|
（今回の“百鬼”シリーズは９月のお話・・・と言う事で【お月見】ネタです。最初に考えていた話は、季節外れの台風の所為で、すっかり何処かへ飛んでいってしまったので、色々と変更して新しく書き上げました。宴ネタ（拓ちゃんが酔っ払うくだり）はそのままですが、台風に関して補足していったら物凄く長くなってしまいましたｗｗｗしかも2日程遅くなってしまいましたが、彼等の【お月見】を一緒に楽しんで頂ければ嬉しいです♪）
『中秋の名月』・・・それは、旧暦で８月１５日の満月の事を指す。
現在では、９月の第二週から１０月の初めまでの満月をそう呼ぶのだが、その日が一年で一番美しい満月だと言われており、古来より日本人はそんな美麗な月を崇めて“お月見”を催してきた。
月下の宴
９月３０日・午前11時半。
今夜の集まりを何処にしようかとか、何を持っていこうかな？などと、遅く起きた日曜の昼前に、テーブルについて朝食と昼食が一緒になったような食事をしながらテレビを見ていた拓は、画面に流れた情報に一瞬瞳を見開いた。
「・・・え？」
思わずまだ寝ぼけているのだろうか？と擦った目で再度確認しても、画面が変わることはない。
慌ててもっと詳しい情報を知ろうと、チャンネルを変える。
自然災害の時は番組編成がメチャクチャになる国民放送は、今やその話題しか映していなかった。
「―――台風？」
思わず窓の外へ視線をやるが、残暑厳しい日差しは本日も相変わらずで、照りつける太陽が出ているのは間違いない。
勿論、強風なんか全く理解らない。
だが、テレビ画面にでかでかと映し出される台風は、既に四国の下を通過しており、そろそろ紀伊半島に接近しそうな勢いだ。
台風が近付く地方の場面が、ライブ画像で次々に紹介されていく。
季節外れの台風は、何度も進路を変えてから、漸く風に乗ったらしい。
この時期に日本上空に拭いている偏西風に上手く乗った大型で非常に強い台風は、そのまま日本地図の形に添って動いて・・・このままでは神奈川にも直撃しそうな勢いだ。
画面が変わって、台風の進路と、到達予想時刻が映し出された途端、拓はガタンっと椅子から立ち上がった。
「・・・拓？」
「ごちそうさま！」
最後に残っていた牛乳を一気に飲み干してそう告げると、慌てたように拓は自分の部屋へと駆け戻った。
「・・・ど・・・どうしよう・・・」
自分の部屋の中で、携帯を握り締めたまま、拓は途方に暮れてしまった。
“満月”の夜に集まる。
それを決めてから半年・・・幸いな事に、今までずっと満月の夜は月が夜空にあったから、それが当たり前だと思っていた。
最近は、走る以外の付き合いも増えて、先月の夏休みの集まりは皆で夜の海で遊んだり花火をして盛り上がったものだ。
それぞれに確執がある者たちが、拓と遊ぶ為に集ってくれる。
最初はどうしてこんな事になってしまったのか、本当に怖くて驚いたけれど・・・拓の知らない処で色々とあったようで、気付けば満月の夜には喧嘩をしないでいてくれる。
皆が、『友達』として拓の側に居てくれるのだ。
今までずっとそんな風に付き合ってくれる友達を持てなかった拓にとっては、それは夢のようで・・・。
「ヒロシちゃんたち・・・すっごく楽しみにしてた・・・よね。」
“月見なら、酒盛りだな！”
“おう！花見ん時みてぇに、のんびりできっと良いなぁ。”
脳裏に、風神と雷神の刺繍が入ったジャンパーをお揃いで着ている、お神酒徳利のようなコンビである二人の嬉しそうな表情が浮かぶ。
「マー坊くんは、おだんご食べたいって言ってたし・・・」
何度も携帯を開けたり閉めたりしながら、拓は困ったように眉根を寄せた。
〜〜〜♪〜♪〜♪
不意に、手の中に握り締めていた携帯が鳴った。
独特なその音は、先日勝手に自分の着信音だけを変えてしまった相手の物で・・・。
思わず、一瞬だけ硬直してしまったが、何か用事があるのだろうと思い直して、拓は通話ボタンを押した
「―――もしもし・・・？」
