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何故か物凄い勢いで喫茶店の客が増えていく。 原因は、執事姿の時貞と、何故かメイド服のままの拓の所為だった。 清美の化粧の所為で、見違えるような可憐なメイドになってしまった拓に、クラスの全員の意見が一致したからだ。 『浅川くんは、学際の間中、その格好でいるように。』―――と。 勿論、拓は猛反対したかった。 不思議な事に、時貞も拓がメイド服のまま接客するのは反対してくれた。 それを、嬉しいとは他の連中が怖すぎて拓には言えなかったが・・・。
後夜祭で発表となるのだが・・・出し物には人気投票というのもがあって・・・それで一番になると賞金が出るのだ。 勿論、そのトトカルチョは学校側に表向きは内緒であり、生徒会が主催となるのだが・・・昔からの伝統となっているので、学園側も把握していても無視の形をとってくれているらしい。 それを踏まえても、生徒のやる気が一気に高まって盛り上がるのは悪い事ではなかったからだ。 それに、多かれ少なかれ・・・現存の先生の多くがここの卒業生であり、同じ道を辿ってきたのも理由の一つだった。
「優勝は俺たちのものだ！！」 「おう！」 クラス委員の言葉に、クラス全員の声がハモる。 時貞は無言で、拓は半泣きである。 客寄せパンダの気分とは、こうゆうのを言うのかもしれない・・・と。 そうして、クラスの連中の思惑通りに喫茶店は繁盛したのだった。 学園の中で一番長い列が出来たという話は、後から聞いたものだったが―――。 時貞目当ての女性と、何故か拓目当ての男性の長い列が耐えなかったという。
「拓ちゃーーーんっ、こっち。こっち。」 にこやかな笑顔で手を振って自分を呼ぶ先輩の姿に、拓は脱力した。 「いらっしゃい・・・ませ。」 疲れたように、テーブルの上に水を置いていく。 「すっげー、待ったよぉ。ホント、凄い人気だよな。」 明るく言う真里に、拓は乾いた笑顔を浮かべた。 「・・・疲れてる？肌の艶が悪い・・・」 心配そうに言う千冬だとて、最初に清美と一緒に拓に化粧を施した張本人なのだ。 「―――昨日から・・・何故だか追い掛け回されまして・・・。」 遠い場所を見る目つきで、拓は本当に疲れた声でそう答えた。 実際、被害は山のようにあったのだ。 追い掛け回されるだけなら良いのだが、写真を撮られたり・・・告白されたり・・・。 その度に、時貞が飛んできて・・・追い払ってくれたのでまだ実害はないのだが、何故か女性からは目の敵にされてしまい。 神経がもうボロボロだった。 「・・・早く終わって欲しいです。」 据わった目で言う拓が、本当に煮詰まっているのだと理解って、真里は苦笑した。 千冬は、そんな拓の手を取って、優しく笑う。 「―――疲れたら、保健室へお出で。看病してあげるから。」 「・・・ダメダメ！！どんな看病か分かったもんじゃないから！！」 千冬の優しい言葉に絆され様とした拓に、慌てて、真里が釘を刺す。 「あーあ、ウチも屋台を出してるから、後で拓ちゃんに奢ってあげようと思ってたんだけど・・・流石にこの調子じゃ休みも取れないみたいだね。」 「・・・何か、委員長が出し物で優勝するんだとか言っていました・・・」 「ああ、アレね。例年、物凄く盛り上がるもんな。まぁ・・・生徒会が決定することだから、余程ずば抜けて反響が無い場合は、今一つ平等性がないんだよね。」 「―――得票数を公開しないし・・・」 「大体、ホールで行われる出し物の方が盛り上がるから、クラス単位よりもクラブの方が優勝することも多いよね。」 千冬と真里の会話に、拓は困ったように眉を寄せた。 「それって・・・僕たちが客寄せしても無駄だって事ですか・・・？」 「ああ、だから、ずば抜けて反響があれば別なんだってば。だって皆が投票したのに、選ばれなかったら流石におかしいと思うだろ。」 