それは、オレと一緒に君を堕とす行為。
穢れない君を、オレはこの手で汚した。
快楽の欲望のままに抱いて壊してしまわないように、慎重になったオレは、初めてSEXした時よりもぎこちなかったと思う。
実際、男と寝るのは初めてだったから、女を抱くのとは感覚も違って。
いつ君が逃げ出すのかも理解らなくて。
・・・夢中でしがみ付いていただけだ。
それなのに、君はこんなオレを受け止めてくれた。
一つ間違えば、暴力でしかなくて・・・心も身体も痛め付けている行為を、泣きながら最後まで赦してくれた。
緊張にガチガチに固まった肢体。
大きく見開かれた瞳。
綺麗な緋色に染まった全身。
触れた瞬間に、君が初めてなのだという事も知った。
オレはちゃんと理解ったのに・・・逃がさなかった。
嫌がって暴れて拒絶されても仕方なかったのに、ずっと涙を湛えていた大きな瞳は、意識を失う最後まで、オレの姿を映し出した。
結局、最後まで君はオレを拒絶しなかった。
「―――ごめん・・・。」
与えられる温もりだけでは満足できなくて、それ以上の“絆”を求めてしまった。
それは、優しい君に付け込んだようなもの。
―――一番卑怯な方法で。
オレの為に泣いてくれる君だから、オレが縋り付けば突き放せない事を、知っていた。
知っていたのに・・・理解っていたのに。
君が与えてくれる温もりが、同情なのだという事も―――理解っていたのに。
君を【啼(ナ)】かせて、疵付けて。
オレの存在を刻み付けたかった。
ぐったりとした小さな身体。
強く抱きしめたら粉々になってしまいそうだ。
それとも、この腕をすり抜けて・・・消えてしまうだろうか?
―――幻のように。
怖くて、慎重に触れる。
意識を失った君は、柔らかな感触と、暖かな温もりを齎した。
急に、泣きたくなった。
胸が苦しくて・・・切なくて。
どうしよう。
どうしたら、この存在を失わずに済むのだろう?
途方もない焦燥感が、全身を包み込む。
オレが愛した者は、全て居なくなってしまう。
壊れてしまう。
それが怖いから、“特別”は造らなかったのに―――。
もう二度と、あんな想いはしたくない。
腕の中の小さな温もり。
すぐにでも壊れてしまいそうな君。
なのに、切なくて泣きたくなる位、愛しい【存在(キミ)】。
あぁ・・・そうだ。
君はオレに何も求めない。
いつも与えてくれるばかり。
見返りを求めない相手なんて、現れる筈も無いと高を括っていたオレを、君は見事なまでにブッ飛ばしてしまった。
永い間オレを閉じ込めていた空間を、ぶち壊した。
腕の中に温もりを抱き締めたまま、シーツの海に倒れこむ。
涙の跡を、そっと唇で拭って。
そのまま、見た目柔らかそうな唇に触れたら、そこは本当に柔らかくて驚いた。
初めての君とのキスは、強く鼓動を鳴らした。
全身で沸騰するかと思った血潮を沈めようと、目を瞑る。
寝るのは、本当は怖い。
いつも“悪夢”を見るからだ。
一人で寝るのは嫌だから、女を抱く事が多かった。
女の香水が鼻に付いて煩わしいから、もっときついコロンで紛らわせて。
でも、朝はもっと嫌いだ。
目覚めてしまった絶望と、変わらない日常に対する嫌悪。
いっそ眠りに就いたまま、永遠に目覚めなければ良かったのに・・・と思った事も何度もある。
ふと、腕の中の君の香りを嗅ぐ。
雨に濡れた所為なのか、それとも汗の所為なのかまだ幾分湿った君の髪から香るのは、本当に香るか香らないかといった癖の全くない自然な匂い。
自己主張の全くない、空気のような・・・ただ其処に存在する柔らかな君の匂い。
それは、恐ろしく居心地が良い感覚。
ここまで近付かなければ理解らなかった―――それ。
だから最初から、鼻の良い“兄弟”には君の存在が特別だったのだと・・・今更ながらに気付いた。
全く、君には適わない。
こんなにもオレを惹き付けて、苦しめて。
君の匂いを感じながら、抱き締めた君の温もりに包まれたまま、今夜は眠ろう。
君と一緒に見る夢はどんなだろう。
オレの夢の中に、君は来てくれるだろうか?
“胡蝶の夢”ではないけれど。
悪夢ではなくて、君の見る夢の中で、君と一緒に幸せな未来を夢見る事を。
―――オレは君に赦されるだろうか。