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ＳＥＸＹ −ａｃｔ．１〜３−
（ＡＣＴ．１）
約束は２時の筈だった。
拓もそのつもりで、それでも少し早く待ち合わせの場所に来たのだ。
それなのに・・・。
何故、そんな拓よりも早く"彼の者"がきているのだろうか・・・（Ｔ△Ｔ；）
どんなに混んだ場所でも、知らずに空間が出来てしまうような、強い存在感を持つ彼の側に近寄る者など存在しない。
触れれば、その鋭い眼光で、忽ち切り裂かれてしまいそうな程の脅威。
それは、彼が唯一友と呼んだ『彼の者』にも似ていて・・・そんな所がやはり似通った者同士なのだと、改めて認識させられてしまう。
その足元に散らばる吸殻の数の多さに、随分と前から待っていたのだという事を知って青くなる。
今、口にしているのは、一体何本目なのか・・・。
呼び出しの時刻は、間違っていない。
何しろ、電話が掛かってきて、断る隙もなく電話が切られてしまった状態で・・・拓だとて大急ぎできたのだから・・・怒られる事はないだろう―――そう思いたかった。
それでも、足が動かない。
心の何処かで近づきたくないという危険信号が鳴っている。
一体、どうしてこんな事になってしまったのか・・・。 最初に出会った時は、確かに敵同士だったのに。
夜の闇に映える紫の髪は、太陽の光りの下ではまた変わった雰囲気を醸し出している。
不意に突風が吹いて、俯き加減だった彼の前髪を靡かせた。
それを元に戻す為に、顔を上げたその眼差しに捕まってしまう。
一瞬、その顔に浮かんだ表情の穏やかさに、急に足元を掬われたような気がした。
近づいてくるその姿を、視界に捕らえたまま、動く事も侭ならない。
できる事なら、逃げ出してしまいたい。
何だか理解らない、不安が、全身を包み込む。
「・・・早かったな。」
前日に耳許で囁かれたような、柔らかな口調に、やはりあれは夢ではなかったのだと理解らされてしまう。
あの日も呼び出されて・・・そうして、拓はこの世の終わりのような体験をしてしまった。
タイマンを張るつもりで、覚悟を決めて呼び出しの場所に行った拓に、彼はとんでもない事を告げたのだ。
それが、嘘か本当かは、余り考えたくないが・・・とにかく、唇を奪われてしまった事には変わりない。
信じられないし・・・今だって信じたくないが。
余りの衝撃に、気を失うという失態を犯した拓は、更に怖い事に一晩彼と同じベットで眠ってしまったのだ。
否、意識がないのだから、この場合拓に選択権はなかったのだが・・・目が醒めた時のショックは、当分悪夢に魘されそうなものだった。
素肌の腕の中に、思わず自分が服を着ているかを確認して、安堵に涙が出そうになってしまった。
そうして、飛び込んできた彼の取り巻きの阿鼻叫喚を物ともせずに、宣った言葉は、拓にとって地獄の日々の始まりでもあった。
曰く、『こいつに手を出す奴は、オレを敵に回すと思え』である。
―――本当に信じたくない（Ｔ△Ｔ；）
だが、こんな風に、呼び出されて・・・一緒に歩いている自分が、一番信じられないかもしれない。
彼は、敵なのだ。
拓が、心底崇拝しきっている『秀人』の。
『外道』というチームの宿敵の『ライバル』であり、一触即発の天敵とも言える状態なのに。
拓はこうして彼と歩いている。
横須賀のチーム『麓沙亜鵺』のヘッドである、彼――緋咲薫――と。
まだ、春は遠い。
鎌倉も山の上の方は、雪が残っている。
拓の住む横浜ではなく、緋咲の名が通る横須賀ではなく・・・その中間が待ち合わせ場所だった。
