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ＳＥＸＹ 〜このまま君だけを奪い去りたい〜
今日の緋咲は何だか機嫌が悪そうだ・・・。
いつもの様に、呼び出されて・・・約束の場所に来た拓は、そこで待っていた緋咲の様子が、何だか不機嫌そうに見えて、思わず後擦さってしまう。
「どうした？」
「・・はっ・・・はいっ？！」
やっぱり不機嫌そうな声で、逆に尋ねられて・・・拓はつい、ビクッと怯えてしまった。
「何、怯えてやがる・・・？」
そんな拓の様子に、緋咲は困ったように眉を寄せる。
最近は随分と慣れて、やっと緋咲の表情の変化が見てとれるようになった拓は、その柔らかな眼差しに、緊張を解く。
取り合えず、自分に対して怒っているようには見えなかったからだ。
では、一体どうしたと言うのだろうか・・・？
そこまで考えて、拓はある一つの考えに思い当たって、困った顔つきとなった。
何となく、秀人が絡んでいるのではないかと思ったからだ。
「・・・拓・・・。」
「はっ、はいっ（Ｔ△Ｔ；）」
改まって言われて、思わず拓も良い子の返事を返してしまう。
「・・・・・」
だが、拓が緊張した状態で待っていると、緋咲は一瞬躊躇った後・・・また口を綴じてしまう。
それが、また似合わない態度だったので・・・拓はますます不安になってしまうのだが。
「―――緋咲く・・・ん？」
イスに寄っ掛かるようにして、何かを考え込んでいるような緋咲に向かって今度は拓の方から問いかけてみる。
「・・・何だ？」
「あの・・・何か、怒って・・・る？」
恐る恐る問いかける拓に、緋咲は少し苛立ったようにグイッと拓の身体を引き寄せる。
「え？！あっ・・・？！」
言葉よりも早く、唇を奪われてしまう。
初めての事ではないが・・・何故か緋咲のキスはいつも突然だ。
だから、却って拓はドキドキとしてしまう。
緋咲の腕の中に、きつく抱き込まれてしまい・・・拓は困った顔つきとなる。
問い掛けを、はぐらかされたような気がして・・・。
「・・・拓・・・」
吐息を零すように、耳許で名前を囁かれて、瞬時に耳まで真っ赤になってしまう。
相変わらず、緋咲のこの声には慣れない。
だが、今日の響きは何処か違うような気がして、拓は真っ直ぐな瞳を緋咲に向けた。
そんな拓の様子に、漸く緋咲は決心したようだった。
「―――昨日、俺らも"増天寺"に行った・・・。」
「・・・！！」
ボソリと呟いた緋咲に、拓はその腕の中でビクリッと身を震わせた。
「・・・あ・・・あの・・・？」
「『セロニアス』と・・・どーゆー関係だ？」
「・・・（Ｔ△Ｔ；）」
いきなり、核心を突かれて、拓は瞳を大きく見開いた。
緋咲から、時貞との事を聞かれるとは思っていたが、少し怒ったように告げる緋咲に、何と答えればよいのか、答えに詰まってしまう。
「アイツ・・・ギター投げただろ・・・オマエに・・・。アイツがあれを投げるって事は・・・」
「えっ？！あっ・・・あれは、ボクもびっくりして・・・だから、時貞くんは、"トモダチ"で・・・それで・・（Ｔ△Ｔ；）」
ジーッと見つめてくる緋咲に、拓は慌ててしどろもどろと答える。
これで、一度は緋咲との事でケンカして、その後仲直りしてから、毎日のように会っているなどと知れたら・・・どんな事になってしまうのか・・・。
「−−随分と、気に入られたモンだな。」
「そんなっ！だって・・・時貞くん、ボクが緋咲くんと闘ったって知った時・・・凄く怖かった・・・だから、ボクよりも、緋咲くんの方が・・・」
親しいんじゃ・・・と告げようとした拓の言葉は、ギュッと抱き締める緋咲の腕の中に消えてしまった。
そーゆう問題じゃねぇ・・・。
