a school festival

徐々に色づいていく季節と共に、肌に触れる風が冷たくなっていく。

夏休みも終わって、一ヶ月半・・・そろそろ秋も深まってきていた。

「さて、２週間後に差し迫った学園祭ですが、我がクラスの出し物はメイド喫茶に決定しました。女子はメイド・・・男子は執事の格好をして接客してもらいます。あとは、道具係と裏方と料理係に別れて・・・当日までの行動を話し合ってください。」

クラス委員の言葉と共に、黒板に次々と決まった事項が書き込まれていく。

多数決で決まった事とはいえ、少しのざわめきが起こる。

勿論、時貞と同じ班を射止めたい女子の間の話だが・・・。

肝心の時貞は、全く関心が無いかのように、拓と目線があった途端に微笑した。

「―――一緒にやろうよ。」

秘め事のように囁かれて、拓は困ったように笑い返す事しか出来なかった。

スタイル抜群の時貞の隣に並んでも、比較対照でしかないから。

「・・・ぼ・・・僕・・・裏方の方が・・・」

「じゃあ、俺も、裏方。」

小さく呟いた拓に、笑顔で時貞が言い返して、教室内がブーイングの嵐となった。

「えぇー、天羽君は執事の格好じゃなきゃあ！」

「売り上げに貢献して貰わないと駄目ぇー」

「・・・そりゃ、そうだな。」

「一位を取るためにも、外せないよな。」

既に頭の中で執事姿の時貞を想像していて萌えていた女子たちの嬌声に、男子もうんうんと頷いていく。

途端に、時貞の表情が沈む。

「でも俺・・・拓ちゃんと一緒の班が良いし・・・」

呟く時貞に、クラス全員の視線が拓を捕らえた。

皆の視線を一身に浴びて尚、自分の意見を押し通せるほど、拓には勇気が無かった。

「・・・僕も接客で・・・良いです・・・」

どうせ、自分を必要としている訳ではないので、着替えだけしてさっさと逃げ出してやる・・・と、拓はがっくりと肩を落とした。

「夏生さーん・・・学祭の資料、これで良いのぉ〜」

「・・・当日の寮の厨房の使用許可欲しいんだけど・・・」

「―――一般客の登録カードと、受付の場所は・・・？」

次から次へと問いかけられて、夏生の眉間に皺が寄っていく。

毎年の事とはいえ・・・この時期は気の休まる事が無い。

何度も同じ光景を繰り返しているようなデジャヴに陥りながら、夏生は次々と指示を飛ばしていく。

取りあえず、ここ最近は生徒会の方の厄介事が無いので、忙しさも半分で済んでいるので、まだマシだった。

一通りの忙しさが過ぎ去った後、夏生は一服するために部屋を出た。

午後にはまた新しい仕事が舞い込んでくるだろうと理解っているので、つかの間の休憩を満喫するために、寮の裏に足を運んでいく。

自家製の菜園に近づくと、先客がいた。

小さな身体を屈めて、ジャガイモの茎に向かって何かを呟いている姿に、夏生は苦笑した。

「―――拓・・・？」

そっと、声を掛けても、ビクッと振り返るのもいつもの事だ。

いい加減、慣れて欲しいとも思うのだが・・・。

「あ・・・」

真っ赤になって、俯くのもずっと変わらない。

それは、初めてあったあの時からずっと・・・。

懐かしい記憶が蘇って・・・それが胸を締め付けた。

「・・・今日は、どうした？」

胸の痛みを気付かれないように、タバコを咥えて静かに問いかける。

ここ最近、ここで見かける度に口にする台詞を言って。

「あの・・・クラスの出し物の事で・・・つい・・・」

誰にも言えない気持ちを、ジャガイモに呟くのもどうかと思うのだが・・・どうにも拓は自分の気持ちを他人に伝えるのを苦手としているようだった。

夏生は、苦笑しながらタバコの煙を吐いた。

「嫌なら、嫌って言った方が良いんだぞ。」

「でも・・・」

「嫌々やったって、楽しめないだろ？高校の行事も大事な想い出になるんだから、楽しまないと駄目だぞ。」

諭すように言っても、拓の表情は晴れない。

ただ困ったように地面を見ているだけだ。

こんな時、自分に力が無いのが無性に口惜しい気がした。

拓の頭をクシャッと撫でると、漸く顔を上げる。

「・・・先生・・・」

「―――まぁ・・・愚痴ぐらいなら俺がいつでも聞いてやるから、ジャガイモに言うのは止めような。野菜が不味くなると、賄いのおばちゃんに怒られるからな・・・俺が。」

肩を竦めながら夏生が言うと、拓も漸く苦笑が零れた。

