欲しくて欲しくて堪らないのに。

その感情が、いつか君を壊してしまうかもしれないと理解っているのに。

ちょっと力を込めたら簡単に壊れてしまいそうな小さな身体なのに、君はオレを魂ごと包んで温もりをくれて、絶望の闇の中から救い上げてくれた。

困ったような戸惑ったような顔を見せても、君は出会った時から一度もオレを否定しなかった。

それが、どんなに“キセキ”なのか、誰よりもオレが一番良く知っているから。

―――オレから手を離す事はもうできない。

仕組まれた【運命】の“罠”に堕ちたのは、一体どちらなのだろう。

小さく身動ぎして、君が目を醒ます。

「おはよう・・・」

ここ暫く使っていなかった言葉は、自然に口から零れ落ちた。

ボウッとした君の瞳が、パチパチと音を立てるかのように瞬いて。

その頬が、瞬時で綺麗に赤く彩られた。

「お・・・おはよう・・・」

本当に小さな掠れたような声で、君は返事を返してくれた。

その瞬間の、オレの感情の振り子の激しさを、君はきっと理解らない。

今までベッドを共にしたどんな女よりも、オレの意識を奪い取る。

後悔されるか罵倒されるか・・・そんなオレの予想を遥かに裏切る君は、何処までも優しくて。

どんなにオレが汚しても、その心は決して穢れない。

何処までも変わらない黒曜石の輝きは、綺麗なまま俺を映し出した。

それでも、真っ赤になった君は起き上がろうとして、崩れ落ちた。

慌てて支えたオレの腕の中で、緊張したように身動いでから、泣きそうな顔で辛そうに顔を歪めた。

「―――拓ちゃん？」

そっと伺うオレに、君は本当に全身を真っ赤に染め上げて、動けないと蚊の鳴くような声でそう告げる。

痛みに堪えながら、上目遣いでオレを縋るように見詰める君に、背筋をゾクゾクした感覚が駆け抜けた。

それは、オレが与えた痛みで・・・君は苦痛に苛まれているのに―――。

欲情したなんて、口が裂けても言えなかった。

だから、そっと気遣うようにその小さな身体を抱き寄せる。

一瞬だけ強張った肢体は、それでもオレの腕の中で抵抗する事もなく当たり前の様に収まっていて。

「―――Thank you． You are・・・ all of me．In that I was able to meet you, I thank God.（ありがとう。君は・・・オレの総て。君と巡り合せてくれた神に感謝する。）」

自分でも驚くほど素直に、神への【感謝（イノリ）】の言葉が飛び出した。

鰐淵の誘いはオレの心を揺さぶらなかった。

でも、君はオレの“ギター”を好きだと言ってくれた。

だから、君が聴いてくれるのなら・・・オレの言葉を受け止めてくれる君の為なら、“演奏”っても良いと思った。

君がそこでオレを待っている気がしたから・・・。

相変わらず、“裏切”りや醜い枷や様々な煩わしい事がオレに纏わり付いて、破壊の発作は止まらない。

それでも、君と出会った事で、【運命】はオレを解放へと導いていくようで。

絶体絶命の状態で現れたのは、君の為ならオレを“殺”すとまで言い切った筈の【風神雷神（ブロウ）】達。

一緒に破壊行動に付き合ってくれた彼等の雰囲気も、昔とは全く違うのは、君を知ったからなんだと思うと、胸が苦しい。

「「行け！“時貞”ァ！！増天寺だッ！！」」

二人の重なるような言葉が、意識を奪い取る。

「“兄弟（ブロウ）”」

ボロボロの状態で、誇らしげに告げられた初めての響きに胸が熱くなる。

どうして、こんなにも欲しかったモノが次から次へと与えられるのだろう。

今のオレなら、なんでも出来る気がした。

漸く辿り着いた場所に、やっぱり君は居た。

オレを待ってくれていた。

「“オレのギター”が・・・好きだって・・・“拓”ちゃん・・・」

変わらない真っ直ぐな瞳がオレを見詰める。

オレだけを。

「アリガトウ・・・“拓”ちゃん・・・“弾”くよ・・・オレ・・・」

君が教えてくれた。

“弾”く事の意味を。

他の誰の為でもなく・・・オレは君に聴かせるためにここに来たのだから。

もうオレの中では終わった筈の“ロックンロール”の時間。

約束を護る為に、走り屋の世界に戻ったオレを、このステージに引き戻したのは・・・。

不意に意識を奪う【音色（フレーズ）】。

それは、今までのオレだったら認めなかった“友達（フレンズ）”。

今のオレが“弾”くのなら、たった一人の君に想いを馳せて、音弦を弾いていく。

やっと思い出した。

“ギター”はオレの代わりに気持ちを伝えてくれる手段で。

“音色”はオレの【詞（オモイ）】。

いつしか技巧ばかりが目立ってしまって、音に込めた気持ちを理解ってくれる奴が誰も居なくなったから、忘れてしまっていた。

心の赴くままに“演奏す（ヤ）”る事の楽しさを。

音が合わさる。

反発するように、ぶつかり合うように、想いが幾重にも重なっていく。

このオレの言葉は、ちゃんと君に届いているのだろうか？

心が高揚していく。

凄まじいエネルギーがステージを中心に集まっていく。

これだけの感情の坩堝が糧になるのなら、今なら全てを解放できるのだろうか。

―――“祈”っても・・・この曲に秘められた新しい世界へ・・・全てを解放しても・・・。

オレの手から紡ぎだされる音色が、何処までも広がっていく。

聴こえるのは、優しい声。

閉じた瞼に鮮やかに浮かび上がるのは、君の笑顔。

あぁ・・・君がオレの“魂”を孤独から解き放ってくれたから、オレは自由を取り戻した。

全身を突き抜けていく歓喜。

【蒼天（アマ）】までも駆け抜けていけそうな開放感。

今までのオレだったら到底辿り着けなかった場所。

ここまで導いてくれたのは、他の誰でもなく。

―――君への想い。

「サンキュー、“拓”ちゃん・・・」

全てを出し切った。

もうこの【舞台（ステージ）】で、オレに思い残す事はない。

だから、オレの魂を・・・。

放物線を描いたオレの宝物は、確かに君の両手の中に届いた。

見なくても理解る。

君は絶対にそれを抱き締めてくれている。

オレの魂とも言える【宝物（ギター）】。

気持ちは伝わっただろうか？

“音色（コトバ）”は君の心の琴線を揺さぶっただろうか？

悪戯な神様が用意した【運命】は、それがオレの役目であり、この世に生まれて今まで生き残った理由だったとでも言うように、最後に幸福を与えてくれたのかもしれない。

君という名の幸せな夢を。

今まで散々行ってきた罪に対する罰を・・・悲劇を齎す前に。

―――その夜。オレは・・・バイクで事故って―――死んだ。