そう緋咲は思っていた。
腕の中の存在を、確かめる為に・・・きつく抱き締めながら・・・。
拓の言っている事の意味と、緋咲の考えは根本から違っていた。
オトモダチ関係など、どうだっていいのだ。
要は、セロニアス時貞が、拓を気に入っているのか・・・そうでないのかの問題なのだ。
昔っからそうだった。
不思議な事に、感覚が近いせいで・・・似たような者や物を好きになる傾向が強いのだ。
時貞とはジュニアハイの時に同じクラスになったのだが・・・音楽で理解りあっていた。
時貞の探す"音色"と緋咲の探す"音色"は、また少し違っていたが・・・。
それでも、それが二人の共通の言葉だった。
いつしか二人して・・・別々の道を歩き始めて・・・また接触したと思ったら、今度はこれだ。
"音色"に関しては、狂おしいまでの情熱を自分がまだ持っているのだと、緋咲はあのライブで知った。
秀人に砕かれた左手の指先が、いつしか弦を引く真似をしていた事に気付いた時に。
そうして、ステージの上でその歓喜を紡ぎ出していた時貞が、演奏が終わった瞬間に、その『想い』の全てを、ただ一人の者に向かって捧げたのだ。
―――それが、『拓』だった。
瞬間、緋咲の胸に嫌な衝撃が走り・・・その時からずっと苛立ちが続いていたのであった。
時貞の性格を、よく知っているだけに・・・不安が拭えない。
だが、そんな事を拓に直に言う事もできなくて・・・緋咲のジレンマはますます広がっていくだけであった。
「・・・あの・・・緋咲・・く・・ん？」
暫くしてから漸く腕の中から開放してもらった拓が、少し上目使いで話しかける。
それに、緋咲が眼差しだけで応えると、拓は少し顔を赤くした。
「こんな事聞いたら、怒るかもしれないけど・・・あの・・・ボク、緋咲くんの"音色"ってどんなだろう・・・って・・・昨日思ったんだ・・・」
小さく呟きながら、チラチラと伺うように見る拓に、緋咲は口元を持ち上げる。
「セロニアスとは、違うぜ。俺には、あんなマネはできねーからな・・・。」
ギュッと拳を握り締める緋咲に、拓は泣きそうな表情となってしまう。
「ご・・・ごめん・・・・」
シュンとなってしまった拓の前髪をクシャッと撫でて、緋咲はスッと立ち上がった。
「緋咲くん？！・・怒った・・・？」
「出掛けるぞ。」
拓の謝罪に対して、緋咲はそう告げて歩きだす。
そんな緋咲の後ろを、拓はただ着いていく事しかできなかった。
店を出て、脇に止めてあった単車まできた緋咲は、後ろに乗せてあったフルヘルメットを拓に渡す。
それは、遠出をするという事だ。
最初は乗るのを躊躇った緋咲のバイクの後ろに、拓は素直に跨がった。
そのまま、緋咲は『ＦＸ４００』を走り出させた。
風が、うねりを上げて後方へ流れていく。
風圧に飛ばされてしまいそうで、拓は必死になって緋咲の背中にしがみついていた。
―――横浜・・・『∞』。
その店の前で、緋咲のバイクはエンジン音を止めた。
軽い風圧を残して、やっと振動が止まった拓は、ホッとため息を零した後・・・そこが何処なのかを確認して、目を点にした。
「・・・ここって・・・・」
「行くぞ。」
拓の気持ちと裏腹に、やっぱり緋咲の目的の場所はそこだったらしく・・・歩いて入ってしまう。
どうしよう・・・・
―――拓は一瞬、躊躇した。
何しろ、ここにはあの桜宮がいるのだ。
そんな場所に緋咲と一緒にいて、もしも『爆音小僧』の皆にばれたらと思うと、足が動かない。
「どうした？」
地下に入る入口の所で、緋咲が立ち止まって振り返る。
緋咲が、待っているのだと気付いて、拓は慌てて近づくが、表情は困惑したままだった。
「・・・嫌なのか？」
問い掛けのような緋咲の言葉に、拓は戸惑う。
