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ＭＯＯＮ ＢＡＢＹ （後編） ５
「うわあぁぁぁっっっ！！？！」
天羽家の朝は、二日連続して拓の叫び声で始まった。
「―――拓ちゃん・・・？」
昨日、慣れない早起きをした所為で、今日は拓よりも長く寝ていた時貞が、拓の悲鳴で漸く目を覚ます。
すこぶる機嫌は悪そうだが、取り合えず相手が拓だったので、抑えているようだ。
「とっ・・・時貞くーーーん・・・・」
更に続く拓の鳴き声に、時貞は、また塞がろうとする瞼を無理やり開けて、その姿を探した。
この家で、拓に危害を加えられる"モノ"は、何もない筈なのだ。
なのに、その拓が自分の事以外で悲鳴を発しているのだから、余程の事かもしれない・・・と。
「ダデイ♪」
抱きついてきた拓実を、抱き寄せてその頬に朝の挨拶のキスをしようとした時貞も、次の瞬間その違和感に気付いてカッと瞳を見開く。
眠気も一瞬で、醒める現実。
ベットの上で、キョトンとした表情を浮かべる拓実の仕種は変わらない。
だが、しかし・・・たかが一晩でいきなり大きくなってしまった状態には、ただ目を見張るばかりであった。
「どうしよう・・・どうしてぇーーーっ？？！」
パニックに陥っている拓は、まだ正気に戻れないようで・・・あ？あ？！と羽毛布団にしがみついている。
そんな拓の腕には、べったりと・・・これまた一回りは大きくなっただろう時夜が張りついていたりして。
「あぁ・・・折角、昨日買った服が・・・」
呆然としている時貞の脳裏には、子供たちが大きくなってしまった事よりも、昨日買った色々な服を全て拓実に着せる事ができなくなった事の方がショックなようである。 「白いワンピースも・・・青いフリルの服も・・・社交用のドレスまで用意したのに・・・」
ハァーッと溜め息を零す、時貞の呟きは暗い。
着飾らせた拓実と一緒にお出かけするのを、とってもとっても楽しみにしていたのだね・・・この男は―――。
拓に頼んでも、絶対に嫌がられるだろうから・・・せめて拓実で我慢しようと思っていたのに・・・その望みも叶えられなくなった今、時貞の考える事は一つである。
『よしっ！もう一度、服を買いに行こうっ！』
心の中で強く決心をすると、漸く意識を現実へと戻す。
そうして、布団の中に隠れて・・・そのまま現実逃避を試みている拓を軽々と捕まえて捕獲した。
「・・・時貞くんっ？！・・・・んっ・・・！！？！」
狼狽状態のまま、わめき始めそうな拓の先手を打って、朝の挨拶を先に済ます。
尤も、時貞にとっても拓への挨拶が、フレンチで済む訳もない。
初っぱなから濃厚なディープ・キス。
腕の中でジタバタともがく拓の抵抗を難なく抑えつけながら、拓の全身から力が抜けてしまうまで、決して離しはしない。
その間・・・約５分。
全く持って、窒息寸前の状態である。
キスでボウッとする訳ではなく・・・酸欠でぐったりしている拓は、既にパニックどころではない。
「もうベイビィじゃないから・・・キッズかな？一日で三つぐらいずつ歳取るんなら、一週間でオレ等よりも子供たちの方が年上になっちまうネ、拓ちゃん♪」
ニッコリと笑って、呟く時貞は、上機嫌である。
時貞にとっては、拓さえ手元に入れば、それ以外の事はどうでも良いのかもしれない。
「・・・時・・貞く・・・・」
全身を襲う虚脱感は、決して酸欠の所為だけではなく・・・。
拓は、ますます自分が"常識"という言葉に見捨てられていくような気がしてならなかった。
ルーッと涙を零す拓を、拓実が覗き込む。
「マアム・・・あのね・・・」
小首を傾けて呟く拓実の瞳にも、うっすらと涙が浮かんでいて瞬間、拓はドキッとした。
