止まらない熱情




吐く息が白く染まる。

この季節のバイクは寒い。

完全な防寒で全身を包み込んでも・・・。

どうしても隙間から、冷たい風が入り込んでくるから。

暖かいコタツの誘惑に打ち勝って、出てきた。

突然に掛かってきた電話の相手には、それだけの力がある。

ついつい呼び出されれば、こうやって寒い中を出てきてしまう程。

自分でも、どうしてこんな風になってしまったのか・・・。

考え始めると、きりが無くて。

―――でも、もうそれは心に刻み込まれている“想い”だから。

待ち合わせの場所で待っているだろう相手を思いやって、必死に寒さと戦いながら拓は目的の場所までバイクを疾駆させた。

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薄暗闇に、明かりが点る。
口に咥えたタバコに火を点ける為に。
降ろした髪が、思っていた以上にウザくて、掻き揚げると・・・鼻の頭の傷が現れた。
紫の髪が、サラリと流れる。
この街は、来る度に絡まれる事が多いから、尖がった格好は敢えて、止めたのだが・・・。
吸い込んだ煙を、ゆっくりと吐き出すと、白い煙が空気に溶ける。
電話をしてから、２０分。
コンビニの駐車場の一角で、明かりの届かない場所で佇みながら、緋咲は時計を睨みつけた。
待ち合わせ場所を、室内にすれば良かったと今更ながらに思う。
寒さに関しては、それ程でもなかったが・・・明るい場所で待っていると通行人がジロジロ見ていくので、本当に煩わしいのだ。
ギロリと睨みつければ、足早に消えていくけれど・・・。
「チッ・・・」
舌打ちをして、視線を流す。
その途端、遠くから聞きなれたエンジン音が響いてきた。
見る見る内に、そのバイクは近付いてきた。
「ま・・・待たせちゃった？・・・ごめん。」
約束した相手が、困ったような顔で、頭を下げる。
それよりも、緋咲が呆れたのは、その姿だった。
「なんだぁ？・・・その格好・・・」
頭には、毛糸の帽子。首にはマフラー。
グリップを握る手には、手袋が巻かれていて、着込んでいるジャンパーの下はモコモコしていた。
小さな身体が、服に埋もれているかのようだ。
いくら今が真冬だとはいえ、大げさだろう。
「え？―――だって、寒いんだもん。お風呂に入った後だったし・・・」
「悪かったな、変な時間に呼び出して。」
プクッと膨れていう拓に悪気はない。
だが、緋咲もムッと表情を変える。
わざわざ横浜まで来た自分が、何だか滑稽に思えたからだ。
「そうだよ。―――でも、会いたかったから、来ちゃった」
えへっと赤くなって笑う拓に、緋咲の機嫌はあっと言う間に戻るのだが。
無言で、バイクに乗ったままの拓の頭をクシャッと撫でる。
「たしかに・・・このままだと、風邪引いちまうな。」
触った髪は、言葉通りにまだ湿っていた。
緋咲の言葉に、拓はうーーんと考える素振りを見せる。
「―――ボクん家来る？」
言われて、逡巡する。
何度か家まで迎えに行って、拓の母親とはあった事があるが・・・この時間ならば、父親も帰ってきているだろう。
普段一緒に生活していない自分が言うのもなんだが、それはヤバイ気がして、緋咲は眉を顰める。
「この時間にか？」
その意味が取れなくて、逆に問い掛けると何故か拓は真っ赤になった。
「・・・え？あ・・・あの・・・べ・・・別に・・・誘ってるとか・・・そーゆーんじゃ・・・」
しどろもどろと、理解不能な事を言う拓の考えが掴めなくて、緋咲の表情がますます凄みを増す。
「―――拓？」
低く、問い質す。
「・・・だから・・・その・・・今日、両親いないから・・・僕一人で・・・」
ボソボソと続けられた台詞に、緋咲の瞳がキラーーーンと光った。
「今すぐ、行くぞ。」
グィッと拓の顎を持ち上げて、濃厚なキスをぶちまけると・・・そのまま緋咲は酷くＳＥＸＹな笑みを浮かべてみせた。

