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ＳＥＸＹ ２ 〜ａｃｔ．４〜
ぼんやりと周りを見回しても、そこに土屋の姿はない。
同じように、相賀の姿もなくて・・・拓は諦めたように微笑った。
それが、相手の癇に触ってしまったのか・・・まず一発殴られた。
「テメーがいなきゃ、緋咲サンがあんな状態になんねぇんだよ・・・」
身体が吹き飛んでしまう程の威力だったが、痛みは感じられなかった。
そもそも、感覚自体が奇怪しくなっているのかもしれなかったが・・・。
それでも、前に緋咲に殴られた時の方が、よっぽど痛かったと思う側から、胸が苦しくなってしまう。
「・・消えちまえヨォ・・・チビが・・・」
倒れ込んだ拓に対して、容赦の無いケリが何発も入る。
それこそ、全身を蹴ったり踏みつけられたりしながら・・・拓はただされるままだった。
もう、何も考えるのが億劫だったのだ。
この街では、何を考えてもやがては緋咲に辿り着いてしまう。
そして、その度にあの光景が蘇ってしまうのだ。
いっその事、ボロボロにされて意識を失ってしまえば、この苦しみからも逃れられるかもしれない―――と。
徐々に薄れていく意識に、拓が身を委ねようとした時に、不意に衝撃が消えていた。
そうして、グイッと抱き上げられる感覚。
「・・・大丈夫かよ・・・？」
相手を確認しようと、開かない瞼に力を入れた拓は、微かに聞き取れた声に、安心したように意識を飛ばした。
緋咲ではない・・・。
それでも、その者は、拓にとって敵ではない。
この＜横須賀＞で、恐らく緋咲とは敵対していながら・・・拓にとっては大事な友達だから・・・。
つうっと一筋の涙を零して、気を失った拓を見て、その者はやり切れないような表情を浮かべた。
黒の特攻服の背中に刺繍されている文字は、『美麗』。
まだ結成されてから２か月も立っていないチームだったが、その力は横須賀でトップの『麓沙亜鵺』とも互角だった。
一色大珠・・・それが、彼の名前だった。
真里にやられた腹いせを、拓に対して行っていた者達は、全く想像もしていなかった者の乱入に、驚く間もなく叩きのめされたのだ。
勿論、大珠の怒りは怒髪天を突くの勢いだったのだから、命が残っただけマシだったかもしれない。
久しぶりの流しの後で、気分の良い所にいきなり"紫"を見つけてムカムカしたのも束の間・・・そいつ等がリンチを加えている相手を確認した途端に、大珠は爆発したのだった。
群がっていた奴等を全員地面に沈めてから、ピクリともしない小さな身体に、愕然として・・・。
思わず抱きしめた氷のような身体に、ゾクッと背筋に悪寒が走った。
また・・・自分は大切な"もの"を失ってしまうのかと・・・絶望に虜まれかけた瞬間に、血の気を失い紫色に変色してしまった拓の唇が小さく動く。
涙を零して気を失った拓の唇が、確かに自分を確認したのだと思った大珠は、その見た目以上に軽すぎる拓の身体を壊してしまわないように自分の上着を被せて、ソッと歩きだした。
一刻も早く、この冷えきった身体を温めて・・・傷の手当てをしないと、本当に拓を失ってしまうような気がして怖くて・・・。
それは、どんな相手と戦う事になっても恐怖を思わない大珠にとっては、不可思議な感情でもあった。
大事な単車をその場に置いていっても構わない程、大珠に取っては拓の方が大切だった。
それ程の・・・"相手"。
大珠が、ずっと探していた『龍神』が選んだ"答え"。
同じモノを探していた筈の大珠が、そんな拓に惹かれない筈もない。
そうして、いつしか『龍神』の引き出す"音色"以上に、拓を追い求めている自分に気付いて、苦笑したものだった。
大珠にとって拓は、世界中の全てを敵に回しても手に入れたい程の"存在"。