だが、何もなく緋咲がここにくる筈もないのだ。
「ここには、セロニアスはこないはずだ。」
きっぱり言い切る緋咲に、拓もそれは納得した。
何しろここには、時貞に対して殆ど追っ掛けのような状態の自称ライバルがいるのだ。
余程の事がなければ、時貞が近づく事はないだろう。
「それでも、嫌か？」
再度の問い掛けに、拓はギュッと拳を握って、息を飲み込んだ。
「・・・行く・・・。」
意を決した拓の瞳に、もう迷いは無かった。
「おい・・・」
「・・・何だよ・・・あれ・・・」
ザワザワとした喧騒が広がっていって、拓は思わず緋咲の服の裾を掴んでしまう。
緋咲がドアを開けて入った途端に、近くにいた連中が凄まじい殺気を投げつけた。
だが、それらを無視して緋咲はどんどんと中の方へと歩いて行くのだ。
そうしながら、その背にさり気なく拓を庇っているのだが・・・恐怖に晒されている拓はただ怯えるだけだった。
完全に、人種が違うのだ。
拓が、入り込むような場所ではないのが、澱むような空気で理解る。
拓にとっての救いは、ここに緋咲がいる事だった。
どんな空間でも、自然と目立ってしまう緋咲と、一緒にいるのがアンバランスな拓との組み合わせがまた、周りの注目を集めているようだ。
店の中は結構込んでいて・・・凄まじい音と、叫び声が反響している。
座る場所を探した緋咲は、だが何処も空いていないのを見てとるとそのまま、黒服を着た従業員を捕まえた。
「席は、ねぇのか？」
「・・・ご予約は？」
「―――んなモン、してねぇ。」
きっぱりと告げる緋咲を、従業員が見下した目つきを浮かべた。
「お客さん・・・どっから、来たのォ？！」
「あぁ？！」
揶うような態度に、緋咲がブチ切れそうになる。
「緋咲く・・・っ！」
「"薫"ちゃーーーんっ♪」
慌てて止めようとした拓の言葉に覆い被さるかのような声が、マイクで響いた。
こっ・・・この声は・・・・
「てめー、"薫"ちゃんに、シツレーな事してっとォ、この平蔵サンが、"許"さねーゾォっッ！！」
恐る恐る拓が振り返ると、想像通りの人物が、ステージの上でマイクを片手に怒鳴っていたりして・・・。
しかも、その脇で演奏していた桜宮のサングラス越しの視線と、ばっちり会ってしまったような気がした拓は・・・泣きそうになってしまった。
だが、桜宮は何のリアクションもせずに、演奏の終わりと共にステージの裾から裏手に回って行ってしまった。
ホッとした途端に、今度はステージから降りてきた平蔵が、緋咲の側にまとわりつく。
「遊びに来てくれたんだー、ウレシーね♪」
「平蔵・・・席がねーんだけどよ・・・予約必要かよ？！」
笑顔でいる平蔵に対して、切れ掛かっている緋咲が問いかける。
「あぁ？！オレの"ダチ"にンな"必要"ナんか、いんねーよッ！」
「もっ・・・勿論でス・・・・」
ピキッと笑顔を凍らせた平蔵に、従業員の方が青冷めて低姿勢となる。
「だけど、ホントに来てくれたんだぁ・・・ウレシーなぁ、オレ・・・。この後もステージあんだけどさぁ・・・メンバーの奴ら紹介すっからぁ☆」
ニコニコしながら、平蔵は緋咲の肩を抱えて歩きだす。
どうやら、拓の存在にはまだ気付いていないようだ。
尤も、今日は髪型がいつものパーマからストレートに戻しているので、雰囲気が違うせいかもしれない。
このまま無事に過ごせれば・・・。
そんな事を考えていた拓は、ハッと気付くと取り残されてしまっていた。
「あっ・・・・」
慌てて緋咲たちの後を追いかけようとするのだが、慣れない人込みに、上手く動く事ができない。
急いで近づこうとすればする程、周りの人間にぶつかってしまいそうになる。
「ヘイッ！」
「ヒッ！！（Ｔ△Ｔ；）」
不意にポンと肩を叩かれて、拓は飛び上がる程驚いてしまった。