それでも、変わらないだろう―――とも知っていた。

でなければ、こう何度も同じ光景を見る筈もない。

夏生の気付かない時も、ある筈なのだ。

だからこそ・・・辛いのだ。

何でも独りで耐えようとする姿が・・・心を閉じてしまっている証な気がして。

「―――ごめんなさい。」

小さく謝って、拓が踵を返す。

夏生はそれ以上掛けてやる言葉を持っていない。

後姿が小さくなっていくのを、見送ることしか出来なくて・・・拳を握り締める。

自分は何をやっているのかと・・・苛立たしくなる。

胸の痛みが激しくなって、時が凍る。

冷たい風が、身体に巻きついて・・・切なさが身に染みる。

咥えていたタバコの灰が落ちる。

「・・・俺は、何時まで待てば良いんだ・・・？―――誠・・・」

搾り出された呟きが、風に吹かれて遥か彼方まで舞い上がっていった。

神奈川学園の学園祭は、県内最大の私学校なだけにかなり盛大に行われる。

３日間開催され、土・日は一般にも公開されるので、毎年沢山の客が訪れるのも有名だった。

国体や秋季大会などで出られない者も多いので出席日数には含まれないが、余程の事が無い限り参加する者が多いのも恒例であった。

卒業生も沢山やってくる所為もあるのだが・・・。

そして迎えた―――文化祭当日。

衣装を目の前にして、拓は石像のように固まっていた。

「ごめーん・・・男女の数を間違えちゃって、執事の衣装が足りないんだよね。でも、浅川くんが一緒じゃないと天羽くんも接客は嫌だって言うし・・・」

困った顔で、告げる相手の表情は既に、お願いではなく、強制の力を持っていた。

持っていた衣装の裾のフリルが揺れる。

「・・・身長もそんなに無いし・・・メイド服でも十分似合うと思うんだ・・・」

副委員長が言い切った言葉に、思わず拓は壁に懐いた。

メイド服が似合うと言われて嬉しい高校生がいる筈も無いだろう。

このままダッシュで逃げ出してしまおうかとも思ったが、後が怖いのでそれも出来なかったりする。

―――ずるずると壁にずり落ちながら、拓は世を儚んだ。

「まぁ・・・客の大半は天羽くん目当ての女子だから、気にしなくても大丈夫だよ。」

「嫌なら接客しないで、壁にへばり付いてても良いから！」

委員長と副委員長のダブル攻撃に、気付けばメイド服を握らされていた。

『・・・あぁぁぁぁぁ・・・』

声にならないため息が、深く長く拓の口元から零れ落ちていった。

長い裾が足に纏わり付いてうまく歩けないし、フリルが足元をくすぐって、何だかむず痒い気がした。

それでも、用意されたメイド服は、嫌になるほど身体にぴったりで、拓はますます泣きたくなった。

女子用のサイズで入ってしまう自分の身体に情けなくなる。

教室の脇の、着替えスペースで皆と一緒に着替えるのだけは勘弁してもらった拓は、スースーする足元に気を取られながら、寮からの道を教室へ戻る為に移動していた。

「あら？可愛い子、見っけ。」

「・・・こんにちは、清美先生・・・。」

途中で、保健室の窓から保険医の清美が顔を出してきた。

ギクッと身を竦めた拓はお愛想笑いをしながら、通り過ぎようとしたが、見逃してくれる相手ではなかった。

「―――こらこら。通り過ぎないの。」

「・・・あぅ・・・」

腕を掴まれ、保健室に連れ込まれて、拓は困ったように目線を空に流す。

「折角だから、もっと可愛くしてあ・げ・る。」

真っ赤な唇で、麗しい美笑を浮かべながら、清美は楽しそうにそう言った。

そうして、バラバラと机の上に出された化粧品の道具に、自分が何をされるか知った拓は本気で泣きたくなった。

「―――勘弁してください・・・」

「―――イ・ヤ♪」

艶やかな唇から零れ落ちた台詞に、拓は脱兎の如く逃げ出そうとしたが・・・無駄だった。

清美がパチンと指を鳴らした途端に、何処に隠れていたのか千冬が出てきて、拓の腕を拘束してしまったからだ。

「千冬先輩ぃ・・・僕は男だから、化粧なんか似合わないですって・・・」

恨めしそうに拓が見ても、千冬は麗しい笑みを浮かべるだけで。

「・・・ん〜、でも見てみたいし。拓ちゃん可愛いから・・・ネ。」

男なのにすっぴんでも美女みたいに綺麗な人に言われても、全く納得できない。

「可愛くないですからぁ〜〜」

「任せなさぁい♪」