先日に呼び出されたのはもっと東京に近い川崎だった。 こうして見ると、緋咲の行動範囲は随分と広いようだ。
駅前の茶店に入って、メニューを見る振りをしながら、拓は目の前の緋咲を伺い見た。
緋咲は椅子に悠々と座って、ポケットから出した『ＪＯＫＥＲ』を吸い出す。
「ご注文は？」
「えっ・・・あっ・・・」
オーダーを取りにきたウェイトレスの言葉に、拓はオタオタとしてしまう。
だが、そんな拓を、呆れる所か緋咲は口元に笑みさえ刻むのだ。
「まだ、決まらねーのか？」
「あっ・・・じゃあ・・・ミルクを・・・」
そこまで言ってから、拓はハッと気付いた。
確か最後に秀人と待ち合わせた喫茶店でも同じメニューを注文して、周りの連中に笑われたのだ。
案の定、斜向かいの席に座っていた者たちから、嘲笑うような声が聞こえたが、それを止めたのは緋咲の鋭い睨みだった。
「オレはコーヒー。後、クラブサンド。」
そうして、連中をびびらせた後で、何事もなかったかのように緋咲は自分の注文をしている。
そんな緋咲の態度に、一番驚いていたのは拓だった。
信じられない事だらけで、どれが本当の事なのか・・・すっかり理解らなくなってしまっているが、それでも緋咲が庇ってくれた事は拓の恐怖を少し和らげた。
徐々に緊張が薄れていく事を、拓は自分で感じ取っていた。
「ちょっと待ってろ。」
喫茶店を出て、すぐに、緋咲は拓にそう言い残して、歩いて行ってしまう。
その姿が、人込みの中に入り込んで見えなくなってから、拓は大きな溜め息を零した。
今日一日で、寿命が百年は縮まったような気がした。
あの緋咲と、こんな風にいられる事が、却って怖かったのだ。
逆に、気に入らないと殴ってくれた方が、どんなにマシな事か・・・。
まるで、針の筵ま上で、もがいているように焦れったくて。
あの夜の、夜叉のような表情を見せられただけに、穏やかな表情の裏に何かがあるのではと勘繰ってしまう。
そこまで考えて、拓は少しだけ胸が痛くなった。
自分はいつからこんなに疑い深くなってしまったのだろう。
特に、緋咲に関して、それは現れる。
絶えずそうしていなければならない、何かが拓の心に不安をかき立てるのだ。
拓は秀人を『マブダチ』だと思っている。
その『秀人』と敵対している『緋咲』。
怖くて仕方ないのに・・・引きずり込まれそうな何かが、拓の心を締め付ける。
それは、緋咲が時折見せる深い眼差しのせいかもしれない。
考え事をしていた拓は、いつの間にか自分が周りを囲まれている事に気付いていなかった。
「よぉっ！」
呼ばれて顔を上げて、初めてその状況に気付いて青冷める。
「こんな所で何やってんだ？」
「お金持ってたら、ちょっと貸してほしいなぁ。」
拓は外見は不良に近いが、それは秀人に近づきたくて真似をしているだけなので、イマイチ迫力がない。
だから、ちょくちょくこんな連中に目を付けられてしまうのだが、いつもは一緒にいる『爆音』の連中のお陰で難を逃れていたが・・・今日は逃げ場すら塞がれてしまっていた。
「あっ・・・あの・・・お金って・・・」
どうする事もできなくて、オドオドと拓が尋ねるが、その様子に相手は更に強気になってしまった。
「いいから有り金全部出せよっ！」
「痛い目に合いたくなかったら早くしろっ！」
ドスの効いた口調に、拓はますます困った表情となる。
こんな時、秀人に貰った手帳を・・・とおもいながら、会う相手が相手なだけに、家に置いてきてしまった事を思い出して涙が浮かぶ。
それでも、ここで逃げたら、秀人に会わせる顔がなくて、拓は精一杯の気力を振り絞って、相手をキッと睨み付けた。
