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（このＳＳは、九州の『全コケ』さんに捧げた物です。マガジン本誌のように、連載物というテーマで、「第何話」みたいな話を書いて下さいと言われて・・・（苦笑）だから、このＳＳは第３話とか書いてますけど、第１話も第２話も・・・この続きもありません（ＴＴ；）読んだ御方のご想像にお任せします（爆））
嵐の予感（先生の拓・第３話）
ガヤガヤと騒がしい地下のライブハウスは薄暗く・・・
ライトを落とした瞬間、地底を思い起こせた。
「ちゃんと、楽しんでる？拓ちゃん。」
不意に尋ねられて、拓は慌てて視線を戻した。
そうして、目の前でにこやかな微笑を浮かべる相手を見つめる。
「な・・・何？誠兄さん 」
幾分焦りながら、聞き返す拓に、従兄弟であり、実の兄のように世話を見てくれる―半村誠―は更に笑みを深くした。
いつまでたっても小さな頃から変わらない性格の拓が、可愛くて仕方がないとでも言うように。
「あんまり、気にしたら駄目だ。只でさえ、拓ちゃんはちょっとした事でもすぐに気にしちまうから。折角、気晴らしに連れてきたんだから、今だけでも、学校の事なんて忘れるんだよ。」
「う・・うん・・・。」
続けられた誠の言葉に、拓は少し困ったような笑顔となった。
いくら気にするなと言われても、悩んでいる事が事だけに、忘れる事ができないのだ。
また、そういう性格なのだから、仕方もない。
「あっ、"ナッちゃん"。こっち、追加オーダー宜しく☆拓ちゃん、何にする？」
「あ・・・っ、と・・・」
問い掛けにメニューを見るが、相変わらずどれがどんな料理なのか理解らない内容なので、拓は言葉に詰まってしまう。
大体、メニュー自体、その名が凄いのだ。
"特攻"だの"バクダン"だの"天国"だの・・・何か、危ない"物"でも扱ってるんじゃ・・・・と不安になりそうな物ばかりなので・・・。
「・・ま・・・誠兄さんに、任せるから・・・・」
この前も、新しいメニューに面白そうと思って頼んで、激カラの料理が出てきて、結局誠に食べて貰ったのだ。
同じ失敗は、繰り返したくない拓であった。
「うーん・・・じゃ、"特攻"と"スピードの向こう側"にしよう。拓ちゃんには、アルコール抜きで・・・"エンジェル"作ってあげてよ、ナッちゃん♪」
「オッケー。」
誠の注文に、カウンターの中にいたこの店のマスターである"ナッちゃん"こと真嶋夏生は銜え煙草のまま口端を持ち上げた。
ライブハウス『爆音小僧』は夏生が昔やっていた暴走チームの名前をそのまま使っているという、ハードロッカー系のバントを主体にしていた。
『爆音小僧』は一昔前の族の中でも、かなり大きかったらしく、今でも―横浜―のチームの中では、伝説として残っている程である。
そんな凄いチームの"頭"を、夏生はしていたのだ。
尤も、拓はそんな事を知らなかった。
誠の親友として、紹介された時から、夏生は拓を可愛がったし・・・大人の雰囲気を持つ夏生を、拓はずっと憧れてもいた。
大学に入って・・・もっと強く憧れた"彼"に出会うまで・・・。
そうして、夏生の過去を知っていたのも"彼"だった。 拓よりも一つ年上の、強く惹かれてやまない―鳴神秀人―。
大学のキャンパスで、ひょんな事で、秀人と出会ってから、拓の全ては前に向かった。
秀人の過去を知っても、拓の憧れは変わらなかった。
そうして、彼のようになりたいと・・・その希望が、拓をここまで成長させたのだ。
同じ学校で、同じ教師として。
これで、生徒達が、もう少しおとなしい子ばかりなら・・・・
とにもかくにも、拓の悩みというのは、その生徒に他ならなかった。
異常に懐かれる分には、まだ困るだけで良いのだが・・・頭から、教師である自分を否定する・・・"彼"の心を知りたくて。
他人を寄せつけない、張り詰めた空気を漂わせている"彼"の雰囲気が、とても哀しくて・・・。
拓は、どうにかしてやりたいと思うのだ。
"独り"で居ようとする"彼"をもっと、理解ってあげたくて・・・。
「――ほら。」
他の注文を無視したような早さで、料理とグラスがテーブルの上に置かれる。
