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ニャー・・・。
中庭を通り過ぎようとした時、小さな声が聞こえたような気がして、拓は立ち止まった。
小さな声はツツジの植木の下から聞こえていた。
「あれ？」
ジッと目を凝らして見ると、そこには鳴き声に相応しい小さな真っ白な子猫。
勿論、学校内で動物を飼っている話など聞かないから、迷い猫なのだろう。
どうやら、上手く枝の間に挟まってしまったようで、自力で脱出できないようだった。
「いたっ！」
手を出したら引っ掛かれてしまって、痛みに顔を顰める。
かと言って、このままでいたら、飢え死にしてしまうかもしれないのだ。
鳴くと言う事は、助けを求めているという事で・・・。
―――母親猫を探しているのだろうか。
どうしようかと思案に暮れていた拓だったが、引っ掛かれるのを覚悟して、もう一度手を差し入れた。
子猫に引っ掛かれるは、枝でひっかくはで、傷だらけになりながらも、漸くその小さな身体を引きずり出す事に成功した。
「やれやれ・・・良かったね。」
安全な場所にそっと置いてやると、子猫はやっとおとなしくなった。
そうして、傷だらけになった拓の手をペロペロと舐める。
どうやら、敵意が無い事を知ってもらえたようだ。
「・・・くすぐったい・・・」
その柔らかな毛並みが、指先を擽る。
小さな毛玉のような感触。
ニャア！
小さく一声鳴いて、子猫は走り出す。
裏庭の方へ―――と。
「あっ、待って！」
そこを溜まり場にしている緋咲の事を思い出して、拓は追いかけた。
苛められるんじゃないかと思って・・・。
「よぉ、何処行ってたんだ？メシあるぞ・・・。」
突然掛けられた声に、ビクッとする。
だが、それは拓に向けられたものではなかった。
＜―――え？＞
裏庭に続く道沿いの角から、拓はそっと声の方を覗いて、驚いた。
＜・・・緋咲・・・先輩・・・？＞
そこには初めて見るような穏やかな笑みを浮かべた緋咲がいたのだ。
少しだけ日の当たる芝生の上、ゆったりと座り込んで。
先程の白い子猫は当たり前のようにその側に近付くと、そこが所定の場所だとでも言うかのように、膝の上に飛び乗って手からご飯を貰っている。
「どうした？暫く見ねェと思ったら・・・んなに、がっつくな。喉詰まるぞ。」
柔らかな物言いは、まるで別人のようだ。
だが、紫の髪に、咥え煙草はどう考えても緋咲以外の何者でもなくて・・・。
苛められるかもしれないと危惧した分だけ、力が抜けた。
「・・・はぁ・・・」
「誰だ！？」
途端に、きつい声が飛んできて、拓はビクッと身を縮ませた。
緋咲が動く気配が理解ったが、力が抜けてしまって逃げ出せない。
「―――また、お前か・・・。」
「・・・ははは・・・」
呆れたような口調に、拓は動く事も出来ずに笑って誤魔化すしかなかった。
「・・・その手・・・。」
先に気付いたのは、緋咲の方だった。
「あっ・・・これは・・・。」
引っかき傷だらけの手を慌てて隠す。
「こいつか？・・・苛めでも・・・あぁ、じゃ、ねーな。」
子猫がおとなしく拓の側に居ることを確認して、緋咲は眉を顰める。
そんな緋咲に拓は慌てて両手を振って否定の意を示した。
「・・・中庭で・・・植木の中に入り込んでて・・・それで・・・」
しどろもどろ言う拓に、緋咲は吸っていた煙草を吐き捨てる。
「―――見せてみろ。」
静かな口調は、抵抗する事を戸惑わせる響きを持っていて・・・。
拓はおずおずと手を差し出した。
いくつかの傷は血の跡もあったが、今は出血しておらず傷も塞がっている。
だが、緋咲がグイッと掴んだ途端に、密かな痛みが走って、拓は顔を歪めた。
ちくり・・・としたのだ。
「・・・棘、刺さってるぞ・・・。」
「あ・・・ホントだ・・・。」
言われて初めて気付いたという風に、拓は返事を返す。
そんな拓を見て、緋咲はとてもシニカルに微笑った。
口端を持ち上げて・・・目線が優しくなる。
「え？！あ・・ちょ・・・！！」
傷口に口付けられて、飛び上がりそうな程、拓は驚いた。
傷口を伝う下の感触が、ゾワゾワする。
「―――イタッ・・・」
密かな痛みと共に、針のような傷みが消える。
傷口から唇を離した緋咲は、ペッと唾を吐き出した。
「・・・後で、消毒でもしとけ。じゃあな。」
そう拓に告げると、緋咲は何事も無かったのかのように校舎に向かって歩き出す。
呆然としていた拓は、固まってしまったまま動く事も出来ずに、ただその場にへたり込むしか出来なかった。
＜・・・何・・・一体・・・今のーーーっ？！＞
去っていく後ろ姿に叫びたい所であるが、如何せん声が出なかった。
ニャア。
小さな声が聞こえて、拓はそっと子猫を抱き締めた。
「・・・びっくり・・・したぁ・・・」
完全に姿が見えなくなってから、漸く声が出る。
先程の感触が蘇って、真っ赤になりながら慌てて首を振って意識を飛ばす。
それでも・・・。
―――胸のドキドキは治まらなかった。
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