Ｋｉｓｓ　Ｙｏｕ

カナガワ帝国領内。
首都である〈ヨコハマ〉は、普段とはまた違った活気に溢れていた。
毎年行われている剣術大会が、今年は５年に一度の帝国内一の剣士を決める大祭となっているからだ。
帝国中から腕に覚えのある者たちが集う為、参加人数もいつもの年の何倍にも膨れ上がるので、開催日数も長く・・・試合の度に掛けられる掛け金も跳ね上がるとあって、一山当てようとする者たちも数多くいた。
人が集まれば、自然と商売人たちも増えていき・・・様々な人種が、ヨコハマの街中を飾っていた。
所狭しと並べられたテント内に、屋台やワゴンが置かれ・・・色とりどりの食材や雑貨が溢れている。
通りを行く人に掛けられる行商人の掛け声も、喧騒に一役買っているようだ。
ガヤガヤとざわめく街中を、二人の旅人が歩いていた。
一人は背の高い男で、短髪の赤銅色の髪は硬く後ろに向かって固められている。
鳶色の瞳は、鋭く・・・無表情のまま、ただ真っ直ぐに前を向いている。
細身だが引き締まった身体付きは、旅装の上に付けられた胸当てと・・・腰に差し込まれている長剣によって、彼が剣術大会に参加する剣士なのだと一見して理解できた。
それ以上に異彩を放っていたのは、その頬に刻まれた大きな傷跡だったが。
その横で、辺りをキョロキョロと見ながら一緒にいたのは、不思議な程関係が理解らない風体の少年だった。
サラリとした黒髪に、大きな黒曜石のような瞳。
身長は、隣の青年の肩よりも低く、まだ子供だと言ってもおかしくない程だ。
時折、何かを見つけてはニコリと柔らかな笑みを浮かべるその少年が、それでも隣の男の同行者だと理解るのは、その行動のせいだった。
無言で自分のペースで歩く青年に置いて行かれない様に、少しでも距離があくと急ぎ足でその背中を追いかける姿は、親鳥の後を必死に追う雛鳥のようで・・・。
―――ある意味、物凄く目立っていた。
「・・・きゃっ」
テトテトと歩いていた少年が、何かに躓いてすっ転んだ。
小さな悲鳴と共に、顔面から地面に倒れこんだ少年は慌てて顔を上げた時に、何故か鼻の頭ではなくおでこに擦り傷を作っていた。
「―――イタタッ・・・」
半泣きの表情で、立ち上がって泥を落とすと辺りをキョロキョロと見回す。
「リューヤ・・・？」
そうして、目当ての背中が人込みの中に見えなくなっているのに気付くと、愕然とした。
両手を握って・・・開いて・・・。
ドンドンと湧いてくる不安に、盛り上がってくるのは涙だ。
傷の痛みではなく―――心の『痛み』。
「―――――タクッ！！」
もう少しでポロポロと大粒の涙を零して泣こうとしていた少年は、慌てた表情で戻ってきた青年の姿に、大きく瞳を見開いた。
衝撃で、一粒だけ零れ落ちた涙は、不思議な事にガラス玉のようにきらりと光ってコロリと地面に転がり落ちた。
尤もそれ以上に、差し出された腕の中に飛び込んだ少年の姿の方が、インパクトが大きかったので誰もその事に気付かなかったのだが。
「・・・振り返ったら居ねぇし・・・」
呟くように低く言う言葉は、凄みのある怒った口調だったが、少年はギュウゥと青年にしがみ付いたままだった。
そんな少年の様子に、一瞬眉を顰めながらも・・・青年は軽々とその軽い身体を抱え上げる。
余り目立つ事は好きではないのだが、人込みの中・・・これ以上逸れては目的の場所まで辿り着く事もできないと踏んだからだ。
「・・・リューヤ？」
「しっかり掴まっていろ。」
小さな、問い掛けのような言葉に、ぶっきらぼうに返事する。
「ん・・・」
安心したように、身を寄せる身体を動きやすいように抱えなおすと、青年はしっかりとした足取りで喧騒の街中へと歩きだした。