それは奇しくも、拓の側に居て、その存在に惹かれている者ならば、誰もが持つ"想い"だった。
力が強いという訳でなく・・・存在感が大きいという程でもない。
なのに、真っ直ぐな眼差しが・・・忘れられないのだ。
"魔性の"というには、余りにも純粋過ぎるその瞳の輝きに、虜まれてしまうと言っても過言ではない。
勿論、拓にそんなつもりは全くないのだろう。
横浜に遊びに行く度に、大珠はそう感じていた。
前に、敵だった筈の者たちが、当たり前のように拓を求めている光景を何度も確認して。
尤も・・・自分もその中の一人と言っても間違いではないのだが・・・。
その拓が、ボロボロの状態とは言え、自分の腕の中に"存在"するのだ。
不謹慎だったが、大珠は微笑った。
この降って沸いたような幸運が、何よりも嬉しくて。
「・・・拓ちゃん・・・何があっても、絶対・・・オレが助けるから・・・。」
それは、大珠の拓に対する誓いでもあった。
暖かな温もりの中で覚醒した拓は、ぼんやりとした意識の中で、気を失う前の状態を思い出した。
そうして、自分を包み込む温もりが何なのかを理解って愕然とする。
「・・・っ！！」
慌てて起き上がろうとした拓は、全身に走った激痛に悲鳴を上げかけた。
「―――拓ちゃんっ？！」
拓を包み込んでいた温もりが、慌てて拓を覗き込む。
それは、大珠だった。
痛みを堪えながら、自分が裸の大珠に抱かれていたのだと確認してしまった拓は真っ赤になってしまう。
「あ・・・っ・・・ボ・・・ボク・・・いたっ ・・・」
狼狽しながら、やはり裸の自分を隠そうと動こうとした途端にまた激痛が走って拓はシーツに沈む。
そんな拓の様子が余りにも可笑しくて、大珠は思わずプッと吹き出してしまった。
「今更隠したって・・・もう遅ぇって・・・」
クックッと笑う大珠に、拓はザッと青ざめた。
まさか意識のないままに、自分は・・・。
「大丈夫だって・・・オレ、意識のない人間を襲う趣味はネェからよ・・・。」
動けない拓の代わりに、はだけた毛布をかけてくれた大珠は、脱ぎ捨ててあったズボンを履きながらそう告げる。
「・・・冷えきった人間を温めるには、人肌が一番良いんだゼ・・・知らなかった？」
拓が相手でなかったら、絶対しない癖に、そんな事はおくびにも出さずに大珠は続けた。
途端に、ホッとするような拓の様子に、少しだけ苦笑いしながら。
「―――だけど、拓ちゃん・・・寒いって擦り寄ってくっから・・・オレ、理性が、限界越えそうだったんだゼ。」
意識がない拓に、実はキスだけしてしまったのだが・・・無意識の内に、拓が応えたのが大珠はショックだった。
誰が相手なのか知らないが、拓の身体は確かにそういう行為を慣らされた者のようだったから。
目覚めた時の拓の驚き様を考えると、昨夜の事がまるで夢だったような気もしたが・・・。
「・・・そんな事っ？！」
真っ赤な顔のまま、泣きそうな表情となる拓に、大珠は少しだけ胸を傷める。
無意識の内に、そういう事をするというのは、意識よりも先に身体が覚えさせられたからだ。
つまり、誰かに無理やり犯された経験があるのだ。
そう、考えついた大珠は、一瞬"紫"の特攻服を思い出した。
だが、あの緋咲が拓に対してそんな行動を取るだけの理由が理解らなかった。
緋咲が動かないのなら、『麓沙亜鵺』も動かない筈だ。
ここ最近、『麓沙亜鵺』とかち合わない事も大珠は不思議だった。
駅前のロータリーに良くたむろっている姿は見かけるが、族がその証として周りに存在をアピールする筈の"集会"を少なくともこの３週間は見ていないのだ。
そうして、その"紫"に捕まっていた−−拓。
気になるのは、山々だったが・・・そんな事よりも拓と一緒に居られるこの時間を大切に過ごしたい。
自分のベットの中で、毛布にくるまっている愛しい者。
