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「今夜は、無礼講だ。好きなように過ごしてくれ。さ、拓ちゃん。」
場所を提供した時貞が、普段の３割り増しでにこやかにそう告げる。
コーラを注がれたコップを手に、拓は少しだけ顔を上げた。
「えっと・・・今夜は、満月が見えないのに、あの・・・集まってくれてありがとう。本当は、台風が来てるから集まらない方が良かったのかもしれないけど・・・時貞くんが、『お月見』しようって･･･言ってくれたから。」
そう言って、拓は照れたように時貞に視線を向けて微笑った。
「凄く嬉しかった。ありがとう、時貞くん。・・・皆も来てくれて・・・本当に、ありがとう。」
柔らかな笑顔のまま、拓は部屋の中の全員に視線を流した。
「オレは、拓ちゃんと二人だけで『お月見』しても良かったんだけどなぁ。」
ポツリと時貞が本音を漏らす。
「―――それは、皆同じ意見だと思う。」
「確かに。でもまぁ、拓ちゃんが一番喜ぶのは違うよなぁ。」
濡れてしまった髪を後ろで一つに結わいた千冬の言葉に、大珠が相槌をしながら優しい目で拓を見て苦笑する。
台風を背に走ってきた千冬は、本当は今夜は化粧をしてこなかった。
いつもよりも若干男っぽい顔付きでいながら、その素顔は化粧をしていなくても物凄く美人で他のメンバーを驚愕させた。
余りにもじろじろ見られるものだから、居心地が悪くて・・・仕方なく洗面所で、持ってきた道具でいつもの化粧顔を作った程である。
大珠は大珠で、海沿いを走ってきた所為で、早く降り始めた雨に降られてしまい、すっかりワックスが落ちてしまって、髪がセットできていない。
尤も、それは同じ街から走ってきた人物も同じだったようで・・・いつも見事なぐらい天に向かって立てられている紫の髪もセットが落ちてしまっているようで、濡れてウザイ髪を纏めて後ろで止めている緋咲の姿も部屋の中にあった。
少し離れた位置で壁に背を持たれかけながら、緋咲は椅子に腰掛けていた。
その手の中には、既に勝手知ったる時貞の家の酒蔵から拝借してきた秘蔵酒が瓶ごと存在していた。
そうして、そんな緋咲の足元に蹲るかのように座っているのは、銀色の長い毛並みの大きな犬で、ルーファスと呼ばれていた。
もう一匹の茶斑の金色の毛並みのアービィは、何故か反対隣の壁際に凭れ掛かったまま部屋の中を把握するかのように立っていた秀人の傍に居た。
見た瞬間に大喜びで二頭に抱きつこうとした大珠からは逃げて、千冬に関しては、相変わらずきついとも言える甘ったるい香水の所為で近付こうともしない。
小ホールと言うには十分すぎる広さのその部屋は、中央に大きなテーブルがあって、その上には色々と豪華なオードブルや食べ物が用意されていた。
更に、前方の舞台のように高くなっている場所には、巨大なスクリーンが設置されていて、そこに見事な満月が映し出されていた。
そのスクリーンの前には祭壇が用意されていて、『お月見』に相応しいすすきや団子などの供え物が置かれていた。
拓が想像していたよりも遙かに本格的な『お月見』を、初めて見せられた時、拓は本当に嬉しくて言葉も出なかった。
時貞の命じるままに支度してくれた檜原に感謝の言葉を告げると、忠実な執事はいつもの無表情を崩して少し嬉しそうに逆に拓に向かって頭を下げた。
“時貞様が、ご友人の為に何かをして差し上げたいと仰るのを初めてお聞きしました。ご自分の為でなく、人の為に動かれる時貞様を拝見できた事を嬉しく存じます。誠にありがとうございます。これからも、時貞様の良きご友人でおられて下さい、浅川様。”