ショボンとした拓に、真里が付け足す。 「クラスの出し物で優勝した事も勿論あるらしいよ。最近じゃ、４年前の夏生サンのクラスがそうだったし。」 「・・・え？！」 「それは・・・清美先生に聞いた事ある。やっぱり、喫茶店で・・・歴代一位の売り上げを記録したっていう・・・」 真里の言葉に、千冬が思い出したように口にする。 「そうそう、俺も中等生の時に客で来たもんっ！」 真里が満開の笑顔で返す。 「すげー、美人がいてさ・・・清美ちゃんとタメ張ってて・・・高校入ったら絶対追っかけてやるって思ってたぐらい・・・。」 苦笑して、頭を掻く。 「―――夏生先生って、ここの卒業生だったんだ。」 へぇ・・・と感心していた拓は、微妙な真里の表情に気付かなかった。 「そういえば・・・なんとなく今の格好の拓ちゃんに似てる気も・・・」 眉を寄せて考え込む真里に、拓は困ったように笑う。 「男の僕に似てる美人って・・・一体・・・」 深く考えるととっても怖いので、それ以上追求することは出来なかった。 胸の奥にチリチリする何かが燻って、奇妙な感覚が湧き上がってきそうな・・・そんな気分だった。 「浅川ぁ・・・３番テーブルでご指名受けたから、注文取って！」 他の接客係の声に、慌てて気を取り直す。 「えっと・・・先輩たちは・・・」 「俺、ミルクたっぷりのココア♪」 「紅茶と、クッキーのセット。」 甘党の真里の声に、千冬の注文が重なる。 「分かりました。ちょっと待ってて下さいね。」 そう告げると、仕事に戻っていく。 帰り際に、先ほど呼ばれていたテーブルにも注文を取りに寄っているのが見えた。 「―――あれ、ヤバクない？」 「・・・本人気付いてないから、余計に。」 こっそりと言う真里に、千冬がしたり顔で応える。 「それ以上に、スゲー視線を感じたのは・・・天羽？」 「物凄い殺気を隠す気もないらしいね。」 「あれって、ヤキモチ？！あいつも可愛いトコあんの。」 「まぁ・・・拓ちゃんが気付いてないのが憐れとしか言えないな。」 「―――何か、昔の自分見てるみてぇ・・・」 苦笑しながら真里が言うと、千冬が表面的には天使の笑顔を浮かべて頷いた。 「でも、拓ちゃん・・・可愛いよなぁ。マジで。」 困ったような真里の言葉に、千冬はただ口端を持ち上げて見せただけだった。 ―――お客で来ている筈の二人の容貌も、それなりに目の保養となるレベルだったので、会話の内容を知らない女性には注目の的だったりする。 喫茶店に押し寄せる女性客の高感度は、ますます上がっていくばかりであった。
「あと、１時間・・・ここが勝負の分かれ道だ。」 「最後まで頑張ろう！」 クラスメイトたちの掛け声を他所に、拓は厨房の隅でへばっていた。 そんなに一杯メニューがある訳ではないのだが・・・接客がこんなに大変なものだとは全く理解していなかったからだ。 自分以上に女性たちに囲まれて大変な筈の時貞が、軽やかな足取りで注文品を運んでいく姿は感嘆以外のなんでもなかった。 「・・・はぁ・・・」 「ほい。」 ため息を零して、休んでいると・・・不意に目の前にジュースが押し付けられる。 顔を上げると、それは委員長だった。 「お疲れさま。もうちょっとで学際も終わるし・・・まだ全然他のクラスの出し物みてないんだろ？最後だし・・・天羽と交代でなら見に行って来ても良いよ。浅川は今年入ってきたばかりだから、色々見てくると良い。持ち上がり組みは、毎年の事だけど・・・結構楽しいよ。」 メガネの奥の瞳が柔らかく細まる。 「え・・・？でも・・・」 いくら席待ちの列が無くなったとしても、まだまだ教室内は混んでいて、他の者たちは接客に追われているのだ。 自分だけ抜けるのもなんだか悪い気がした。 「まぁ・・・その格好で歩き回る勇気があればの話だけど・・・ね。」 苦笑しながら言われた言葉に、拓はがっくりと肩を落とした。 