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ＳＥＸＹ ２ 〜ａｃｔ．１〜
金曜日の夜・・・別名"スペシャルナイト"。
赤い特攻服に身を包んだ、小柄な少年が町中を疾駆していく。
愛車のご機嫌も麗しく・・・鼻唄さえ歌ってしまいそうな程、楽しそうに走り続けていた彼の金髪が、風に吹かれて舞っている。
特攻服の背中に刺繍された文字は、『爆音小僧』。
現在の横浜で、最速を誇るチームである。
彼は、そのチームの"頭"でもあった。
名は、鮎川真里。
彼は、何方かと言うと"爆発小僧"というネーミングがぴったりな性格をしていた。
普段は、滅多な事では怒らなく、明るくて取っつきやすいイメージの真里であったが、一端ブチ切れると、全く持って始末に終えないタイプだったりするのだ。
小柄な身体の何処にそんな力が秘められているのかと言うほど、見かけと全く違う"強さ"を持っているので、ある意味で非常に"無敵"な人物であった。
"集会"の場所に行く前に、いつものコンビニに寄って、大好物のアイスを買おうと、店の前の駐車場に単車を止めた真里は、道路を隔てた向こう側で、信号待ちの単車に意識を取られた。
完全に改造っているだろうその単車の排気音に、惹きつけられた後、その持ち主を見て、目を見開く。
対向車のライトに照らされた紫の髪・・・そんな色の持ち主は、真里の知っている中では、一人しかいない。
横須賀の者でありながら、ちょくちょく横浜まで出てきて、"厄介事"を撒き散らしていく奴だ。
真里のチームの者たちも、巻き込まれた事があるので、もしも見かけたら、返り討ちにしてやろうとずっと思っていた相手でもあった。
「・・・えっ？！」
追いかけようと思って、自分の単車に跨がろうとした真里は、信号が変わったので走りだしてしまった相手が、後ろに誰かを乗せている事に気付いた。
そうして、その姿を確認した途端に、更に大きく瞳を見開いてしまう。
「・・・まさ・・・か・・・」
呆然とした呟きが、真里の口元から零れ落ちる。
真里よりも更に小柄な身体。
遠いし、夜なので確認はできないが・・・それでも、真里がその人物を見間違える筈がないのだ。
「―――拓・・・ちゃん・・？」
口にしてしまった呟きは、取り消す事は不可能だった。
―――横浜の街に新たな嵐の波紋が広がり始めた。
「どうした？」
目の前の拓をそっと伺いながら、緋咲は問いかける。
「えっ？！べっ・・・別に・・・・」
そう答えながら、拓の心の中では、例えようのない不安が渦巻いていたりする。
何故なら、今夜は"スペシャルナイト"。
金曜の夜は、街中を疾駆しているチームの数が、増える夜なのだ。
そんな日に、こんな風に一緒にいる所を誰かに見つかったらと思うと・・・気が気ではなかった。
「俺と一緒にいるのは、嫌か？」
ボソリと呟く緋咲の言葉に、拓はすぐさま首を横に振って見せた。
拓にしても、普段は中々会う事のできない緋咲と会えるのは、大切な時間なのだ。
だからこそ、の不安なのに緋咲は気付かない。
「そんな事ないけど・・・誰かに見つかったら・・・」
「大丈夫だろ・・・"外道"は今夜は峠流しの筈だし・・・セロニアスは、こんなウルセー夜は走ったりしネェ。それとも他に、誰か居んのかよ？」
街外れのコンビニの駐車場で一服する為に止まった緋咲だったが、拓の言葉に確認するように辺りを見回す。
「う・・・ぅん・・・今夜は・・・皆も走るって・・・実は誘われてて・・・でも、用事があるからって・・・断ってて・・・ボク・・・」
段々と声が小さくなっていく拓に、緋咲の眉が寄っていく。
拓の言う皆という単語に、ピクッと反応したのだ。
「"爆音"の鮎川か？」