"特攻"というのは、色々な材料を使った煮込み料理らしい。
"スピードの向こう側"は、誠が好んで飲んでいるグラスの中身の事である。
一度、どんな物なのかを問うた拓に向かって、誠は次のように述べた。
『拓ちゃんは口にしたら、駄目だぞ。即効で"イ"ッちゃうからな。』
―――である
余程強い酒なのだと思ったのだが、それを軽々と何杯も飲んでいる誠の姿に、それ以上の追求ができなかった。
したくなかったのも、事実であるが・・・。
「サンキュ♪ナッちゃん！」
夏生にニッコリ笑顔で礼を言うと、誠は淡いピンク色の液体の入ったグラスを拓に渡した。
「誠兄さん？・・・何、これ・・・・」
「何って・・・"エンジェル"って言ったろ。大丈夫だって。オレが、拓ちゃんの飲めない物なんか注文する訳ないだろ。」
「―うん。」
ピンク色の液体に一瞬戸惑う拓に対して、誠は安心させるように言い切る。
その言葉に頷いて、拓はその液体を口に含んだ。
「――あっ・・・甘い♪」
それは、独特な味だった。
イチゴでもなく桃でもなく・・・舌に残る甘味はくどいという訳でもない。
拓は、その味をとても気に入った。
「美味しい。」
だから、素直に称賛する。最高の笑顔と共に。
「だろ☆」
そんな拓の様子にすっかり満足した誠も、同じような笑みを浮かべていた。
「・・・アルコール抜きの、んな甘ったるい"物"飲めんのぁ・・・"拓"だけだろうなァ・・・」
カゥンターの中で、夏生も困ったように笑っている。
拓が、このライブハウスに顔を出すのは、一ヵ月に一度ぐらいである。
拓自身が、結構引っ込み思案なので、誠が半ば強制的に呼び出すのである。
尤も、それは口実で・・・実は夏生が淋しくなると拓を呼ぶように言うのである。
夏生にも、弟はいるのだが・・・拓を見ていると、ホッとするのだ。
修羅に塗れてきた夏生にとって、純粋に慕ってきた拓は笑顔は、衝撃的な程心に染みたのだった。
だから、初めて会った時と、変わらない笑みを時折無償に見たくなってしまうのである。
だからこそ、"飲めない奴はお断り"のこの『場所』にもいられるのだ。
そんな事をしている間に、ステージの方が、また騒がしくなってくる。
どうやら、次のバンドが演奏の準備を整えたらしい。
うす暗い照明すら消え、辺りが闇に包まれる。
"レディス、アンド、ジェントルマン・・・"
マイクを通した声が響く。
"次のショータイムは、最近すっかりお馴染みになったこいつら・・・『ローエングリン』！？"
途端にステージの上のライトが一斉に点いて、眩い光りがステージを包み込んだ。
と、同時に、今までイスに座っていた連中までが、ダンスフロアーに駆け寄ってステージを取り囲んだ。
「セロニアスーー！！」
「――ザキーー♪」
演奏が始まると、黄色い嬌声が上がる。
釣られて視線を流した拓は、余りの眩しさに一度目を閉じて・・・その光りに慣れてから、再び瞳を開けた。
そうして、瞬間、大きく見開いていた。
ステ―ジの上・・・マイクの前で叫ぶように唄っているその"者"の姿に、引き込まれた。
「―――緋咲・・・くん・・・？」
拓の唇が慄いて、無意識の呟きが零れ落ちた。
「・・拓ちゃん？」
そんな拓の様子に、気付いた誠が声を掛けるが、拓はその事にさえ気付かない。
まるで、ステージに虜まれてしまったかのように、ただステージを凝視していた。
「――拓ちゃんっ！」
肩を掴んで、誠が幾分きつく問うと、漸く拓は意識を戻した。
「・・・あ・・・」
それでも呆然としたような表情は、戻らない。
「どうした？誰か、知ってる奴でもいたのか？」
誠の質問に、拓はもう一度視線をステージに向けてから、困ったように眉を寄せてギュッと瞳を瞑った。
「・・・拓・・・？」
拓らしくない様子に、誠の胸中の不安が広がる。
きつく目を閉じた拓は、酷く混乱していた。
光りの中に浮かんだ、紫の髪が・・・。
目を閉じていると言うのに――消えない。
どうして良いのか、理解らない。
突きつけられた"言葉"が、脳裏に焼きつく。
―――先公なんざ、皆一緒だ！どーせ、てめエの事しか、考えてやしねェんだっ！！――
あの言葉が、悲鳴のように聞こえたのは、気のせいだったのかもしれない。