拓だと気付いた誰かが、声を掛けたのだと思ったのだ。
だが、恐る恐る振り返った拓は、全然見知らぬ外人にキョトンとした顔をしてしまう。
｛トッテモ、可愛イネ♪ヒトリ？！｝
何かを英語で言っているようなのだが、拓には良く理解らなかった。
それよりも、馴れ馴れしく身体を近づけてくるような態度に、困った顔となる。
思わず救いを求めようと視線を漂わせるが、緋咲の姿は完全に人込みの中に見えなくなってしまっていた。
｛イッショニ、踊ローヨ☆｝
「あっ・・・あの・・・離して・・・（Ｔ△Ｔ；）」
思いの他、力強い腕で掴まれて、拓はザッと青冷めた。
＜うわーーーん、緋咲くーん（Ｔ△Ｔ；）＞
簡単には離してくれそうもないと知って、拓は半べそを浮かべる。
｛死ネヨ、テメー・・・｝
ギュッと目を瞑った途端に、上から降ってきた言葉に、拓はハッとしたように瞳を見開いた。
そうして、ここにいる筈のない人物をその瞳に写して、驚愕する。
｛消エロ、二度ト"ツラ"見センジャネーゾ｝
その人物は、拓の手首を掴んでいた外人の腕を物凄い力で握りつぶして離させると、そのまま冷めた口調で短く告げたようだった。
完全に表情から色を失った相手が、転がるように逃げだす。
―――それは、怒りを表す『緋』い瞳の色を見てしまった所為かもしれないが・・・。
だが、クルリと振り返った表情は、既に穏やかなものへと変化していた。
「・・・やっぱり『拓』ちゃん♪」
今度は、さっきの外人よりも更にハードな親密さで擦り寄ってくる相手に、拓は完全にハマってしまった事を認識してしまった（Ｔ△Ｔ；）
始末に終えない点では、先程と全く同じ状態かもしれない・・・・
「と・・・時貞・・・くん・・・・」
＜なんでバレたんだろう・・・・＞
拓がここにいる事を、何で時貞が理解るのだろうか？
しかも、絶対にこないだろうと思っていた場所に・・・なんで存在してしまうのであろうか・・・。
「―――１０時間ぶりだね♪オレのあげたギター、大事にしてくれてる？」
完全に、時貞の視界には、拓しか映っていないようだ。
拓は、どうして時貞がここにいるのかを、その後ろに立っていた桜宮の存在で認識したというのに・・・・
「・・・拓ッ！」
人込みを掻き分けるようにして、緋咲がその場に飛び込んできて・・・拓は思わず頭を抱え込んでしまった。
「――セロニアス・・・」
「・・・緋咲？！」
それは、一年振りの"ダチ"との再会だった。
それも、真ん中に拓を挟んで−だ。
拓の小さな身体に、べったりとはりついている時貞に、緋咲の額に血管が浮かぶ。
「・・・あれぇ？！"天羽"じゃん？！ナンで、ここに、イんのォ・・・？って、"桜宮"ァ・・・呼んだぁ？！」
緋咲の後ろから、戻ってきた平蔵が、素っ頓狂な声を上げる。
これで、役者は完全に揃ってしまった（Ｔ△Ｔ；）
やっぱり『不運』と踊ってしまう運命なのであろうか・・・・
「ちょーど、良ーや・・・"緋咲"ィ・・・ショーカイしとく。オレの、『拓』ちゃんだよ、カワイー、だろ☆」
ニーッコリと告げる時貞に、緋咲が完全にブチ切れた。
「ケンカしたらしーけど・・・この『拓』ちゃんは、オレの、だから、手ぇ出すなよ・・・。もし、ケガさせたら・・・どうなるか・・・」
ニヤッと人の悪い笑みを浮かべて続ける時貞に、拓は真っ青になる。
既に、拓と緋咲はそれ所の関係ではないのだ。
ワナワナと震えていた緋咲は、精一杯怒りを落ちつけて・・・フッと微笑を浮かべる。
「――ンな、事ぁ、もーしねーよ・・・拓、いつまで『セロニアス』の腕の中に居るつもりだ？」
静かに問いかける緋咲に、瞬間拓はビクッと身を竦めてしまう。
緋咲が、酷く怒っているような気がしたのだ。
「・・・どーゆー事？！」