何処から取り出したのか、ハンカチで目頭を押えながら感極まったように告げる檜原に、拓は大層恐縮してしまった。
そんな二人のやりとりを、時貞はそ知らぬ顔で聞き流していたが、拓には理解っていた。
だから、時貞の願いである膝枕を、物凄く恥ずかしかったけれども聞き入れたのだ。
「綺麗だなぁ・・・本当にこんな風に見れたら良かったのに・・・」
スクリーンに映し出される綺麗な月を眺めながら、真里が皿に山盛りに盛り付けた料理を頬張って呟いた。
「宴なんて、上手い食い物と酒がありゃ十分だろ？」
「そーそー、俺たちにしちゃ毎月『月見』してるようなもんだ。今更、一回や二回見れなくったって、来月も満月は来るんだゼ。」
それぞれに一升瓶を抱え込んだ風神・雷神の二人が、豪快に笑う。
「―――『中秋の名月』は特別だ。一年で一度しかない。」
「一年で一回って、七夕みたいだ・・・」
ワインを傾けていた千冬が、スクリーンの月を見ながら言葉を繋ぐ。
拓の傍で猫のように丸くなって、ソファーの上でクッションに凭れた来栖が目を細める。
その言葉に、全員が２ヶ月前の夜の記憶を呼び覚まされた。
七夕の満月はとても綺麗だった。
砂浜にそれぞれ佇んで、彼等は月を眺めていた。
聞こえてくるのは波の音と、海を渡る風だけで・・・海上を照らす柔らかな光りは、海面にも浮かぶ月を作り出していた。
「あん時の月も綺麗だったな。」
「・・・これは過去の映像じゃなくて、今現在のモンだろ、セロニアスぅ？」
テーブルに用意されていた飲み物を手に、壁に寄りかかったままボソリと呟いた秀人を、チラリと見遣ってから、煙草を咥えたまま緋咲は時貞に話しかけた。
言われた時貞は、ニヤッと口端を持ち上げて微笑う。
否定しなかったというのは、そういう事なのだ。
「―――時貞くん？」
理解できなかった拓だけが、キョトンとした顔で尋ね返す。
台風で大荒れの窓の外の様子をちょっとだけ気にしながら、時貞に視線を向ける。
「今夜の月は、一年で一番美しいんだろ？折角だから、人工衛星から見える月を、ライブ映像で流してみた。」
拓が驚いているのに気を良くした時貞が、ニコニコしながら種を明かす。
その言葉に、拓は一瞬で顔を輝かせた。
余りの嬉しさに、思わず時貞に自分から飛びついてしまう程に。
「―――ありがとう！時貞くんっ！」
ガチャン・バリンッ・ガシャン！！！
色々な擬音が溢れかえる中、珍しく自分にギューッと抱きついてきた拓を時貞だけが満足そうな笑みを浮かべて抱き締める。
「テンメー、時貞っ！！チョーシに乗ってんじゃねぇ！」
「俺等だってなぁ、拓ちゃんが喜ぶ事ならなんだってしてやるんだよっ！！」
【風雷】コンビが、野次のような文句を口にする。
行動が伴わないのは、それでも今一番拓を喜ばせているのが時貞だと理解っているからだ。
我が侭で気紛れで他人を気遣う事なんか想像も出来なかった『龍神』が、拓の為になら自分から動く事が嬉しい。
たまに、やり過ぎだと止めるけれど・・・それでも無茶苦茶な時貞が、拓の側に居る時は穏やかな表情をしているのを見るのは何だか無性に嬉しいのだ。
無言のまま仏頂面をしているのは来栖と真里だ。
言いたい事は山の様にあるのだが・・・如何せん一般家庭で育った二人には、到底太刀打ちできない行動なので、悶々としていたりする。
真里は自棄食いの様に皿に盛ったオードブルやお菓子を口に運んでいたし、来栖は二人から視線を逸らして、スクリーンに映る月を睨んでいた。
「ははっ、どんだけ金持ちなんだ？」
