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『ばれんたいん・ト・ＬＯＶＥ・ル』
『緋咲くんに何あげようかな…』
バレンタイン前日の日曜日、拓は自分のベッドに横になっている。
心から愛する（勿論身体も・笑）緋咲の為に、どんなチョコレートをプレゼントするか悩んでいたのだ。
ちなみに緋咲は甘いものが苦手(>_<)。
それでも、愛する想いを伝える日として、拓は緋咲に何らかのカタチでチョコレートを贈りたかったのである。
そんなところへ、
『拓、今から買い物行くけど何か買ってくるものある？』
階段下で母親の圭子が聞いている。
『うん、クーベルチュールチョコレートと生クリーム買ってきて』
『チョコはブラックでいい？ラッピングは？』
『あ、シンプルなの』
『緋咲くんにあげるんでしょ？』
『…』
恐るべし拓の母親、圭子。
自分の息子が男にチョコをあげることに、全く動じていない（爆）。
『おかあさん見繕ってきてあげるから、留守番頼むわね』
『うん、お願い』
拓は二階から降りて、一先ず台所に行った。
料理の前の下準備である。
綺麗なステンレスのボウルを大小ふたつ。
父、幸弘の書斎からくすねた最高級ブランディ（笑）。
クッキングシートにステンレスのバット（溶かしたチョコを流し込むのに使用）をふたつ。
ココアと茶漉しを戸棚から取り出しておく。
湯煎の準備もあるので、まずはやかんで湯を沸かし始めた。
『拓、ただいま』
『あ、お帰りなさい』
粗方下準備が終わった頃、圭子が買い物から戻ってきた。
頼まれたクーベルチュールチョコレート（ブラック）と生クリームをテーブルの上に置く。
『隠し味にオレンジピールと胡桃を入れてみたら？』
圭子は早速オレンジピールを細かく刻み、剥いてある胡桃を手際よく炒って、やはり細かく刻んでくれた。
『二種類作ってあげると、緋咲くん喜ぶわよ』
どうも圭子の方が乗り気であるのが見てとれる。
拓はクーベルチュールチョコレートを包丁で細かく刻みながら、半分複雑な笑みを浮かべていた。
ある程度の量を刻んだのでそのチョコレートを小さいボウルにいれる。
沸かしておいたお湯を大きいボウルに入れ、チョコ入りのボウルをそれに重ね、湯煎にかけるのだ。
圭子は、このチョコに関してはあまりテンパリング（温度調節）を難しく考えなくていいとアドバイスもしてくれた。
ゴムべらでチョコを優しく混ぜ合わせる。
チョコが溶けてきたので、生クリームを入れ、またゆっくりと混ぜ合わせる。
香り付けに高級ブランディを少々。
『ふたつにわけましょ』
圭子はもうひとつボウルを取り出すと、チョコを半分に取り分ける。
片方に炒った胡桃、片方にオレンジピールをさっくりと混ぜ合わせる。
ふたつのバットにクッキングシートを敷き込み、各チョコを流し込む。
『チョコの表面を平らにして、冷蔵庫で冷やしましょ』
ゴムべらで表面を撫で付け、チョコを冷蔵庫にしまった。
『後は温めたナイフで一口大にカットすれば大丈夫。仕上げにココアを茶漉しでふりかけなさいね』
圭子は後片付けをしながら拓に言った。
『お母さん、ありがと』
拓は素直にお礼を言う。
『いいから、後片付け終わったらお風呂掃除してきてね。その後、夕飯の準備をするから手伝ってね』
『は〜い』
最近拓は母親の圭子に、毎日一品のおかず作りを伝授されている。
塵も積もれば…年間３６６品分のおかずを憶えることが出来る。
何故圭子が浅川家一人息子（？）の拓に料理の伝授をするのか、それは…作者さえ知らない（をい）。
…無事にラッピングも終わり、後は緋咲に渡すだけとなった拓。
学校が終わったらすぐ、横須賀に向かうねと緋咲にメールをしたのだ。
そんな時、拓の携帯が鳴った。
着信音は『I
Will Always Love
You』。
緋咲からの電話だ。
拓は緋咲の番号だけ、着信音を替えている。
『拓、今電話大丈夫か？』
『うん、大丈夫だよ』
『さっきのメールの件だが、俺がそっちに行く』
『え？駄目だよ…いつも緋咲クンにばかり負担かけさせてるし…』
『少しでも早く拓に逢いたい…駄目か？』
緋咲は拓に対して激甘である（過保護ともいう）。
それから５分程話し、そろそろ電話を切る時、
『じゃ、拓。また明日』
『うん、また明日…』
『拓…じゃ、おやすみのちゅ〜ぅ』
『薫…おやすみのちゅ〜ぅ』
…関係者がこのふたりの会話を聞いたら、多分卒倒モノであることは間違いない（爆）。
翌日、聖蘭高校（展開早っ！）。
