ＳＥＸＹ　２　〜ａｃｔ．３〜


　緋咲から連絡がこなくなって、２週間。
　真里に緋咲の事をばれてしまい・・・更に、緋咲に会いに行ったらしい、真里が、ケリを付けてきたと拓に告げてから１０日が立っていた。
　まさかと思いながら待っていた先週の金曜の電話はなく・・・今夜も、鳴らない電話の前で、拓は途方に暮れてしまっていた。
　おまけに、今夜はもうすぐ真里が直々にお迎えにきてしまうので、『爆音小僧』の"集会"に行かなくてはならないのだ。
　緋咲にちゃんと説明したいと思っているのに、連絡の取りようもなくて・・・。
　いっそ自分から連絡しようと思った拓は、毎回緋咲からの誘いだったので、緋咲のマンションは知っていたが、自分が彼の電話番号さえ知らなかった事に、愕然とした。
　途端に沸き上がってしまうのは、どうしようもない程の・・・不安。
　＜横浜＞と＜横須賀＞という距離が、それ以上に拓と緋咲を離してしまう。
　元々、祝福されるような間柄ではない。
　それだけに、ずっと秘めていなければならない"関係"だったのに・・・。
　「・・・緋咲クン・・・。」
　電話の前でボソリと呟くその響きに、拓は胸が苦しくなった。
　三ヵ月前の自分だったら、絶対に信じられない程"想い"が一杯で、抱えきれない。
　溢れてしまいそうな心が、辛くて悲しくて、拓はポロリと涙を零した。
　「―――会いたい・・・」
　無意識の内に零れる言葉が、更に心を締めつける。
　真里と緋咲の間で、一体どんな"ケリ"がついたのか・・・。
　それを、真里に尋ねるだけの勇気がない自分が、拓は情けなかった。
　こんな状態で・・・どうしようもなく緋咲に惹かれているのに、それを隠して＜横浜＞に居る自分が嫌で。
　学校から帰ってからずっと電話の前で座り込んで待っていた拓は、とうとう我慢ができなくなった。
　連絡がとれないなら、方法はただ一つ。
　自分から、緋咲の住む＜横須賀＞に行くしかないのだ。　そう思ったら、途端にいても立ってもいられなくて・・・拓は自分の部屋に戻って上着を取る。
　そのままバイクのキーを手に取ろうとして、バイクで行くよりも電車で行動する方が見つかりにくいと考えて、貯金箱に変更した。　
　ただの−浅川拓−として、拓は緋咲の為に行動する事にしたのだった。



　ガタンゴトンと揺れてる列車の中。
　早くも拓は後悔し始めていた。
　勢い良く家を出てきたのは、良いものの・・・結局真里との約束を破ってしまった事や、緋咲の都合を考えていない事に気付いたからだ。
　緋咲から、連絡がこないというのは、何かの用があったからかも知れなくて・・・そんな所に拓が行ったら、緋咲に迷惑をかけてしまうかもしれない。
　そう考えて、拓は少しだけ身震いした。
　更に、嫌な事を想像して。
　もしも・・・もしも、真里との会話で拓に対して、怒っていたら・・・？
　そんな場所にノコノコと顔を出したら、一体どんな目に合わされるのか、理解ったものではない。
　それでも・・・この胸の痛みに比べたら・・・息苦しい程の"想い"に比べたら、まだマシなような気がして、拓はギュッと自分の胸を掴んだ。
　たった一目見るだけでも良い・・・。
　あの、紫のシルエットだけでも・・・。
　そうすれば、きっとこの不安も消えるだろう。
　きっと、消えてくれる筈・・・。
　そう願って、拓は身体を縮めて、座っている座席の温もりに意識を集中させた。