本当に可笑しそうに笑ったのは大珠だった。
その声に、秀人も飲み物を口に運んで苦笑している。
「金があるとか無いとかの問題じゃないだろ？拓ちゃんが喜んでるのは、気持ちの問題で・・・まぁ、今夜は花を持たせても構わない。御陰で、今夜も拓ちゃんに会えたから。」
赤い唇を綺麗にカーブさせて、千冬が独白する。
目を細めて見る視界の中には、拓しかいない。
本当に嬉しそうな・・・心からの笑顔を見れただけで今夜は十分だった。
それが、自分が与えた感情によるものでない事は、ほんの少しだけ悔しかったが・・・。
「あっ・・・ボ・・・ボク・・・思わず・・・」
ハッと気付いた拓が、慌てたように時貞から離れて、照れたように顔を赤くする。
それから、自分の恥ずかしい行動の所為で熱くなってしまった顔の火照りを消すように、側に置いてあったコップを手に取った。
「―――あっ！」
気付いた真里の慌てた声を出したのと、拓がコップの中身を一気飲みしたのは同時だった。
「・・・あれ？・・・何、これ・・・・」
ろくに見もしないで一気飲みをしてしまった拓は、喉元を通り過ぎた液体の味が、先ほどまで自分が飲んでいたコーラではない事に気付いて目を白黒させた。
「それ、俺のカクテルだよ、拓ちゃん！！」
「へ？カクテ・・・ル・・・ヒックッ！」
本気で動揺している真里に聞き返そうとした拓は、次の瞬間見事なぐらいボンッと爆ぜた。
頭の先まで赤くなった拓の身体がクラリと揺らぐ。
カクンと膝が落ちたのだ。
「・・・っ！！」
慌てた真里や時貞が手を差し伸べる前に、拓の身体を支えたのは反対隣にいた来栖だった。
フラッと倒れこんできた拓を、細身の身体でしっかりと受け止めた。
「うわー、拓ちゃん！軽いなぁ・・・。」
「・・・・むぅ。」
思わず驚きを口にしてしまった来栖の腕の中で、真っ赤になってトロンとした目付きの拓の頬が膨らむ。
「・・・軽く・・・ないもんっ！！」
子供の様に怒って、来栖の腕の中から力の入らない腕で体勢を立て直そうとする拓の姿は、物凄く可愛くて・・・全員の目を釘付けにした。
「―――【子供（ガキ）】かよ・・・」
「・・ぁ・・・馬鹿・・・」
思わず見惚れてしまった事に動揺した緋咲が、つっけん度にそう呟くと、秀人は片手で顔を抑えた。
んしょんしょ、と唖然とした来栖から離れた拓が、緋咲の呟きを耳聡く聞きとめて、クルンと顔を向けた。
その真っ赤な顔の中で、いつもは零れ落ちそうな大きな目が、今は半眼でジトーと緋咲を睨んでいる。
尤も、睨んでても全く怖くない。
怖い処か・・・普段とまったく違う姿に、気が抜ける。
「・・・どーせ、ボクなんか緋咲くんに比べたら子供っぽいよ・・・」
ウルッと瞳が滲むのを見て、今度こそ緋咲が硬直した。
秀人は、手で口を抑えたまま壁際に寄りかかっている。
その肩が微妙に震えているのを見て、笑いを抑えているのだという事は、誰の目にも明らかだった。
「ほっ、ほら、拓ちゃん！ここに拓ちゃんの好きなヤツがあったぞっ！！」
「そうそう！機嫌を直して一緒に喰おうぜ！」
いじける拓を必死に【風雷】が慰める。
特に、前に拓を同じように酔わせてしまった事のあるヒロシは、ギロッと緋咲を睨みながら拓の頭をポンポンと撫でてやる。
人間、酔っ払うと本能が現れるのだ。
普段人一倍他人の事を気遣う拓は、酔うと結構大変なのだ。
素直に感情を顕してくれるのは嬉しいのだが・・・如何せん、その感情の振り子が大きくて何処に行ってしまうのかが理解らない。
「う・・・ヒロシ・・・ちゃんっ！！大好きっ！！」
うるうる状態のまま、拓は今度はヒロシに抱きついた。