『Good morning．拓ちゃん・・・』
耳元に響くのは少しだけ気だるそうな声。
恐らくは目覚めたばかりなのだろう。
「おはよう、時貞クン。どうしたの？」
ちょっとだけ苦笑して、拓は聞き返す。
『何だか、無性に拓ちゃんの声が聴きたくなったから・・・ついでに声を聞いたら顔も見たくなったから、家に来て。』
「え？今から？・・・えっと・・・ボクこれから今夜の事を皆に連絡しないと・・・」
甘く囁くように強請る時貞に、拓は困ったように声を落としてそう応えた。
『今夜の連絡・・・？だってまだ昼だろ？』
「うん・・・。でも、台風が来てるみたいだから・・・早目に連絡しないと・・・」
『台風・・・？あぁ、ハリケーン？』
「そう。今夜、こっちに直撃だって。テレビでも結構詳しく解説してる位、大きいらしいから、今夜は皆で集まるのは無理かなぁ・・・って。」
『何で？』
「え？何でって・・・？折角、今夜は皆でお月見しようって言ってたのに、肝心の月が出ないんじゃ意味ないよね？」
『そう？・・・・・』
そうして、少しだけ沈黙が続く。
拓は改めて今夜の事を考えて溜め息を溢した。
「・・・本当は今夜の月は中秋の名月って言って、一年で一番綺麗な満月なんだって。だから、そんな綺麗なお月様を皆で見れたら嬉しいなぁって思ってたのはボクだけで。でも、ヒロシちゃんやキヨシくんやマー坊くんも楽しみだって言ってくれてたから・・・」
『ふーん・・・』
思わず声が萎んでしまう拓の言葉に、時貞は相槌を打ってからまた少し沈黙した。
「・・・時貞くん？」
『OK！It's all
right.やっぱり家に来てよ、拓ちゃん。詳しい事は家で話す。じゃ、また後で。I love you・・・.』
不思議に思った拓が聞き返すと、時貞は柔らかな楽しそうな口調でそう言って会話を切ってしまった。
「・・・なんだろ？」
いつもながら不思議な会話は、時貞の一方的な願いで打ち切られた。
それでもいつもよりも機嫌の良さそうな時貞の声に、少しだけホッとしながら、今夜会えないなら、物凄く機嫌が悪くなるだろう事が容易に理解ったので、拓は慌てて携帯を持ち直して、メールを打ち始めた。
簡潔な文章で、“今夜は台風なので集まりは中止です。ごめんなさい。”とだけ打つと、一斉送信で送る。
そうして、携帯をベッドに放り投げると、時貞の家に向かう為に着替え始めた。
山の手にある時貞の家は、何度来てもその立派な門構えに目を奪われる。
門の前で拓がエンジンを切るか切らないかの状態で、既に門を乗り越える勢いの二頭の犬が出迎えてくれた。
「こんにちは。アービィ、ルーファス。」
声を掛けると、嬉しそうに尻尾を振って、バイクを引いて門の中に入った拓にじゃれ付くように擦り寄ってくる。
「ちょっ・・・ちょっと、待って。バイク止めてからじゃないと・・・危ないよ？」
注意しながら、拓は大柄な二頭の犬に挟まれる格好で、定位置にバイクを止めた。
「―――Welcom．拓ちゃん。待ってたよ。」
「時貞くんっ？！い・・・いつの間に・・・」
バイクから手を離して、擦り寄ってくるアービィとルーファスの柔らかで綺麗な長い毛並みを撫でていた拓は、突然に背後からそっと抱き込まれて驚きに目を丸くした。
拓が驚きの表情のまま振り返ったら、イタズラが成功した子供のような顔をした時貞がそこにいた。
そうして、拓を腕に包み込んだままその髪先にキスをした。
外国生まれでクォーターの時貞は、スキンシップが非常に激しい。
時貞が言う所の挨拶は、拓にとっては恥ずかし過ぎる事この上ないのだが、断ると機嫌が悪くなったり、こっちが悪い事をしてしまったのではないかという位しゅーんとなってしまうので、どうしても抵抗できない。
それでも何回されても慣れない挨拶に、拓は緊張で心臓がバクバクしてしまうのだ。
「あ・・・あの、時貞くん。話って・・・」
近付く顔が、頬にまでキスをしそうな勢いなのを感じて、慌てて拓は話題を逸らす。
