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LOVE
「随分遅くなっちゃった…」
吐く息も白い12月24日の夕方。
世界中がクリスマスイベントで賑わう中、イルミネーションも華やかなショウウィンドウを横目で流しながら、浅川拓は横須賀駅界隈を抜け、小走りで目的地を探していた。
拓が心から愛する…緋咲薫に逢いに行く為である。
彼に内緒のプレゼントをポケットに忍ばせ、拓は急いだ。
実はこの日、龍神こと天羽セロニアス時貞があの伝説の増天寺ライブ以来、どういう気まぐれか久々にGIGSをする事になったのだ。
その龍神復活ライブのサポートメンバーに、時貞の幼馴染であり、また悪友（笑）でもある緋咲薫が呼ばれたのである。
また、龍神のサポートをするメンバーも錚々たる面々で、Guitar＆Baseは「∞V（インフィニティボルト）」所属、「ＴＲＵＴＨ」の桜宮郁、同じくVocal担当の陣野平蔵。
そして鳴神秀人とのタイマンで拳を潰して以来、暫く音楽の世界から遠ざかっていたものの、愛する拓の為にもう一度脚を踏み入れたDrum担当の緋咲薫。
今年の七夕、久々の逢瀬…緋咲から「…もう一度（音楽を）やってみる」と耳元で囁かれた拓は、彼の言葉に胸が詰まり、緋咲の腕に包まれたまま、ずっと泣きじゃくっていた。
あの日から数ヶ月、緋咲との久し振りの再会に胸を躍らせている拓であった。
さて、目的地のライブハウスに到着の筈…だったが、そこには大判の紙が貼ってあり、「事情により場所を変更」のお知らせ。
仕方なくその場所に移動するものの…その現場に近づくにつれ、（拓と）同じ目的の輩が増えてきた事に、少しだけ不安を感じ始めたが、変更場所に到着した拓は思わず目がテンになった。
ここは大ホールクラスの会場だろうか？
しかも会場周辺は、族関係者（笑）や一般の人々が多数入り混じっているのである。
「ど、どうしよう（涙）…」
こういう時に限って、知っている者が誰もいない（爆泣）。
前代未聞の「B突事件」を終結させ、今や神奈川県全域の「族」を、その「走り」で魅了した拓ではあるが、バイクを乗っている時といない時の差が余りにも激しいので、まさかこの「チビ」が、あの「浅川拓」とは誰も思えないのである（涙）。
尤も、普段であれば頭クラスの誰か（特に緋咲）が拓にへばりついているので（笑）、確認することは容易ではあるが。
相変わらず「不運（涙）」と踊ってしまう拓であった。
同じ目的で会場周辺に溢れる人波に背中を押され、小柄な拓は当然ながらよろめいてしまう。
いつもであれば拓を庇う様に支える緋咲がいるのだが…。
現実の孤独に襲われ、思わず半べそになる拓。
その時、ぐい、と誰かに肩を捉まれた。
「ひっ？」
「いたいた、拓ちゃん！」
「へ、平蔵くん？」
帽子を目深に被ってはいるが、どう見てもあの陣野平蔵がニコニコしながら拓の肩を掴んでいるではないか。
知ってる顔を見た拓は、漸く安堵の溜息を漏らした。
「心配だからカオちゃんに内緒で迎えに来たんだよぉ。はい、拓ちゃんのバックステージパス。カオちゃん直々だよ」
平蔵は拓の左胸に、今日のバックステージパスのステッカーを貼り付ける。
そして平蔵は拓を裏口に案内した。
「はい、こっちこっち。カオちゃん拓ちゃんが中々来ないから、とっても怖いんだよォ」
控室のドアを開けると、そこには緋咲をはじめ関係者がごった返していた。
既にトレードマークの紫の髪を立て、Joker
を一服していた緋咲は愛しい者の姿を見つけると、先程まで殺気立っていた気配が一気に失せ、柔らかな笑みを浮かべた。
「…待ち草臥れたゾ、また道に迷ったのか？」
緋咲が人を心配している…！！しかも笑顔で（驚愕）！！
緋咲を知る関係者は一瞬目と耳を疑い、それが現実と知ってもなお、その場面から現実逃避に走った。
噂には聞いていたが、その現場に直面するとやはり異様な光景には間違いないだろう。
当の緋咲はそんな事を一切気にせず、人目も憚らずに拓を抱きしめると彼の耳元でそっと、囁いた。
「…来てくれたんだな、拓。逢いたかった…」
緋咲の…吐息に近い甘い囁きに、拓は、
「お、遅くなってごめんなさい…」