勿論、ヒロシが動揺する事はない。
人間、何事も経験した事のある奴の方が上だ。
「おう！俺も拓ちゃん、大好きだぞ！」
しかも、今はヒロシも大分酔っているのだ。
抱きついてきた拓を抱えて、ギューッと熱い抱擁を交わしている。
「あーっ！！ヒロシだけずっこい！！拓ちゃん、俺もォ！」
「うっせ！オメーの馬鹿力じゃ、拓ちゃんが潰れちまうだろーがっっ！！」
キヨシがガバッと抱きついてくるのを、全身でカバーしてヒロシはケリを入れている。
そんな二人に、拓はクスクスと笑って、ヒロシに擦り寄った。
「ヒロォ・・・キヨシ・・・？」
地獄の底から響いてきそうな声が、二人の名を口にする。
途端に、すっかり酔いが冷めた風に、ギクッと身体を竦めた【風雷】は恐る恐る背後を振り返る。
そこに居たのは、怒れる【龍神】だった。
外で吹き荒れる嵐よりも激しい気迫に、部屋の中の温度が下がる。
「・・・どうしたの？時貞くん。」
「オレにも・・・言って。」
完全に酔いの回った拓が、ほわんとした表情で時貞を仰ぎ見る。
そのキョトンとしたあどけなさに、【龍神】の怒りが消滅した。
両手を出して、時貞は拓を呼んだ。
そんな時貞に、拓は擽ったそうに、微笑った。
そうして、皆が求めるままに・・・素直な拓はちょっとだけはにかみながら、全員にハグして回ったのだった。
「―――拓・・・ちゃん・・・。」
そっと掛けられた声に、拓はゆっくりと夢の中から覚醒した。
ぽっかりと目を開けたら、直ぐ目の前に綺麗な顔があって、思わず目を見開いてしまう。
「え？・・・あれ？！」
「ふふっ・・・あんまり気持ちよく寝ちゃってたから起こすの可哀想かなって思ったんだけど・・・」
「・・・千冬・・・さん・・・？」
「―――お待ちかねの、“月”がとても綺麗だよ。」
ぷにッと拓の頬を細くて長い指で突くと、千冬は小さな声でそう言って窓の外を見遣った。
起き上がった拓も、同じように窓の外を眺めて・・・。
「・・・わぁっ・・・」
唇から零れ落ちたのは、感嘆の呟き。
まだ幾分雲が残っている夜空の中で、高く煌々と柔らかな光を湛えている真円の満月。
それは、スクリーンの中の月と同じ姿だったけれど・・・実物の方が何十倍も綺麗で美しかった。
「綺麗だね・・・」
もっと良く見ようと、ソファーから立ち上がった拓は窓際に近付いた。
その側に、千冬も寄り添うようにして、一緒に夜空を見上げる。
「―――『中秋の名月』か。確かに、一見の価値有りだ。尤も、こんな風に月を見ようなんて、今まで一度も思った事が無かったけど・・・」
「千冬さん？」
「拓ちゃんと一緒に居ると・・・沢山新しい事を覚えるな。」
フワリと微笑う千冬の笑顔が眩しくて、拓はドキドキしてしまう。
思わず視線を逸らして部屋の中に移すと、殆どの者が寝入っていた事に驚いた。
「あれ？皆、寝ちゃったの？」
「ふふ？全員じゃないけど・・・ね。」
千冬の言葉に改めて見直すと、照明を少し落とした部屋の中で、確かに何人かはまだ酒盛りをしているようだった。
勿論、一升瓶を抱えたヒロシとキヨシは床に大の字になっていびきを掻きながら寝ているので問題外だが・・・真里と来栖も目が覚めたら戦争が勃発するんじゃないかという状態で、仲良く同じソファーで眠っているし（実はさっきまで真ん中に拓が居たのだが、居なくなったのでその分近くなっただけだったりする）・・・大珠はいつの間にか仲良くなったらしいルーファスと一緒に丸くなっていた。
時貞は、アービィに寄り掛かりながら、グラスを傾けている。
その側には、緋咲が煙草をふかしながら、穏やかな表情で酒瓶を持って時貞に注いでいた。
