ＳＥＸＹ　〜プロローグ〜


　出会いは最悪・・・それもスペシャル級の険悪なものだった。
　薄暗い国際埠頭"海の公園"の中・・・バイクのライトに照らされた紫の髪が、妙に印象的で・・・。
　「よぉー、"ゴキゲン"じゃねーか？」
　そう尋ねられた詞に、振り向いた瞬間の・・・視界に移った人物に、拓はザッと青冷めた。
　左胸に縫い付けられた狂悪飛童のプレートに、腕に刺繍された横須賀の文字・・・何よりもそのチーム名に、目を疑う。
　横須賀―――『麓沙亜鵺』。
　それは、拓に初めて強さというものを教えてくれた秀人が率いるチーム『外道』と、天敵状態のチームだった。
　「いちおう聞ーとくけどよ・・・てめー"外道のモン"か・・・？」
　直に尋ねられて、拓は一瞬目を見開く。
　秀人とは、"トモダチ"だが、別に『外道』のメンバーという訳ではないからだ。
　「外道かって・・・？あの"ボク"は・・・その・・」
　何と答えれば良いのか・・・悩む。
　取り合えず否定した拓に向かって、紫の髪の男−緋咲−は冷めた視線を向けた。
　「だったらよ・・・消えちまいなっ！」
　そのセリフと同時に、物凄い衝撃と痛みが、拓の腹を直撃した。
　そのショックに耐えきれなくて、拓は腹の中に入っていたもの全てを吐き出してしまった。
　「チっ・・！"さっきのヤロー"も"てめーも"・・・"横浜の人間"は効ーてるフリがうめェーな・・・」
　拓を殴った拳を握りしめたまま、緋咲はつまらない事のようにそう告げる。
　蹲ったまま、拓はその詞に更にショックを受ける。
　こんなに強烈なパンチだと言うのに、緋咲が本気ではないという事を知って。
　「消えちまえよォ・・・"チビ"！」
　クルリと背を向けた緋咲が、そのまま歩いていく。
　胃の中のものを全て吐き出した拓は、漸く息をつく事かできた状態のままだ。
　「緋咲さんは"アマい"っスよォ・・・」
　「相手が強かろーが弱かろーが・・・」
　周りで見ていた同じ『麓沙亜鵺』のメンバーたちが、緋咲に向かって言う。
　「俺はよ・・・"はいつくば"った"弱"ェー奴を追い込む"シュミ"はねーからよ・・・」
　静かに答える緋咲に、メンバー達は半分は納得したようだ。
　「そりゃー緋咲さんがムキる相手じゃねーけど・・・今の状態は丸で"百獣王"が"子猫"相手にしてるみてーなもんっスよォ・・・」
　緋咲の強さを認めているメンバーの独りが、例えを述べて、緋咲と拓の強さの違いを告げた。
　それを聞きながら、拓は自分の弱さを実感する。
　助けに来た筈の女の子に、逆に声を掛けられて・・・促されるようにその場から帰ろうとした。
　その瞬間までは。
　「ま・・・俺は"アイツ"とは違うからな・・・"弱"いモンイジメの"外道"の秀人とは違うからよ！」
　はっきりと聞こえた緋咲のその言葉に、衝撃が拓の全身を包み込む。
　「俺はあんな腐った・・・根性してねーんだよ・・・」
　それが、決定打だった。
　ピタリと拓の足が止まる。
　驚く麻美の視線にも気付かずに、拓は記憶の中に意識を戻した。
　緋咲の口から零れた名前に・・・。
　拓の中で何かが変わる。
　最高に尊敬している"秀人"の名を、緋咲は今拓の前で汚したのだ。
　＜"秀人"くんは弱いものイジメじゃ・・・＞
　出会ってからの様々な回想が、拓の頭の中を駆け巡っていく。
　胸ポケットに手を入れて、その中の『モノ』をきつく握り締める。
　＜そーだよ　勝てっこなんかない・・・秀人くんの名前を出して・・・負けたりしたら　よけーみじめかも・・・でも・・・＞
　握り締めた手の中にある『モノ』が、拓に勇気をくれる何よりも大事なものだから。