ウルウルと拓が懇願しても、清美はふふふと笑いながら化粧道具を構えた。

「―――た〜す〜け〜てぇ〜〜〜〜！」

拓の弱弱しい悲鳴が、保健室内に響き渡っていった。

「キヨミちゃーん、居るぅ？俺、お腹すいちゃったぁ―――！！」

いつもの如く、元気一杯窓から入ってこようとした真里の足が、桟枠で止まる。

保健室の中に、見慣れない生徒を見かけたからだ。

「あれ？お客さん？」

「・・・ううぅ・・・真里せんぱぁい・・・」

疑問符を発した真里に、大きな目に一杯涙を溜めた、拓が振り返る。

「え？！」

真里の大きな瞳が更に広がった。

目の前にいるのは、どう見ても女の子にしか見えなかったからだ。

大きなウルウルの瞳に、ほんのり染まった頬。

ピンクのリップは艶やかなサクランボのようにみえた。

「どぉー？会心の出来でしょぉ〜☆」

「・・・拓ちゃ・・・ん？」

固まった真里が確かめるよりも早く、満足笑顔の清美が見せびらかすかのように拓を押し出した。

「うん・・・すっげー・・・可愛い・・・」

思わずギュッと抱きしめようとした真里の腕が、空を切る。

気付いた千冬が先に拓を腕に包み込んだからだ。

「このまま、浚ってしまいたい・・・。」

耳元で、ふふふと麗笑を浮かべて囁く千冬に、拓は思わず真っ赤になってしまう。

「・・・あの・・・」

物凄く、身の危険を感じてもいたのだが・・・。

―――ガラッ！！

タイミング良く、保健室の扉が思いっきり開かれる。

「拓ちゃんっ！！」

疾風のように飛び込んできた時貞が、その場の光景を目にして、やはり固まった。

「・・・時貞・・・くん・・・？」

すっかり執事姿となった時貞の姿は、やはり高校生とは思えない程スタイルが良くて、格好良かった。

綺麗に固められた頭髪が、鈍く銀に輝き・・・黒を基調にしたスーツに良く似合っていた。

黙って立っていても、それだけで華があるかのようだ。

「―――教室で待ってても全然戻ってこないし・・・探しにきたらこんな・・・」

フルフルと肩を震わせているのは、怒っているからなのだろうか・・・？

それとも、厭きられてしまった所為かも―――と考えて、拓は悲しくなった。

ヅカヅカと大股で近づいた時貞は、有無を言わさない態度で、拓を千冬の腕から奪い返した。

そうして、自分の腕の中にギュッと包み込む。

「・・・え？・・・あの・・・時貞くん・・・？・・・・怒ってる・・・？」

「・・・驚いた。」

ドキドキしながら拓が問いかけると、時貞は搾り出すようにそう応えた。

「―――また、生徒会の連中にでも連れてかれてたら・・・って、思っていたから・・・」

小さく続ける時貞に、拓は瞠目して・・・それから、時貞が本当に心配してくれたのだと理解って、ゆっくりと微笑った。

「うん。心配かけて、ごめんね・・・。ありがとう。」

花が綻ぶような拓のその笑みは、その場にいた全員の目に焼きついた。

「・・・生徒会？」

時貞の言葉に最初に反応したのは、清美だった。

目の保養としかいえない光景を堪能しながら、疑問を口にする。

「春樹が、何か悪さしてるの？」

「清美先生・・・」

眉を寄せて呟く清美に、千冬が困ったように目を伏せる。

「鰐淵・・・じゃあ、ない―――よ。」

真里も口を濁す。

それでも断言するのは、朧気に見え隠れする人物に心当たりがあるから。

「俺も、全部を知っている訳じゃないけど。・・・鰐淵が拓ちゃんの入学に関して、わざわざ書類を揃えたから、それを逆手に利用して・・・鰐淵を陥れようと画策してる連中が、いるらしい。それが、誰なのかまでは、まだ断定できないんだけどさ。」

だから、口にするのは自分の知っている情報だけ。

「鮎川？それは・・・」

「真里先輩・・・？」

思わず発した千冬の声と、初めて知った事に驚いた拓の声が重なる。

「それは、学内の総務部でしか取り扱っていない情報の筈。真里・・・あんた、またハッキングしたわね。」

「―――え？俺じゃないって！」

「判ってるわよ。問題は、アンタに頼まれたら、嫌って言えない連中が多いって事よ。」

ハァー、と深いため息を吐いて、清美が顔を顰める。

「・・・春樹も、仕方ないわね。昔っから、こうと思うと回りが巻き込まれてもギリギリまで静観するだけなんだから・・・。尤も、あれが動くとそれはそれで、厄介なんだけど・・・」