「嵐は収まったのか？そろそろ、日付が変わるからな。帰らなきゃ駄目な奴もいんじゃねぇのか？遠い奴は尚更だろ。」
ゆっくりと近付いてきたのは、秀人だった。
拓の隣に立って同じように窓の外を見ながら、そう言った。
「え？もう、そんな時間？！・・・えっと、ボク・・・いつ寝ちゃったんだろ・・・？？？」
えーと、えーと・・・と頭を捻る拓の記憶は、意識を失う前が酷くあやふやだ。
全く思い出せない状態の中で、漸く自分が間違って酒を口にしてしまった事だけを思い出した拓はザッと蒼褪めた。
「ひ・・・ひ・・・秀人・・・くん？・・・ボ・・・ボク、何か変な事言ったり・・・行動したり・・・した？」
恐る恐る尋ねる拓に、秀人は一瞬驚いたように眉を上げてから、プッと噴き出した。
「オメー・・・あんだけ。・・・や、、、酔っ払いのオメー、オモシレー。」
「えぇ？！ぼ・・・ボク何したの？！ねぇ、教えてよ、秀人くんってば！」
クククッと口に手を当ててくぐもった声で言う秀人に、拓はますますオロオロしてしまう。
あの秀人がこんな風に笑ってしまう出来事を記憶に無いなんて・・・自分の頭の中を開いて記憶を探したくなった。
真っ赤になったまま縋るように尋ねる拓に、更に秀人の笑みは深くなる。
「―――まぁ、良いんじゃねぇの。そんな大した事じゃねぇし、な。」
同意を求められた千冬は、少しだけ苦笑してから頷いた。
「確かに。大した事じゃないよ、拓ちゃん。酔った拓ちゃんは、物凄く可愛いって理解っただけだから・・・」
「―――可愛い・・・？」
フフフッと艶やかに微笑む千冬に、拓はカアァッと頬を紅潮させてボンッと爆ぜた。
本当に一体自分は何をしでかしたんだあぁぁ・・・と、意識を失う前の自分を問い詰めたい拓であったが、流石にそれは無理な話である。
「被害者一人に、役得者他全員ってとこか？」
「ひっ・・・被害者？！」
「オメー、緋咲の奴・・・すげーパニクってたぞ。」
ニヤニヤして秀人が言った言葉が、更に拓の動揺に拍車をかける。
目を丸くする拓の耳元に口を寄せて、秀人はこそっと眩暈が起きそうな事を告げた。
ブゥンッ！！
「・・・っと、あっぶねー。」
凄まじい勢いで飛んできた物を、秀人が間一髪でキャッチする。
パシッといい音がして、秀人の右手に納まったのは、酒瓶だった。
飛んできた方向へ、そーっと視線を巡らせた拓は、ばっちりと緋咲と目線が合ってしまった。
すると、先にきつい目線を逸らしたのはあろう事か緋咲の方で・・・。
拓は本気で途方に暮れてしまった。
秀人は“恐ェーッ！”と肩を竦めて笑っていた。
相変わらず、拓の目標は動じない。
強くて格好良くて―――。
「拓ちゃん？」
「んー、どうせなら、ボクも可愛いじゃなくて格好良いって言われたいなぁ。」
ハァッと溜め息を溢した拓を見止めた千冬が、声を掛ける。
そうして返って来た拓の言葉に、千冬は軽く瞠目した。
それから、本当に可笑しそうに目を細めた。
「気にしてた？」
「え？そりゃ・・・ボクだって男だし！いつかは秀人くんみたいにカッコ良くなって、時貞くんや大珠くんや来栖くんみたいに、可愛い彼女欲しいし・・・」
「彼女ねぇ・・・。居るんだ、あいつ等。」
握り拳を作って力説する拓に、千冬は苦笑する。
台詞の中に自分の名前が出てきた秀人は、誇らしげに笑う。
「ま、頑張れ！」
クシャッと拓の頭を撫でて、秀人は柔らかな口調でそう励ました。
それから更に1時間後―――深夜1時半。
『お月見』の宴会は嵐の通過と共に、漸くお開きになった。
