「あ、拓ちゃんみっけ（はーと）」　
　緋咲達と別れ、客席へ移動した拓。
　チケット（何故かアリーナ最前列ど真ん中（爆））を片手に、今度は知ってる顔がいるかな？と思った矢先、「爆音小僧七代目」の鮎川真里が拓を見つけ、有無を言わさずムギュ!!と抱きしめたのだ。
　「拓ちゃん何処に行ってたの〜？探したんだよ〜」
　「ま、ま、マー坊くんっ」
　マー坊本気の抱き抱きすりすり攻撃に拓は焦りまくり。
　「拓ちゃん、ここにいたか」
　「探しちまったぞ、オイ」
　「風神」こと韋駄天ヒロシ、「雷神」こと鬼のキヨシが相変わらずのドカジャンスタイル冬仕様（笑）で拓に会いに来た。
　何故この面々がいるのかは、天羽や桜宮がチケットを渡していたからで、また偶然にしてはかなり出来すぎているが、席は何故かみんな拓の隣近所であった（笑）。
　なお、拓と緋咲が付き合っているのは、とおってもとおっても不愉快極まりなく面白くない事だが、一応認知はしている。
　尤も、隙あらば拓を掻っ攫っていくつもりでいるが（汗）。
　ちなみにマー坊の本日の衣装は「爆音小僧七代目」の特攻服に紫のハチマキ＆襷のいでたちである（汗）。
　「マー坊くん、その格好…」
　「天羽はともかく、緋咲がDrumでしょ？ヘタな演奏したら、ステージ潰すもんね」
　マー坊破顔一笑。拓は茫然自失。
　はっきりいって、そこの一角だけ果てしなく浮いていた（汗）。
　そんなところへ、
　「相変わらず突飛な服装だな？鮎川」
　「なんだよ八尋、格好つけちゃって〜」
　相州聖龍連盟會會長「阿修羅王」第8代目総長の八尋渉と、その親衛隊「曼珠沙華」の千冬慎がクリスマスに相応しく、ドレスアップした扮装で客席に来たのである。
　やはり座席は拓の近隣で（爆）。
　龍神復活GIGSは勿論だが、何よりも拓に会いたくて、わざわざ湘南から足を運んだふたりであった。
　拓にとって、八尋と千冬は「B突事件」前までは恐怖の対象であったが、それを乗り越えてしまった今では、
　「あ、八尋さん、千冬さん。お久しぶりです」
　ふたりの姿を見受けると、全く物怖じすることなく、（緋咲に贈るものと）変わらぬ優しい笑顔で挨拶する。
　その笑顔を見た八尋と千冬は、嬉しさの余り思わず腰が砕けそうになるのを必死に堪えた（こいつらもか…）。
　当の拓は訳が解からず、きょとんとしているが（笑）。

　…拓はあの「B突事件」以来、神奈川全域のやんちゃ者達（苦笑）の絶対的なカリスマ的存在となり、彼がいる場所ではいかなる族同士がかち合っても、絶対喧嘩をしてはならないという不文律が出来上がっている。
　尤も、神奈川全域の族の頭クラスが拓と一緒に走りたい（同意義語＝傍にいたい・独占したい･抜け駆けしたい･出来る事なら結婚したいその他）ので、拓の前では（仕方なく）皆、猫を被っているのである。
　みんながみんな、拓に嫌われたくないからで…。
　当の拓は、「B突事件」以来、みんなが仲良くしてくれているので、本気で安心しているのである。
　根本的なズレを拓だけが知らなかったが、この件に関しては文字通り知らぬが仏であろう（汗）。
　「駄目だよ八尋、拓ちゃんはオマエの毒牙には当てさせないの」
　「オメーには言われたかねぇよ、鮎川ぁ（ああ、拓本当に可愛いなぁ…この鮎川のヤロー、緋咲は仕方ないにしろ、拓にベタベタへばりつきやがって！）」
　八尋は「B突事件」以来、「悪魔の鉄槌」を完璧に操り、尚且つ天使の微笑で抗争を終結させた拓に、文字通り完全ノックアウトされ、可愛くて可愛くて仕方なくなり（笑）、隙あらば湘南に掻っ攫っていきたいのだが、（拓の隣にいる）マー坊がしっかりガードしてるので、うかつに手が出せなくて本気で参っている。
　それでも相方（？）の千冬はちゃっかりしていた。
　「元気だった？拓ちゃん？」
　その千冬の出で立ちであるが、持ち前の美貌（？）を更にクリスマスバージョンアップ（爆）させていたのは間違いない。
　滑らかな金髪には軽くウェーブをつけ、片手には毛皮のロングコートを軽く持ち、シルク素材で出来たロールネック＆ノースリーブのトップにエナメル素材の細身のパンツ。