　　＊＊＊＊＊＊＊＊＊

締め切りギリギリの時刻で登録所に辿り着き、そのまま登録を済ませる。
「リューヤ＝サカキ。武器は長剣。」
受付係りに向かって口頭で伝えると、相手は申請書に書き写していく。
「・・・ランクは如何しますか？」
「最強クラスは？」
「今回の大会では特別にＳクラスが設定されていますが、参加者は過去一年の間に色々なトーナメントで優勝した者達ばかりです。今年は５年に一度の帝国�ｂPを決める大会でもありますから。」
「あぁ。そういや、もうそんな時期か・・・。」
一瞬迷うような気配を滲ませた後で、傍らの存在を見てから、リューヤは首を横に振った。
「―――Ｓの一つ下のランクで。」
「それでしたら、Ａランクとなりますが・・・」
「・・・それで良い。」
憮然としながら、頷く。
「―――良いの？・・・一番強いのじゃなくて」
「あぁ。取り敢えず、今回は確実に金を稼ぎに来ただけだし・・・それに、恐らくＳランクは顔見知りだらけだ。」
問い掛ける少年の言葉にそう言い切ると、リューヤはさっさとＡクラスの登録料を払い込んだ。
参加料として、金貨１枚は結構な額だ。
それでも、勝ち続ければその何倍もの金額が返ってくる。
特にクラス内で優勝しようものなら、その額は掛け金と共に何百倍にもなるのだ。
「Ａクラスのトーナメントは明日の午後から始まります。正午きっかりに対戦表がコロシアムの入り口に張られます。ご武運をお祈り致します・・・。」
深々と頭を下げる受付係りに、会釈で返して・・・踵を返す。
大祭の期間中、滞在する為の宿を探す為、夕日に染まったヨコハマの街を歩いていく。
日が暮れれば、夜の街中は昼間とはガラリと様相を変える。
特に今は剣術大会に参加する為に、腕に覚えのある者達ばかりいるのだ。
そんな危険な中に、世間知らずなタクを連れて歩く訳にはいかない。
かつて住んでいた懐かしい街中を、リューヤは古巣に向かって突き進んでいた。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

昔のツテを使って部屋を確保したのは、随分と遅い時間だった。
部屋の中に入り込むなり、急にタクはぐったりと床にへたり込んだ。
「おいっ！」
慌ててリューヤはその軽い身体を抱え上げてベッドへと運ぶ。
「・・・ふっ・・・っうぅ・・・！！」
その表情が苦しげに歪められていて、タクが無意識に胸を押さえている事に気付くと、リューヤはタクの腰に付けていた水袋を取り出した。
「―――まだ、飲んでなかったのか？」
中身が思った以上に減っていない事に愕然としながら、眉を顰める。
逡巡は一瞬だった。
袋の栓を抜いて、中に入っていた液体を口に含むと・・・リューヤはそのまま口移しでタクに飲ませた。
「・・・ん・・・」
苦味のある水が体内に入って、全身に広がっていく。
タクがコクンと喉を鳴らして液体を飲み込んだのを確認してから、リューヤはゆっくりと唇を離した。
そうして、慎重に全体の様子を見る。
タクの蒼白い肌にほんの少し赤みが戻って、呼吸が楽になっている事を認識して、漸くリューヤも緊張を解いた。
「―――ご・・・ごめんなさい・・・。周り中、初めて見る珍しい物ばかりだったから・・・すっかり忘れていました・・・」
困ったような泣きそうな顔をするタクを、リューヤは壊れ物を扱うかのようにそっと抱き締める。
「―――馬鹿。あんまり、世話を焼かせるな。」
低く怒ったように告げるリューヤが本当に心配してくれたのだと、触れる感触で識ったタクは泣き笑いの表情となる。
「・・・うん。」
優しい―――リューヤ。
物凄く優しい『ニンゲン』。
タクの本当の正体を知っても、離れていかなかった初めてで、“唯一”の相手。
包まれる腕の中で、タクは安心したように身を任せた。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