　取り出した長いものを、拓はそのまま身に付けた。
　「あ？　外・・・」
　「上等だよ！！秀人はオレの"マブダチ"だ！！」
　精一杯の根性を出して、拓はそう宣言した。
　そこにいた全員の顔が、驚きのものとなる。
　拓が取り出した『モノ』・・・それは、秀人からもらったハチマキだった。
　『外道』と刺繍された−それ。
　はっきり言って拓は『外道』のメンバーではない。
　それでも、秀人の友達だと思っている。
　半分以上は憧れに近いものかもしれないが・・・そんな秀人を、緋咲は卑下したのだ。
　許せる筈もない。
　喩え、相手がどんなに強かろうとも・・・。
　「"秀人"の"ダチ"だァ？」
　完全に表情を変えた緋咲が、拓と真っ正面に向き直る。
　その物凄い威圧感に、拓は全身が恐怖で震えるのを止める事ができなかった。
　それでも、大きく見開いた瞳で、相手を凝視する事だけは止めない。
　「"秀人"くんは"弱い者"イジメなんかじゃない！」
　「"上等"？ヘェ・・・？オメーそのハチマキ締めて"麓沙亜鵺"に上等かよ？」
　怒りの形相を表す緋咲が、確認するように問いかけた。
　その凄味に、拓の震えが、高ぶる。
　噛みしめ切れない歯が、ガチガチと音を立てる。
　「テメー　わかってんべなァ？！あぁ？！」
　「"外道"だァ？！ハッタリでしたじゃすまねーゾ！チビ！！」
　イキがった他の連中が、叫ぶ。
　「こんだけ正面切ってオレらに"上等"くれてんだ！根性見してみろ！」
　緋咲の言葉に、拓は秀人に貰った"秀人メモ"に掛かれていた事を実行してみようと思った。
　だが、気合を見せる為に足を動かした瞬間、緋咲の強烈な破壊力を秘めた拳が、拓の顔面に炸裂してしまう。
　「ナニ"一発"でくたばってやがんだよォ？！てめェーよォ！！」
　拓が倒れるのを許さずに、次々と凄まじいパンチが繰り出されていく。
　既に痛みすら限界を超えていた。
　成す術もなく殴れ続けながら、拓は自分が余りにも無謀な相手に向かっていってしまった事を認識する。
　自分が、どんな風に殴られているのかすら、既に感覚がない状態で・・・それでも拓は必死で耐えていた。
　＜"倒"れたくないよ・・・"絶対"・・・"秀人"くん・・・！オ・・・オレ・・・今・・・立っていられるのかナ・・・？！＞
　「ナンだよ？テメー・・・"喧嘩"なんかしたことねーだろ？拾った"ハチマキ"かなんかで・・・"強"くなった"気"でいるんじゃねーゾ・・！！」
　殴られ続ける拓に、漸く理性を取り戻した緋咲が、冷めた口調で言う。
　「"口だけのフカシ小僧"がよ・・・」
　その呆れたような口調に、拓がヨロメキながらも立ち上がる。
　「・・・違う・・・この"ハチマキ"は・・・拾ったんじゃない・・・"秀人"くんは俺の・・・」
　食ってかかった瞬間に、足元に転がっていた壊れたビンに足を取られてしまった。
　ハッとした拓がその勢いのままで飛び込んだのと、緋咲が振り返ったのは同時だった。
　ハチマキを握り締めたままの拓の拳が、偶然にも緋咲の顔面を捕らえた。
　「キタネーな・・・てめーよ・・・"汚ー"って言ってんだろーがッ？！」
　完全に緋咲がブチ切れてしまう。
　「"秀人"くんだァ？！"外道"だァ？！あぁ？！」
　叫ぶように告げながら、拓の頭を抑えたまま、サンドバック状態のように拓の顔面を次々と殴りつけていく。
　「オウ？！"バール"持ってこい？！」
　見ていた連中の方が、その凄まじい怒りの迫力に、ビビッて青冷める程だ。
　ボコボにされた拓の顔面に、何筋もの血の流れが作られていく。
　ガクガクとなる膝は、そんな状態でもまだ地面についてはいない。
