『オレの全部をあげるから、身も心も全部、オレのモノになって下さい。』

『―――はい。』

春先に交わした【約束（プロポーズ）】は、暖かな日差しの降り注ぐ温室の中で。

聞いていたのは大切な“兄弟（ブロウ）”だけ。

それでも、想いを確かめ合ったのだから、躊躇するものなどもう何処にもない。

「―――と、いう訳で、結婚する事にした。」

今までの経緯を掻い摘んで説明する。

本当なら、いちいち言葉にするのは面倒臭いから嫌だったけれど。

「・・・・・・・・」

目の前でフルフルと全身を震わせながら、拳を握っている相手の殺気は全く消えない。

折角、家に招待してやったのに、機嫌が悪いとは仕方ない奴だ。

「テメェッ！」

いきなり胸ぐらを掴まれた。

まぁ、一発位は殴られても仕方ないかもしれない。

その想いを知っていながら、奪うように手に入れてしまったのはオレの方だから。

「ヒロシちゃんっ！？何してるの？―――止めて！」

だが、支度の為に他の部屋に行っていた筈の君が、その瞬間に飛び込んできた。

途端に、動揺に大きく身体を震わせたヒロシの拳は、振り上げた動きのままで固まった。

「―――拓・・・ちゃん・・・？」

「怒ってるの？ごめん・・・ね。」

その背にギュッと抱き付いて、小さく尋ねた君の声に、ヒロシの腕は力なくブランと垂れ下がった。

振り返ったヒロシが君に向き合う。

「―――俺は、こいつだけは最悪だって・・・最初っから・・・」

「うん・・・」

「何度も何度も言ったじゃんか・・・拓ちゃんの辛い事も、悲しい事も・・・全部、こいつの所為で・・・」

「ヒロシちゃん・・・」

「・・・俺は、拓ちゃんに幸せになってほしくてっ・・・だから・・・。」

苦しげな声が、幾つも転がり落ちる。

それは、ヒロシの想い。

オレが君を奪った所為で、何処にも行き場が無くなった―――それ。

「ありがと、ヒロシちゃん。理解ってる。でもね、あの時傍に居る事を選んだ時から、僕はもう時貞くんを選んでたんだ、きっと。こんな形になるなんて思わなかったけど・・・でも、これでずっと一緒に居られるんだよ。」