「タク・・・？」
胸に掛かる重さに、リューヤはタクが眠りの国へと入り込んでしまった事に気付いた。
声を掛けてみるが、勿論返事は返らない。
その瞬間、リューヤの顔に浮かんだのは苦笑。
物心ついた後の記憶の中で、自分が他人に対してこんなにも意識を捕られた事は初めてだった。
勿論、強くなる為に目指していた目標人物や、ライバルと呼べる者たちを認識する事がなかったとは言わないが・・・。
それでも、今まで付き合ってきたどんな相手とも違う『存在』。
それは、命の恩人だからというだけではすまなくなっている程、強烈にリューヤの心を虜にしてしまったのだ。
腕の中のタクを起こさないように慎重になりながら、そっとベッドに横にする。
その胸が小さく・・・だが規則正しく上下していて、ちゃんと息をしているのを確認して―――安堵する。
チャポン・・・。
小さな水音に、振り返れば・・・大事な水袋がベッドの端に転がっていた。
余りにも慌てていたので、思わず雑に扱ってしまったが、それはタクにとって命綱のような物だった。
魔女の『薬』。
初めて耳にした時は、なんて胡散臭い物を―――と眉を顰めたものだったが。
今では、手放せずにいる。
二人が一緒に居る為には、どうしても必要不可欠な物だから。
だが、その薬の代金が半端ではないのだ。
だからこそ、こうして各地を回りながら金稼ぎをしている。
細くて白い小さな手。
それをそっと持ち上げて、リューヤは恭しく口付けた。
失えない『存在』。
強さだけを求めて生きてきたリューヤが総てを失ってボロボロになっていた時に、出会った相手。
生きる事さえ手放しかけていたリューヤを、この小さな手が救った。
雑に扱ったら壊れてしまいそうな・・・存在が。
ここまで誰かを護りたいと思った事などなかった。
手放せないと思った事も―――。
少しでも気を抜けば、あっという間に泡となって消えてしまいそうな程脆い『タク』だから。
「―――お前は、俺が護る。この命続く限り・・・」
手の甲から唇を離して、小さく呟く。
それは、『騎士の宣誓』。
今まで、誰にも心からは膝を屈しなかったリューヤが・・・『蒼龍の剣士』の異名を持つ彼が、初めて口にした瞬間でもあった。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

「―――勝者、リューヤ＝サカキッ！」
審判の旗が揚がる。
Ａクラスのトーナメント決勝戦。
全く苦労する事無く、瞬殺で相手の戦意を喪失させたリューヤが、愛剣を腰にしまう。
息一つ乱さずに、踵を返したその姿に、コロシアム内は水を打ったような沈黙が漂った。
余りの出来事に、動揺が漣のように広がっていく。
「ちょーっと、待ったあぁっ！！」
客席の中央から大きな声が聞こえてきた途端に、黒い影がリューヤの上に落ちてきた。
ギイインッッ！！
「―――っっ！！」
素早く引き抜いた剣で、衝撃を受け止める。
刃が合わさった場所から、凄まじい音と火花が飛び散った。
なぎ払うように腕を動かしたリューヤの剣戟を、流すような動作で躱すと、そのまま影は離れた場所へ移動した。
一瞬の出来事に、誰もが瞬きすら忘れて成り行きを見ているしかなかった。
「・・・暫く見掛けないと思ったら、こんなトコにいたんだ。リューヤ。」
立ち上がったその姿は、赤い鎧に包まれていた。
兜を外すと、旧知の知人に話しかけるように、にこやかな笑顔が浮かぶ。
それでも、その身を覆う気や視線は穏やかなそれでは無かった。
「―――マサト。」
相手が誰だか気付いたリューヤもまた、殺意を全身に漲らせていく。
「―――しかも、Ａクラスぅ？随分とまた落ちぶれたもんだな・・・王宮所属部隊“四天王”の一人だったというのに・・・」
続けられた言葉に、リューヤの目がカッと見開かれる。
会場内のざわめきが波のように広がっていく。
王宮所属部隊と言えば、最強の兵士でもあるからだ。
しかも“四天王”ならば、こんな格下クラスに出て良いランクではない。
Ｓクラスの優勝候補の一人と言っても過言ではないのだ。
リューヤとて、それは理解っていた。
できる事なら、全力で戦えるＳクラスに出場して、上を目指したい。
身体中を流れる血潮が、湧き立つあの高揚感。
神経を集中させて、強い敵との命を賭ける戦いは、ゾクゾクする程の喜びをリューヤに齎す。
血塗られた剣を握り締めて、全身を鮮血に塗れた殺戮者。
戦いに敗れるまでは、リューヤは戦いだけが自分にとって総てなのだと思っていた。
自国の為になる事なら、どんな事でもやってのけられるだろう・・・と。
ギュッと拳を握り締める。
ここで、相手の挑発に乗るのは容易い。
抑え込んでいる感情を、爆発させれば良いだけだ。
だが、リューヤはスゥッと息を吐き出すと、殺意を消して相手に向き直った。
「・・・俺は、ただの剣士だ。部隊を辞める事は、ちゃんとナツオ王に告げてある。戦いに敗れた者が、“四天王”でいられる筈もない。今の俺は、何の肩書きもない。だから、Ａクラスに出場た。ただ、それだけだ。」
低い声でそう言い切ると、リューヤは持っていた剣をまた鞘に戻した。
そうして、踵を返して歩き出す。
あっさりとリューヤが背中を向けたので、相手はどうする事も出来ないようだ。
「リューヤ、逃げるのかよ？！」
突き刺すように告げられた台詞に、一瞬歩みが止まるが・・・リューヤは振り返らなかった。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