そうして、頭上高く輝く月の下で、それぞれのバイクに跨った彼等は次の『満月の約束』を交わして、それぞれの帰路に着いた。
嵐の後の深夜という事もあって、思った以上に街には人が居た。
どうやら台風の所為で止まっていた電車が、深夜になって動き出したのも理由だったらしい。
思った以上に嵐は凄かったようで、路上のあちこちに折れた傘とか枝とかが転がっていて、危なかった。
「明日の朝、お母さんに怒られちゃうだろうな・・・」
「じゃあ、俺ん家に泊まっちゃう？今夜は母さん夜勤だからどーせ帰っても俺一人だし・・・明日の朝、一緒に拓ちゃん家に行って謝ってあげるよぉ！」
走りながら眉を顰めた拓に、傍にバイクを寄せた真里が明るく提案する。
その言葉に、途中まで同じ方向な為に一緒だった秀人のFXの車体が、グラッと傾く。
「―――っぶね！」
「だ・・・大丈夫？！秀人くんっ！」
真里の物凄い誘い方に、思わずコケそうになってしまった秀人は、慌ててハンドルを立て直して・・・拓の言葉に手を上げて大丈夫な事を示した。
「―――マー坊くん・・・気持ちは嬉しいけど・・・遅くなっても帰るって連絡してるから、これで朝帰りしたら本気で外出禁止になっちゃうよ、ボク。それに、明日は学校があるからちゃんと帰って寝たいし・・・」
こんなに夜更かししないから、ちょっと眠たいよね・・・と付け足しながら、拓は少しだけ申し訳無さそうに真里の誘いを断った。
「そっかぁ・・・残念ーーーっっ！！じゃあ、今度は許可を貰ってウチに泊りがけで遊びに来てよ。」
振られてもめげない真里は、笑いながらそう言った。
「・・・うん、また今度ね。」
「絶対だよっ！」
「あはっ、大げさだなぁ。でもボク、友達と泊まりっこってした事ないから・・・誘ってくれて嬉しいなぁ。ありがとう、マー坊くん。」
「―――う、うん。」
ニコニコと本当に嬉しそうに言う拓の純粋な笑顔を直視できない真里は、少しだけ頬を赤くして自分の邪な想いを恥じた。
「じゃあ、その内俺んトコにも遊びに来いよ、拓。」
「秀人くん？」
「吉岡たちがうっせぇんだよ。たまにはお前を連れて来いって。チームに入れって言う訳じゃねぇから、一緒につるんで走るんなら大丈夫だろ？」
「―――吉岡さん・・・たちが？ボクと一緒に？」
「あぁ。どんな噂があんのかしんねぇけど・・・オメーと一緒に走るとご利益があるとかないとか･･･訳分かンねぇ事言ってたけどな。」
「・・・何？それ・・・」
反対隣に近付いた秀人との会話で、拓の頭の中には疑問符で一杯になる。
そんな拓に苦笑しながら、秀人はポンと拓の肩を叩いた。
「まぁ、考えといてくれ。じゃあな、俺こっちだから。」
最後にそう告げると、分かれ道の交差点で、秀人は別方向の道に走って行ってしまった。
もうちょっと走ると、真里とも分かれる事になる。
信号待ちで一瞬止まった状態で、拓は空を見上げた。
そこには、変わらない満月が煌々と光りを湛えていた。
「本当に、今夜の月は綺麗だ・・・」
ボソリと独白する。
隣で同じように夜空に視線を向けていた真里が、月を見たまま頷いている。
「楽しかったね・・・『お月見』。」
「―――うんっ！」
振り返って、拓に視線を向けた真里が満面の笑みで笑う。
そんな真里に、拓も極上の笑顔で頷いて魅せた。
一年で一番綺麗に見える“満月”。
【中秋の名月】は、確かにその名に相応しく―――奉られたり愛でられたりしてもおかしくない程、天空に美しい風貌を顕わしていた。
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