応援団の練習はきつかった。
腹の底から声を出せと言われても、上手く出来なくて何度も叱咤され、罰を受けた。
『赤団』の罰則は校庭を５週する事だ。
一周１キロだから、５キロという事で・・・。
何だかずっと走っていたような気がする拓だった。
それでも・・・そんな地獄のような日々も明日で終わるのだ。
今日は最後の仕上げという事で、予行練習が行われた。
「―――明日が本番だ。最後まで気合を入れて、絶対優勝するぞ！」
榊の声が飛ぶ。
「おうっ！」
団員の返事がハモッた。
見事なチームワークが出来ていた。
「―――浅川。」
不意に呼び止められて、拓はクルリと振り向いて驚いた。
呼び止めたのが榊だったからだ。
「・・・はい？」
「よく、頑張ったな。」
言われて、嬉しくなった。
「明日が、本番だが・・・気を付けろ。」
「え？」
「―――『生徒会』が一度決めた事を諦めるとは思えん。きっと何か仕掛けてくるぞ。出来るだけ一人になるなよ。」
真剣な口調で言う榊に、拓はゴクッと唾を飲み込んだ。
真面目一直線の榊の忠告なのだ。
信じない訳にはいかなかった。
「―――分かりました。」
小さく頷く。
本当は怖くて仕方なかったけれど、忠告までしてくれた榊の意を汲み取りたくて、真っ直ぐに見返す。
「・・・今まで頑張ってきた事を、無駄にしない為に、気をつけます。」
しっかりと告げると、安心したように榊は頷いた。
「優勝しような。」
「はい！」
拓の髪をクシャッと撫でて、榊は歩いて行ってしまった。
団長である分、拓よりもずっと忙しかった榊だが、練習中は何度も拓を叱咤激励してくれたのだ。
尤も、他の団員以上にお荷物だったからかもしれないが・・・。
それでも、嬉しかった。
―――頑張ろうと、思った。
全ては、明日の体育祭の為。
持てる力の全てを出し切っても、構わないから・・・皆で一緒に頑張りたい。
そう、心に強く"想"った。
　
　
青空が広がった体育祭当日。
運動場は物凄い熱気に包まれていた。
一種のお祭り行事と言う事もあって、学年の壁が無くなった今日は、いつも以上に時貞の周りには女子の姿があった。
勿論、遠巻きに眺めている女子の数の方が圧倒的だったが・・・。
時貞が出場する度に、学年・クラスの隔てなく女子から歓喜の声援が送られていた。
尤も、期待通りにぶっちぎりで勝利を手にしてくる力量も、賞賛に値するものであったが・・・。
午前中の行事が終わって、漸く一段落付いたので、各自で食事の時間となる。
午後の体力作りの為にも、しっかりと取らなくてはならない。
―――時貞は女の先輩達に囲まれていて、手作り弁当攻撃を受けていた。
一緒に食べようと誘われていた拓だったが、流石に『時貞の為』だけに作られた弁当に手を付ける気にもならず、辞退させてもらった。
それに、午前中に少し捻ってしまった足の痛みを何とかしたくて保健室へと向かった。
　
　
「・・・すみません・・・。」
ガラッとドアを開けて中を覗くと、そこにいたのは以前もここで出会った人物だった。
「―――やあ。」
「あの・・・保健の先生は？」
長い金糸のような髪を揺らして、笑顔で声を掛けてきた相手に、拓は疑問を投げかける。
「あぁ。食事だよ。・・・頼まれて、留守番をしているんだ。溜まり場にしてる身としては、少しでもお手伝いしないとね。保健委員だし・・・」
柔らかな綺麗な声が耳を打つ。
やはり、女性のようだ・・・と思った。
物腰が柔らかいからかもしれない。
「それで、どうしたの？」
聞かれて、一瞬躊躇したが、痛みが消える訳でもないし、保健委員なら何か薬を出してもらおうと思って口を開く。
「ちょっと、足を捻ったみたいで・・・」
「あぁ。棒倒しは激しかったからね。まだ午後に騎馬戦もあるし・・・しっかり治療しないとね。―――見せてくれるかい？」
言われて、拓は椅子に腰掛けた。
いつも保険医が座るだろう椅子に座った相手は、拓の足を持ってその細い指先で痛む箇所を辿っていく。
「・・・イタッ！！」
足首を動かした時に走った痛みに、声が上がってしまう。
「・・・腫れてはいないけど・・・確かに挫いたみたいだね。一応シップとテープで固定しておくけど・・・余り無茶はしない方が良いよ。」
そう告げると、テキパキと慣れた手付きで、処置をしていく。
その鮮やかな手さばきに、拓は思わず感心してしまった。
「ありがとうございました・・・あ・・・あの・・・」
お礼を言おうとして、名前を忘れてしまった事に、気付く。
「千冬だよ。忘れちゃった？」
「あ・・・あぁ。」
にっこりと艶やかな笑みに引かれて、漸く思い出す。
そう言えば女性のような名前だった―――と。
そうして、更に最近その名を聞いたような記憶が一瞬浮かんだ。
「―――何？」
「いえ。あの・・・ありがとうございました。千冬先輩。」
慌てて姿勢を正して、お礼を言い直す。
「どういたしまして。それより、お礼ならここにキスの一つでもしてくれると嬉しいなぁ・・・。」
自分の頬を指差しながら物凄く綺麗に笑われて、拓はカーーーッと真っ赤になってしまう。
「・・・え？！・・・キ・・・キスって・・・あの・・・」
オロオロとする拓を見て、千冬は耐え切れずに吹き出している。
そうして、からかわれたのだと気付いた拓は、更に恥辱で倒れそうだ。
「ホント、希少だね。だから、皆を惹きつけるのかな？―――ふふ。」
そう言うと、千冬は拓の頬にチュッと音を立ててキスした。
思わず、拓はガタッと立ち上がった。
「し・・・し・・・失礼しますっ！！」
ギクシャクとした動きで、出て行こうとする。
このままここに居たら、何だかとってもヤバイ気がしたのだ。
「・・・また・・・ネ。」
甘い声が、背中越しに聞こえてきたが、拓は真っ赤になったまま保健室のドアから出て、歩き出す。
何だか頭の中がクラクラして仕方がなかった。　

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