「―――僕は、絶対に忘れない。時貞くんの事。」

「お前、まだ？！」

意識を取り戻した後、煙草を吸っていた彼にきっぱりと告げる。

まだ、涙の痕は乾かないけれど・・・。

驚いたように視線を向ける彼のきつい眼差しを、真っ直ぐ見返す。

「忘れないけど、もう逃げない。緋咲くんを恨む事も、憎む事もしない。―――ありがとう。」

静かに告げたら、きつい瞳が少し驚いたように見開かれた。

初めて見る表情は思った以上に間抜けで、意趣返しができたようでちょっとだけ気分が良い。

「・・・恨まれるような事はしても、礼を言われる事はしてねぇ・・・」

ぶっきらぼうに、怒ったように告げる彼に、漸く緊張の糸が解れる。

そうだね、それが僕たちの関係。

彼は何時も、僕に本気の感情しかぶつけてこないから。

友達じゃなくて、知り合いというには生ぬるくて・・・でも天敵ではなくて。

好敵手―――って言うのかな？

多分彼も少なからず気にしてくれたから、ここまでしてくれたのだろう。

君が親友だと言っていた彼だからこそ、君の残した僕の事を心配してくれたのだ。

起き上がって、ベッドを出る。

何の遠慮もない行為に傷付いた身体は痛んだけれど、心は妙にすっきりしていた。

「おまっ！」

焦ったような声に振り向くと、真っ赤になった彼が目線を逸らしている。

「―――あんな事しといて・・・今更？！」

思わず可笑しくなってしまって、服を掴んだまま噴出してしまった。

散々、人の身体を好き勝手に抱いていたのに、照れたような彼の態度に驚く。

「うん、緋咲くんも酷いよね・・・寄りによって、ここでするんだもの。僕と時貞くんだけの思い出の場所だったのに・・・。」

少し拗ねたように呟く。

言葉が責める口調になってしまうのは、仕方ない。

「でもまぁ、怒って時貞くんが出てきてくれるんなら・・・僕はその方が嬉しかったなぁ・・・。結局、出てきてくれなかったけれ、ど。」

目の前が霞む。

君はもう僕の傍にいないのだと、突きつけられた現実。

「―――拓。」

灰皿に煙草を押し付けて消した彼の腕が、僕を引き寄せる。

黙ったまま、僕は彼に抱き締められた。

「・・・理解った。忘れなくても構わない。セロニアスを好きなままでも良いから・・・」

ずるいなぁ・・・こんな人恋しい時に、その台詞を言うの？

自分で僕を散々虐めておいて・・・慰めるなんて、反則だ。

鼓動が重なる。

速いのは僕だけじゃなくて、彼も同じ音を刻んでる。

「・・・好きだ。俺は、生きてるお前が欲しいんだ。死んじまったヤツに渡したくない。」

耳元に、吹き込まれた言葉は、一瞬で全身に衝撃を齎した。

「・・・え？・・・ぃたっ！」

思いっきり動揺が顔に出たらしい。

余りの衝撃に固まった首筋を齧られた。

痛みに、漸くこれが夢幻なのではなくて、本当なのだと理解った。

「・・・拓・・・」

信じられないほど甘い声で名を呼ばれて、背筋が震える。

「もう逃げないって言った台詞、忘れるなよ・・・俺は、何処までも追いかけて、お前を捕らえるからな。この腕で・・・」

逃げられないようにきつく抱き締められる腕の中で、意識が混乱する。

彼の告白が余りにも信じられなくて・・・唐突で。

熱い激情に包み込まれて、全身が燃え上がる。

熱病をうつされたかのように、意識がクラクラした。

「あの・・・ちょ・・・まっ・・・待って・・・」

「―――待たねぇ。」

「・・・今、とんでもない台詞が、聞こえた・・・」

「あぁ？」

「―――好き・・・って・・・？！・・・」

「あぁ・・・言ったな。」

朦朧とする意識を何とか引き寄せて、僕が恐る恐る聞き返したら、何でも無い事の様に彼はあっさりと首肯した。

ついでに、腕の力が強まって、ますますきつく抱き寄せられる。

まだ服を着ていないから、互いの肌の感触が生々しくて・・・嫌と言うほど現実を思い知らされる。

全く想像もしてなかった想定外の出来事に、思考が追いつかない。

「―――信じらん無い・・・」

呆然と口から零れ落ちたのは、素直な感想。

君が親友と言った彼。

少し似ているとは思ったけど・・・彼は君じゃないのに。

僕に同じ言葉を告げた。

瞳の奥が熱くなる。

止まった筈の涙が溢れ落ちる。

「・・・拓。」

全然違うのに。

君の声音と彼の声音は違うトーンなのに・・・重なっていく。

「―――好き、だ。」

言い聞かせるように耳に届いた台詞。

君じゃないのに、心が震えた。

認めたくなくて・・・認められなくて・・・。

ただ首を横に振ることしか、もう出来ない。

―――君を忘れない。

譬えもう二度と君に会えなくても・・・君を好きだった事は忘れない。

そう、心に決めた筈なのに。

何度も紡ぐ様に綴られる想いに、捕らわれていく。

溺れそうなほど、息苦しい抱擁から逃れる術も見つからなくて―――

君を見失って半年。

僕の現実は、またしても逃避したくなる程・・・波乱に満ちていた。

それでも・・・。

もう、独りじゃないよ―――ね、時貞くん。