「拓実！！どうしたの？」
ガバッと起き上がって問いかけると、拓実はギュッと拓にしがみついた。
「・・・おなか、すいた・・・・」
泣きそうな声でそういう拓実に、拓は今度こそ言葉もなくシーツに沈み込んだ。
「マァムぅ・・・・」
そんな拓に、拓実はますます泣きべそをかいて、すがりつく。
拓実の事なら、何でもかんでも直ぐさま思いどおりにする筈の、馬鹿親は、実は、その時とんでもない妄想の世界にいた？！
脱力の余り自分の姿にまで気を配っていない拓は、すっかりはだけてしまったガウン姿のままでシーツに埋もれており・・・その上にほぼ裸身状態の拓実が絡んでいるのである。
時貞にとって、それは据え膳以外のなんでもない状態と言っても過言ではない。
思わず心の中で時貞が、拝んでしまったとしても・・・それはそれで仕方のない事かもしれなかった。
「―――タクミ・・・ゴハン、たべにいく、ゾ。」
自分もお腹がすいたからなのか・・・それとも、ミニチュアだからこそ、時貞の考えている事を理解ったのかは定かではないが、取り合えず、拓実だけは避難させる事に決めた時夜だった。
この場合、拓も助けようとすると、拓実を救う事もできなくなると本能が動いた訳だが・・・"二兎を追う者は、一兎も得ず・・・"と言う格言を、身を持って教える親がいる事はありがたいのであろうか？
―――定かではない・・・・
「いくーっ☆」
パッと顔を上げて、上機嫌となった拓実は、そのまま時夜に抱きついていく。
嬉しそうに抱きついた拓実に、昨日拓に買って貰った少し大きめのＴシャツを頭から被せると、憤怒で固まっている時貞に、ちらりと視線を向ける。
"紅"い瞳が、挑発するように少し細められる。
やっぱり、時貞のミニチュアというのは、正しいかもしれない。
性格まんまというのは、誰に対しても・・・らしい。
「・・・クソガキ！！」
パタンとドアが閉じられた途端に、時貞はムッとしたように呟く。
そうして、さも可笑しそうにクッと苦笑した。
「確かに、"オレ"の分身だよ・・・あいつは・・・」
ケラケラと更に笑いを深くして、時貞は呟く。
だからこそ、本気で怒れない。
「なぁ・・・拓ちゃん。」
うっとりとした表情で、愛しい者を見つめる。
朝っぱらから神経を擦りきってしまった拓は、その痛手を癒す為に、早々に眠りの国へと行ってしまっている。
それが、悪夢かどうかは、理解らないが・・・。
取り合えず、そんな拓の姿に、時貞は微笑う。
「オレも入れてよ・・・拓ちゃん♪」
本気で、そう呟くと、そのまま時貞は拓を抱きしめる形で布団にもぐり込む。
昨夜は、子供たちが真ん中にいたので、拓の温もりを感じられなかったのだ。
トクントクンと告げる、規則的な鼓動が、時貞に安らぎを与えてくれる。
柔らかくて暖かな・・・時貞だけの・・・。
ふと、見ると、先程の涙の跡がまだ残っていたので、それを口付けで拭う。
そのまま、大切に包み込むようにしながら、さらさらとした髪先に顔を埋めるようにして、拓の匂いに包まれて・・・時貞も眠りの国に沈んでいく。
窓から差し込む陽光は、間違いなく朝の・・・それも随分と高い位置からのものであったが・・・。
・・・夜行動物の習性のような時貞は、本当は朝がメチャメチャ弱い。
吸血鬼じゃあるまいし・・・というぐらい、夜の似合う男だったりする。
だからこそ・・・夜の女王である月の女神に、"願い"を叶えて貰ったのかもしれないが・・・。
―――とにもかくにも、降って湧いたような、幸せな時間だった事は言うまでもない事であった・・・。
ハッと気付いた時には、その状態に陥っていた。
紫の髪に、顔の中央を横切る傷・・・。
凡そ、この地域に於いて、敵になる者は何もない筈の『強者』。