　拓が横須賀の駅に辿りついたのは、既に夜も遅くなってからだった。
　駅前ロータリーの前に、たむろっていた紫の特攻服の連中に、一瞬ドキッとしながら、拓は駅から下りてきた人込みに紛れ込むようにして、その集団の中に緋咲の姿がないかどうか伺った。
　だが、拓の期待も虚しく、その中に緋咲は居ない。
　代わりに、見つけた知り合いの姿に、ドキッとした。
　拓よりも、少しだけ大きいぐらいの金の髪の者を見た時に・・・。
　それは、いつも緋咲の側に居る親衛隊の相賀だった。
　その相賀が、どうやら、怪我をしているようなのだ。
　緋咲から、連絡がこなかったのは、まさか拓の知らない場所で乱闘してケガでもしたからかもしれないと考えて・・・あの緋咲に対してそれだけの事を行える相手を想像して怖くなってしまう。
　しかし・・・相手が真里なら、真里も無事ではない筈だと思い直して・・・別に怪我をしている様子ではなかった事を思い出して、ホッとする。
　それでも、苛立っているような相賀の姿に、拓はどうしようかと思案した。
　このまま、緋咲の事を待っている方が、会える確率は高い気もしたが・・・何だか、不味い気がしたのだ。
　遠回りに歩いて、そっと気付かれないようにロータリーから離れて・・・緋咲のマンションに向かおうとした拓は、道を曲がった途端にグイッと二の腕を掴まれて、ビクッと飛び上がった。
　『ヒッ・・・（Ｔ△Ｔ；）』
　そのまま、グッと口を押さえ込まれて、更に路地裏に連れ込まれてしまい、バタバタともがくが、強い力は全くビクともしなかった。
　「・・・おとなしくしろっ・・・別に取って喰うつもりじゃねェッ・・て・・・・」
　困ったような口調が耳に届いて、前に聞いた事のあるその声に、拓は漸くホッと全身の力を抜いた。
　「・・・えっと・・・土屋・・・くん？」
　口を抑えられていた手が外されて、相手を確認した拓は、呆然とした口調で告げる。
　「―――良くもまぁ・・・ノコノコと＜横須賀＞に来れるモンだな。」
　少し怒っているような土屋の口調に、拓はエッ？！という表情となった。
　「一週間前に、オマエんトコの"大将"が、大暴れして帰ってったばっかりだゾ・・・」
　煙草を吹かして言う土屋に、拓はザッと青冷めた。
　ならば、あの相賀の怪我は真里の所為だろう。
　「あの・・・その・・・・」
　しどろもどろに、何と言えば良いのか困ってしまった拓に対して、土屋は更に止めを刺した。
　「緋咲さんの立場も、ちっとは考えろ。」
　「―――あっ・・ゴメ・・・」
　瞬間的に、口を出た言葉は、謝りの言葉で・・・胸が詰まる。
　会いたいと"想"う事が、もう・・・二人の距離を作っていく・・・。
　「―――あの日から、緋咲さんもオレ等の前に顔を出してネェから・・・会うんなら、ちっとはチームの奴等にも、顔を出せって伝えといてくれ・・・。それと、緋咲さんに会いに来たんだろうけどヨ・・・暫くはウチの奴等に見つからないようにするんだな。」
　愕然としていた拓は、続けられた土屋の言葉に、目を丸くする。
　思いがけなかった台詞に、信じられなくて・・・思わず凝視してしまう。
　そんな拓に、土屋は照れたようにソッポを向くと、さっさと行くように拓に向かって手を振った。
　「・・・あっ・・・ありがとう・・・。」
　土屋の行動や言葉が、怒りからのものではなく、拓を気づかってのものだと理解った拓は、初めて嬉しそうな表情を浮かべて、ペコッと頭を下げて・・・走り始めた。