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「ちょ・・・っっ！！」
玄関に入って、鍵を閉めた途端に緋咲に抱え上げられて、自分の部屋に連れて行かれると・・・そのままベッドに引き摺りこまれる。
次々と着込んでいた服を剥ぎ取られる。
だから、誘っていた訳じゃないのに・・・と拓は考えたが、言ってしまったものは戻らない。
親が不在だという事を暴露したのは拓なのだし・・・一緒に居たいのは確かだから。
「・・・ん・・・冷たっっ！」
素肌に触れた緋咲の指先に、思わず身震いすると、不意にその手が止まった。
「じゃあ、暖めてくれ・・・お前の熱で。」
少し困ったように呟く緋咲の長い前髪が、その表情を隠す。
拓の事を、ベッドに抑えつけたまま、緋咲はあっさりと着ていた服を脱ぎ捨てた。
何度経験しても、他人と素肌で触れ合う感触になれない。
更に、これから行われる事を想像してしまって、拓は全身を染め上げる。
「―――ひゃっ・・・あ・・・」
火照った身体の上を、冷たい指が辿っていく。
そのゾクゾクする感触に、拓はプルプルと首を横に振ってしまう。
更に、冷たい指先が触れた後を、唇が辿ると・・・もう、何がなんだか理解らなくて。
冷たいのか―――熱いのか。
感情に流されてしまわないように、思わず手の甲を噛んでしまう。
そうしなければ、自分がどうにかなってしまいそうで。
痛みに一瞬だけ覚醒する。
自分を取り戻す直前、気付いた緋咲に捉まってしまう。
「・・・バカ。傷付けるな。」
囁かれるように呟かれて、手を奪われてしまう。
不安そうに見詰める拓に、緋咲は思わず見とれてしまうような切なげな表情を浮かべて・・・口付けた。
「―――欲しいのは、俺だけか？」
問われて、拓は目を見開く。
そうして、プシュウと湯気を出しそうな程顔を紅潮させてから、小さく首を横に振る。
それでも、すんなりと想いを口にするには、恥ずかしすぎて。
言葉にする代わりに、ギュッと目を瞑ってから両腕を緋咲の首に回す事で、応えた。
それが、拓の背一杯の愛情だと知っている緋咲は、酷く満たされた笑みを浮かべる。
腕の中の拓が、愛しくて堪らない。
一刻も早く、その身体で・・・その全身で暖めて欲しいから―――寒い『心』を。
緋咲は、ゆっくりと拓の口唇を味わうように口付けた。

「―――も・・・や・・・」
泣きながら、拓が懇願する。
過ぎる快感に、拓はいつも凄く臆病になる。
もっと、感覚に身を任せてしまえば楽になれるだろうに・・・。
尤も、羞恥に全身を染め上げながら、それでも受け入れてくれる拓が、緋咲には新鮮で堪らないのだが。
口から零れる言葉ほど、拓の身体は嫌がっていないから。
緋咲の口元に、笑みが刻まれる。
何時まで経っても、拓は緋咲の征服欲をよく満たす。
泣かせたい訳ではないけれど―――自分の与える快感に咽び泣く拓の姿が愛しい。
「・・・たく・・・」
「―――っっ！！」
深く身を沈めて、繋がりを更に強くすると・・・拓は耐え切れないという風に、髪を乱した。
零れ落ちた雫が、汗と共に弾ける。
腕の中で大きく反り返る拓の身体を抱きしめて、緋咲も何度目になるか理解らない自身の解放を促した。

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脱ぎ捨ててあった服のポケットから、タバコを取り出す。
ライターで火を点けようとして、ここが自分の部屋でもラブホでもない事を漸く思い出す。
「・・・チッ・・・」
タバコを吸わない拓の部屋に、灰皿が置いてある筈もなくて。
軽く舌打ちすると、緋咲はタバコに火を点ける事を諦めた。
腕の中、疲れたように意識を失っている拓を、わざわざ起こして灰皿を用意させる程・・・鬼畜ではない。
まぁ・・・散々、＜極悪非道＞とは言われているが・・・。
それでも、腕の中の拓は、緋咲を受け入れた。
どんなに酷い事をしても・・・ダチが敵対していても・・・。
―――困ったような笑みで、緋咲を選んでくれた。
だから、緋咲も手放せない。
意志の強い真っ直ぐな瞳に、捉われてしまったあの時から。
最初はこんな風な関係になるなんて、全く想像もしていなかったのに。
「・・・ん・・・」
緋咲が離れたので、寒くなったのか、無意識に拓が身を動かす。
モゾモゾと毛布に抱きつこうとしているのを見て、緋咲は目を細めた。
ここ最近気付いたのだが、拓は本当に寒がりだ。
女・子供でもあるまいし・・・と思って、その考えに苦笑する。
その体温の高さは、確かに子供なのかもしれないと思いやって。
「―――ガキ・・・。抱きつく相手を間違えるな。」
毛布を取り上げて、抱き込むと拓は眠ったままムゥッと顔を動かす。
どうやら、緋咲の身体では、暖かくないようだ。
確かに、抱き合っている時ならば、緋咲の方が熱を持っていたかもしれないが・・・。
それでも、素肌に擦り寄るように身体を動かした拓は、緋咲の腕の中で落ち着く場所を探し当てたらしい。
柔らかな寝顔で、そのまま静かになった。
体温の高い拓が、腕の中に居るのだから・・・緋咲も自然と眠たくなってくる。
一人暮らしをしている自分の部屋でなく、ラブホでもないこの場所では、一緒に寝るのも躊躇するものがあるが・・・。
それでも、部屋全体の雰囲気が―――ここは確かに拓の『場所』なのだと理解って。
そこに緋咲を招いて、受け入れてくれたのだという事が、何よりも嬉しくて。
「・・・お前の親・・・帰ってきても・・・しらねぇぞぉ・・・」
湧き上がってくる眠気に誘われるように、緋咲も意識を飛ばしていく。
腕の中の暖かい存在だけを・・・ただ感じて。

―――体温の低い自分も、熱が上がったような気がした。

翌日、拓の親はまだ帰ってこなくて、大丈夫なのだが・・・。
休みだからと、朝っぱらから拓の家に遊びにきた真里と鉢合わせをしていまい、大修羅場になるのは―――それから５時間後のお話。