こんな格好でうろうろ歩き回ったらどうなるか・・・昨日一日の出来事ですっかり嫌気がさしていた拓はブンブンと首を横に振った。 「・・・行けないからっ！！」 半泣きで、言い募る。 そんな拓を見て、女の子がクスクスと笑いながら通り過ぎていく。 「―――ここまで、協力したんだから・・・もう良いだろ？」 気だるげな表情で厨房に戻ってきた時貞が、苛立ったようにそう告げた。 「天羽？」 「俺と拓ちゃんはもう抜けるから。今回の売り上げだけでも、十分優勝金額に匹敵する筈だし・・・いい加減、疲れた。」 いつもの人当たりの良さとは程遠い雰囲気は、クラスメートもたじろぐ程のものだった。 「行こう、拓ちゃん。」 ネクタイと手袋を外した天羽は、持っていたコートを拓に被せると・・・そのまま拓の手を掴んで歩き出した。 有無を言わせないそのオーラに、全員が気圧されてしまい、誰も声をかける事は出来なかった。 「ちょ・・・時貞くんっ！？」 突然の事に全く付いていけない拓が、驚いて問い掛けるが、時貞は黙ったままでその背中が答える事はない。 ただ、繋がれた手が強くなっただけで―――。
躓きそうになりながらも、拓は繋がれた手を離すことも出来ずに付いていくしかなかった。 階下の喧騒がどんどん薄れていく。 そうして、拓は時貞が向かっている先が何処なのか漸く理解した。 屋上に出る扉を、何の躊躇もなく時貞が開いたからだ。
「うわっ！」 スカートが舞い上がりそうになって、慌てて拓は裾を押さえ込んだ。 夕暮れ時を迎えつつある屋上には、流石に誰も居なかった。 給水塔の壁に寄りかかって、時貞は疲れたように乱れた髪を掻き揚げている。 その瞳は沈んでいく太陽を見ていた。 拓も時貞と同じように壁に寄りかかった。 「・・・お疲れさま・・・」 誰に言うでもなく、自然と口から溢れる思い。 そうして口にして、漸く終わったんだと理解した。 「結局、何処も見れなかったなぁ・・・。」 沈黙が嫌で、拓は困ったように言葉を綴る。 初めての高校での学園祭なのだ。 楽しみじゃなかったといったら嘘になる。 まさか、女装する羽目になるとは思っても居なかったので、ショックの方が大きかったのは事実だが・・・。 「―――俺は、拓ちゃんと一緒に楽しみたかっただけなのに・・・」 ボソリと呟く時貞に、拓は小さく笑った。 「うん。お互い、大変だったよね。」 言って、遠くを見る。 「そう言えば、この後、後夜祭があるって言ってたけど・・・時貞君はどうするの？」 一望できる校庭の出店は、もう片付けに入っているようだ。 何人もの生徒たちが忙しく動き回っているのが見える。 一般客の姿も、ちらほらとしか見えないので、学際終了を告げる放送も直に聞こえる筈だった。 それでも・・・ここまでは眼下の音は聞こえてこない。 静かな空間が漂っていて・・・それは疲れた身体と心に安らぎを齎した。 「帰って、寝る。」 真面目な顔でそういい切った時貞に、拓は少し噴出した。 「うん・・・それも、良いね。僕も一度寮に戻るよ。片付けは着替えた後でも大丈夫だと思うし・・・」 うーーんと伸びをして拓は壁から離れた。 いい加減、メイド服から開放されたいのも切実な願いなのだ。 不意に時貞の腕が動いて、拓に近づく。 指先が、唇の端を辿った。 「・・・な・・・何？！」 驚いた拓が聞き返すよりも早く、時貞に抱きしめられる。 大きく見開かれた瞳が、拓の心の衝撃を物語っていた。 「―――遠くへ・・・行かないで・・・多くは望まないから・・・」 小さく呟かれた言葉が、耳に響いていく。 ゆっくりと離されて、温もりが消える。 沈む夕日の影になって、時貞の表情は見えない。 「もう、帰ろう。」 掠れた声で告げられた言葉に、拓は声を発する事も出来なくて、ただ頷いた。