只でさえ台風が近付いてきているのだから、呼び出された用件をさっさと聞いて、夕方には家に帰らないと不味い気がしたのだ。
「・・・取り敢えず、部屋に行こうか。」
拓の問い掛けに、時貞は笑顔のままそう告げた。
そうして、拓の肩を抱いたままクルリと踵を返す。
強い力で引き摺られるように、小さな拓の身体は時貞にくっ付いたまま連行されてしまったのだった。
午後３時を過ぎて、風が少しずつ強くなってきた。
執事の檜原の用意したおやつを食べていた拓は、窓の外に雲が広がってきた事に気付いた。
「皆、大丈夫・・・かな？」
西からやって来る台風を背に走ってくるだろうから、土砂降りの雨に降られる事はないと思うが、如何せん、こんな荒れた天気の中で、こっちまで来てもらうのも申し訳なくて。
「途中まで迎えに行こうかな？ボク・・・」
そっと呟いて、首を巡らす。
だがソファーの上でだらしなく横たわったまま、拓の膝を枕にして気持ち良さそうに眠っている時貞が起きる気配はないし、起こすのも忍びない。
今夜の集まる場所をわざわざ提供してくれた時貞には、感謝しても仕切れない拓は、痺れかけている足を気遣いながら、そっとソファーの背に凭れ掛かった。
そんな拓にアービィとルーファスも近付いてくる。
「うん。“皆が来るまで独占”って時貞くんと約束したから、迎えに行きたいけど・・・行かないよ。皆、わざわざメールを返してくれて・・・ちゃんと来てくれるって言ってたし。」
側にある柔らかな毛並みに触れながら、拓は嬉しそうにそう呟く。
「お前たちのご主人様は、本当に優しいね・・・。」
時貞の家は本当に拓が想像もつかない位大きかった。
普通の家にダンスホールがあるなんて思わないではないか。
今は使われなくなって久しいその場所を、時貞は拓の為に用意してくれていた。
そうして、今夜集まってくる皆の為に、“お月見”に必要な品物まで一通りセッティングしてくれたのだ。
電話を切ってから、拓が時貞の家にやってくるまでの間に、時貞がそれら総てを手配してくれたのを知った時、拓は余りの嬉しさに思わず泣きそうになってしまった。
“誰も来なかったら、二人っきりで『お月見』しても良いよ。”
感動で声も出ない拓に向かって、時貞は笑顔でそう言ってくれた。
だから、拓は思っていたよりもずっと気が楽になって、他の皆に新しいメールを出す事が出来たのだ。
―――今夜は月が見えないけれど・・・それでも良ければ皆で集まって、『お月見』しよう。場所は時貞くんの家で、時間は来れる人が全員集まったらで。台風が来てるから、ムリはしないで。来れる人は連絡下さい。・・・浅川拓。―――
皆からの返信はすぐに返って来た。
誰一人欠ける事のない全員一致の『参加』。
そうして、全員にもう一度時貞の家の地図と連絡先をメールで送ったのが、1時間前の出来事だった。
「あー、なんだよぉ？！天羽、何で拓ちゃんの膝枕ぁ？！」
一番最初の来客は、部屋の中に入ってきたと同時に開口一番そう叫んだ。
聞き慣れたその声に、びっくりした拓が窓から視線を戻して振り向くと、意外な組み合わせに更に驚いた。
「よぉ、拓。久しぶり。そこで鮎川と会ったから、一緒に来たぜ。それより、スゲーでけぇ家だなぁ。天羽ん家って。これ、手持ちの食い物と酒。」
真里の後ろからヒョイと顔を出したのは秀人だった。
持っていたビニール袋を掲げて、珍しく緊張した様子で部屋の中に入ってきた。
「マー坊くん？秀人くんも、一緒に来たんだ・・・。ね、時貞くん・・・皆来たよ。もうそろそろ・・・起きて・・・」
「んー・・・もう、少しだけ。」
真里の言葉に漸く今の自分の状況を思い出した拓は、真っ赤になって小さな声で時貞に声を掛ける。
だが、すっかり熟睡していた時貞は急には起きられないようで、身じろぐ様に寝返りを打って拓の脚を抱え込んでしまう。
「―――ッ！！・・・」
その時貞の動きに、すっかり足が痺れてしまっていた拓は、ビリビリと走った痛みに顔を歪めて固まってしまった。
目尻に涙まで浮かんでくる。