　＜真っ暗だ・・・ナニも見えな・・・秀人くん・・・オレ・・・倒れな・・・＞
　朦朧とする意識の中で、それでも拓は秀人への想いを抱えていた。
　倒れる事は、負けなのだ。
　強くなると秀人と約束したあの日から・・・拓は今日まで必死に頑張ってきたのだ。
　喩え、どんなに強く・・・拓なんかじゃ到底勝てない相手であろうとも・・・気持ちまで負けたくないから。
　手にしたバールを、緋咲はアスファルトに一度当ててから、その重みを確認して勝ち誇ったような笑みを浮かべている。
　「"外道"だァ？！」
　その名に、額の血管が浮き上がる。
　緋咲にとって憎んでも憎み切れないその名前に。
　「オレの前でもっぺん"その名前"を、いってみろやあぁ！あぁッ？！」
　怒りのままに大きく振り上げられたバールが、拓に向かって振り落とされる刹那。
　麻美の悲鳴が、響き・・・同時に凄まじいまでに路面をかみ砕くかのような排気音が響いた。
　あっという間に、それは緋咲と拓の間に飛び込んだ。
　拓を狙っていたバールが、止められ・・・拓を捕まえていた緋咲の腕に、ひじ鉄が入る。
　それは、拓の幼馴染みのヒロシとその相棒のキヨシに他ならなかった。
　「よォ・・・"拓"ちゃん・・・どーしたんだよ？！こんなトコでよ・・・」
　ニコッと笑みを見せて、ヒロシはサングラス越しに柔らかな眼差しを向ける。
　「ヒ・・・ヒロ・・・シ・・ちゃん？！」
　霞む視界の中で、拓は声によってそれがヒロシである事に気付いた。
　「ヒロシ？」
　突然現れた相手に、緋咲が驚きの表情を浮かべる。
　「ズイブン、"久々"に"会"えたっつーのによ・・・"退屈させねー"ナ？"拓"ちゃんはよ・・・」
　「"血"ィ出てっぞ・・？"痛"かったろ？」
　キヨシとヒロシの言葉に、拓は殴られた顔のまま、困ったような笑みを浮かべる。
　ヒロシとキヨシの背中に背負った『風神』と『雷神』のプリントに、緋咲がバッと距離を置いた。
　「そーかよ・・？"てめーら"が、"バクラ天"の"特攻一番機"かよ？！」
　ペロッと唇の端を嘗めながら、緋咲が告げる。
　「"好き勝手"やってくれたみてーだナ？！オレの"マブダチ"によォ！！」
　「オレが"殴りっこ"で"1000倍"にしてけェしてやっからよォ！！」
　アオリをくれながらキヨシが言うと、完全にブチ切れた状態のヒロシが怒鳴る。
　「くっ・・くっ・・・"黒魔術師"潰したくれーで嘲わせんじゃねーよ・・・」
　対峙する緋咲が、平然とその怒りの迫力を受け止めた。
　「"ヒ・・ザキ"・・・とかゆー"ヤツ"だべ？"テメー"よ・・・」
　相手が誰だかをヒロシも確認した。
　「"凶器"だぁ？"俺"は拓ちゃんみてーに・・・"やさ"しか"ね"ーぞ！！」
　キヨシは近くに止まっていた車のサイドウィンドーを、握り締めた拳でブチ割って、その怒りを露にした。
　「ぜってェ"後悔"さしてやっからなァ！"横浜"にきたことをよォ！！」
　ヒロシにしても、大事な幼馴染みの拓をここまでやってくれた事に対しての怒りが収まらないようだ。
　「ゴタゴタ"のべて"んじゃねーゾ！ボンクラコゾーがあああァッ！！」
　緋咲のその言葉によって、戦いの火蓋が落とされた。
　緋咲の相手はタイマンでヒロシが・・・それ以外の連中はキヨシが相手をする。
　迫力のある乱闘が始まった。


　一瞬気を失っていた拓が、漸く意識を取り戻した時も、まだ乱闘は続いていた。
　「あ・・・ヒロシ・・・ちゃ・・・さっきのは夢じゃ・・・」
　乱闘を見た拓の瞳が見開かれる。
　ヒロシとキヨシが『麓沙亜鵺』のメンバーに押されているようなのだ。