カバンにチョコを忍ばせた拓は、放課後になるのを待ちわびていた。
昨夜緋咲と〔港の見える丘公園〕で夕方５時に待ち合わせの約束をしたからだ。
授業最後のチャイムが鳴り、クラスの面々が帰り支度を始める中、
『拓ちゃん（はーと）！』
カバンを持ってその場を撤収しようとした拓が、運悪く（？）マー坊につかまってしまった。
『拓ちゃん何急いでるの？誰かと待ち合わせ？』
何故か鋭いマー坊（笑）。
『えっ…あ、あの』
『拓ちゃん、それよりも真嶋商会行こうよ！夏生さんがケーキ焼いてくれるんだって！』
有無を言わさず拓の肩を抱くマー坊。
『あれ？拓ちゃんチョコの匂いする』
『！？（マー坊くん何故そんなに鼻が効くのっ？）』
『誰に貰ったの〜？晶？それとも理香ちゃん？』
ふたりが廊下でバタバタしているのに気付いた爆音メンバーの皆様。
『何！拓チョコ貰ったんかっ？見せてみろっ』
リョーが有無を言わさず拓のカバンを開ける。
『うわ、手作りチョコじゃん！（カズ）』
『すっげーいい匂いだぁ！（ミツオ）』
『ラッピング、拓が貰うにしては渋いじゃん？（ジュンジ）』
『で、誰に貰ったんだ？拓？（秋生）』
答えられる訳がない（汗）。
貰ったのではなく、贈るのだ。
しかも『爆音小僧』と敵対する『麓沙亜鵺』の緋咲薫に…。
拓が答えに窮してると、マー坊が拓のカバンからチョコを取出し、あろうことかラッピングを解き始めた。
『！？』
『拓ちゃん、チョコいっただきまーす』
そして、緋咲の為に作ったチョコを、口に放り込んだ。
『おいひい！』
マー坊のその一言で他の爆音メンバーも、チョコに群がり口に放り込み始めた。
『うわ、まじうめー！』
『胡桃チョコうめ！』
『オレンジもなかなか！』
余りの事に茫然となる拓。
みるみるうちにチョコが減ってしまい、残り数個になった時、拓は震える声で叫んだ。
『やめて…チョコ食べないでっ！』
『た、拓ちゃん？』
マー坊は拓の顔を見た瞬間、青醒めた。
拓の大きな黒い瞳から大粒の涙が沢山零れ、それは頬を伝って廊下に落ちていたのだ。
『ひどいよ…僕のチョコ食べちゃうなんて…』
『あ？拓ぅ、そんなにチョコひとりで食べたかったのか？』
リョーがいつもの調子で拓を茶化す。
『…貰ったんじゃない…』
『？！』
拓のその言葉に、秋生がナニカ感付いた。
『拓？』
『アッちゃん？』
マー坊が秋生を見る。
『…僕の一番大切な人にあげるチョコなのに…みんなひどいよっ』
拓は残ったチョコレートを奪い返し、しっかり抱き締めると、泣きながらその場から走り去った。
『たっ、拓ちゃんっ！』
後を追おうとしたマー坊を秋生は無言で制止した。
『アッちゃん？』
秋生は落ちていたカードを拾い、それをマー坊に見せる。
『これは…』
マー坊は愕然とした。
カードの宛名が、緋咲だったからだ。
秋生はやれやれとした表情で、
『…拓は緋咲の為に、チョコ作ったんだろ。それを俺達が食べたら…幾ら拓でも、そら泣くわな』
と、苦しげに呟いた。
爆音小僧の面々は顔を見合わせる。
誰も言葉をだせず、ただ宙を見上げるばかりだった。
『今晩わ、夜分遅く失礼します。横須賀の緋咲ですが…』
…夜７時過ぎ、浅川家に緋咲がやって来た。
待ち人来ずのうえに、携帯も繋がらない事に不安を憶え、結局緋咲は拓の家に来たのだ。
母親の圭子が心配げに緋咲を出迎える。
『いらっしゃい、緋咲くん…』
『拓…いや拓くん、いますか？』
『ええ、学校から帰ってきた後、ずっと部屋に閉じこもって…』
『？』
とりあえず圭子は緋咲を２階の部屋に案内した。
『…拓、泣いていたから、学校でまた何かあったのかしら…』
圭子は不安げに呟いた。
『じゃ、部屋に入ります』
緋咲はドアをノックして、拓の部屋に入った。
電気はつけておらず、薄暗い。
目が慣れた緋咲は、ベッドに伏したまましゃくりあげてる拓を見つけた。
『拓』
しかし拓は返事をしない。
『拓』
二度目も同じだ。
さすがにイラついた緋咲は拓のベッドに潜り込んだ。
『いつまでも泣いてんじゃねえ…』
緋咲はそう言うと、拓を自分の胸に押し当て、きつく抱き締める。
一瞬、何が起こったか解らない拓は、緋咲が自分を抱き締めているのに気が付き、今度は声を上げて泣き崩れた。
緋咲は何故、拓が泣きじゃくるのか理由を知らない。
ただ、泣くだけ泣けば落ち着くだろうと、そのまま拓を抱き締めていた。
何も聞かず、拓の髪に優しく、接吻を繰り返す。
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