「前に・・・その・・・後ろに乗っけてもらった事あって・・・だから・・・」
しどろもどろに告げる拓に、緋咲は更に額の血管がピクピクと動くのを止められなかった。
拓は拓で、怒られるかとますます縮こまっていく。
「ほぅ？！・・・オレの単車に乗るのは最初あんなに嫌がったくせに・・・」
刺だらけの緋咲の言葉に、拓はビクッと身を震わせた。
それでも、仕方がないのだ。
あの頃はまだ緋咲の事がよく理解らなくて、どうして自分に対して側に近づいてくるのか全く謎で・・・。
更に緋咲のバイクは、拓が憧れている"親友"の秀人と色違いなだけで・・・その秀人と対立している緋咲の後ろに乗るのは、秀人を裏切るような気がしてとても嫌だったから・・・。
「・・・ゴメンナサ・・・」
ウルッと目尻が濡れてくる拓に、緋咲は心の中で舌打ちする。
別に拓を追い詰める為に言ったわけではない言葉も、純粋な拓は全て受け止めてしまうから。
尤も、そういう行動を緋咲がとったからだと、言い返す程の性格だったら、今頃こんな風に一緒にいられる事はなかっただろう。
だからこそ・・・緋咲の負けなのだ。
「しょうがねェよ・・・ナ・・・」
そうして素早く周りを見回して、誰も居ないのを確認してから・・・緋咲はグイッと拓の二回り小柄な身体を引き寄せた。
「緋咲ク・・ン？」
途端に真っ赤になる拓に、クッと笑みを浮かべると緋咲は彼独特の笑みを浮かべる。
拓の意識を捕らえて離さない―――会心の『笑み』。
"ＳＥＸＹ"という形容詞がぴったりくるような微笑。
ボーッと見惚れてしまった拓の目尻に口づけすると、そのまま耳許に囁く。
「今なら、キスしても後ろに乗るよな・・・」
「・・・いじわる・・・・」
そう少し悪戯っぽく呟いた後で、拓の唇は緋咲に奪い取られていた。
外のチームは全て"敵"だと公言して憚らない緋咲は、＜横須賀＞最強の族である『麓沙亜鵺』の１１代目の"頭"でもあった。
紫の髪に、紫の特攻服。
顔の中央を横切る傷痕までも印象的な緋咲は、実は＜横浜＞が大嫌いだった。
"親友"と思っていた奴も・・・大事な"音"を紡ぎだす"拳"も・・・＜横浜＞に奪われた。
それでも、緋咲は地元の横須賀ではなく、いつも横浜を徘徊し続けた。
らいばる
悪夢の街に棲む・・・"強者共"を求めるが故に。
そうして、あの夜の・・・『運命』の出会い。
今までの彼ならば、まるで相手にしない筈の、拓と戦い・・・その無茶なまでの強い"想い"に強く捕らわれてしまったのだ。
絶対的な強さの差がある筈だった相手との、まさかの痛み分け・・・。
信じられなくて・・・腹が立って・・・頭の中が苛立ちと拓の姿しか無くなって・・・。
自分の"親友"を奪った街で出会い・・・自分の大事な"拳"を奪った秀人を"親友"と呼んだ拓は、緋咲にとって憎悪をぶつけるべき相手でもあった。
拓を陥れれば、それは、秀人に対する復讐にもなると思った緋咲は、拓を呼び出した。
それから・・・半ば脅すようにして側にまとわりついている内に・・・緋咲の憎悪は徐々に薄れていき・・・。
そうして、その気持ちを多い尽くすような不思議な"想い"が芽生えはじめた時に―――それは、砕け散った。
チームの仲間たちの反乱と・・・緋咲と拓の間に立ちふさがるような、"秀人"の存在。
忘れかけていた憎悪が蘇って、緋咲はその感情に虜まれてしまった。
拓を深く傷つけ・・・二人の関係を粉々に砕いて・・・なのに、傷ついたのは緋咲の"心"だった。
涙が出なかった分・・・緋咲の魂が悲鳴を上げていた。
その後で、まるで八つ当たりのように因縁の秀人が率いる"外道"と戦って・・・秀人の拓への"想い"も思い知らされる
目に見えない筈の絆を見せつけられたようで、緋咲は絶望を味わった。