　「"ヒロシ"ちゃん！"キヨシ"くん！！」
　ガバッと起き上がった拓が、そのまま立ち上がる。
　「何を・・？ダメだよ！"や"られちゃうよ・・・！」
　叫ぶように告げる麻美の言葉に、背を向けたまま、拓はギュッと拳を握る。
　「オレ・・・強くなんかないけど・・・"友達"が"オレ"のために"オレの敵"と闘ってる・・・行かなきゃ・・・」
　口元に笑みさえ浮かべて、拓はそう答えた。
　そうして、友の為にまた戦いの中に身を投じる。
　「うわっ？！」
　近づいた途端、緋咲に吹き飛ばされたヒロシが飛んできて、拓は慌ててその身体を支えた。
　「よー、"拓"ちゃん・・・目ェ"覚"めたんか？」
　拓を気づかうヒロシの口調と、全身を流れるような汗に拓が気付く。
　「"ヒロシ"ちゃん！具合が"悪"・・・」
　「ナンでもねーよ・・・"待"ってろよ！今あの"ダボ"野郎"ぶ"っ飛ばしてくっからよォ・・・」
　拓の問いに答えずに、ヒロシはまた緋咲に向かう。
　「てめーは寝てろォ"ヒロシ"ィ！まだ"熱"が下がってねーだろうが？！」
　「チッ！"テメー"だって、４１．５度のクセしやがって！！」
　完全にムリしている状態のヒロシの事をバラしたのは、キヨシだった。
　だが、そのキヨシもまた同じ状態である事をヒロシが言い返す。
　＜"熱"・・・"風邪"・・・？！＞
　拓の意識の中を、そんな言葉が過ぎる。
　「そーかよ・・？"熱"かァ・・・？"てめーの都合"なんざ聞ーちゃいねーゾ・・・」
　ニヤッと笑みを浮かべて、緋咲はヒロシに近づいた。
　「"ヒザキィ・・・てめェ・・・！」
　冷や汗をかきながら、青冷めた表情で、ヒロシが相対する。
　最初に危機に陥ったのは、キヨシの方だった。
　４人がかりでこられたので一瞬アワやという状態になってしまったのだが、流石という強さで切り抜けてしまう。
　「ヘッ・・・ッたく・・・人間かよ？！アイツ・・・」
　そんな相棒を、ホッとしたように見ていたヒロシが、今度は緋咲に捕まってしまう。
　「オラ！てめーよォ！どこ見てやがんだよォ！あぁ？！」
　繰り出される緋咲の拳をモロに食らってしまった。
　＜こんどは"ヒロシ"ちゃんが・・・ヤバい・・！どーしたら・・・＞
　目の前でヒロシが殴られるのを見て拓が心を傷める。
　何かをしなくては・・・と周りを見回して、自分の単車に積んでいた学生鞄を見つけた。
　それを使って、前に秀人に教えて貰った事を試みようと思ったのだった。
　「"上等"がどーしたって？あ？」
　凶器のバールを掴んだ緋咲が、勝ったようにそう尋ねている。
　頭を持ち上げられたヒロシは、もう答えられる状態ではなかった。
　「"これ"で・・・」
　意を決した拓が、もう少しで鞄に手が届くという時に、キヨシに蹴り飛ばされた者が、その勢いのまま拓の身体を押した。
　「へ？」
　鞄を掴み損ねた拓が、勢いに押されて前のめりのまま、態勢を直そうと掴んだ場所がまた不味かった。
　思わずハンドルを掴んでしまい、その拍子に切ってなかったエンジンが掛かってしまう。
　気付いた時には、拓は片手でハンドルにぶら下がったまま、ウィリーをする状態になっていた。
　バイク音に気付いた緋咲が、振り向く。
　全員の視線を集めたまま、拓はそのまま片手ウィリーのままフローティングターンを行ってしまう。
　クルリと向きを変えた拓の単車は、そのままの勢いでウィリーのまま緋咲に向かっていく。
　飛び退くように、緋咲が避けて、拓は真っ直ぐに進んでしまい・・・慌てて、バイクを止める為にクラッチを切ろうとした拓は、またしても失敗して今度は逆にアクセルを全開にしてしまった。