そんな彼が、途方に暮れている。
原因は、一目瞭然である。
長身な、スーツを着こなしている彼の足元で、ズボンの裾を、チョコンと掴んだまま、泣きそうな顔をしていたのは、横須賀に買い物にきたまま、またもやはぐれてしまった拓実だった。
今にも、泣きだしそうな、大きな瞳が涙に潤んで・・・顔からおっこちてしまいそうだったりする。
"極悪飛童"とは銘打ってあったとしても、これではまるで自分がいじめたような状態に、彼はホトホト困り果てていた。
しかも、またその姿が、見事な程、昔の古傷をえぐってくれる。
初めてその存在に気付いた途端に、最初に感じたのは、懐かしい程の悔しさだった。
"チビ"に似ている・・・。
本当に一瞬だけ・・・沸いた衝動。
続いた記憶は、思い出したくもない程、記憶から抹殺したいものであったけれど・・・。
「ふぇぇ・・・ダデ・・・マム・・・」
彼のズボンをしっかりと掴んだまま、とうとう泣きじゃくり始めたその小さな子供に、勘弁してくれ・・・という表情で、彼は深いため息を零した。
彼の名は、緋咲薫。
横須賀の暴走族『麓沙亜鵺』の第１３代目の"頭"を張っていたりする。
久しぶりに、スーツの新調でもしようと、買い物に出掛けてきたのは良かったのだが・・・。
まるで、降って沸いたような災難に、巡り合ってしまった。
どうやら、この手の顔と出会うと、『不運』に取りつかれるようである。
「・・・で？」
緋咲が買ってやったジュースで、漸く泣くのを止めたチビに、ブスッとした表情で問いかける。
これが、そこらにいる不良共なら、こんなにも苦労はしない。
拳一発・蹴りの一つも見舞ってやる所なのだが・・・。 如何せん、子供相手では、それもできまい。
「―――たくみ。」
フニャッと笑って、拓実は自分を指してそう告げた。
「ふーん・・・。」
努めて冷静さを装いながら、心の中はドキドキの緋咲であった。
たくみ・・・タク・・・それは、あの"チビ"の名前。
唯一親友と認めていた、"龍神"に選ばれ・・・その腕に収まってしまった『存在』。
最低・最悪の出会いは、良くも悪くも強烈だった。
ずっと忘れられなかったあの"眼差し"。
敵になる事で・・・その瞳に、自分を映したかった。
自分が捕らわれてしまったように、相手にも自分の"存在"を刻みつけたくて・・・。
なのに、本当の気持ちに気付いたのは、その姿が他の奴の腕の中にいるのを見た瞬間。
全身を貫いた衝撃は、とても言葉にはできないもので。
「で、チビ・・・。どーした？」
わざと名を呼ぶ事を避けた緋咲に、拓実は忘れていた事を思い出したかのようにまた涙腺が緩んでくる。
ヤバイと思った緋咲は、慌ててその小さくて軽い身体を抱き上げる。
乱雑に扱ったら壊れてしまいそうな身体を、しっかりと両手で支えると、そのまま顔を覗き込む。
「迷子なんだな。しょーがねぇ・・・いっしょに捜してやるよ。」
ぶっきらぼうにそう告げると、そのまま拓実の頭をポンポンと軽く叩いた。
途端に、全開の笑顔を浮かべた拓実が、お礼とばかりに頬にチュッとキスをする。
一瞬、硬直した緋咲は、次の瞬間そのままの状態で、真っ赤になった。
それから、バッと自分の首に絡まっていた身体を剥がすと、そのまま下に降ろす。
「おっおっ・・・おまっ・・・？！」
ゼーハーゼーハーと肩で息をしてしまうのは、全く思いもしなかった事を、呆気ない程に、簡単にされてしまったから・・・・
「ダディが・・・うれしいときはチューなの♪」
にっこりと笑って告げるお子様が、とっても怖い。
それよりも、たかが３・４才ぐらいの子供に、そんな事を教え込む親の方が、もっと怖いかもしれない。
凄く嫌な事に、そんな事をしそうな奴も思わず脳裏に浮かんでしまい、慌てて緋咲は首を横に降って総ての感情を振り払った。