「ちょっと、拓ちゃん？！大丈夫ゥ？」
「どうした？拓・・・」
「え？・・・拓・・・ちゃん・・・？」
心配そうな顔をした二人が、傍に寄ってくる。
その声に、漸く時貞も何事かと目を開けてだるそうに起き上がった。
「あ・・・足・・・痺れちゃって・・・」
ジンジンする足に手をわきわきさせながら、拓は涙ながらにそう呟いた。
「・・・ごめん。拓ちゃん・・・オレ、重かった？」
「う・・・ううん。痺れちゃってるだけだから・・・大丈夫だよ。ほら・・・っ！」
ちょっと声を落として呟く時貞に、拓はブンブンと首を横に振って足を動かそうとして失敗した。
かれこれ３時間近く全く動かせなかったのだ。
流石に痺れ方も半端なかった。
「うぅ・・・たかが膝枕してただけで足が動かないなんて・・・」
情けない顔を見られたくなくて、拓は両手で顔を覆ってしまった。
だが、その隙間から見える肌が物凄く紅潮しているのを見て、時貞は蕩けそうな笑みを浮かべた。
「ありがとう。久しぶりに気持ちよく寝れた気がするよ、拓ちゃん。」
そう言うと時貞はギュッと拓の小さな身体を抱き寄せた。
「あー、時貞ぁ！！テメー、拓ちゃんにナニしてやがるっ！」
「拓ちゃんから、離れろっ！！」
時貞の眼にも留まらぬ早業に、一瞬行動に移すのが遅れた真里よりも先に、いつの間にか現れた風神・雷神コンビがズカズカと部屋の中に入ってきて、拓から時貞をベリッと引き剥がした。
「デェージョーブだったかよ？拓ちゃん？！」
「こいつはあんま甘やかすと“サイゲン”ねーゾ！！気ぃ付けなくちゃ駄目だろ？」
「ヒロォ・・・キヨシも。・・・着た早々、酷いな。」
「「うっせ！！拓ちゃん泣かしてんじゃねーよっ！！」」
拓をしっかりと懐に庇ったヒロシが心配そうに尋ねる横で、キヨシが時貞の首根っこを掴まえてそう言い切った。
寝起きでまだ本調子じゃない時貞が、なすがままの状態でボソリと抗議すると、途端に二人から同時に怒鳴られた。
「え？！ちょっ・・・二人とも！ちがっ・・・ボク、泣いてないよ！！」
余りにも恥ずかしくて、自分が顔を隠してしまった姿を二人が勘違いしたのだと気付いて、拓は慌てて間に入って声を出す。
そうして、しどろもどろ説明するが、風雷の二人は全く取り合わない。
結局、原因を作った時貞が悪いだの、普段の行いが云々・・・と言って、過保護とまで言われている拓の優しい幼馴染みでもあるヒロシはギッと時貞を睨んだ。
時貞はやれやれと言う風に肩を竦めて、大人しくしている。
そんな彼等を、出遅れた状態のまま固まっていた真里は唖然と見ていたし、状況を一歩引いて見てる秀人は口端を持ち上げただけだった。
その後も、誰かがやってくる度に、一悶着あったりもしたけど、何だかんだ言って全員が集まったのは６時過ぎだった。
流石に近付いてくる台風の影響を受けた遠い街組みは、結局雨に降られてしまって執事の檜原が用意していたタオルを使う嵌めになった。
全員のバイクは、ちゃんとシャッターの付いた大きなガレージの中に丁寧に収められて、強風や雨の影響を受けないで済んだ。
帰りまでにタンクを満タンにしてくれるのもいつもの事だ。
最後まで門の中に入りずらそうにしていたのは、一番遠くからやってきた来栖だった。
いつも乱校に平然と入ってくる来栖が、困ったように佇んでいるのを最初に見つけたのは拓だった。
既に強風が吹き始めていて、雨粒も窓に当たり始めて・・・それでも窓の外を気にしていた拓は、薄暗くなってきた中にポツンと立っていた来栖の姿を見つけて、慌ててバスタオルを持って部屋を飛び出した。
そうして門まで走って、バスタオルを来栖に渡すと、二言・三言会話した。
珍しく渋る来栖の腕を、拓の手が掴む。
そうして、手を繋いだまま―――二人は屋敷の中に戻ってきた。
拓の一連の行動を見ていた者たちは、全員苦笑を浮かべながら、二人を迎え入れた。
そうして、最後の客が揃って、月のない『お月見』の宴会は始まったのだった。
続く． ／ 戻る |