ブツブツと呟きながら、何か物思いに耽っているかのようだ。

時貞は拳を握り締めたまま、全身を振るわせた。

「―――時貞く・・・」

気付いた拓は問いかけようとして、その気迫に思わず言葉を失った。

「・・・あぁ・・・。そういう事。」

―――小さく呟いた時貞の声は、恐ろしく低く響いていた。

「マコッ！！」

不意に、強く腕を掴まれて拓は心臓が口から飛び出すかと思った。

「・・・え？」

驚いて振り返った目の前には、褐色に日焼けした茶髪の青年が立っていた。

勿論、記憶の中に当てはまる人物は思い当たらないし、様相からして外部の人間なのは間違いなかった。

びっくり眼で凝視すると、相手は真剣な顔つきで何かを確認するような素振りの後で、がっかりした表情へと豹変した。

「―――あ・・・わり・・・人違い・・・」

ため息と共に肩を落とすと、相手は小さな声でそう呟いた。

「・・・だよな・・・あいつがここにいる訳が・・・」

拓の腕を放すと、そのまま自分の頭をぼりぼりと掻いている。

人違いをされたのだと理解した拓は、漸く一息ついたが、何故か相手が気になって仕方なかった。

最初に呼ばれた言葉が、妙に胸に響いたからだ。

メイド喫茶の格好のままの自分を、一体誰と間違えたというのか。

―――純粋な興味もあった。

「あの・・・」

「ん・・・ごめんな。いきなりで怖かったよな・・・。ええと・・・で、その格好は清美さんの趣味か？」

突然、知っている名前が飛び出して、拓は思わず顔を赤くした。

自分が男だとばれている事が理解ったからだ。

「―――須王！こんなトコにいたんだ・・・！！」

廊下の角を曲がってきた女の子が、怒ったように近づいてくる。

その後ろに続いた人物を目にした途端、拓は小さく会釈する。

「ちょっと目を離すとすぐナンパするんだから！今日は、大珠に会って貰う為に連れてきたんだからね。勝手に居なくならないでよぉ！」

明るい色の髪色に、うっすらと施された化粧が映えている女の子は、可愛らしいワンピの裾を揺らして言い募る。

「分かった・・・分かった。勝手にフラフラして悪かったよ。・・・でも、妹の彼氏を紹介されたって、嬉しくないっつうの。」

むぅっとしながら、言い返すのはせめてもの意趣返し。

「須王！」

「・・・倫子・・・良いから・・・」

尚も声を荒げようとした女の子を、大珠が制止する。

その名前で、初めて拓はその女の子が誰なのかを理解した。

そうして、自分が夏休みの時にお土産を貰っていた事も思い出す。

「あ・・・あの、御土産・・・ありがとうございました。」

「土産・・・？」

ペコリとお辞儀をして、拓が御礼を言うと、途端に倫子は訝しげな目線で拓を見返した。

「・・・あ、これ・・・キーホルダー・・・」

そこまで言って、拓はいつも持ち歩いているそれを取り出した。

目の前に出てきたそれを見た倫子の表情が変わる。

「ちょっと、大珠ぅ！後輩って・・・女の子だったの？！」

クルリと振り返って、食って掛かる倫子に、大珠は呆然と立っている。

「―――拓・・・？」

そうして、初めて拓は大珠が自分だと気付いていなかったのだと知った。

それから、今の自分の格好を思い出して、真っ赤になった。

「あ・・・」

恥ずかしすぎて、目の前が真っ赤になる。

「・・・これは、クラスの出し物の所為で・・・僕の趣味じゃ・・・」

しどろもどろ言い訳する。

途端に、倫子はバッと表情を変えて拓の両手をギュッと握りしめた。

「じゃあ、貴方が拓ちゃんなのね？男の子だよね？！良かったぁ・・・あんまり可愛いから、女の子だったらどうしようかと思っちゃったよぉ。あ、私、倫子・・・貴方の事は結構大珠から聞くから初めてっていう感じしないけど・・・宜しくね。」