振り向いたヒロシを見上げて、君は極上の笑顔を浮かべた。

「拓ちゃん・・・俺は・・・俺は・・・」

とうとう男泣きをし始めたヒロシを、君は少し困った笑顔のまま慰めるように抱き締める。

「優しい、ヒロシちゃん。ありがとう。こんなに親身に想ってくれるヒロシちゃんが居てくれるだけで、僕は幸せだよ？」

「―――たく、ちゃんっ！」

ガバッと感極まったヒロシが抱き返そうとするのは、流石に阻止した。

「とーきーさーだー」

「・・・時貞くん？」

空振りしたヒロシが物凄い形相で睨んでくるが、これだけは譲れない。

オレの腕の中でキョトンとした君には、きっと一生理解らないだろう【感情（しっと）】。

それでも、目の前で好きな相手が他の奴と仲良くしてるのをのほほんと見ていられるほど、オレの想いは軽くない。

その相手が、喩え“兄弟”と呼ぶ間柄の、ヒロシだとしても。

「―――駄目だよ。オレ以外の奴の腕の中に納まったら、許さないよ、拓ちゃん。」

「ご・・・ごめん、時貞くん。そんなつもりじゃ・・・。」

ジッと目線を合わせて告げると、途端に、君は真っ赤な顔で困ったように俯いてしまう。

そんな君が愛しくて、腕の中の君の髪先にキスをする。

「―――“殺”スっ！やっぱ、テメーが居なくなりゃ、拓ちゃんは目を覚ます筈だ。」

物凄い勢いで繰り出されたヒロシの拳を避けて、そのまま君を抱き上げる。

「・・・と、時貞くん？！」

「ハハッ。駄目だよ、ヒロシ？オレは、死なないよ。ね、拓ちゃん。」

腕の中で真っ赤になったまま驚いている顔の君に向かって、微笑う。

昔だったら、こんな気持ちになる事はなかった。

どうやら今日のオレは相当浮かれているらしい。

「・・・ずっと・・・側にいてくれなきゃ・・・嫌・・だ・・・」

うるっと潤んだ君の黒曜石みたいな瞳が真っ直ぐに見返してくる。

それだけで、鼓動が生きている事を嫌と言う程示してくる。

「―――もう、諦めろって、ヒロシ。」

「あぁ？！うっせぇ！！テメーにオレの気持ちが判るかよ？！」

拳を握り締めたまま、君に当たらないように今度は蹴りを繰り出そうとしていたヒロシを止めたのは、ずっと傍観していたキヨシだった。

檜原の出した茶菓子を粗方食べ尽くしたので、暇になったのだろう。

相変わらずの食欲魔神は、大らかな笑みを浮かべてヒロシを羽交い絞めにしていた。

「お前が拓ちゃんの事、マジで大事にしてきたのは傍に居た俺が一番良く知ってんよ。でもよぉ、その拓ちゃんが、選んだって言ってんじゃんかよ。」

「それはっ、だからっ！」

「―――許してやれって。あの・・・生きてく事さえどーでも良いって、散々暴れまわってたあの頃とは、こいつも変わったってのは、お前だって理解ってんだろ？」

「・・・キヨシ？」

ヒロシを押さえながら、珍しくキヨシがまともな事を言っている。

どうやら、満腹中枢が満たされて性格が変わっているらしい。

「キヨシくん・・・」

オレの腕の中で、君が心から嬉しそうな笑みを浮かべたのはちょっとだけ悔しかったけれど。

「もしもこいつが、拓ちゃんをまた悲しませるような事があったら・・・そしたら、きっちり息の根を止めてやんよ。なぁ、それ位は覚悟してんだろう？時貞ぁ・・・」

笑顔から一転、凄まじい形相で告げられた言葉が、紛れもないキヨシの本心。

「―――理解ってる。」

受け止めて、きっちり返してやったら、キヨシはニヤリと口端を持ち上げた。

「・・・時貞くん、下ろして。」

君の願い通りに腕から解放すると、降り立った君は二人に向かって深々と頭を下げた。

「・・・拓ちゃん？」

「「・・・っ？」」

思わず声が漏れる。

ヒロシとキヨシは固まったまま、声も出ないようだ。

「あ・・・りがと・・・。二人とも―――大好き・・・っ・・・」

顔を上げた君の泣き顔が、弾けたように笑顔になった。

「嬉しくて・・・涙、止まんない・・・。」

ポロポロ涙を零しながら、それでもその顔はとても嬉しそうで・・・。

はにかむ様に、幸せそうに君が【泣笑（わら）】うから、オレは胸が苦しくなった。

引き寄せて、抱き締めて―――他の誰にも見せたくない。

だけど君は、オレが行動に移す前に、オレの腕の中に凭れ掛かってきた。

「―――ふっ・・・二人に、泣かされちゃった・・・ね・・・」

柔らかく告げる君が、誰よりも愛しい。

オレの想い人が流す涙は―――こんなにも美しい。

「・・・愛してるよ、ハニー。」

零れ落ちる滴を拭うように目尻にキスして、そう告げたら、君の頬が綺麗に染まった。

大きな瞳がゆるりと細められて―――。

浮かんだ微笑は、今までで一番きれいに見えた。

ある意味、最強の保護者からのお許しを貰うのが一番苦労したと言っても過言じゃない。

それでも、漸く納得してくれたので、オレはずっと考えていた計画を実行する事にした。

遠い異国で行われた結婚式。

同性でも合法で結婚できる州の国籍を獲得して、二人っきりで交わそうと思っていた誓いは、何処から聞きつけたのか、数多くの邪魔ものである君の新派が現れて、想像以上に派手なものになった。

勿論、誰が相手だろうと譲る気など毛頭も無いから、一瞬ライスシャワーじゃなくて血の雨が降りそうだったけれど。

純白のタキシードドレスに身を包んだ君の発した言葉に、異議を言える者など何処にもいなかった。

神父の言葉に従って、オレたちは誓いを交わした。

神に対する冒涜ともとれる【結婚式（ちかい）】だけど、それでもオレを生き返らせたのは他の誰でもなく君だから・・・この誓いは神へではなく、君へ捧げる為の【言葉（おもい）】。

『―――この鼓動が止まろうとも、この愛は変わらない・・・。Even if the world were to end, I would still love you. （例え世界が終わっても、オレは君を愛し続けるよ）』

『・・・ぼ・・・ボクも。ずっと、時貞くんと一緒に居る事を・・・誓います。』

指輪の交換の後、恐る恐る見上げてきた君に、引き込まれるように口付けた。

何処からか、野獣のような唸り声が反響して聞こえたけれど、構わない。

見せ付けるように、君の腰を引き寄せて・・・深く併せた口付けは、呆れた神父に窘められるまで止めなかった。

恥じらうように呼吸を乱した君の、咎めるような潤んだ眼差しに、もう一度キスしたくなったけれど・・・。

『ゴホンっ。・・・ここにいる二人を、互いの人生のパートナーとする事を認めます。二人の【未来（さき）】に祝福在らん事を。―――結婚、おめでとう。』

業とらしく咳き込んだ神父が、困ったように微笑して、最後の言葉を告げて、『宣誓の儀式』を終わらせた。

神父の言葉に、オレたちは顔を見合わせて―――君が照れたように微笑ったから、オレも自然と微笑えた。

何処までも澄み渡った青空と、真っ白な教会のチャペルの下。

幸せを齎すと言われている“ジューン・ブライド”。

目線だけで人を射殺しそうな連中が、背景みたいな―――集合写真。

真ん中に映っている君は、オレの腕の中で本当に幸せそうに微笑っていた。