思わず腰が砕けそうになるのを必死に堪える。
そんな拓の鼻孔に、懐かしい緋咲の匂いが飛び込んできた。
Jokerはもとより、緋咲愛用のパルファンと彼の汗が微妙に交じり合った匂いに懐かしく思う反面、緋咲との甘い時間を思い出し…拓はその場で赤面するしかなかった。
ふたりだけの世界を満喫しているところに、平蔵が茶々を入れる。
「カオちゃんもすみにおけないよな〜拓ちゃんにだけバックステージパス出してんだもん」
緋咲はその言葉に反応し、拓を名残惜しそうに自分から離すと、平蔵に向かって一言、
「平蔵、スネアで殴られたいか？」
目が本気であった（汗）。
平蔵は苦笑いしながら緋咲に謝る。
拓は頬の熱さを何とか冷まそうとしていたが、そんな時に限って、
「メリークリスマス拓ちゃん（はーと）」
拓は本気で心臓が止まりそうになった。
背後から天羽セロニアス時貞に静かに抱きすくめられるのならまだしも、尚且つ耳朶を軽く噛まれ、首筋に甘い吐息を吹きかけられた拓は思わず絶叫、そして本気の涙目になった。
「とっ、とっ、時貞くぅ〜ん（泣）、お願い離してぇ（涙）」
自分の腕の中でじたばたする拓を軽くいなしながら、
「早く緋咲と別れてオレと一緒になろ、幸せにしてあげるからネ？拓ちゃん（はーと）」
眼も眩むような笑顔満面の時貞に、その現場を一部始終見てしまった緋咲は思わず、
「…セロニアス、今すぐ拓から離れろ」
はっきり言って怒り心頭（当然か）である。
そんな緋咲をものともせず、時貞は拓を更にムギュと抱きしめる。
「ヤだ、拓ちゃんは俺のモノ（はーと）」
自分を挟んで、物凄い火花が散ったのを見てしまった拓。
このままだと、ふたりが本気で修羅場を演じるのは間違いない。
それを何度も見ている（苦笑）拓は、時貞と睨み合っている緋咲に恐々声をかけた。
「ひ、緋咲クン…」
「拓？」
「お願い、喧嘩しないで…。これから本番なのに、ふたりが怪我したら大変なことになっちゃう…。みんな今日のライブを楽しみにしてるのに…。ね、時貞クンも…お願い」
拓の…今にも涙が零れそうな黒い瞳で見上げられたら、緋咲はともかく時貞も完全ノックアウトである。
この瞳で、何人もの大物達を腑抜けにし、尚且つ腰砕け状態にしてきたのだが、当の本人は周囲が赤面し始めるのを何が何だかわからない状態で見ているだけであった。
それでもふたりが睨み合い→壮絶なる大乱闘（笑）をやめてくれただけで、拓はひとまず安心したが、そうは問屋が卸さなかった。
時貞が思い出したように言った一言は、この控室内を北極南極シベリア状態にするにはもってこいだった。
「あぁ、そうだ。今日ヒロとキヨシ来てる」
「…え？」
「あ、俺も鮎川達にチケット渡しといた」
とは、緋咲と時貞のバトルにはもはや馬耳東風で、マイペースを貫きながら、尚且つBaseのチューニングに専念していた桜宮であり、一方の平蔵も口元に笑みを浮かべながら、
「オレはリョ―ちゃん（はーと）にだよ〜ん」
拓は思わず天を仰ぎ、緋咲は頭を抱えた。ふたりが思ったことはただひとつ、
「ふたりきりの時間が…取れない」
拓はちらりと緋咲を見る。
一瞬にして機嫌の悪さが全身に漲ってしまった緋咲に、拓は本気の涙が出そうになった。
それでも拓は無理に笑顔をつくり、緋咲に声をかける。
「じゃ、緋咲クン。ボク客席にいくから…」
「…あ？ああ」
拓の…今にも泣きそうな笑顔を垣間見てしまった緋咲は、一瞬のうちに自己嫌悪に陥り、辛うじて相槌を打つのにやっとであった。
「みんなも頑張ってね」
拓が控室を出たとき、緋咲も一緒に出てきた。
「待てよ」
「何？緋咲クン」
「ちと…おまじないするから目ぇ瞑ってろ」
緋咲の意図が読めない拓は、とにかく彼の言うとおりにした。
「？こう？」
目を瞑った瞬間、Jokerの甘苦い味が拓の口中に広がった。
瞬時に顔を真っ赤に染める拓に、緋咲は艶やかな笑みを浮かべ、
「最後まで…ちゃんと聴いてんだゾ」
と、言うと拓の頬を両手で包み込み、もう一度優しいキスをして、緋咲は名残惜しげに控室に戻る。
後に残された拓は、緋咲の…ほろ苦くも甘い唇の感触を思い出しながら、更に真っ赤になっていた。
２へ続く ／ 戻る |