カナガワ帝国の帝王であるナツオ王が住んでいるヨコハマ城は、銀色に光る鋼鉄の要塞のような風貌をしていた。
ナツオ王が歩く度に、警備兵たちが深々と頭を下げていく。
その総てが、憧れや尊敬の念を込めた眼差しで通り過ぎたナツオ王を伺っている事に、タクは気付いた。
確かに王様と言うのは偉い人だから、多くの者を従えているのは当たり前だと思っていたのだが・・・ナツオ王というのは、彼等にとってとても大切な存在なのだと理解した。
「ナツオ。」
「・・・おう。どうした、ハルキ？」
漆黒の鎧に身を包んだ長身の迫力ある人物が、ナツオ王の前に滑り出る。
「勝手に王宮を抜け出したそうだな。」
「あぁ、スマン。マコト直々の頼みごとだったからな。時間が惜しかった。」
「―――せめて一言告げてから行け。王所属の護衛騎士たちから、王に失踪されたと泣きが入ってきたぞ。腹を切る勢いだったから、一応、止めておいたが。」
「うおっ？！マジか？」
「あぁ。本気の貴方に追いつける者など、早々にいる訳が・・・」
そこまで言って、台詞が途切れる。
ナツオ王の後ろにいた二人に、気付いたからだ。
だが向けられた一瞥には、何の感情も見受けられなかった。
「・・・リューヤ？―――南海王の頼み？・・・特に聞いてないが・・・」
直ぐに、ナツオ王に向き直って問い掛けている。
「それで、マコトは？」
「あぁ・・・今は王の部屋に・・・」
「理解った。お前がその格好をしているという事は、トーナメントの最中なのだろう？すまなかったな。戻って良いぞ。―――勝ってこい。」
質問には答えずに、ナツオ王は背を向ける。
「御意。」
一瞬だけ押し黙ったあとで、漆黒の鎧の人物は恭しく頭を下げると何事もなかったかのように歩いて行ってしまった。
その後姿を見遣って、リューヤが拳を握り締める。
“最強”の称号を持つ者に対する羨望と敵愾心は、どうしても薄れる事はない。
一年前までの自分であったならば、間違いなく同じトーナメントで戦う事に迷いはなかっただろう。
それ程の相手。
漆黒の鎧に身を包んだ『玄武』の騎士であるハルキ＝ワニブチは、文字通りナツオ王の片腕だった。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

王宮の奥深く・・・王宮所属の騎士だったリューヤでさえ足を運び入れない場所。
「お望み通り、連れてきたぞ、マコト。」
「―――あ・・・タク・・・ちゃん・・・っっ！！」
後宮の自分の部屋のドアを開けたナツオ王は、中を確かめる間も無く、声を掛けた。
途端に、懐かしい声と泣き笑いの顔が飛んでくる。
一番下の眷属を、文字通り目の中に入れても痛くないほどに溺愛している南海王が、満面の笑みを浮かべてタクにべったりと張り付く。
腕の中に包み込んで、カイグリカイグリしている様は、ただの親馬鹿のようだ。
「ちょ・・・マコト兄さんが・・・何で・・・ここに・・・？」
熱烈な挨拶を受けながら、タクは驚いたように疑問を口にする。
人間嫌いなマコトが、選りによって人間の王様と知り合いだとは思わなかったからだ。
「え？何で？」
「だ・・・だって・・・あんなに、人間と会っちゃ駄目だとか・・・人間に近付いたら駄目だとか・・・リューヤにも怒ってばっかりだったのに・・・」
キョトンと問い掛けたマコトは、続けられたタクの台詞に、笑みを消した。
「―――それは・・・」
困ったように、口篭る。
大切に育ててきた可愛い愛し児を、他の誰にも渡したくない独占欲から出た言葉なのだとは、どうしても言えなくて。
結局、あれだけ禁止にしていたのに、あっという間に『運命の相手』である人間と出会ってしまうとは、思いもよらなかった。
だから、気持ちが定まらないのだ。
大切にしてきた大事な者を、横から突然現れて掻っ攫われてしまった時から―――マコトは心を失ってしまったような喪失感に苛まれているのだから。