　そして10ｃｍのピンヒール…という全身黒装束（笑）であるが、ウェストマークにはダイヤモンドをあしらった細身のチェーンベルトが巻かれ（をいをい、ゴージャス（笑））、シンプルながらも華やかな千冬の姿に、拓は思わず目を奪われた。
　「…は、はい。千冬さん今日も素敵ですね」
　拓は千冬を見ると相変わらずドキドキしてしまう。
　初対面で女性と間違えた失態もあるのだが、それでも（女性以上に）美しい千冬を見ると、本当に人間とは、見た目とはなんぞや？と思ってしまうこともままならない。
　「アリガト、拓ちゃん（はーと）」
　御礼とばかりに千冬は拓の右頬にキス。
　「どぁああああーーーーっつ！！」
　八尋は思わず絶叫、
　「こっこのヤロウ、また抜け駆けしやがってぇ〜！！」
　の状態で涙目となる。
　自分がしたいこと（笑）をいとも簡単にやってしまう千冬に、八尋は正直泣きが入った（合掌）。
　一部始終を見ていたマー坊をはじめ、ヒロシとキヨシが当然ながら阿鼻叫喚、一瞬にしてその場が修羅場になるかと思いきや、会場がいきなり暗転した。
　「え？停電？」
　会場中が激しくざわめき始める。
　その時、ステージを遮っている幕がスクリーンの役目をするかのように、映像を映し出した。
　その映像は、何と伝説の増天寺ライブ。
　あの熱狂の模様がスクリーンに映し出されたのだ。
　桜宮と「爆音小僧」桜小路良のGuitarbattle、時貞の魂を込めたGuitarsoloが映し出されるたびに観客は興奮状態になる。
　そして、スクリーン後方にGuitarを構えた人影が映し出されると、観客の熱狂が最高潮に達した。
　天羽セロニアス時貞の横顔のシルエットだ。
　凄まじい龍神コールが巻き上がる中、時貞が右腕を高く掲げた瞬間、ステージを遮っていた幕がストーンと下に落ちた。
　そこには、天羽セロニアス時貞、陣野平蔵、桜宮郁、そして緋咲薫が各自定位置に陣取り、観客を迎えたのである。
　刹那、平蔵がスタンドマイクを左手で掴み、シャウトした。
　「いっくぜーっ！テメェラ！！」
　緋咲のカウント、そしていきなりのDrumsolo、重低音の激しいビートに時貞のGuitarが絡みついた。
　Guitar単独の「音色」と呼ぶには著しい問題がある程、無節操な音を奏でる（笑）伝説のフィンガリングに、観客はもう二度と見られないと思った天羽セロニアス時貞の復活に酔いしれた。
　桜宮のBaseは緋咲のDrumと溶け合いつつ、尚且時貞のGuitarに迫り来るメロディアスな律動を奏で、平蔵の歌声は普段の声からは想像も出来ない華やかな音域で、観客を魅了している。
　尤も最前列の拓は、緋咲の演奏に釘付けになっていたが。
　「緋咲クン、格好いい（はーと）」
　…一気に3曲が終わり、ステージが暗転する。
　そして、ひとつのスポットライトが平蔵を照らす。
　注目の彼のMC一発目は、
　「メリークリスマス！みんな元気ぃ？」
　…さっきまでの華やかな「声」からいつもの平蔵の「声」に戻り、観客は余りのギャップの激しさに腰を抜かした。
　「天羽セロニアス時貞「復活」ライブへようこそ！！」
　その言葉に観客は一気に立ち直り、激しい声援を送る。
　「ホンとはさ〜近くのライブハウスで演奏るはずだったのに、余りにも人数が凄過ぎて、急遽、ここ借りました〜！！」
　拓は平蔵のMCに度肝を抜かれた。
　ではどうやってこの大ホールを急遽借りることが出来たのか…。
　まさかとは思いたいが、やはり時貞が絡んでいる可能性が高い。
　自分の事に関しては果てしなく無頓着な時貞であるが、
　「もし狭いライブハウスで演奏して、万が一、客席の拓が潰されたらどうすんだ？」
　と、緋咲に突付かれたのだろう（実はそうだった）。
　…で、時貞と緋咲が色々裏で手を回して（笑）、今回の会場でもある大ホールを（無理矢理）借りることが出来た（汗）。
　よくよく見れば、ステージ設営やライティング、そしてPAの設備もちゃんとした業者が入っているようで（そちらの交渉に時貞が入る事は勿論ありえない（笑））、拓は軽い眩暈を憶えた。