「なんだよ・・・その目付きはよ。」
「やるってぇのか、おいっ！」
言葉と同時に、ドンッと怒突かれて、拓は後ろの壁に背中を打ち付けた。
「・・・っ・・・」
瞬間走った痛みに、眉を顰めるが、それでも相手を睨む事は止めない。
譬え、大人数にボロボロにされても、自分から逃げる事はしたくなかった。
「生意気な奴だぜ。」
「やっちまえっ！」
セリフと同時に拳が飛んで、拓は思わず身構えたが、殴られる衝撃はやってこなかった。
「"楽"しー事やってんな。」
殴りかかってきた奴の拳を、掴んだ緋咲が、ニヤッと笑っていた。
「何だ、てめーはっ！」
拓を庇うような恰好で、現れた緋咲に、連中が及び腰になった。
底知れない威圧感を感じ取ったのかもしれない。
それでも、不良としての意地が、彼らを駆り立てた。
「構わねぇ、やっちまえっ！！」
一人の言葉が引き金となり、その場は修羅場と化した。
「ふん・・・弱ぇ奴らに勝っても面白くねぇな。」
パンチ一発ずつで全員を沈めてしまった緋咲が、本当につまらなさそうに呟く。
拓はどうする事もできずにただつっ立って見ていただけだった。
自分が絡まれたのに、緋咲に助けられてしまった。
拓には緋咲が理解できなかった。
緋咲の真実が何処にあるのか・・・。
チリチリと胸を焦がす何かが、ずっと拓の意識を捕らえ続けていた。
―――拓の中で、緋咲に対する想いが、徐々に変化していくようだった。
（ａｃｔ．２）
「あっれー、拓ちゃーん♪」
ギクリッ（Ｔ△Ｔ；）
道を歩いていて、突然に降ってきた言葉に、拓はギクリと身を竦ませた。
恐る恐る振り返ると、想像通りの人物が、にこやかな顔で右手をブンブンと振っていた。
「・・・ま・・・『マー坊』くん・・・」
つい先程、別れを告げたばかりの同級生に、拓は困った笑顔を浮かべた。
これが、ただのクラスメイトなら、こんなに困りはしない。
何故か理解らないが、妙に拓を気に入ってくれているから始末に終えないのだ。
しかも、彼は横浜で１・２のスピードを誇る『爆音小僧』というチームのヘッドだったりする。
一体、いつからこんなに凄い人ばかりとお近づきになってしまうようになったのか・・・。
それは、ここ最近の拓の悩みでもあった。
いつもニコニコと明るくて気の良い『マー坊』くん―鮎川真里―は、そんな拓の気持ちも知らずに、軽やかな足取りで近づいてきた。
「こんなとこで会うなんて、すっげー偶然。オレ、これからアッちゃん家にいこーって思ってたんだけど、『拓』ちゃんも、行くぅ？」
底抜けに明るい笑顔で、問いかけられて・・・拓は"うっ（Ｔ△Ｔ；）"と詰まってしまう。
口に出しては言えないが、これから緋咲と会わなくてはならないのだ・・・。
だが、それを真里にばれれば、絶対に着いてきて、拓の手の付けようがない事態になってしまう事が目に見えているので・・・それだけは避けたいと願ってしまう拓なのであった。
「あっ・・・あの・・・ボク・・・ちょっと・・・（Ｔ△Ｔ；）」
断るには、理由が伝えられなくて・・・拓がちょっと困ったように告げると、それでも真里は笑顔を崩さないで、何かに気付いたように、にっこりと笑みを深くした。
「あっ、理解った♪誰かと約束してるんだ・・・この間の女の子？それとも別の・・・？拓ちゃんもやるなぁ☆」
ウリウリと肘でつつかれても、拓はただ乾いた笑いを浮かべる事しかできない。
「んじゃ、頑張ってねーー♪」
ケラケラと笑いながら、真里は信号が変わると同時に、また走って行ってしまう。
「・・・あっ、リョーちゃんには黙っててあげるからねぇーーー！！」