傷に触らないように、そっと包み込んで、大珠はクスッと微笑った。
「・・・今は、意識あるけど・・・拓ちゃんが、辛そうだから、手は出さないヨ○」
ゆっくりと囁くように呟くと、途端に包み込んだ拓がビクッと身じろいだ。
大珠を見上げる瞳が、不安に揺れる。
その瞳にドキドキしながら、大珠は幸福せそうに微笑んだ。
「クスリを飲んだら、もう少し眠ってた方が良い・・・次に起きて、大丈夫そうだったら、横浜まで送ってくから・・・。」
「大珠・・・くん・・・ボク・・・」
「バイクは？あいつ等に・・・？」
泣きそうな拓の表情に、浮かんだ疑問を口にすると、拓はゆっくりと首を横に降った。
更に悲しげな顔になった拓に、大珠は何となく胸が痛んでしまう。
「―――じゃあ、丁度良いか。オレのバイク取ってくるから・・・」
これ以上この場にいると、何だかヤバくなってしまいそうで、大珠はソッと毛布ごと拓を手放した。
ベットの脇に引っかけておいたシャツを、刺青の素肌の上に羽織る。
「ここは、オレの部屋だから・・・誰も入ってはこないよ・・・オヤスミ・・・拓ちゃん。」
ニッと笑ってそう言葉を残すと、大珠はパタンとドアを開けて出ていってしまった。
一人残された部屋の中で、拓はどうする事もできなくて・・・ゆっくりと身体の向きを変えて、楽な姿勢を取るとそのまま毛布の温もりに頬を擦り寄せた。
冷静になって見ると、身体のあちらこちらに包帯や絆創膏で手当てしたあとがあって、拓は少しだけ自嘲気味に苦笑した。
もしも、あの時に大珠が助けてくれなければ、自分は今頃どうなっていたのか・・・。
考えようとすると頭が痛くなってしまったので、拓はゆっくりと瞳を閉じた。
その瞬間に瞼の裏に浮かんだシルエットが、泣きたくなるくらい辛かった。
その頃、横須賀の駅前では、一騒動が起きていた。
１０日前と同じように、赤い特攻服の奴が『麓沙亜鵺』の集まりの中に突っ込んで来たのだ。
おまけに、今度は一人ではなく・・・二人で。
もう一人の者は、赤い特攻服ではなく・・・もっと異彩を放つ人物だった。
銀の髪に褐色の肌。
一年程前までは、この街の族や不良達の間で、その名を知らぬ者は誰もいないだろうとまで"伝説"となっている『龍神』。
その"緋"い瞳に捕らわれた者は、全て血の海に沈むとまで伝えられている−天羽セロニアス時貞−。
そんな者が何故『爆音小僧』の"頭"である真里と一緒に行動しているのか不思議に思う間もなく、二人はその場に現れた。
「――だからァ・・・緋咲出せよっ・・ってんだろ？！」
倒れた相手の胸ぐらを掴んで、揺さぶる真里に、まどろっこしぃと言う風に、時貞は懐から銀のナイフを取り出した。
「切り刻まれたくなかったら、言えヨ。」
ボソリと呟く時貞の底冷えするようなセリフに、ナイフを突きつけられた者は余りの恐怖に気絶してしまった。
「ちっ、根性ないネー？！」
掴んでいた胸ぐらを離して、気を失ってしまった奴をさっさと地面に捨てると真里は、別の奴に矛先を向けた。
「・・・拓ちゃん・・・」
ボソリと告げる時貞は、とっくにこの状態に飽きてた。
時貞にとって見れば、拓に会いたくてただそれだけの為に走っていたのに、結局何処にも拓は居なくて・・・。
同じように探していた真里にばったり出くわして、何か訳ありのようなその様子に、ついて行けば拓と会えると思っていたのに。
なのに、横須賀に来て、こんな場所で喧嘩をしている。
「アモーも、何とか言えヨ？！こいつらが緋咲の居場所を吐かないと、拓ちゃんに会えないんだゾッ！」
「メンドくせェ・・・」
「―――だったら、良いヨッ？！オレ一人でも、拓ちゃん連れ戻すっ？！」
テメーは帰れとでも言いたそうな真里に、時貞はやれやれと言った風に肩を竦めた。
「緋咲の家なら、オレが知ってる。」