きつく掴まれた腕が、本当は"救い"を求めていたのだとしたら・・・そんな"彼"から拓は、確かに逃げていたのかもしれない。
それが、拓を落ち込ませる"原因"。
"彼"・・・拓のクラスの生徒であり・・・学年一問題児の・・・―緋咲薫―。
拓を拒絶する彼から、逃げていた拓を、厳しく叱咤してくれたのは、秀人だった。
そうして・・・優しくて大きな手で、拓を支えてくれるのもまた・・・。
秀人のようになりたくて・・・秀人が教師になる事を知って、拓もまた教師になった。
それが、まだまだ甘い考えであった事を理解った時から、拓は逃げる事を止めたのだ。
『頑張れ・・・』
声には、出さなくても・・・いつも視線で伝えてくれる秀人の優しさに、拓はいつも救われていた。
喩え、どれ程、拒絶されようとも・・・緋咲に対して、他の生徒達と同じように、接して・・・そうして、校舎裏に呼び出されて、投げつけられた"言葉"。
その衝撃から、まだ立ち直っていない拓の前に、緋咲がいるのだ。
学校ではなく・・・先生と生徒としてではなく・・・。 考えている上に、拓はますます混乱してしまっていた。 混乱すればする程、冷静になろうという考えが、沸き上がる。
取り合えず、気を落ち着けようと・・・拓はテーブルの上のグラスを手に取った。
一瞬の出来事。
「あっ！」
驚いた誠が、止める間もなく、拓は残っていたそれを一気に飲み干した。
「あーーーーっ？！」
珍しいとも言える誠の悲鳴に、夏生が振り返った時には、既に拓の意識は無かった。
カクリとカラクリ人形の紐が切れてしまったかのように、拓の身体が崩れる。
「拓ちゃんっ！」
「どしたっ！？」
崩れた拓の身体を、寸での所で受け止めた誠の呼びかけにも、拓は反応を返さない。
「ナッちゃーん・・・・拓ちゃんが、オレの"スピードの向こう側"飲んじまった・・・？！」
「なにぃっ？！」
一番軽い"エンジェル"でも、アルコール抜きにしているというのに、よりによって夏生が知っている中で一番うわばみなので誠用に特別にブレンドしている酒を、飲んでしまったというのだ。
驚かない方がおかしい。
「だ・・・大丈夫かよ・・・？」
「・・・わ・・・理解んない・・・・」
問いかける夏生に、誠は顔面蒼白になって答える。
誠自身、止められなかったという後悔で一杯なのだ。
一口飲んだだけで、常人なら酔いが回るという"スピードの向こう側"とは良く付けたもんだ。
作った時は、ジョークだったというのに、それをまさか限りなく下戸に近い拓が飲むとは夢にも思わなかった為に・・・。
「どうしよ・・・」
困ったように見上げる誠の視線に、夏生は頭痛がするのを止められなかった。
何故、あんな事を言ってしまったのだろう・・・。
今まで、一度も、口にした事などなかったというのに。 大きな瞳が、見開かれて・・・今にも泣きだしそうだった。
あの、瞳の所為だ。
こんなにも、気になってしまうのは・・・。
あの、大きくて他人を真っ直ぐに見つめる事ができる瞳を、目の当たりにしてしまった時から。
自分の中で、何かが変わってしまいそうで。
突き放すかのように、"言葉"が口から漏れた。
相手を、拒絶する事で、自分を護った。
逃げているのは・・・誰だ！
――愚かしい。
わざわざ呼び出して、傷つける事を言って・・・。
――ガキのようだ・・・。
拓が、学校にこなくなって三日が過ぎていた。
代理の教師の話に寄ると、急に具合が悪くなって一週間程入院しているらしい。
自称"フアン"だと公言して憚らない鮎川真里は、自分がこの学校の生徒会長だという事を楯に取って、入院先まで見舞いにでかける始末である。
両手一杯の紅いバラを運んだというのは、その日の内に学校内に知れ渡っていた。
勿論、それは自然と緋咲の耳にも入る。
それが、緋咲の面白くない理由。
金曜日に、呼び出して・・・思いっきり傷つけて・・・月曜日から休んでいるのである。
気にならないという方が可笑しい。
だが、気になりつつも、その様子が理解らない緋咲に取っては、焦燥ばかりが先に立ってしまう。
「ちっ・・・」
口にくわえていた"ジョーカー"を握りつぶす。