「リューヤっ！！」
出口に辿り着くと、タクが飛び込んできた。
「タク？」
「良かった・・・無事で・・・」
服を掴む震える指先が、どれだけリューヤを心配していたかを物語っていたので、リューヤは自嘲気味に微笑った。
「大丈夫だと、言っただろ。」
「でも・・・怖かった。」
続けられた言葉に、息苦しくなる。
こんな時、どんな言葉で慰めれば良いのか知らないから。
震えさせているのが、他ならぬ自分だと知っているから・・・。
―――リューヤは途方に暮れてしまう。
本当は、いつも柔らかな笑顔でいて欲しいのに。
それが、叶わないから、胸が締め付けられる。
抱え上げて、腕の中に感じて・・・その瞼にキスをする。
ここから、溶けてしまわないように。
「金を受け取ったら別の土地に行こう。今度は、ヨコスカ領か？あそこは海に近いから、お前ももう少し楽になるだろう。それから海沿いを進んでショウナン地方に抜けるのも構わない。」
想いを振り切るように、リューヤは言葉を並べる。
今は一刻も早く、この地から離れたかった。
過去の柵に捕まってしまう前に・・・。
「リューヤ・・・うん。」
珍しく饒舌になっているリューヤに、タクは小さく微笑う。
心臓がドキドキして苦しかったのは、戦いが終わった後・・・あの赤い姿の人物が、リューヤに向けて放った殺意が、余りにも強かったから。
また、それを受けたリューヤが、自分の知らない者のように見えたから―――。
ギュッと服を掴む。
「タク？」
視線を上げると、気遣うような優しい眼差しとあった。
苦しいのは息が出来ないからじゃなくて。
リューヤを失ってしまう事だから。
それが、タクにとって一番怖い事。
「何でもない。もう、大丈夫。」
腕から解放して貰って、自分の足で立つ。
決して、足手まといにはなりたくない。
一緒に居る事を、二人で選んだ時から・・・タクはずっと探し続けているのだ。
自分が、リューヤに何をしてあげられるのか―――を。
互いの想いが絡み合う。
種族の違う二人だからこそ、一緒に居るのは・・・傍に在り続けるのは困難が付き纏うのだ。
それでも―――。
二人が出会ったのは『運命』の導きなのだ。
互いを半身と定めてしまった二人は、もう離れる事など出来なかった。

＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊

賞金を受け取った二人は、コロシアムを後にした。
時折、地面を揺るがすような歓声が上がっているのは、Ｓクラスのトーナメントによる試合が始まったからだろう。
今年の大会の大本命の対戦だ。
掛け金も桁違いなのは間違いない。
本当なら、金を稼ぐにはＳクラスに出場した方が確実なのだ。
それをしなかったのは、単に怪我をしたくなかったからに他ならない。
自分が怪我をすれば、誰がタクを護るというのだ。
一緒に居る為に必要な薬を手に入れる為とはいえ、自分が動けなくなるのは不味い。
非常にまずいのだ。
「―――タク。」
「え？！あ・・・リューヤ？」
隣を歩いていたタクの身体を抱き上げる。
「静かに・・・しっかり掴まっていろ。」
驚いた表情のタクを、懐に抱え込むようにして、リューヤは石畳を蹴った。
人込みの中、空間を縫うように進むリューヤの動きを、気に止める者はいない。
気配を消して滑るように、突き進んでいく。
後を追ってくる気配は、完全に不意を付かれたようだが・・・それでも、二人は街を出る前に追いつかれてしまった。
「―――おう、リューヤ。・・・俺に挨拶もなしに、この街を出る気かよ？」
「・・・何でここに・・・」
目の前に立った人物に、リューヤの表情が変わる。
その心底驚いたという風な顔に、タクの方がびっくりした。
「リューヤ？」
声を掛けると、ギュッと抱き込まれた腕に力が入った。
「マサトに聞いた時は、半信半疑だったが・・・本当に戻っていたとはな。何時、王宮に挨拶にくるかと思っていたら、全く来ないからこっちから出向いてやったぞ。」
「・・・ナツオ王。」
全身から凄まじいオーラを漲らせて、その人物はおおらかな笑みを浮かべた。
その身を纏う雰囲気には、威圧の欠片も無かったが・・・。
黄金の髪に、深い大地の瞳。
背が高く、がっしりとした体付きは、無駄な肉がついておらず・・・一見しただけでは、リューヤと同じ『戦う者』という印象を受けた。
肩から掛けている金縁の赤いマントだけが、やけに豪華に見える。
だが全身を包み込む空気は、紛れもなく覇者の持つもので―――。
「その腕の中の者が、お前の選んだ者か？あれだけ、戦いにしか興味の無かったお前を変えたなんて・・・どんな魔法を使ったのか。」
笑いかけられて、タクはドキンとした。
そうして、相手が王様なのだと今更ながらに気付いて自分の体制の不敬さに身を縮こませた。
「あの・・・リューヤ・・・降ろして。」
「あ・・・あぁ。」
リューヤの腕の中から降りたタクは、改めて相手に向き直る。
「―――初めまして、リューヤの王様。ボクはタクといいます。」
にっこりと笑って、深々とお辞儀をする。
一瞬呆気に取られたナツオ王は、次の瞬間―――盛大に噴出した。
「・・・ぶっ・・・アッハハハ・・・！！」
そのまま、腹を抱えて笑っている。
「リューヤ・・・ボク・・・何か間違えた？」
「いや・・・」
爆笑しているナツオ王を見て、途方に暮れているタクを気遣いながらも、こんなナツオ王の姿を見たことの無かったリューヤも心中は穏やかではなかった。
「あ・・・いや・・・スマン、スマン。世間知らずな箱入りだと聞いてはいたんだが・・・ここまでとは・・・」
まだ笑いが収まらない様子で言うナツオ王に、二人の顔には疑問符が浮き上がる。
―――聞いた・・・？誰に・・・？
「―――マコトの奴が、心配する筈だ。」
続けられた台詞に、タクは思わず大きく口を開いてしまった。
「・・・に・・・兄さん？」
ドキドキとしながら、目の前の人物を凝視してしまう。
リューヤの目が据わる。
初耳の情報に、自分の次の行動を図りかねて。
「取り敢えず、一度王宮に来いリューヤ。手間を取らせた分の金はやるから。」
先手を打って告げられた言葉に、リューヤは抵抗できなかった。
ナツオ王の言葉は、この国では絶対なのだ。
尤も、ここで振り切って逃げたとしても、絶対に掴まるのは逃れようのない事実だ。
目の前の人物は、現役を退いたとしても、リューヤの敵う相手ではなかった。
「理解りました。」
憮然と呟いて、踵を返したナツオ王の後ろを付いていく。
「・・・リューヤ？」
「お前の兄が絡んでいるなら、お前の事も何かあるんだろう。」
「でも・・・リューヤは良いの？本当は、早くこの街から離れたかったんでしょう？」
不安そうに見るタクを、安心させるように手を繋ぐ。
抱き上げて連れて行っても良いのだが、王宮内には知り合いの連中も大勢居るのだ。
下手に目立ってタクに目を付けられても困る。
そう、思っていたのだが・・・。
「昔の知り合いに会うのを避けていただけだ。まぁ、ナツオ王御自ら動かれたんじゃ、もう後の祭りだな。」
「―――そう・・・。ごめんね・・・。」
シュンとなってしまったタクに、思わず足が止まる。
「タク？」
「・・・ボク・・・一緒に居たいから・・・リューヤと。だから、出来る事は何でもする。―――ずっと、傍にいる。」
にっこりと笑って、タクはリューヤを見返して、手を強く握り返した。
繋がる温もりから、想いが繋がる。
「あぁ。」
溢れ出てくるのは、力。
総てを破壊するためのそれではなく―――護る為の『強さ』。
王宮に何が待っていようとも、もうリューヤを煩わせるものでは無くなっていた。

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