　「どわあああ・・・？！」
　想いとは正反対に、事態はどんどん拓の意思から離れていくようだ。
　後輪が路面を噛み、そのまま単車が反回転となってしまう。
　「"上等"だ！クソチビ！！」
　ウィリーのまま襲いかかる恰好となってしまった拓を、緋咲はバールを振り上げて待ち構える。
　二人が接触する瞬間に、緋咲は拓のバイクの前輪にそのバールを思いっ切り叩きつけた。
　「てめェあああ！！」
　「ひっ？！」
　バイクに与えられた衝撃で、拓の身体が振り回され・・・ウィリーの状態からアスファルト面に落ちた前輪の反動で持ち上がってしまった後輪が、そのまま緋咲の顔面を強打した。
　「がっ！はっ・・！！」
　タイヤが、そのまま緋咲の左頬を削り取る。
　「わあっ・・・？！」
　「た・・・拓ちゃんっ？！」
　吹き飛ばされた緋咲と、同じ方向に拓もバイクから飛ばされた事に・・・気付いたキヨシが焦った声を上げる。
　目の前で見てしまったヒロシは唖然としたまま声も出なかった。
　倒れ込んだ緋咲の上に、拓もまたバイクから振り落とされてしまったのだが・・・。
　＜・・・げっ（Ｔ△Ｔ；）・・・？！＞
　接触したのは、一瞬だった。
　しかし、偶然ではあるのだが・・・ここまで不幸な出来事ははっきり言ってないのではなかろうか？
　できる事なら、今のは全くナシ！−と、記憶の中から消去してしまいたい事が、現実に起こってしまったのだ。
　＜ボ・・・ボクの・・・ファースト・キス・・・・＞
　慌てて身を起こしたのも束の間・・・余りの事に声も出ない程、動揺して。
　拓はただ、泣く事しかできなかった。
　その拓を振り落としたバイクは、操作する者もいないのに、緋咲をぶっ飛ばした勢いのまま、空中を舞うようにして公園の外まで飛び出した。
　そうして、けたたましいサイレンの音を慣らして、集まってきていたパトカーの一番前の車のフロントを直撃し・・・１０台以上のそれらを、玉突きのように事故らせてしまった。
　「ああっ"エディローソン"号・・・」
　泣きっ面にハチの状態で、拓が呟く。
　余りの展開に拓が、そちらに気を取られている内に・・・危険な音がすぐ脇で響き・・・視線を向けるとそこには頬を削られた緋咲が立ち上がっていた。
　「てめェ〜〜ぜってー"許さねー"からよ・・・」
　余りの緊迫感に、拓の背筋に戦慄が走る。
　＜ヒロシちゃんもキヨシくんも"熱"と"ケガ"で"ボロボロ"・・・"僕"がヤルしか・・・＞
　周りを見回すが・・・とても頼れる状態ではないと悟った拓は、ギュッと拳を握り締めて緋咲と対峙した。
　覚悟を決めた拓の後ろから、急に真昼の明るさのようなライトが照らされて・・・驚いて振り向くとパトカーがこちらに向かってやってくる所だった。
　それも、一台や二台などではない。
　その数の余りの多さに、その場の者たちの中に驚きが広がる。
　「"警察"がどーした？！上等じゃ！コラッ！！」
　そんな中で、最初に行動を起こそうとしたのは緋咲だった。
　拓に向かって持っていたバールを振りかざすが、やはりバイクの後輪で殴られた衝撃が激しく・・・片膝をついてしまう。
　「ヒ・・・"緋咲"さん？！」
　「"緋咲"さん　これ以上"さわぎ"大きくしちまったら・・・フケられねェースよォ！！」
　仲間たちの言葉と、徐々に大きく鳴るサイレンの音に迫られて・・・緋咲は舌打ちをする。
　こんな屈辱を受けるのは、緋咲にとって生まれて初めての事だった。
　完全に見下していた相手に・・・９９％勝ちが決まっていた者に止めを刺す事ができなかったのだ。
　それも、明らかに自分の見立て違いで・・・。
　「"忘れ"んじゃねーぞ？！またくっからよォ！！」