「はぁ？！」
「拓ちゃん、緋咲んトコ居るのか？」
「・・・あっ・・・多分・・・・」
「ふーーーん・・・」
理解ったとばかりに、時貞は自分の単車に跨がり直す。
"龍神"の愛車＜ルシファーズハンマー＞のエンジンが吠える。
ハッと気付いた真里も、素早く自分の単車に飛び乗る。
そうして、その場にはまるで興味を失ったかのように、あっと言う間に二台の単車はドップラー音だけを残して走り去ってしまった。
後に残されたのは呆然としている一般人と、死屍累々のようになっている"紫"の特攻服だけであった。
「何で、もっと早く教えてくんないんだよォ？」
少し拗ねた口調で、真里が時貞に尋ねる。
「聞かなかっただろ・・・」
ボソリと告げる時貞も、他人には全く興味を持たない人種である。
たった一人・・・そう、時貞が"唯一"と認めた拓以外は・・・。
「そーいやぁ・・・オマエ、アイツと"ダチ"なんだって？知っててもヘンじゃねーけど・・・天羽が"紹介"したんじゃないよ・・・ネェ？」
「んな、勿体ネェ事はしネー・・・」
「そうだよナー・・・」
物凄いスピードで走りながら、会話が出来るのだから凄いものである。
そんな事を話している内に、二人は緋咲のマンションの下まで辿り着いていた。
「ここだ。」
「へぇー、良いトコ住んでんじゃんか・・・」
時貞の後に続いて駐車場に向かおうとした真里は、前からバイクが出てくるのを確認した。
そのバイクは二人の横を通りすぎる事なく止まった。
「セロニアス・・・？」
不思議そうな表情で告げる次の瞬間、緋咲は後ろにいた真里に気付いて顔を強張らせた。
「・・・どう言う事だ？」
「―――拓ちゃんっ！！」
訝しげな顔をする緋咲の台詞を聞く前に、真里はさっさと単車から下りて、その後ろに乗っている人物に抱きつこうとした。
「きゃっ！！」
「あれ？！」
そうして、その者が拓ではない事に気付く。
素早く動いた緋咲の腕が、一瞬気を削がれた真里を吹き飛ばした。
「鮎川？」
時貞の問い掛けに、頭を降りながらムクリと起き上がった真里は、黙ったままでまた単車に跨がった。
「――悪かった。テメエと拓ちゃんは、もう関係ネーみてェだ。」
「どう言う事だ？」
「・・・行こう、アモー。」
「鮎川？」
「ここには、拓ちゃんは居ない。―――だから、早く拓ちゃんを見つけないと・・・」
「理解った。」
緋咲の問い掛けを無視して、時貞に告げる真里に、時貞は頷いた。
そうして、時貞は麗笑を浮かべて・・・。
「昨夜は、その"女"と一緒だったのか？」
嘲るようなその口調に、緋咲はカッとなった。
「セロニアスッ？！」
「・・・これからの事は"許"さネーって言ったよなァ・・・緋咲ィ・・・また拓ちゃん傷付ける気か？それとも、諦めたのか？！」
"龍神"の怒りを顕す真紅の"緋"い瞳が、ギラギラと光って緋咲を捕らえた。
「"天羽"？」
一変した状況に驚いたのは真里だった。
拓は、二人は"友達"だと言ったのだ。
だから、ここで緋咲と喧嘩して時貞の怒りを買うよりも、拓を探しにいく事を選んだというのに・・・真里以上に怒っている時貞の様子に目を丸くする。
今にも喧嘩が始まってしまいそうな険悪なムードだったが、それを破ったのは、緋咲のバックシートに座っていた女性だった。
「カオルくん？お取り込み中みたいだし・・・私、ここからタクシーで帰るわ。」
スッと緋咲の後ろからおりると、そのままヘルメットを外す。
途端に、綺麗な黒髪がサラリと流れて背中まで届く。
「あ・・・あぁ・・・悪ィ。」
「あら、全然気にしなくても、良いのよ♪それより、今度は、その拓さんをキチンと紹介してネ☆」
ニッコリと艶やかに微笑うその女性に、真里も時貞も度肝を抜かれてしまう。
何という肝が座っていると言うか・・・大胆と言うか・・・。