マコトの心中の葛藤を見抜いたナツオ王が、苦笑する。
南海の王が見せる珍しいとも言える顔に、どれだけその身を大切にしてきたのか手に取るように理解った。
「まぁ・・・その『ニンゲン』が、結局大切な兄弟を連れて行っちまったんだから、ちっとは気持ちを察してやれ。」
横から助け舟を出す。
「―――ナツオ王！！」
「寂しくてしょうがないんだよな？様子を見に、わざわざここまで来るんだから、相当な思い入れだな。」
いつの間にか椅子にどっかりと座り込んで、出されたお茶を飲みながら、ナツオ王はしたり顔でそう言い切った。
途端に、マコトの表情が変わる。
困ったように苦く笑うマコトに、それが本当の事なのだと知って、タクは自分からマコトの腕の中に飛び込む。
「タクちゃん？」
「―――ごめんね・・・心配させて。でも・・・ボクは、リューヤと一緒にいたいんだ。」
ポロポロと綺麗な雫を溢して、タクが懇願する。
タクにとってもマコトは大切な長兄なのだ。
反対を押し切って半ば駆け落ちのような形で、魔女の所に行って薬を手に入れて・・・二人で陸に上がってしまったので、もう見捨てられても構わないと思っていたのに。
こんなにも想われている事に、胸が苦しい。
マコトの腕の中は、海の匂いがする。
包み込むように優しく・・・何処か懐かしい場所。
「タク・・・。理解っているよ。『運命の相手』には出逢ってしまったら、もうどうしようもないんだ。全身全霊で相手を求めて、受け入れられなかったら泡となって消えるしかない。タクちゃんが生まれた時に、『運命の相手』が人間だと宣託されたから・・・だから、人間に近付いて欲しくなかった。種族を超えた関係が幸せになるとはどうしても思えなかったから・・・。昔から・・・何度も悲劇ばかりが繰り返されるから・・・」
優しく言い聞かせるように、マコトは今までずっと隠していた言葉を伝えた。
「―――うん。その事は、魔女の所で聞いたよ。」
「そうか。それでも、二人でいる事を選んだんだね。」
しっかりと頷いてタクがそう応えると、マコトは本気で寂しそうな表情を浮かべた。
出来る事なら、このまま腕の中に包み込んで・・・今度こそ人間の手の届かない海底の奥深くに連れて行きたい・・・。
それが、もう出来ない事を理解っているのに、感情が収まらない。
―――離れれば、泡となって消えてしまう事を知っているから・・・。
「あのね・・・リューヤ以外の人は知らないけど・・・リューヤは怖くないよ。―――凄く・・・優しいんだ。」
一生懸命に、自分の想い人の事を良く言おうとするタクに悪気は無い。
全くといって良い程、無い―――筈だ。
「ぶほっ！！」
ナツオ王が飲んでいたお茶に噎せた。
「・・・ぐっ・・・げほ・・・ごほっ・・・」
変な所に入ってしまったのか、何度も咳き込んでいたが・・・俯いたその顔は笑い顔だった。
気付いたリューヤの頬に、珍しく朱が走る。
「―――何か？」
「い・・・いや・・・。そうか・・・優し・・・くくっ・・・」
無表情を装って一瞥すると、ナツオ王は肩を小刻みに揺らしながら視線を逸らした。
リューヤだとて、自分が優しい人間だとは微塵も思っていない。
一度戦場に出れば、情け容赦なく敵を切り捨ててきた殺戮者だ。
何人もの命を奪ってきた己が、今更善人ぶるつもりもない。
「ナツオ王？」
不思議そうな顔をするマコトに、ナツオ王は漸く笑いを収めた。
そうして、改めてタクを見遣った。
繊細で、小さな身体。
海の種族に特有の白い肌は確かに滑らかで柔らかそうだが、透き通るような美しさという程ではない。
黒い髪に黒曜石のような瞳。
大きくて零れ落ちそうな瞳に小さな鼻に小さな唇。
可愛いという形容詞は、それでも子供に向けられるようなイメージであって、恋愛対象になりうるかと問われれば、悩むほどの平凡さだった。
その身の何処に、剣と戦いだけが生きがいの全てだった男の生き様を変えてしまう力があるのか、ナツオ王には不思議でならない。