認めたくなくて、散在足掻いてみても、結局その"絆"を引き裂く事はできなくて・・・。
その時初めて、緋咲はずっと自分が、拓にとっての"秀人"のような存在になりたかったのだ――と気付いた。
自分の事を純粋に"親友"だと、他の者に告げてくれる程の"絆"を交わせる存在が欲しかったのだ・・・と。
その夢が破れた夜に、緋咲は涙を零した。
それは、物心ついた後で緋咲が、初めて流した涙だったかもしれない。
人の裏切りや、欲望と憎悪に包まれて生きていた緋咲は、いつも孤独だったし、孤独でいなければならなかった。
頼れるものは己のみ。
小さな頃から、ずっとそう生きてきた緋咲が、初めて興味を持ったのは、ジュニアハイスクールで一緒だった天羽との"音"での語らいだった。
そうして、自分以上に他人に興味を持たない天羽が、まるで自分の半身のような気がしていたあの頃・・・。
だから、他の者が言うような馴れ合いはないけれど、二人は"親友"なのだ。
同じ傷を"共有"する者として。
なのに、天羽は緋咲の元から去った。
元々、根無し草のような性格の天羽だから、仕方のない事かもしれないが・・・その時の緋咲には、裏切られたとしか思えなかった。
天羽もずっと"ナニ"かを探していたのだと・・・再会した後で、気付かされたが・・・。
それも、最悪な方向で。
尤も、それは後々の話であるが・・・。
だが、緋咲がまるで自分の半身を見ているような気分だったのは、天羽の好みや行動パターンや生き様・・・執着の仕方が余りにも自分と似通っていた為なのは間違いようがなかった・・・。
"外道"の秀人とのタイマンの後日・・・絶望感とケガの所為で何をするのも億劫で、最初に拓を呼び出した溜まり場の喫茶店で、緋咲は何をするでもなくボーッと過ごしていた。
だが、チームのメンバーを全員追い出した筈の店の中に、誰かが入ってきたのだ。
苛立ちのまま、奥の部屋から店に出た途端に、視界の中に映った拓の姿を見て、緋咲は幻影かと思った。
息を飲み込んだ途端に、瞳を開いた拓の視線とぶつかって緋咲は心臓がドクンッと鳴った気がした。
戸惑いの心を抱えて、緋咲は拓に問いかけた。
あれ程、深く傷つけて、恐らく二度とこんな風に見合う事などないだろうと思っていただけに、衝撃で。
だが、そう思う側から、先日の秀人との戦いが、蘇ってきてしまう。
秀人の"親友"だと言い切る拓だからこそ。
だが苦々しい気持ちで、それを問いかけた緋咲に、帰ってきたのは、更に驚くべき言葉で・・・。
拓は緋咲のチームのメンバーが、自分を連れてきた・・・と、そう告げたのだ。
拓との事で、緋咲に対して不満を持ち、緋咲の言葉を無視して行動を起こした連中が。
そこまで・・・チームの連中に気付かれてしまう程、自分は無様な態度を取っていたのだという自覚が、緋咲の面を歪ませた。
それでも、緋咲の心は、拓を求めていた。
秀人とのタイマンで負傷した足を引きずりながら、側に近づこうとして・・・。
そうして、拓の口からもれた言葉が、緋咲の記憶を蘇らせてしまった。
拓と秀人との"絆"を砕こうとして、それが無駄な足掻きでしかなかった事を・・・その深い"想い"に打ちのめされた事を・・・。
なのに、拓に近づこうとしている自分が余りにも滑稽で、緋咲は歪んだ顔付きになった。
見苦しい"想い"を砕こうと、ワザと秀人の名を出して自分を追い詰めていく。
そうする事で、この"想い"を消滅させられるように。
それでも、拓の口からその名が零れ落ちると、どうしようもない程に苦しくて・・・。
想いを断ち切るようにして、背中を向いて決別の言葉を緋咲は紡いだ。
二度と会わない・・・それが緋咲の決意。