　なんのかんのでまた激しいステージが始まり、そうこうするうちに白熱した本編が終了した（作者を深く追求しないように…）。
　観客の激しいアンコールに応え、BaseからGuitarに持ち替えた桜宮と、平蔵のキーボードを借りた時貞、そして平蔵の歌でカバー曲やオリジナル曲を熱唱するが、何故か緋咲の姿が見えなかった。
　拓は一抹の不安を感じる。
　「まさか、左手…」
　本編中の激しい演奏に、昔、秀人に潰された左拳が痛み始めたのか？
　拓の胸中に激しい不安が過ぎる中、一度目のアンコールが終わった（だから追求しないで（涙））。
　ステージは相変わらず暗転しているが、なにやら機材を動かしているようだ。
　そして、二度目の激しいアンコールに応えるべく、ステージの中心にスポットライトが照らされる。
　いつの間にかグランドピアノが置いてあり、そこへふらり、と現れた人物。
　ピンスポットに照らされたのは、何と緋咲であった。
　「緋咲く…ん？」
　そこにはあの紫の髪を下ろし、襟足でひとつに纏め、燕尾服をアレンジしたデザインのスーツに、シルクのリボンタイブラウスを見事に着こなした緋咲の姿があった。
　その端正な顔には美麗な化粧を施し、目元に淡い紫とパールのシャドウを入れ、唇にはボルドーの口紅を。
　はじめてその姿を見る拓はもとより、会場全体が緋咲の余りの豹変振りに呆気にとられた。
　だが憂いを秘め、年齢を感じさせない艶めく彼の姿に、多数の女性客が嬌声をあげ始める。
　緋咲は椅子に座り、
　「特別な夜にこの歌を」
　鍵盤に緋咲の白くしなやかな指先が置かれ、それは甘く刹那いメロディーを奏ではじめる｡
　そして緋咲の…透きとおる歌声に、観客席から激しいざわめきが走ったが、すぐに潮が引くように静まり返った。
　

　あの緋咲の（苦笑）思い掛けないラブソングに、非常に戸惑った観客達ではあるが、彼の澄みきったバリトンの歌声は、静まり返った人々の心に深く染み渡った。
　「へへっ、驚いた？」
　「平蔵クン？」
　いつの間にか拓の右隣に平蔵がいた。
　彼によると、このステージで緋咲がどうしてもひとりで謳いたい曲があるらしく、それで一旦客席に下りたのだという。
　「カオちゃん、ピアノも練習してたんだよ。ドラムもあるのに、それと平行して必死にさ。拓ちゃんに焦った顔見られるの恥ずかしいから、化粧までして…。でも、なんかカオちゃん変わったよ」
　「え？」
　「スゲェ、生き生きしてる」
　平蔵と同じくしてステージを降りていた時貞は、緋咲を見つめる拓の想いを妨げないよう、左隣からそっと拓の手に自分の手を重ね、緋咲のステージを見つめた。
　時貞は思う、「（緋咲の）音色が変わった…」と。
　それは自分も同じこと。
　時貞も拓と偶然に出会い、傷つけ、憎しみ合ったのに…それでも拓と離れられなかった。
　拓の…純粋無垢なる「魂」が、時貞の「孤独」から派生する「狂気」を緩和していき、彼の凍てついた「魂」を解放に導き始めたのだ。
　そして時貞は、永年温めていた「新世界交響楽」を遂に完成させ、あの増天寺で披露…。
　時貞は自らの「魂」を苛んでいた「絶望」全てを、自分の「音色」で遂に浄化したのだ。
　その矢先に、ベイブリッジでまさかの交通事故。
　時貞が病院に救急搬送された時、既に彼は意識不明の重態。
このまま死んでもおかしくなかったのだ。
　実際、天羽家では時貞の葬儀の準備も進められていた。
　ところが、天羽家の血を（時貞で）絶やしてはならない…と、祖父の絶対的な命令で、辛うじてまだ息があった時貞は、生命維持装置をつけられ、文字通り「（無理矢理）生かされて」いたのである。
　昔の時貞であったならば、余計な真似を…と思ったであろう。
　しかしあの増天寺で、自分の「魂」を雁字搦めに縛り付けていた「絶望」を全て昇華し尽くした時貞は、「奇跡」としか譬えようのない「（見えない）力」によって、この世に舞い戻る事が出来た。
　そう、あの事故で長い間意識不明の時貞が現世に甦った日は、奇しくも「B突事件」が終結した日であった。
　　
　
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