今度は、完全に表情を変えたのは時貞の方だった。
緋咲の言葉と、拓の態度に・・・不可思議な顔つきとなる。
それが、完全に驚愕となったのは、拓が腕の中から離れて緋咲に近づいたからだった。
「こーいう事だ。」
そのままグイッと拓を引き寄せる緋咲に、時貞が変貌する。
怒りの表情を露わにして、その瞳の色を『緋』へと変化させていく。
「あっ・・・あの・・・その・・・（Ｔ△Ｔ；）」
緊迫した状態に、空気が薄くなった事を知った拓は、どうにかしてこの状態を打破しようと試みるのだが、そんな生易しいものではなかった（Ｔ△Ｔ；）
「―――『拓』ちゃんは、オレの大事な"フレンド"なんだよ。いくら"緋咲"でも、ダメだよ。」
不思議な微笑を浮かべながら、きっぱりと言う時貞に、緋咲は真っ向から対峙する。
「このチビは、オレのモンだ！テメーこそ、他人のモンを欲しがる癖、いーかげんにしろやァ？！」
二人の強烈な視線がぶつかる場所で、火花が飛び散る。
そんな二人に挟まれたままどうする事もできなくて、思わず涙が零れ落ちそうになってしまう拓であった。
動く事さえままならない。
周りの人間たちは、すっかり観客人となってしまっているし・・・平蔵など、完全に面白がっているようだ。
「オレのモン？！・・・ひょっとしてぇ・・・"緋咲"ィ・・・『拓』ちゃんを・・・？」
ふと、気付いたように言う時貞に、その疑問に思い当たった拓が・・・真っ赤っかになる。
「だったら、どうすんだよ？」
緋咲の方は、すっかり開き直ってしまったようだ。
ここで躊躇すると、あっと言う間に時貞にかっ浚われてしまうので、先にクギを刺したようなものだったが・・。
｛"殺"スッ！！｝
ビキッと、『龍神』の表情になった時貞が、ポケットから素早くナイフを取り出して切りつけた。
間一髪で避けた緋咲が、驚きの顔となる。
「"セロニアス"ゥ・・・？！」
「時貞くん？！」
緋咲の問いと、拓の悲鳴は同時だった。
ナイフを突きつける時貞の前に、拓が立ち塞がる。
それは、あの時と全く同じだ。
ただ違うのは、理由と庇う相手だけ。
あの時は、緋咲の事で時貞と拓がケンカをして、拓の代わりに切り付けられたヒロシを庇って拓は時貞の前に立っていた。
なのに、今はその緋咲を庇っているのだ。
「拓ちゃん・・・どうして・・・」
時貞の問い掛けに、拓は悲しい瞳を向ける。
「ダメだよ・・・だって"トモダチ"じゃないか。"トモダチ"なのに・・・ケンカしたら、ダメだ・・・」
泣きながら言う拓に、時貞が眉を顰める。
「だけど、"緋咲"なんだろ？あの時の・・・拓ちゃんボロボロにしたの・・・そうだろ？！」
疑問符のように尋ねる時貞に、拓は困った表情を浮かべた。
「・・・でも、あれはボクもいけなかったから・・・だから・・・もう良いんだ・・・。ボクが原因なら、ケンカしないで・・・お願いだから・・・。」
「『拓』ちゃんが・・・そう言うんなら・・・。」
一生懸命に告げる拓に、時貞はまだ納得いかないようだったが、漸くナイフをしまった。
そうして、緋咲に向き直る。
「『拓』ちゃんの"お願い"だから、前の事は忘れるけど・・・これからの事は、"許"さねーから、覚えとけよ・・・"緋咲"ィ・・・」
ニィッと微笑を浮かべる時貞に、緋咲は頭痛がするのを止められなかった。
一番厄介な奴に、バレてしまったのだ。
これから先、どんな方法で邪魔をするのかすら、想像もつかない相手だったりする。
チラリと拓を見ると、縋るような大きな瞳が、真っ直ぐに緋咲を見ていた。
キュッと握られた緋咲の服の裾を持つ手が震えている。
時貞にバレてしまった事は、拓にとっても予期せぬ事だったのだろう。
不安がありありと浮かぶ瞳に、柔らかな眼差しを向けると、そのまま緋咲は拓の耳許に唇を寄せた。