その後ろ姿に、ホッと肩で息を吐くと横断歩道を渡り切った所で真里が急に振り返ってそう叫んだ。
＜そんな事をわざわざ言わなくてもぉ・・・（Ｔ△Ｔ；）＞
それが、真里の表現の仕方なのだとは理解っていても、今一つ慣れない拓であった。
そうして、随分と時間が食ってしまった事に気付く。
＜急がなきゃ・・・（Ｔ△Ｔ；）＞
ショーウィンドウの中の時計で時間を確認してから、拓は慌てて走り始めた。
約束の場所まで・・・。
そこに、いつもの煙草をくわえた緋咲が待っている筈だった・・・。
横須賀の族の緋咲が・・・拓の為に今日は横浜まで出てきているのだ。
それでなくても、『麓沙亜鵺』の緋咲の名は、この横浜でも有名なので・・・その危険は計り知れない。
喩え、どんな事があっても動じるような人物ではないが・・・それでも少しでも争い事は避けたいから。
緋咲が横浜にくる理由が、拓に会いにくる為ならば・・・余計に拓には責任が重く伸しかかるのだ。
走って、漸く指定の場所まで辿り着いた拓は、その場で青冷めた。
何があったのか一目で理解るその現状に、思わずへたり込んでしまう。
＜・・・はぁーーーぁ・・・（Ｔ△Ｔ；）＞
声にならない溜め息が、拓の唇から零れる。
無残な屍を晒している連中の真ん中で、突っ立っていた緋咲が、拓の姿を見つけて近づいてくる。
「行くぞ。」
思わずビクリとしてしまう拓の腕を掴むと、そのまま緋咲は有無を言わさない強い力で引っ張った。
「乗れ。」
断言するような命令に、どうする事もできなくて・・・でもそれで"はいそーですか"と跨げる筈もない。
横須賀最強のチーム『麓沙亜鵺』の頭である緋咲の愛車は、色違いなだけで、秀人と同じバイクだったのだ。
『チェリーピンク』のＦＸ。
もし、これが『パールホワイト』であったなら、拓は戸惑う事なく乗っていただろう。
だが・・・。
「秀人の単車じゃなきゃ乗れねーか？」
不意に乾いた声が聞こえて、拓は心臓をギュッと掴まれたような衝撃を受けた。
思っていた事を見透かされたようで。
「ふん、図星・・・かよ。」
急に不機嫌になった緋咲に、拓はどうしても縮こまってしまう。
ますます自分の立場が悪くなると理解っていても、何と言えばよいのか理解らなくて・・・。
「乗れよっ！」
グイッと腕を引き寄せられて、低く耳許で脅される。
触れたら切れてしまいそうな緊迫した空気に、拓はキュッと唇を噛み締める。
＜どうしよう・・・＞
心の中では葛藤が拉ぎ合っていた。
緋咲の口から、秀人の名を聞いた途端に、拓の中にまた警戒心が生まれてしまったのだ。
そんな拓の様子に、緋咲は終には実力行使に出た。
拓の顎を掴むと、グイッと顔を近づける。
「乗らねぇと、ここでキスするぞ。」
はっきり言って、これ以上の脅しは、ないような気がする。
少し考えれば、あの緋咲が本気でそんな事をする訳がないと理解るのだが、一回そういう状況に追い込まれた拓には、ただそれをされるのが嫌なので、言う事を聞くしかなかった。
＜秀人くん、ごめんなさいっ（Ｔ△Ｔ；）＞
ここまできても、まだ律儀に秀人に謝ってしまうのが、拓であった。
「飛ばすぞ。」
慌てて拓が後ろに乗った途端に、緋咲はあの"ＳＥＸＹ"な笑みを浮かべた。
口元を軽く上げて・・・うっすらと瞳を細めるのだ。
後ろにいる拓には、その表情は見えなかった。
そんな事よりも、情け容赦ない緋咲の走り方に、必死でしがみつかなければ振り落とされてしまいそうでそれ処ではなかった。
夜の町を切り裂くようにスピードが風を作る。
横浜のネオン街が、凄い速さで滑るように後ろに流れていく。