それでも、恐れる事無く自分の視線を真っ向から、少しもそらされる事無く真っ直ぐに見返してこられるのは、確かに大いなる海の眷属なのだと理解った。
「―――リューヤは優しい・・・か。」
「はい。少なくとも、ボクには優しくしてくれます。だから、ボクもとても嬉しい。」
にっこりと返ってくる、純粋な思慕。
それは、綺麗な“想い”。
自分が遥か昔に失ってしまった魂の“絆”を、この二人は互いを想い合う事によって成就させようとしているのだ。
「で、『願い』は叶えられそうなのか？」
「叶えてみせる。―――この命に代えても。」
問い掛けが、自分に対してなのだと気付いたリューヤが、強く言い切る。
「―――だ、そうだ。マコト・・・もう、良いだろ？許してやれ。リューヤなら、こいつをむざむざ泡になんかさせないだろうよ。そこそこの強さも持っている。護る者の為なら、戦う事を避ける機知も、辛苦を舐める事も厭わないタフさも身に付けたようだ。」
「ナツオ王・・・」
「昔のお前だったら、金を稼ぐ為に迷わずＳクラスに出ていた筈だ。厄介毎に巻き込まれないようにと、態々Ａクラスに焦点を絞って・・・マサトの挑発にも乗らなかったそうだな。アキオの奴が、驚いていたぞ。」
顔を上げて視線を向けると、満足そうな笑みが返ってきた。
それは、初めて見る主君の顔だった。
「今のお前なら、ハルキと互角の勝負が出来そうだが・・・まぁ、良い。お前は、お前の道を行け。―――だが、今夜は王宮に泊まっていけ。マコトも、久しぶりに弟に会うんだ。一晩ぐらい離れていたって、構わないんだろ？」
ナツオ王の言葉に、リューヤはタクを見た。
タクも困ったように、リューヤを見返す。
魔女が言うには、なるべく二人一緒にいた方が良いという話だったので、薬を貰ってからは長い時間を離れる事は避けてきたのだが、それがどんな影響を持っているのかは理解らないのだ。
取り敢えず、同じ王宮内ならば何かあれば直ぐにでも傍に行けるので、リューヤは小さく頷いた。
「多分・・・大丈夫だと。」
途端に、マコトの表情が劇的に変化した。
３ヶ月ぶりに、タクと一緒にいられるのだと理解って、大喜びだ。
「あ、でも・・・マコト兄さんは？・・・そんな長い間、陸に居て大丈夫なの？だって･･･兄さんは『魔女の薬』を飲んでいないんでしょう？」
不思議そうに問い掛けるタクに、マコトは苦笑する。
「このヨコハマ城の地下にはね、海底に繋がる洞窟と湖があるんだ。俺専用の部屋にはその湖の水をはったプールがあるから・・・タクちゃんも久しぶりに泳ぐと良いよ。それに、俺は一応、成体になった海神だからね。姿を変えるのなんて、大した事じゃないよ。」
「おいおい、マコト・・・。この王宮の極秘事項をそう簡単にばらすなよ。一応、隠し通路って事になっているんだ。あと、お前の正体も―――何処に《蝶々》の耳があるのか分からんぞ。」
「―――貴方は、昔っから心配性過ぎる。・・・たかが、人間が、今の俺を如何こう出来る筈もないだろう？」
笑顔でいながら、凄まじいオーラが部屋の中に広がる。
確かに、並みの精神の持ち主なら、そのオーラに当てられただけで、戦意を喪失してしまいそうな程、マコトの覆う気は半端ではなかった。
「分かった、分かった。だが、あんまり存在感を放出するな。強ければ強い程、挑んでいく馬鹿がこの王宮内には一杯いるんだ。可愛い弟との大事な時間を邪魔されたくなかったら、大人しくしていろ。」
「―――理解した。じゃあ、行こうか。タクちゃん。」
真面目な顔でナツオ王に返事をすると、語尾にハートマークでも付きそうな勢いで、マコトはいそいそとタクを促す。
「―――俺の事は気にしなくて良い。適当な場所で休んでいる。」
振り返って伺う様子を見せるタクに、リューヤは安心させるようにそう言って頷いた。
「うん。―――あ、ちょっと、待って。マコト兄さん。」
