているのか訳の理解らない拓は、言葉を失ってしまう。
噛み付くようにキスをされて、思わず身体が竦む。
逃れようと身じろいだ身体は、あの時のように、緋咲に押さえ込まれた。
歯列をこじ開けられ、濃厚な口付けをしながら、緋咲は荒々しく拓の衣服を剥ぎ取っていく。
乱暴とも言えるその行為は、拓の恐怖を煽るものでしかなく・・・拓の脳裏に悪夢が蘇る。
「―――やっ・・・止めてっ！」
何をされるのか理解らない不安から、拓の口から零れるのは悲鳴だけ。
それは、紛れもなく拒絶の言葉でしかなく。
それが、更に緋咲を追い詰めている事も、拓には理解らなくて―――。
「ひっ・・・！・・・あっ・・・ぐっ・・・」
十分に慣らされる前に貫かれた痛みは、身体を引き裂かれるかのような激痛を拓に齎しただけだった。
目の前が霞んで・・・拓の瞳からポロポロといく筋もの涙が零れ落ちる。
「・・・っくしょ・・・ぉ・・・」
低く苛立ったような声が、耳に届いた。
「―――お前は・・・――――――」
消え入りそうなその音が、意識に絡みついた時・・・拓は緋咲が誰に対して苛立っているのか理解ったような気がした。
そうして・・・この行為の訳も。
身体の痛み以上に、心が張り裂けそうで・・・拓は涙を零した。

どうすれば、理解して貰えるのだろう・・・。
どう言えば、この【心】は伝わるのだろう・・・。
答えは、ちゃんとある筈なのに―――。

言葉に出ないもどかしさ。
掠れていく視界を意識の中で、必死に伸ばした腕は――――届く前に力を失って落ちた。

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緋咲がその光景を見たのは、本当に偶然だった。
用事があって横浜まで来たので、足を伸ばして拓の顔でも見ようと思った矢先だった。
目当ての拓を見つけて声を掛けようとして・・・先を越されたのだ。
この世で一番嫌いな、“天敵”とも言える相手に、先を越された屈辱。
邪魔してやろうとした緋咲は、振り返った瞬間の拓の顔に、息を止めた。
秀人に魅せたその『笑顔』。
それは、緋咲に対しては、一度も見せた事のないものだったから。
純粋な、心からの【思慕】。
安心して全てを相手に委ねている―――絶対の“信頼”。
緋咲の心が凍りつく。
どんなに、どんなに追い払っても、頭から消えない憎悪の対象。
自分のプライドも拳も奪った男。
今、一番大事な【拓（モノ）】も、あの男のものだと見せ付けられたようで・・・。
ギュッと握り締めた拳が、ブルブルと奮える。
目の前の二人の間には、第三者が入り込めない雰囲気が漂っているようで・・・。
―――その瞬間、絶望だけが緋咲を支配した。

傷付けると、理解っていた。
でも、自分を止める事が出来なかった。
あの時と同じ・・・。
自分は結局、少しも変わっていなくて・・・ただ、傷付ける事しか出来なくて―――。

無理やり抱いた後で、腕の中でぐったりと気絶してしまった拓を見て、初めて緋咲は自分の行った行為に気付いた。
怒りに我を忘れて、一番やってはいけない事をしてしまったのだ。
相手を全く気付かずに、自分の欲望だけをぶつけたSEXは強姦と変わらない。
「―――何を・・・やってるんだっ・・・俺はっ・・・！！」
ガッと拳で壁を殴りつける。
もう二度と傷付けないと、誓った約束も壊してしまった。
秀人に対抗心を燃やして・・・勝手に嫉妬して・・・傷付けて。
―――一番酷い裏切り行為で・・・泣かせた。
大きく見開かれた瞳から零れ落ちた涙が、緋咲を責めていた。

理解っていた筈なのに・・・。
識っていた事なのに―――我慢できなかった。
無理やり肌を重ねても、心はどうにもならないのに。
自分には決して見せないだろう【表情（えがお）】。
それが、棘のように記憶に刺さって、ずっと緋咲を苦しめていた。

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薄暗い部屋の中。
ぽっかりと意識を取り戻した拓は、傍らにいつもならある筈の温もりが無くて、思わず探してしまった。
そうして、ぼんやりと昨夜の事を思い出して・・・。
「―――ひざき・・・く・・・っ！！」
ガバッと起き上がって、次の瞬間に全身を走った激痛に崩れ落ちそうになる。
何時の間にか運ばれたベッドの上で、掛けられていた布団を握り締めて、痛みを耐えて辺りを見回した拓は、何処にも緋咲の気配が無い事に気付いた。
独りなのだと、理解った途端に、目の前が霞んだ。
堪えても、盛り上がってくる涙を止める事が出来ない。
ポロポロと透明な雫を溢して・・・拓は顔を覆った。
すれ違ってしまった想いが、悲鳴を上げているようだった。