秀人のように風に乗る走りではなく・・・真里のように風を操る走りでもない。
緋咲の走りは、全てを征服するような走りだった。
拓は、後ろに乗ってしまった事をひたすら後悔したが、やっぱりそれは後の祭りであった。
―――拓の気持ちとは裏腹に、ロードは何処までも続いていた・・・。
（ａｃｔ．３）
朝っぱらから、拓はぼんやりと道を歩いていた。
昨夜の恐怖のドライブで、心底疲れ果ててしまったのだった。
あれから、結局１０キロぐらい緋咲は走り続け・・・その間、ずっと拓は別のチームの誰とも会いませんように―――と祈り続けていた。
幸いな事に、厄介事には巻き込まれる事もなく、緋咲はベイブリッチを走る時だけスピードを落とした。
夜のライトアップしたベイブリッチの中を、緋咲はゆっくりと走って・・・その夜景を拓の視界に広がらせた。
そうして、橋を出た瞬間に、また暴走を始めて・・・結局ぐるりと一回りをして元の場所に戻ってきたのだった。 『じゃあな。』
そう言い残して・・・バイクの振動がまだ身体の中に残っている拓を降ろすと、緋咲はそのまま走り去って行ってしまった。
結局、何の為に呼び出されたのか・・・狐に包まれたようで、心がざわついて・・・。
―――眠れなかったのだ。
「―――・・・ッス！！『拓』ゥっ！！」
言葉と同時に、後ろからヌッと伸びてきた腕が首に絡まる。
グッと息が詰まった途端に、ネックブリーカーの体制に入っていた。
「・・・っ・・・くるしい・・・ょ・・・リョー・・・くん・・・」
それでも、それが十分手加減されているのだという事は拓も知っている。
もしも、本気を出されたら、拓の首などもう何度も折られている筈だから・・・。
だがしかし、教室に入る瞬間にやられるのはちょっと遠慮したいと思うのも事実だったりする。
まるでタイミングを図ったかのように、きっちりとチョッカイをかけてくるのだが、それも毎朝となると・・・意識してやっているとしか思えないのだ。
「あー、『拓』ちゃん、おはよぉーーー♪」
教室の真ん中で作られていた輪の中から、真里が笑い掛ける。
「・・・お・・・おはよう、『マー坊』くん。」
昨日の事がある拓はリョーの腕の中で苦笑を浮かべた。
「て・・・っめー、拓！オレに内緒で女の子と会ったってホントーかよっ！事と次第によっちゃ、許さねーっぞっ！！」
突然に思い出したようにリョーが叫んだ言葉に、拓は心臓を鷲掴みにされたような気がした。
「リョ・・・『リョー』くん・・・なんで・・・？」
拓は昨日確かに、リョーには内緒にするからと、真里が言った記憶があるのに、何故それをリョーが知っているというのか？
冷や汗をかきながら、チラリと真里を見ると・・・変わらない笑顔がペロリと舌を出した。
「ごっめーん、『拓』ちゃん・・・オレ、リョーちゃんには言わなかったけど・・・アッちゃんに言っちゃったんだ・・・で、口止めする前に・・・」
「―――オレが言っちまった・・・スマン、拓。」
そう言って、爆音小僧のまとめ役とも言える、特攻隊長の真嶋秋生は困った笑みを刻んだ。
「・・・違うだろ！大体、オレらに内緒にするっつうのが、ハラ立つじゃんよ。こいつはよぉ・・・」
口を尖らせて、リョーが拓の頭をこずく。
「自分に内緒ってぇのが、"特"に、だろ。」
「うるせぇぞっ、『タカノリ』ぃっ（Ｔ△Ｔ；）」
横から入ったチャチャに、カッと赤くなって、リョーは拓を解放して食ってかかっている。
ネックブリーカーをやっと外して貰った拓は、助かったとばかりにホッと胸を撫で下ろしていた。
「ところでよぉ・・・昨日・・・『居』た、らしいじゃん。」
「・・・誰よ？！」