「ガキが色気づいてんじゃネー・」
心の中で、これはあの"チビ"じゃないんだ・・・と３回程繰り返して、心を落ち着かせる。
「取り合えず・・・どこら辺ではぐれたのか・・・最後にとーちゃんか、かーちゃんを見たのは？」
すっかり、保護者のような状態で問いかける緋咲は、はっきり言って"弱い者いじめはしねー"というポリシーの元で動いていた。
尤も、それが彼の本質なのかもしれないが・・・。
またしても、ズボンの裾を掴むお子様に、緋咲は諦めたように一緒に歩きだした。
テテテ・・・と拓実が三歩歩くと、漸く緋咲は一歩足を出せる状態で、暫く歩いていた姿は、はっきり言って注目の的であった。
目立つ容姿をしているので、普段から視線の的にはなってしまうのだが・・・現在の視線は、いつもとは意味が違っていた。
「あら・・・見て・・・」
「まぁ・・・可愛い・・・」
「若いお父さんねぇ・・・」
「・・・でも、あの子とっても嬉しそう・・・♪」
『麓沙亜鵺』の"頭"としての、彼を知ったならば、絶対に聞かされない筈の囁きまで聞こえてしまう。
誰が、子持ちに見えるんじゃあっ！！・・・・という突っ込みを入れたくなるような内容に、目眩が起きそうで。
不意にクイクイと裾を引っ張られて、意識を戻す。
下を向くと、チビすけが、大きな瞳をキラキラさせて緋咲を見ていた。
そうして、緋咲が見た事を確認すると、そのまま裾を掴んでいない方の手で、別の方向を指さす。
「・・・あれ、ほしい♪」
緋咲が、その方向を向くと、色とりどりの棒キャンデーが、売られている。
一瞬、絶句した緋咲は、だが、次の瞬間苦虫を噛みつぶしたような顔で、ポケットから財布を取り出した。
ジーッと見つめてくるキラキラとした瞳が、哀しみに歪む所を見たくないと思ってしまった事に対して、ちょっとだけ自己嫌悪に陥ったまま。
「好きなの・・・買ってこい。」
お金を渡そうとしても、拓実は、それを受け取らなくて、緋咲のズボンを引っ張っていく。
「おいおい・・・？！」
そうして、気付けば、拓実が選んだ物に対して、お金を払っていた。
「おにーちゃん♪ありがと・・・・」
星型と月型のペロペロキャンデーを持ったまま、拓実は緋咲の足にベターッとしがみついた。
「・・・お・・・おうっ？！」
その仕種の余りの可愛らしさに、思わずドキッとしてしまった緋咲は、慌ててそっぽを向いてそう応えていた。
他人から、素直に礼を言われる事が、こんなにも照れくさくてやってられないものなのだと・・・初めて知った気がした。
がき
更に、普段なら、うざったいだけだと思っていた"子供"が、誰かに似ているだけで、こんなにも愛しくなってしまうのだと言う事が理解って・・・少しだけ微笑した。
そうして、時間は少しだけ逆上る。
昨日、突然に出現したお子様が、一日でいきなり一回りも歳を取ってしまったので・・・仕方なく、昨日とは別のデパートにきたのだが・・・またしても、拓実だけいなくなってしまって、慌てて二手に別れて捜していた拓は、一緒に捜していた時夜と共に、信じられない光景にぶつかって唖然としていた。
紫の髪に、顔の傷・・・。
よりによって、この『横須賀』で、一番会いたくなかった者に出会ってしまった不運に、ただ泣きが入る。
その上、散々捜していた拓実を、その足元に見つけてしまって・・・拓の意識はブラックアウトしそうだった。
あんまりにも怖くて、思わず隠れてしまい・・・そのまま後を付けていたのだが・・・。
更に信じられない光景を目撃してしまって・・・。
いつ、彼がぶち切れて、拓実の事を殴るんじゃ・・・と危惧していたと言うのに・・・そんな拓の気持ちと裏腹に、拓実はお菓子をねだって・・・。