屋上の扉が閉まった途端、校内に流れる放送が聞こえてきた。 階段を下りていくと、今度は片づけで忙しそうに動いている姿が見えた。 どの教室でも、装飾品を外し始めている。 学園祭の本当の終わりは、校庭での後夜祭なので、それまでに作業を終わらせようと皆必死に働いていた。 時貞にコートを借りたまま、拓は寮への道を急いでいた。 着替えを全て置いてきてしまったので、戻るしかないのだが。 夏と違って、夕日の落ちた後の景色は大分薄暗くなってきていた。
低い重低音が聞こえてくる。 それが、緋咲のバイクの音だと気付いて、寮の前で拓は立ち止まる。 そう言えば、学際の間中一度も緋咲の顔を見なかった事に漸く気付いた。 バイクを指定の駐輪場に止めた緋咲が、ゆっくりとヘルメットを外す。 ずっと見ていたので、視線を感じたのだろうか・・・？ 振り返った緋咲のそれと、ばっちり合ってしまった。 途端に、緋咲は不機嫌そうに眉を潜めた。 「・・・誰だ？俺に何か用か。」 仏頂面で冷たく言う緋咲に、拓は思わず真っ赤になってしまう。 気付かれるほど、ボウッと自分が凝視していた事に思い当たったからだ。 「あ・・・ごめんなさいっ！」 そう言うと、無理やり目線を外して走り出す。 「―――おいっ！！」 驚いたような声が背後から聞こえたが、拓は立ち止まらなかった。 正確には立ち止まれなかったと言う方が正しいかもしれない。 恥ずかしくて、溜まらなかった。 バタバタと走って、室内に駆け込む。 バタンとドアを閉めて、ズルズルとドアに背中をこすってしゃがみ込む。 「・・・何、やってんだろ・・・僕・・・」 熱くなってしまった頬を両手で押さえる。 顔中から火が吹き出そうな程、火照っていた。 なんだか、酷く泣きたい気分だった。 「・・・おい。」 不意に、低い声が聞こえてビクッと拓は身体を振るわせた。 その声がドア越しではなく目に前だと気付いて、瞠目する。 恐る恐る顔を上げて、手を離すと目の前に仁王立ちしている緋咲がいた。 「―――ど・・・何処から？！」 驚く拓に、緋咲は苦虫を噛み潰した顔で、黙ったまま窓を示す。 そうして、そこが緋咲の何時もの出入り口だったと、思い出した拓は完全にパニックに陥った。 「・・・見ないで下さい〜〜」 うわーーんと泣きながら、自分のベットに逃げ込んで、頭から掛け布団を被る。 寄りによって緋咲にこんな姿を見られたというショックに、拓は打ちのめされていた。 どうして見られるのが嫌なのかを、拓が理解できる筈もなかったけれど。 そんな拓に対して、緋咲は呆れたような深いため息を零した。 外出して戻ってきたら、同室の後輩がメイド姿で立っていた―――なんて、笑い話にもなりゃしない。 大方、学園祭の出し物で押し切られたのだろう事は、容易に想像がついたので・・・それについては深く追求はしなかったのだが・・・。 苛つきの原因はそれではないのだ。 確かに最初に気付かなくて、知らない者のように対応したが・・・いきなり逃げ出す事はないだろうと思う。 ―――謝られた事も心外だった。 このままでは埒があかないと理解っている緋咲は、有無を言わさない力強さで、拓の被っていた毛布を引っぺがした。 そうして、腕を掴んで目線を合わせる。 「俺に、見られるのが、そんなに嫌なのか？逃げ出すほど・・・」 一言一言ゆっくりと告げる緋咲の表情は、正しく機嫌の悪い時のそれだ。 それを理解った拓はボロボロと泣き出した。 「何かもう・・・一番嫌な格好を見られたくなかったんです・・・緋咲先輩には・・・。」 ううぅと言いながら、想いを口にする拓に、緋咲も疲れたように眉を寄せる。 確かに、この格好は高校生の男子がするには、恥ずかしいことこの上ないだろう。 お人好しな拓なので、誰かに押し切られたのでなければ、自分からこんな格好をする筈もないのだ。 だが、拓がこんな格好をする事を、あの時貞が了承するとも思えなくて、緋咲は疑問を口にする。 「セロニアスが・・・良くＯＫしたな。」 