『・・・二度と離さないって・・・言ったろ・・・』
拓の不安を取り除くかのように、そう囁くとそのまま柔らかな頬にキスをする。
「・・・！（Ｔ△Ｔ；）」
耳まで紅潮した拓が、コクンと頷くのを見て、満足な笑みを浮かべる。
・・・緋咲の会心とも呼べるセクシーな"微笑"みを。
「言った側から、イチャつくんじゃねーよ 」
「うわっ（Ｔ△Ｔ；）」
怒髪天を突くの勢いで、怒りを露にした時貞の隙をついて、緋咲は近くで呆然としていた桜宮を掴んで、そのまま時貞に向かって突き飛ばした。
「行くゾッ！拓ッ！！」
そのままオロオロとする拓の手を掴んで、緋咲は駆け出した。
「"緋咲"ィッ！！」
余りの事に、不意を突かれた時貞が、ハッとした時には、彼らの距離は随分と離れてしまっていた。
「退けよ、テメーラ・・・"殺"すゾッ！！」
慌てて追いかけようとするが、時既に遅く・・・完全に混乱状態になってしまった人込みの中では動く事もままならなくて、時貞はマジでブチ切れた。
八つ当たりの対象となったその場が、地獄絵図と化すのは、逃れようのない運命であった。
走って店を出た二人は、そのまま狭い路地裏に駆け込んだ。
少し息を切らしている緋咲の横で、拓は肩で息をする状態だった。
「・・・ったく、アイツにバレちまうとはな・・・・」
呼吸を整えた後で、ゆっくりと告げる緋咲に、ドキッとした拓は眉を寄せる。
拓にしてみれば、時貞だけでなく、この調子だと他の連中にもバレる可能性があるのだ。
緋咲と"トモダチ"の時貞でさえ、あの調子なのであるから・・・緋咲と対立している者にバレたら、一体どうなってしまうのか・・・・
ゾクリッと身を震わせた拓を、ソッと緋咲が抱き寄せ・・・その髪に唇を寄せる。
「・・・悪かったな・・・」
素直に言う緋咲に、拓はブンブンと首を横に振る。
どっちにしろ、この状態を続けられる筈もないのだから、いつかはバレてしまうのだ。
拓が、緋咲を好きでいるかぎり・・・それは逃れられない事であった。
「・・・緋咲・・・くん・・・？」
キュッと抱き締めてくる緋咲に、拓が声を掛ける。
「――オマエが欲しい・・・。」
「―――――（Ｔ△Ｔ；）」
ストレートな緋咲の言葉に、拓は茹でダコのように真っ赤になった。
いきなり、こんな所で言う言葉なのだろうか？
尤も、こんな場所でなくても、戸惑いは一緒なのだが・・・。
「返事は・・・拓？」
そう聞きながら、拓の返事を聞くよりも早く・・・緋咲は行動に移していた。
クイッと顎を持ち上げられて、そのまま深い口づけを受ける。
緋咲のディープキスは、拓の全てを奪い去ってしまう。
力も意識も奪われ・・・抵抗など、できる筈もない。
『・・・拓・・・』
―――自分の名が、耳許で何度も甘く囁かれると、羞恥まで薄れていってしまう。
自分の腕が縋りつくように、緋咲の首に回されている事すら、既に拓の意識にはなかった。
腕の中の拓の存在を確かめるような、ゆっくりとした優しい愛撫は・・・拓の緊張を和らげていく。
身体も心もトロトロに溶かされていくような感覚に、拓は流されてしまいそうになる。
『・・・オマエは誰にも、渡さない・・・セロニアスにも・・・"秀人"にも・・・』
柔らかなバリトンで、吐息のように綴られた"言葉"は、緋咲の本心からの『想い』でもあった。
―――本当に捕まってしまったのは・・・一体、どちらだったのだろうか？
答えの出ない『想い』だけが、幾重にも重なり合っていくばかりであった・・・。
ＥＮＤ．（こんなに甘々で良いんだろうか・・・謎） ／ 戻る
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