　駆けていくその後ろ姿を見ながら、土屋は『らしくねェナ、おい・・・・』と自嘲しながら、ロータリーに向かって歩きだした。



　駅から、緋咲のマンションまでは歩きで３０分程かかってしまったが、目的の場所につく頃には、拓の気持ちも決まっていた。
　喩え、真里たちに軽蔑されてしまったとしても・・・それでも、緋咲と会わないではいられない・・・と。
　はやる気持ちを抑えながら、マンションの下で緋咲の部屋を見上げた拓は、その部屋の主が不在な事に気付いた。
　電気のついていないその窓に、本当に不在かを確認しようと、地下の駐車場まで下りようとした拓は、遠くから聞こえてきたバイク音に、顔を輝かせた。
　それは、緋咲の乗るＦＸの音に間違いなかったからだ。
　徐々に近づいてくるその音に、ふと思いついた悪戯心で、いっその事驚かせようと思って拓は近くに止まっていた車の影に隠れて待っていた。
　だが、拓はそのままその場から、凍りついたように出れなくなってしまった。
　『・・・どうして・・・？』
　入口から地下に入ってきた緋咲のバイクの後ろに、誰かが乗っていたのだ。
　いつも拓が被っている予備のヘルメットの下から、黒くて長い髪が風に吹かれて・・・。
　一瞬、別人かと思った拓は、そのバイクがちゃんと目的の位置に止まって、薄暗いライトに照らされた時に、息が止まるかと思った。
　いつもと違い、正装の黒のタキシードにロングコートを着込んだ緋咲は、更にいつも立たせている髪を下ろして後ろで軽く結わいていたりして、まるでモデルが突然その場に現れたかのように恰好良かったのだ。
　そして、エスコートするようにバックシートから下ろした相手が、ヘルメットを外す。
　それは、目を見張る程の美人だった。
　緋咲よりは幾分大人びた・・・それでも、二人並ぶとまるでそのまま額縁にでも飾っておきたい程の組み合わせだった。
　「ふーん・・・ここが、カオルの・・・」
　綺麗な人の赤い唇から、その名が零れ落ちた途端に、拓はズキンと胸が痛んだ。
　「行くゾ。」
　バイクにシートを被せた緋咲は、少し照れたような口調で相手を促す。
　その場に拓がいる事も知らずに・・・。
　「あっ、待ってよ、カオルってば・・・」
　隣に追いついたその人は、悪戯っぽく微笑うと、そのまま緋咲の腕に自分の腕を絡ませた。
　「おいっ・・・」
　「いいじゃない・・・こんなに恰好良いんだから、今日ぐらいエスコートしてよ♪」
　ニコニコと笑って言う相手には、緋咲も勝てないようだった。
　「好きにしろ・・・」
　そうして・・・微笑う。
　いつも拓にするその表情で・・・。
　拓が強く惹かれたあのＳＥＸＹな微笑ではなかったけれど・・・それ以上に愛情の籠もったようなその表情。
　二人が歩き去る後ろ姿が霞んで、拓はその場にヘナヘナと膝をついてしまう。
　ポロポロと溢れ出る涙は、次から次へと流れてアスファルトに染みを作っていく。
　今、自分の目で見てしまった光景が、否定したくて、でも出来なくて・・・拓の全身を引き裂いた。
　「―――嘘・・・だ・・・」
　息苦しくて、呼吸さえ止まってしまいそうで・・・。
　いっその事、鼓動さえ凍りついてしまえば、こんなには苦しくないのだろうか・・・。
　どうしても、その場に居たくなくて・・・拓は力の入らない身体でフラフラと立ち上がると、駐車場を出た。
　止まらない涙のまま、マンションを見上げると、緋咲の部屋に灯りが見えた。
　あの中で、緋咲は綺麗な女の人と一緒に居るのだ。
　ほんの少し見たり聞いたりした中で、二人が非常に親しい間がらだと言う事も理解ってしまった。
　だからこそ、拓は苦しくて苦しくて仕方ない。
　「・・・嘘だよ・・・ネ・・・」
　誰に問いかけるでもない言葉に、返ってくるのは無言。
　どう言う事なのかと、緋咲に問い詰める程の勇気もなくて・・・拓は粉々に砕け散ってしまった"想い"を抱えてトボトボと歩きだした。
　春まではまだ遠く・・・身体を吹き抜ける風は、全てを凍りつかせそうな程寒い。
　そんな中を、拓は魂の脱け殻のような状態で歩いていて・・・急いで帰途についている仕事帰りの者の、不思議そうな視線を集めていた。
　この時間ではもう、駅に戻っても電車もなかったのだが、今の拓には、そんな事も気付かなかった。
　ただ、この街から一刻も早く・・・遠ざかりたかった。
　それだけが・・・その感情だけが、拓を動かしていた。
　緋咲に無理やり犯された時の心の傷が、ぱっくりと開いて・・・溢れ出ていくのは、"想い"だ。
　忘れない・・・と、拓は約束した。
　忘れないけど・・・恨まない・・・と。
　"想い"が通じ合って、包み込まれた温もりに癒されていた傷が、痛くて痛くて・・・。
　吹き晒すような風に、いつの間にか止まった涙が乾く頃・・・拓は紫の特攻服に捕まっていた。

　　

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