言葉を無くしている三人を尻目に、その"女性"は走ってきたタクシーをさっさと捕まえて乗り込むと、そのまま立ち去ってしまった。
「――それで・・・」
気を取り直して問いかけようとした緋咲は、途端に胸ポケットの中に入れておいた携帯が震えた事に気付いた。
ポケットから取り出した通話のボタンを押すと、相手は土屋だった。
土屋と相賀は、昨夜に路上でボロボロにされていたメンバーに、誰にやられたのかを病院まで聞きに行っていたので、ロータリーにはいなかったのだった。
「何だとっ？！」
掛かってきた相手からの言葉を聞いていた緋咲の表情が、突然に強張る。
「分かった・・・直ぐに行く。」
そう短く告げると、緋咲は携帯のスイッチを切った。
そうして、真里と時貞に向き直った。
「拓を、探してやがんのか？」
確認するように告げる緋咲に、真里も何かが掴めたのだと理解って、慌てて首を縦に降って見せる。
「―――そうだよっ！昨日の晩から行方不明なんだ・・・だから、オレはてっきりオマエのトコに行ったんだと思って・・・だから・・・」
悔しそうに告げる真里に、緋咲はますます真剣な顔つきとなった。
「鮎川・・・テメーがこの前に来た所為で、ウチの奴等が切れて、あいつをボコりにしたらしい。」
「・・・何だ・・・と？」
「それで、拓ちゃんはっ？！」
苦虫を噛みつぶしたような口調で告げる緋咲の言葉に、時貞は怒りを顕し、真里は青ざめた。
「―――ボロボロになった内の連中が見つかった時には、拓は何処にもいなくて・・・代わりに一台のバイクが残っていた・・・と。」
ギュッと拳を握り締めて説明する緋咲だとて、怒りは最高潮に達しようとしていた。
「誰のっ？！」
「―――ＲＤ４００・・・この横須賀で乗ってる奴と言えば、一色大珠・・・あいつだけだ。」
ギリッと歯ぎしりするような緋咲の口調に、時貞は相手が誰だか理解って、口端を持ち上げた。
「――あいつか・・・。」
「知ってんの？！天羽・・・」
「あぁ・・・一度、拓ちゃんに会わされた。ナンか、オレの"音色"をずっと探してた奴って・・・」
驚いて尋ねる真里に、時貞はその時の事を思い出すように瞳を閉じた。
「ふーーん・・・拓ちゃん、オレに内緒でいろんな奴と会ってんだなァ・・・」
「『外道』の秀人を"親友"だって言ってたゾ。」
「―――そういや、"ヒロ"や"キヨシ"ともトモダチらしいナ。」
ボソリと呟いた真里に、畳みかけるように緋咲が告げ、更に思い出したように時貞が続けた。
そうして、三人揃って顔を見合わせ、嫌そうに逸らす。
「・・・なんだってまァ・・・。」
「厄介な奴ばかり・・・・」
「――流石、拓ちゃん・・・♪」
三人三様、考え方は色々あるらしい。
このままでいても埒があかないと思った緋咲が、エンジンをかける。
キック一発で飛び出した筈なのに、気付けば同じ速度で二人が追ってきていて・・・。
いつの間にか、恐ろしい組み合わせとなっていた。
最強・無敵の３人組は、横須賀の街に恐怖と恐慌を撒き散らしながら、疾駆し続けた。
大珠が自分の単車を取り戻してから、戻って来たのは一時間後だった。
それから、返り血のついた服を脱いでシャワーを浴びてから、部屋に戻った。
大珠が戻ってきた事も知らず、拓は眠りの中に居るようだった。
少し泣いたのか、涙の跡がついていて、大珠はキュッと心臓を掴まれたような気がした。
拓の寝顔を見ていると、嬉しくて安心して・・・優しい気分にもなれる気がする。
強くなりたくて・・・自分を変えたくて・・・刺青を彫った。
それだけでは足りなくて・・・"クスリ"にまで手を出して・・・身体を極限まで追い詰めて・・・。
そうすれば、"ナニ"かが変わるかと思っていた。
変わってほしいと"願"ってもいた。