　そう叫ぶように告げると、苛立ちを抱えたまま、緋咲は自分の単車に飛び乗った。
　そのままアクセルを全開にして、周りを囲み始めたパトカーの輪をすり抜けて行く。
　緋咲たちの姿が、走り去っていくのを見て、拓はホッとしたように息をつこうとして・・・今度は逆に自分たちがパトカーに囲まれてしまった事にショックを受ける。
　「バックれっゾォ！拓ちゃん！！」
　「あっ・・・うんっ？！」
　ヒロシとキヨシの言葉に、ハッとしたように動こうとした拓は、視界の隅に映った『モノ』を慌てて拾い上げて隠した。
　今回の全ての元凶でもある『外道』と刺繍されたハチマキ・・・。
　「どしたー？」
　不思議そうに尋ねるキヨシに、拓は何でもないと言う風に手を振った。
　＜"獏羅天"だった時は"ヒロシ"ちゃん達"外道"と全面対立してたんだもんネ・・・・＞
　心の中で冷や汗をかきながら・・・そっとポケットに戻してしまう。
　そうして、拓たちは、何十台といるパトカーから逃げだす為に、四苦八苦の思いをするハメになるのであった。
　

　町中に戻ってきて、ガソリンスタンドで拓はヒロシたちと別れる事となった。
　「あ・・・あの・・"ヒロシ"ちゃん"キヨシ"くん・・・今日はボクのために・・・」
　「あ？」
　「何いってんのよ？"拓"ちゃん！」
　真面目な顔つきで言う拓に向かって、二人は何でもない事のように告げる。
　「"拓"ちゃんの"敵"はオレらの"敵"よォ！！」
　まるでそれが当たり前の事のように・・・。
　それが、また拓には嬉しい事なのだが。
　「それより"拓"ちゃん・・・」
　ふと、ヒロシがマジな顔つきとなって拓を見る。
　「さっき・・・緋咲のタコとぉ・・・」
　思い出したくもないような苦々しい面で、ヒロシが告げる事の意味が理解らなくて拓は一瞬キョトンとする。
　「ナニ？」
　「だからよぉ・・・単車で二人で吹っ飛んだ時によォ・・・」
　拓の問い掛けに、ヒロシは更に言いにくそうにそう告げ・・・いきなりあの時の場面を思い出してしまった拓は、ババッと青冷めた。
　「ヒッ・・・ヒロシちゃーん（Ｔ△Ｔ；）」
　思い出さなくて済むというのなら、一生思い出したくはなかったものを・・・。
　つい、恨みっぽく見つめてしまう拓であった。
　「チッ・・・やっぱ・・・もっと殴っとくんだったぜ・・・！なぁ、"拓"ちゃん・・・あのタコがまたきやがったりしたら、ぜってェ、オレらを呼べよナ！今度は、んなタコヤローにでけえ面なんかさせネーからよォッ！」
　「・・・ヒロシちゃん・・・」
　眉を顰めて苛立たしげに告げるヒロシに、拓はジーンとしてしまう。
　「・・・うん。」
　フワリと笑みを浮かべる拓に、ヒロシもまたサングラスの奥の目を細めた。
　「後で"腫れ"っと、てーへんだからよォ・・・ちゃんと、手当てすんだぜっ！」
　キヨシが拓の傷を見ながら、そう言った。
　「ありがとう・・・"キヨシ"くん・・・。」
　優しくしてくれる二人に、拓は心の底からの笑みを浮かべて見せた。
　「じゃあよ！また遊ぼーぜ！！」
　二人の乗った風雷仕様のＺ�Uが遠ざかっていく。
　その後ろ姿を見ながら、拓は漸く緊張していた気持ちが和らいでいくのを感じた。
　そうして、一人になった途端に、拓の意識の中に浮かび上がったのは・・・。

　―――それは、夜叉のように恐ろしく、だが酷く印象的な紫の髪のシルエットであり・・・忘れようにも忘れられない程、脳裏に焼きついてしまっていたのだった。


　
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