それを、ちゃんと買い与えている姿に、拓は愕然としたものだった。
さらに、拓の知っていた彼からは、想像もつかないような穏やかで、優しそうな微笑を目撃してしまったらもう・・・足が竦んでしまったのも無理はない。
「マーム・・・たくみ・・・」
「あっ？！時夜っ？！」
ハッと気付いた時には遅かった。
拓の腕の中からピョンと飛び下りた時夜は、あっと言う間に走っていく。
そうして、更に怖い現実に、皆巻き込まれる事になるのであった。
「たくみーーーーっっ！！」
タタターッと走って助走を付けた時夜は、気付いた緋咲が振り返るよりも先に、飛んでいた。
ゲシィッ！！
見事なドロップ・キックが、緋咲の後頭部を直撃した。
『ひぃぃぃぃぃぃーーーーーっっ？！』
物陰から、その瞬間をダイレクトで見てしまった拓は、声にならない悲鳴を上げる。
「いってーっ！！誰だっ！！」
「トキヤっ♪」
頭を抑えながら振り返った緋咲と、気付いた拓実の呼びかけは一緒だった。
クルリと一回転して、スチャッと見事な着地を決めた時夜に、拓実が飛びつく。
そんな拓実を、時夜はギュッと抱き締める。
「さがした・・・マームもいっしょ。」
独特なアクセントで告げる時夜の姿を直視した緋咲は、口をアングリと開けたまま、二の句が告げない。
「マーム☆」
今度は、物陰に隠れていた拓が、ビクッとする番であった。
だが、呼ばれて出ていかない訳にもいかないだろう。
泣きたくなるのを、グッと我慢しながら、恐る恐るといった風に物陰から出て行く。
「―――拓ッ！！」
ハッとしたように我を取り戻した緋咲は、次の瞬間パニックに陥っていた。
「マームだと・・・？じゃあ、このチビはてめぇの！！テメー・・・まさかっ！」
女だったのか！！という問い掛けは、目の前をシュッと通りすぎた物体に、遮られる。
カツッと音がして、コンクリに突き刺さる程磨き上げられた『ナイフ』。
それだけで、誰がそれを投げたのか瞬時で理解った。
「・・・セロニアス・・・・」
一体、いつの間に現れたのか、ちゃっかりと拓の隣に立って・・・あまつさえ、拓をしっかりと両手で抱き締めている男の名を、低く呟く。
諸悪の根源。
昔から、良く知っている筈なのに・・・相変わらず、何を考えているのか、行動に常識を求められない男であった。
ずっと緋咲が捕らわれて、徐々に意識が変化していった相手を、本当にあっと言う間にかっさらっていってしまった−天羽セロニアス時貞。
付き合いが長い所為なのか、それとも何か別の要因があるのか、余り考えたくもないが・・・それでも、感覚が一番近い所為もあって、好きな事や好きな物や好みのタイプが似てしまう。
「ヒザキが相手してくれたんだ。サンキュー・・・とっても可愛いだろ、オレのタクミは。拓ちゃんにクリソツだし・・・♪じゃ、帰ろうか？拓ちゃん。」
まるで見せびらかすかのように、嫌がる拓の頬にキスをすると、この"天上天下唯我独尊"男は、底知れない程上機嫌で、そう宣言した。
その『鶴の一声』ならぬ、『龍神の一撃』に、緋咲が必殺の一撃のダメージを食らったのは言うまでもない。
恐怖の余り真っ青になっている拓を抱き寄せて、懐いた拓実を抱え上げたまま、天羽はスタスタと歩きだす。
勿論、時夜は愕然としていた拓の腕に捕まっている。
そうして、降って沸いたような災難は、現れた時のように本当に呆気なく通りすぎて行ってしまったのだった。
深い傷痕だけを残して・・・。
こっち
「バカヤローッ！！二度と『横須賀』に面出すんじゃねぇッゾ！！」
―――十分後、漸く立ち上がった緋咲の雄叫びは、虚しく辺りに響いていった・・・。
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