他の先公なら、現場を抑えたと言って、緋咲を退学にしようとするような場面で・・・あの時、拓はただ困ったような表情を浮かべただけだった。
校舎裏で煙草を吹かしていた緋咲は、その姿を見ても先公とは思わなかった。
自分よりも小さな身長に、童顔なので、自分と同じ新入生だと思ったのだ。
尤も、緋咲は内部持ち上がり組だったので、初めて見る顔の拓を外部からの者だと勘違いして・・・。
その相手が、新任の教師で・・・しかも、自分のクラスの担任だと知った瞬間の衝撃といったら、凄まじいものだった。
だから、なのだろうか？
他の先公達のように無視する事もできずに、反発してしまうのは。
苦労を全く知らずに、素直に真っ直ぐに幸せに包まれてきたような拓に、最初に感じたのは、憎悪だった。
メチャメチャにしてやりたい程の、反抗。
憎む事で、意識してきて・・・その相手が目の前から消えた瞬間に、不意に受けたのは"空虚"だった。
それを認めたくはない。・・・拓の所為だとは。
それが、緋咲の苛立ちの"原因"。
のほほんとした顔で、オドオドとした仕種で・・・いつの間にか、こんなにも深く緋咲の意識を捕らえてしまった――憎む筈の相手。
「ふん・・。」
感情を振り切るかのように、拳で一度壁を殴ると、そのまま緋咲は学校から出た。
苛立ちは、当分収まりそうもなかった。
意識不明だった拓が、漸く意識を取り戻したのは、丸一日が立ってからであった。
その上、意識がぼんやりとしたままで、何かを考えようとすると激しい痛みが起こるので、入院する事になったのである。
医者の診断書は、"劇物に寄る中毒"というものであった。
それを、聞いた誠は困った顔で苦笑を浮かべ・・・夏生は翌日のメニューからその名を消した。
アルコールも度を越すと劇薬となってしまう事を、二人共漸く思い出したのだ。
それでも、拓のいない時は、相変わらず誠はそれを夏生に頼んでいた。
"ザル"とか、"うわばみ"クラスの誠では、それぐらい強い酒でないと、酔えないのだ。
だから、どうしようもない時だけ・・・口にする。
今も、誠は独りで席に座って、それを飲んでいる。
「誠・・・あんまり気にすんな。」
「だってよ、オレの所為だ。オレが連れてこなきゃ・・・入院なんて・・・今日も、食事の後で吐いてて・・。あのままじゃ、死んじまうよ・・・。」
半泣きの状態で、カゥンターにうずくまるように顔を伏せている誠に、夏生は掛ける言葉を失ってしまう。
思っていた以上に、拓のダメージは酷かった。
余りにも強いアルコールの所為で、胃が焼けてしまったのだ。
身体の表面に出来る怪我なんかよりも、何十倍もの激痛を伴う内蔵の痛みにも、拓はただ微笑を浮かべるのだ。
目に一杯涙を浮かべながら・・・。
大丈夫だから・・・と。
「だけどよぉ・・なんだって、また"アレ"を飲んだりしたんだ？」
何度目になったか理解らない、疑問が口をついて出る。 「理解んねぇよ。本当に、突然だったんだ・・・。」
そこまで呟いた時、誠の耳に、あの時の音が響く。
途端に、誠は思い出した。
グラスを掴んで飲む前に、様子が可笑しかった事を。
拓の視線は、あの時確かにステージの上を凝視していたのだ。
今も演奏しているこのバンドの・・・？
「・・・ナッちゃん。」
低い声が、誠の口から響く。
途端に、夏生の表情も変化する。
伝説の『四天王』と呼ばれていた頃に。
「何だ？」
「あいつら・・・何者？」
真面目になった誠の表情はきつい。
「誠？」
その意図が読めなくて、夏生が聞き返す。
スッと指さした誠の先に、ステージの上で唄っている者がいる。
「あいつ、誰？」
もう一度問い返す誠の質問の意味を受け止めて、漸く夏生は吐息を吐き出す。
「あ・・あぁ、緋咲の事かよ。」
「――緋咲？」
「あぁ・・・横須賀のドブ板通りで、拾ってきたストリートキッズだ。ガレージ専門で"演奏"ってたらしいけど、気に入ったんで、ウチにも来て貰ってる。」
それは、夏生にしては珍しい称賛の言葉だった。
だが、誠の中に残った凝りはそれだけでは拭えない。
「おい、誠っ！？」
フラリと立ち上がった誠は、そのままステージに向かって歩きだした。
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