「最初は男子は執事の格好で接客する筈だったから・・・一緒にやろうって。でも、メイド服はダメって時貞くんは庇ってくれたんだけど・・・」 小さく答える拓に、緋咲も頭痛を覚えた。 何となく時貞の気持ちが理解った気がしたのだ。 「ああ。そりゃ・・・な。」 ここまで別人のように似合ってしまう拓なのだから、下手をすると悪い虫がチョッカイを掛けると踏んでの時貞の台詞だと、気付いてしまった自分が何だか嫌だった。 「う・・・やっぱり、軽蔑しますよね。」 悲しそうな顔で言う拓は、このまま消えてしまいたいという風に、エプロンの裾を握り締めた。 「別に。学際の出し物なんだろ。毎日化粧してる訳じゃねえし。お祭り騒ぎの一環なら、軽蔑するも何もないだろうが。」 馬鹿馬鹿しいという風に、緋咲は口端を持ち上げた。 「いやなら、さっさと脱いじまえば良いだろ？そんな服。」 そう言うと、緋咲は掴んでいた拓の腕を離してベットから降りた。 そうして、用は済んだとばかりにさっさと自分の着替えを始める。 呆気ないほどの緋咲の態度に、拓は自分が必要以上に構え過ぎていたのだと気付いた。 そして、軽蔑されなくて済んだと理解って、安堵した。 「・・・はい！」 返事をしてから、拓も逃げ込んでいたベットから降りて、壁に掛けてあった制服を下ろした。 エプロンを外して、装飾品を取っていく。 きっちりと止められたボタンの一つ一つを外しながら、徐々に脱いでいく。 「・・・いたっ！」 小さな悲鳴が拓の口から漏れる。 背中のチャックが何かに引っかかったようで、痛みが走ったのだ。 「うー・・・」 力を込めて引っ張るが、チャックは固まったまま上にも下にも移動しなくなってしまった。 途方にくれた拓が、四苦八苦していると不意に近づいてきた緋咲が黙ったまま、チャックをいじり始める。 「―――ほんと、不器用だな・・・お前。」 あっという間に、降りたチャックと共にそんな言葉が発せられて、拓は顔を赤くした。 「あ・・・ありがとうございま・・・！」 「・・・っ！！」 背中を掠めた指先に、ビクリと反応してしまった事を隠すように、拓はクルリと反転して礼を告げようとして、バランスを崩す。 途端に、差し出しされた緋咲の腕が無かったら、机の角に身体をぶつけてしまっていただろう。 反射的に何かに捕まろうとした拓の指先が、緋咲の服を掴む。 そうして、気付けば二人で抱き合う形になっていて・・・。 途中まで脱げかかっていた衣装が、肌蹴て肩からずれ落ち―――男というにはまだ細い首筋が、露わになる。 そのアンバランスな部分が、更に妙な色香を放っていた。 「・・・あ・・・ごめんなさいっ！！」 ショックから先に立ち直った拓が、慌てて離れようとしたのを、緋咲の腕が押さえ込む。 一瞬の時間。 それは、瞬きするほどの間だったかもしれないが・・・拓は瞬きすることも忘れる程の衝撃を受けた。 「―――すまん・・・っ！！」 バッと身体を離した緋咲が、驚いたように声を上げる。 自分で自分のした行動に驚愕したかのように、珍しく表情を崩して謝ると、そのまま身を翻すかのように部屋から飛び出していった。 支えを失った拓の身体が、ズルズルと下に沈む。 突然の抱擁と―――唇を掠めた『感触』。 見る見る内に頬を上気させた拓は、両手を交差するようにして顔を隠す。 余りの衝撃に、言葉も出ない。 一番ショックだったのは、『それ』が、嫌じゃなかったという―――気持ち。 「・・・どうしよ・・・」 どんどんドツボに嵌っていきそうで、どんな顔をしたら良いのか理解らない。 自分自身を見失ってしまいそうで・・・怖い気が―――した。
・・・自分のクラスの“喫茶店”が、出し物人気投票で優勝した事を拓が知るのは、それから２日後の事だった。
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