しかし、決着をつけたのは緋咲でしかなく・・・拓は緋咲の服を掴んで離さない。
カッと瞳を見開いた緋咲は唇を噛みしめて、拓にどういうつもりかを問いかけた。
それでも、拓からの返事はなく・・・掴まれた服が離される事もない。
いい加減に煮詰まった緋咲は、振り返って絶句した。
俯き加減のまま、拓がポロポロと大粒の涙を零して泣いていたのだ。
その姿に驚いた緋咲は、自分のセリフを思い出してみたが、どう考えても、こんな風に拓が泣くようなものではないような気がして困惑した。
一体、何が原因で、こんな風に泣いているのかが全く理解らないのだ。
その上、拓の瞳から涙が零れ落ちる度に、"想い"が沸き上がってきて、決意がグラグラと揺らいでしまう。
泣きたいんじゃないと言いながらも、涙が止まらない拓の姿に、緋咲はどうしようもなくなった。
どんなに嫌われても・・・憎まれても・・・軽蔑されても・・・馬鹿にされたとしても・・・。
どうしても、小さな"存在"をこの腕に抱き締めたいと、思ってしまうのだ。
そうして、突き上げる衝動のままに、緋咲は行動した。
直接、拓に拒絶されれば、きっと自分の"想い"も消えるだろう・・・と思って。
半ば自棄でした行動だったが、拓は身を震わせただけで、緋咲の腕の中から逃げなかった。
だから、緋咲は拓に自分の"想い"を伝えた。
決して言う事はないだろうと思っていた"言葉"を。
そうして拓は、その緋咲の"想い"を受け止めてから、真っ直ぐな眼差しで緋咲を見つめて"想い"を返した。
その言葉を聞いた瞬間から、緋咲の"想い"は更に深くなって・・・。
腕の中の拓に口付けて・・・。
その後、拓の耳許で自分の真実の"想い"を、意識のある拓に緋咲は伝えたのだ。
絶望の中で告げた呟きではなく・・・優しい気持ちのままで・・・。
自然と浮かんだ微笑は、拓の前だけで見せる緋咲の笑顔だった。
そうして、"想い"が通じ合った二人だったが、現実は厳しいものだった。
まず、ふたり住んでいる場所が離れているので、そう頻繁に会う事もできないのだ。
更に付き合い始めて知った、拓の周りの"凶悪さ"に、緋咲は目眩を覚えた程だった。
この場合、拓に自覚がないだけに、緋咲が苦労する事になった。
事実、拓の通っている高校が、横浜地区でも特に、その手の"荒くれ共"がうようよしている"乱校"だと知った途端に、愕然としたものだった。
よくもまぁ、そんな"所"で無事に過ごしているものだ・・・と思いながら、拓の話を聞く度に、冷や汗を止められない緋咲だった。
いっその事、横須賀に浚おうかとも思ったが、それでも自分にそれだけの力がない事を知っているので、止めた。
だからこそ、二人はなるべく横浜を避けて、半ば密会のような形で会う事にしているのに・・・。
それでも、拓に関しては常識の通じない連中ばかりがうようよしている事を、緋咲はまず天羽で知った。
天羽もまた、拓の事を"唯一"と認めていたので。
前に、街中で再会した数少ないダチの一人である平蔵と会った時に、何気なく聞いていた店の名前を思い出し、自分の"音色"を聞きたいと告げた拓の願いを叶える為に、連れて行ったその店で、天羽と再会した時の修羅場は、手の付けようがない程だった。
それでも、緋咲は拓を手放す事はできなかった。
喩え、全てを敵に回しても・・・。
生まれて初めて手に入れた・・・愛すべき"存在"。
自分の"想い"を受け止めて、それを同じ"想い"で返してくれた相手。
拓の存在だけが、緋咲に安らぎを与える。
それが理解っているからこそ・・・緋咲は拓を失えなかった。
先に、どんな困難が待ち受けていようとも・・・。
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