なのに、日常は更に時の砂のように、サラサラと流れて逝くだけで・・・自分の"存在"が掴めない。
全てを拒絶して、全てを受け入れて・・・感覚さえ失いかけた時に、与えられたのは、温もり。
意識を失った自分を、小さな身体で背負い・・・必死に運ぼうとしていた拓の・・・暖かさ。
思えば、"クスリ"を使っている時は絶対にノイズだらけの視界に、突然に拓だけがクリアーに映った時から、"運命"の歯車は動き初めていたのかもしれない。
ベットの端に腰掛けて、大珠は拓の寝顔を愛しい者を見るように優しい眼差しで見つめた。
「・・・咲・・・ク・・・」
赤く艶やかに戻った拓の唇から、零れた呟きに、大珠は一瞬、自分の耳を疑ってしまう。
「・・・ヒザキ？」
「・・・どこ・・・？」
うわ言のように続けられた吐息に、大珠は焦る。
「・・・拓ちゃん？」
無意識に手を上げて、何かを掴もうとしている拓に、大珠は自分の手を重ねた。
途端に、安心したようにフンワリと微笑を浮かべて・・・深い眠りに入った拓に、大珠はギリッと唇を噛んだ。
拓の相手が誰なのか、理解ってしまったからだ。
この横須賀で、最大の敵である『麓沙亜鵺』の"頭"。
横須賀の族の中で、その名を知らぬ者はいないと言われる程の"強者"。
そいつを求めて拓はこの街に来たのだろうし・・・こんなにも傷ついているのだ。
やり切れない怒りが全身を駆け巡る。
「―――緋咲ィ・・・」
ライバルの名を、深く心に刻みつけるように、大珠は低く呟いた。
拓が完全に眠りから覚めて、意識がはっきりしたのは、夕暮れ時になってからだった。
「色々と迷惑かけちゃって・・・ごめん・・・」
「何、言ってんだよ？拓ちゃん・・・ダチが困ってたら、助けるのが当たり前じゃんか。」
少し困ったように告げる拓に、大珠は破顔した。
「身体の方は、大丈夫かよ？」
「うん・・・まだちょっと痛むとこもあるけど・・・でも、ちゃんと手当てしてもらえたから・・・」
ニコッと微笑う拓に、大珠は安心した。
「どうする？横浜まで送ってくか？」
「うん・・・でも、マー坊くんとかに見つかると、大変になっちゃうかもしれないから・・・昨日と同じに電車で帰るよ。」
「別に、言いたい奴には、言わせとけば良い。喩え、＜横須賀＞と＜横浜＞だって、ダチはダチだろ？俺は、拓ちゃんの事を大事な奴だと思ってるヨ。」
「大珠くん・・・」
真面目な顔で告げる大珠に、拓は嬉しくて胸が一杯になってしまう。
"彼"も同じように思ってくれたなら、どんなに良かったか・・・。
だが、もう拓は緋咲の側にいく事はできないのだ。
既に、あんなにも綺麗な"人"が居るのだから。
「――拓ちゃん？」
ポロッと零れた涙に、驚いた大珠が問いかけるが、拓は慌ててそれを拭って首を横に降った。
「なんか・・・昨日から変なんだ・・・涙腺壊れちゃったのかナ？」
泣き笑いの表情で告げる拓が、余りにも切なくて、大珠は思わずギュッと抱きしめてしまった。
「大珠くんっ？！」
「・・・なんか、・・・拓ちゃんが泣くと俺まで苦しくなっちゃうから・・・」
両腕で抱きしめて、すっぽりと納まってしまう拓の、見た目よりもずっとサラサラで柔らかな髪に唇を寄せて、大珠は苦しげに"想い"を告げる。
「―――拓ちゃんが、笑顔になれるまで、俺が慰めてやるよ・・・。」
抱擁の暖かさと、掛けられる優しい言葉に、拓は嬉しくもあり悲しくもあった。
大珠の気持ちはとても嬉しいのだが、それでもこの腕は拓の求めている者のものではないから。
不器用で、優しくなくて、突然で・・・でも、力強くて拓の不安も"想い"も何もかも、包み込んでしまうような激しい抱擁を与える腕ではない。
どうしても比べてしまう自分が、とても哀しかった。
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