一緒に部屋を出ようとしたタクが、何かを思い出したように足を止める。
そうして、身を翻してリューヤの傍らへと戻った。
「・・・どうした？」
不思議そうに問い掛けるリューヤに、タクはちょっとだけ困ったように俯く。
白い肌が紅潮して、耳まで赤くなっている。
「あの・・・その・・・」
モジモジと両手を擦りながら、何かを言おうとしているのだが・・・どうしても、言葉にならないようだ。
「―――タク？」
「・・・耳・・・貸して下さい・・・」
消え入りそうな声で告げられて、リューヤは眉を顰めたまま少し前屈みになった。
『――――いつもの・・・“お呪い”が・・・まだ・・だから・・・』
掠れたような囁き声で、耳に届いた音が脳内で認識できた途端、リューヤもまたタクの熱が飛び火したように顔を赤らめた。
叫んでしまわないように・・・思わず、口元を抑える。
「―――おま・・・ここで・・・アレをっ・・・？！」
突き刺さるようなマコトの視線が、唯でさえ全身に突き刺さってくる程なのに、これ以上敵意を燃やされては堪らない。
魔女の館での約束毎とはいえ・・・人間向き不向きがあるのだ。
二人きりの時ならば良いが、流石に人前で出来る程、リューヤは精神が図太くは無かった。
「―――ダメですか？」
ウルウルと見上げてくるタクが、愛しくて堪らない。
離れる事に不安を感じているだろうタクを、安心させるにはこれ以上の手段も行為も無いだろう。
それは、理解っている。
―――理解り過ぎている。
だが、思わず苦虫を噛み潰してしまったような表情をリューヤは浮かべた。
「タクちゃん？」
二人の様子が可笑しい事に気付いたマコトが、タクに呼び掛ける。
タクは必死の形相で、リューヤを見詰め続けるだけで、マコトを振り返らない。
「どうした、リューヤ？」
固まってしまった状態のリューヤに気付いたナツオ王も、声を出す。
「―――リューヤ・・・ダメ？」
今にも顔をクシャクシャにして泣いてしまいそうなタクに、とうとうリューヤは白旗を揚げた。
一度は死んだような身なのだ。
今更、マコトに恨みを買っても・・・ナツオ王に一生頭が上がらないような弱みを握られても・・・どうでも構わないだろう。
羞恥心も理性もかなぐり捨てて、リューヤは腹を括った。
フーッと大きく息を吐き出して、心を落ち着ける。
そうして、リューヤは真っ直ぐにタクの前に立った。
タクの右手を取って、その甲に恭しく口付ける。
“―――この『誓い』は覆さない。”
唇を離して、タクをそっと抱き締める。
前髪にキスを落として・・・瞼に移動する。
“―――互いの鼓動が同じ《時》を刻むように・・・”
呟きながら・・・頬を辿る。
視線を合わせると、真っ直ぐな輝きが返ってきて・・・それがゆっくりと閉じられる。
“紡ぎの誓約は『絆』を持って契約とする―――”
呪いの言葉を唱えながら、リューヤは誘われるように、タクの唇に自分のそれを重ね合わせた。
「―――――！！！！――――」
「ちょッ・・・待てっっ！！落ち着け・・・マコトッ！！」
視界の端に、物凄い形相のマコトと、それを必死に抑え込んでいるナツオ王の姿が見えたが・・・リューヤは敢えて無視した。
腕の中で縋り付くように、口付けを受けているタクは、従順な態度で薄く唇を開いている。
その中に、リューヤは舌を差し入れて、柔らかな舌を絡め取る。
互いの涎液が混ざり合う。
「・・・ふぅ・・・んっ・・・」
息苦しくなったのか、タクの口端から吐息が漏れる。
それでも、タクは両腕をリューヤの首に回して、口付けが解けるのを嫌がった。
やがて完全に混ざり合った涎液を、タクが嚥下したのを確認して、リューヤは唇を離した。
時間にして、凡そ２分。
最初の頃に比べたら、随分と長く出来るようになった気がした。
「・・・ありがとう・・・リューヤ・・・」
上気した顔のまま、タクが綻ぶように微笑った。
「―――ああ。もう、大丈夫だな。」