「・・・こちらこそ・・・」

にっこり笑顔でホッとした様に言う倫子に、拓も赤くなったまま小さく返す。

「―――びっくりした。」

呆然と告げる大珠は、まだ半信半疑で拓をジロジロと見ている。

「僕も・・・こんな格好させられるとは・・・」

泣きそうな顔で、拓は呟く。

「でも、可愛いし似合ってるよね♪あぁ、男の子に可愛いなんて、嬉しくないもんね・・・ごめんね。」

「・・・・はは・・・」

ずばり心中を言い当てられて、乾いた笑いしか出てこない拓だった。

そんな事を話している内に、廊下の向こうから夏生が書類を抱えて歩いてきた。

「―――あれ？・・・ナツオ？！」

突然飛び出した声に、夏生の足が止まる。

驚いた表情は滅多に見られないものだ。

「・・・その声は・・・須王か？―――相変わらずだな・・・。」

一瞬で、浮かんだ笑みが、二人が旧知の仲だと示していた。

「そうか・・・入れ違いでここの教員になったんだっけ？俺も、春樹みたいに留年すりゃ良かったなぁ・・・。そうすりゃ、また一緒に遊べたのになぁ・・・」

「バカ・・・。お前が残ってたら、大変でしょうがないだろ。外に出ても、随分と派手にやってるみたいじゃないか。」

「―――だけど、外は“ツマンナイ”。やっぱ、学生の時が一番だって！」

笑いながら、話している二人に、遠慮していたが・・・このままずっと留まっていると、また時貞が探しに来そうなので、拓はおずおずと会話にお邪魔する。

「あの・・・そろそろ失礼します・・・」

お辞儀をして教室へ戻ろうとした、拓の腕を何故か夏生が掴んだ。

その瞳が大きく見開かれる。

「・・・・マコ・・・ト・・・？」

搾り出されるような声に、拓の方がビックリしてしまう。

二度も同じ目に会うとは思ってもいなかったからだ。

「やっぱり、ナツオも間違えただろ？！・・・クリソツだよなぁ。」

ウンウンとしたり顔で言う須王に、夏生も漸く我を取り戻したように、瞬きをした。

「―――拓・・・か？」

「・・・えっと・・・はい・・・。」

確認するように言う夏生に、拓は頬を赤くして小さく頷く。

やはり、どう考えても女装と化粧は不味かったかもしれない―――と。

「ああ・・・そうか。」

少しだけ眉を潜めて、一瞬泣きそうな表情となった夏生が、ゆっくりと腕を離す。

「すまなかったな、引き止めて・・・。もう、戻るのか？」

「―――はい。時貞くんが心配するから。」

困ったように告げる拓は、夏生の表情に気付かなかった。

ぺこりと頭を下げて、今度こそ拓はその場を後にした。

廊下を曲がっていくその後姿を、夏生はずっと凝視し続ける。

目を離す事の出来なかった夏生の瞳は、ずっと遥か彼方を映しているように見えた。

「ナツオ・・・。」

「―――うん？」

同じように背中を見ていた須王が、口を開く。

返した夏生も言葉少なだ。

「誠で・・・思い出した。あの子が、そうなんだろ？」

「ああ。」

「・・・血の繋がりは・・・奇跡を起こせそうなのか？」

「―――」

須王の問いかけに、夏生は無言で返したが―――それだけで、須王は気付いたようだ。

「そっか。」

寂しそうにそう呟くと、ポンと夏生の肩を叩く。

「思い出すよなぁ・・・アンタと清美さんとマコと・・・一緒にやった神奈高祭・・・ほんと、楽しかった。」

遠くを見るような視線で、須王は懐かしそうにそう語った。

そうして、倫子を振り返る。

「もう、良いだろ、別行動でも・・・？俺も母校の祭りを楽しんでくよ。」

笑って言う須王の表情が、余りにもいつもの自信に満ち溢れたものと掛け離れていたので、倫子は返す言葉がなかった。

ただ、頷く事しかできなくて・・・。

「―――倫子は、俺が一緒にいますから。」

心配そうな倫子の手をそっと握って、代わりに大珠がそう返事した。

一瞬の瞠目の後で、須王は破顔した。

「あぁ。大事な妹だから。頼む・・・な。泣かせたら、殺すからな。」

ぶっそうな事を笑顔で付け足して、須王は夏生の腕を掴む。

「じゃあ、一緒に行こうぜ、ナツオぉ♪どうせ、清美さんもここにいるんだろ？」

「おい、俺はまだ仕事が・・・」

「良いから良いから。今日ぐらいさぼっちゃえって！！」

眉を潜める夏生の腕を掴んだまま、須王はぐいぐいと引きずっていく。

強引とも取れる行動は、全く変わっていないらしい。

だが、その底抜けの明るさに救われた事も少なくはないから・・・。

どうしても憎めない相手に、捕まってしまった事が自分の敗因だと思いながら、夏生は須王に引きずられるままに歩き出した。

　　　　　　　　　　　　　　
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