「―――だからぁ、『横須賀』のぉ・・・」
「『麓沙亜鵺』・・・の？・・マジかよ？」
気が緩んだ途端に、自然に耳に入ってきた会話に、拓はギクリッと身を強張らせてしまう。
「『誰』？！だってぇーーー？！」
額にビキビキと青筋を立てて、笑顔を吹き飛ばしてしまった真里が、迫力のある顔で問いかける。
ざわついていた教室内が、一瞬で水を打ったように静まり返ってしまう。
「『マー坊』を怒らせない内に言っちまった方が良いぜ。」
幼馴染みとして真里の性格を昔から良く知っている秋生が、忠告する。
「あっ・・・だから、その・・・『麓沙亜鵺』の緋咲を・・・昨日、横浜で見かけたって・・・」
「そう、それで、ナンか誰かを後ろに乗せてたって・・・」
しどろもどろに答える連中の言葉に、どんどん血の気が引いていくような気がする。
まさか、あの場面を誰かに見られていたとは思いもしなかったのだ。
少し考えれば、あり得ない事ではないと言うのに。
「ふうぅぅぅぅん・・・"上等"じゃん。誰が詳しく知ってる？」
「―――オレらも良くは知らないんスよぉ（Ｔ△Ｔ；）」
「何でも、『九尾の猫』の奴がチョッカイかけて、逆にやられちまって・・・そいつらが、躍起になって探してるからって・・・」
真里の迫力に、半泣き状態で説明する。
教室の中の空気が、徐々に薄ら寒くなっていった。
「・・・『アッちゃん』、オレ、フケッから。」
「待てよ、『マー坊』。特攻隊長さんを置いてく気かよ？」
立ち上がった真里に、秋生がニヤリと笑う。
「『マー坊』、オレらもっ！」
リョーやカズも勢いこんで、言い切る。
「あいつにゃ『カ』りがあっから・・・」
いつもの柔らかな表情をきつくして、ジュンジが拳を握り締める。
そんな『爆音小僧』の幹部メンバーの様子に、拓は目眩さえ起こしそうになってしまった。
これで、その後ろに乗っていた者が自分だとばれたら・・・考えたくもないが、命がないような気がする（Ｔ△Ｔ；）
＜うわーーーん・・・どうしよぉ・・・＞
「―――『拓』ちゃんも気をつけなきゃ、駄目だよ。」
改めてマー坊に言われて、拓はびっくり眼となった。
「マー坊くん・・・何が・・・？」
「・・・オレが後ろに乗せたのって、拓ちゃんだけだから・・・逆に言えば、拓ちゃんを狙えばオレを貶める事ができるって事・・・。」
言い聞かせるように言われた言葉に、拓は頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。
それの意味する事を理解して。
そうして、ズキリと胸が痛む。
ならば・・・緋咲が近づいてきた本当の理由は・・・。
考えれば考える程、息が苦しくなっていく。
―――秀人と、『マブダチ』だと、自分はあの夜に緋咲に告げているのだ。
そうして、秀人の為に・・・秀人の事を想って緋咲に刃向かった。
初対面で言ったあの言葉を鵜呑みにして・・・緋咲は秀人の『ダチ』である拓を引きずり込もうとしているのだろうか・・・？
「・・・『拓』・・・っ！どうしたっ！！」
焦ったようなカズの声が響く。
ハッとしたように、皆の注意を引き付けた時には、拓は意識の中に捕らわれていて、自分の感覚の均衡を崩していた。
ガンガンと鳴り続ける頭痛が、意識を奪っていく。
慌てて支えたカズの腕の中に、拓は崩れ落ちて・・・そのまま意識を失ってしまった。
零れ落ちた涙は・・・衝撃によるものなのか・・・それとも・・・。
それは、拓自身にも未だ理解できない感情だった。
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