「うん。お休みなさい。」
部屋の隅で凄まじい負のオーラを感じたが、リューヤは完全に無視する。
「お待たせ・・・マコト兄さん。・・あれ？どうしたの？」
ニコニコ笑顔のタクが、部屋の隅でナツオ王に羽交い絞めにされているマコトを見て、小首を傾げた。
「タ・・・タクちゃん・・・？今の・・・は・・・」
「え？―――あ・・・あのね、ボクが人間の姿でいる為の“お呪い”なんだよ。魔女の所で教えて貰ったの。毎日、一回はしないとダメなんだって。最初は、凄く苦しかったけど・・・最近はやっと慣れてきたの。いつも夜寝る前にしてるんだけど・・・今日は兄さんと一緒だから出来ないと思って・・・今してもらったの。」
額に怒りマークを浮かび上がらせながら、静かに問い掛けるマコトに、タクがご丁寧に説明する。
だが、笑顔で言い切った言葉は、マコトの何かを壊してしまったようだ。
「リャーヤぁ・・・・」
頭髪を逆立たせて、マコトはリューヤを射殺しそうな眼差しで睨み付けた。
リューヤは何も言わなかった。
喩え何を言っても無駄だと、知っているからだ。
リューヤが居なくなれば、タクも無事ではいない事を知っているマコトが、リューヤを本気で殺す事は出来ない。
ジレンマが、尚更マコトの怒りを増幅させているのも間違いようの無い事実であった。
「マコト兄さんっ！！リューヤを苛めちゃダメ！・・・“お呪い”も終わったんだから、ちゃんと兄さんに付き合うって約束でしょう？！でないと、このままリューヤと一緒にまた旅に出ちゃうからっ！」
プクッと頬を膨らませて言うタクに、マコトが慌てて怒りを消滅させる。
本気でタクを怒らせると、何をするか理解らないので、マコトも強く出られないのだ。
「理解った・・・。じゃあ、もう部屋に行こう。」
今度こそタクの身体を抱え込むようにして、マコトが部屋を出て行く。
海王の存在が消えると、部屋の中は静寂が戻った。
「やれやれ・・・。あのマコトをあれだけ怒らせて何も無いというのも、凄いな。」
少し疲れたように、ナツオ王が呟く。
「―――知っているとは、思いませんでした。」
「ああ。俺も昔、マコトと初めて会った時は驚いた。」
「ナツオ王？」
「俺達は、成し得なかった。―――互いの為に、種族を捨てる事はどうしても出来なかった。それだけ、背負っているモノが多過ぎた。」
溜め息のように溢された独白に、リューヤが目を見開く。
「俺は人間の王となり、あいつは海王になった。まぁ・・・今でも交流はあるが、お前達の『運命』とは違う、な。」
自嘲気味に笑うと、王は立ち上がった。
「今夜は王宮内の客室で休め。主だった者はトーナメントに出場中だからいないと思うが・・・兵舎には近付かない方が良いぞ。理由も理解っていると思うが・・・」
「御意。」
「はっ、お前はもう俺の兵士じゃないんだ。畏まる必要はない。―――今夜の滞在に対する報酬は、明日の朝、渡してやる。マコトの持参金だ。タクに渡すんだと言っていたが・・・すんなりお前に渡すとも思えないしな―――しかし、本気で『人魚』を人間にするのか？」
真っ直ぐに問われて、リューヤは視線を向ける。
拳を握り締めて、心を鼓舞させて姿勢を正した。
「それが『願い』であり・・・互いを失わない為の唯一の手段だから。」
力強く言い切るリューヤの言葉は、凛とした響きを持っていた。
揺るがない決意。
全身で示すリューヤに、ナツオ王は破願した。
「お前が『願い』を口にするとはな。・・・世の中はまだまだ俺の知らない事で満ち溢れているものだ。」
鷹揚にそう告げると、ナツオ王は部屋を出て行った。
リューヤも部屋を辞して、歩き出す。
ふと、隣を振り返って・・・そこにいつもいる姿がないだけで、こんなにもぽっかりと穴が開いたような気分になるのだと―――初めて気付いた。

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