(このお話は地下室にある『Sweet's Bearst』と同じ設定で書いています。あれが、バレンタインのお話で、こっちがﾎﾜｲﾄﾃﾞｰｗ本当は３倍返しで地下室行きのSSになるのですが・・・前置き部分だけで、挫折しました（TДT；）いやまぁ・・・細かい設定を造り過ぎてしまいました（反省）この後、コンサート中のお話は全部省略して、家に戻った後の盛り上がり部分が最大の山場だったりするので、それはまた別の機会に地下室にUPしたいと思いますｗｗｗオリキャラばっかり出ているので分かり辛いと思いますが、雰囲気で読んで頂けるとありがたいです（＞ｗ＜））

　キャンディ



月が替わった３月の初めに、カレンダーを捲った拓は、１４日という日付に目立つようにデカデカと赤マジックで花丸が付けられているのに初めて気付いた。
「ん・・・１４日？何かあったっけ？」
んー？と小首を傾げながら、記憶を辿る。
そうして、思い当たった事に、少しだけ苦笑する。
「そっか・・・マー坊くんの、初コンサートの日だ・・・」
切り取った先月のカレンダーを見直して、同じように付けられた花丸の日付を確認しなおす。
先月の花丸印は二つ。
１４日と、その次の週の２１日だ。
１４日はテレビ初出演で、２１日はデビュー曲の発売日だった。
【Sweet　Boys】は僅か２週間で、瞬く間に既存のアイドルグループに引けをとらない存在になってしまった。
発売前から話題になっていたＣＤは、その特典目当ての所為で、予約段階でデビュー曲とは思えない程の売り上げを叩き出してしまったし、発売週の音楽ランキングで軒並みトップを飾っていた。
家に居る時間が減っていく分、テレビでその姿を見る事が増えた。
ブラウン管の向こうに映る真里の姿は、自分の知っている姿とは何だか別人みたいで・・・。
少しも寂しくないと言ったら嘘だ。
それでも、浮かべられる笑顔は、嘘や作り物ではないと理解るから、余程水に合っているのだろう。
芸能界という、華やかな世界。
真っ直ぐな真里の性格が変わる事を、幼馴染みでもある秋生は最後まで心配していたが、最近は漸く納得したようで、身体だけには気をつけてやってくれと、苦笑しながら拓にそう言った。
言われた身としては、どう返事を返せばよいのか・・・全く理解らなかったけれど。
「やっぱ、見に行った方が良いのかなぁ・・・でも・・・」
呟きが、知らず沈む。
飾り棚の上に置いてある封筒に、視線を向ける。
既にプラチナチケット扱いとなっているそれ。
流石に関係者ばかりのバックヤードに近付くのを嫌がった拓の為に、態々用意してくれたそれは、最前列の指定席で・・・。
どう考えても、ファンクラブに所属しているような熱狂的な女の子たちの側で、コンサートを鑑賞するだけの度胸は拓には無い。
いくら、一緒に暮らしていて非常に親密な関係だとしても、人間にはどうしても向き不向きはあるのだ。
思った事が全部顔に出てしまうと仲間達からも指摘されている自分が、どんな顔をしてそんな目立つ場所に座っていられるというのか。
真里がステージに立って歌っているのを、直接見られる機会もそうはないし、初めてなら尚更応援したいとは思うけれど・・・。
「―――ムリ・・・だよねぇ。」
ハーーーッと深い溜め息を零して、視線をカレンダーに戻す。
幾ら眺めていても、目立つ花丸は変らずにそこに存在を示していて・・・行くのか行かないのか結論を出さなければならない。
猶予はあと、２週間・・・。
見に行かないと告げれば、それはそれで、悲しい表情を浮かべられる事が理解っているだけに・・・拓は心を決めかねていた。

コンサートの日にちが近付くに連れて、拓の意識はそれだけで一杯になった。
自分がステージに上がる訳でもないのに、ドキドキが納まらない。
結局、行くのか行かないのかすら決められなくて。
前日の夜に、『今夜は、帰れないよぉ・・・』と悲しい声で掛かってきた電話に、拓は『頑張って・・・』と声を掛けることしか出来なかった。
その際に、電話口で再度会場に見に来るようにせがまれた所為で、やっぱり逃れられない事も理解って・・・。
余りの緊張に、拓は殆ど寝ることも出来なくて・・・悶々と一夜を過ごしてしまったのだった。

＜うわーーーん・・・やっぱ・・・ムリぃ・・・＞
コンサート当日。
重い足を引き摺って、必死に自分を奮い立たせながら漸くの思いで、会場に辿り着いた拓は、その場で回れ右をしたくなった。
右を向いても左を向いても、色とりどりの格好をして、綺麗に着飾った女の子しか居なかったからだ。
それぞれ、お気に入りのメンバーの色を模した手作りの団扇や、小道具なども持っていて・・・会場の入り口付近は、水色とピンクとオレンジカラーで彩られている。
コンサートの開演時間よりも随分と早く来たつもりだったのに、開場待ちの列は信じられないほど長くて・・・あの中に自分が入って一緒に並ぶ姿を想像してしまった拓はザーッッと蒼褪めた。
＜・・・帰ろう。ご・・・ごめん・・・マー坊くん・・・＞
心の中で、必死に謝りながら、そっと会場を後にしようと来た道を戻ろうとした拓は、ふと目の端に止まった光景に心を動かした。
入場口の賑わいから少し離れた場所・・・駅に戻る公園の入り口で、植木の側で地面に顔を擦れそうな状態でいるかのような姿が妙に気になって。
「あの・・・どうかしたんですか？」
気付いた時には、声を掛けていた。
「え？」
慌てて顔を上げた相手の顔は、想像通りに少し汚れていた。
「あー、ごめん。俺、別に不審人物じゃないよ！ちょっと、探し物してたんで・・・」
「―――探し物？」
「連れが・・・チケット失くしたって言って・・・」
立ち上がった人物は、拓が思っていた以上に背が高い高校生ぐらいの少年だった。
逸らされた視線を辿ると、５ｍぐらい先に、同じように地面に這うように何かを探している少女もいて驚いた。
その子も拓の姿を見ると慌てたように立ち上がって、側に寄ってきた。
「あった？」
「いや・・・もう、誰かに拾われたのかもしれないな。」
縋るような目線の少女に、少年は困ったようにジーパンの裾の泥を払った。
その途端、少女は泣きそうな顔で俯いた。
「どうしよう・・・」
「―――だから、俺のチケットで入れば良いだろ？どうせ、席なんて誰が座っても構わないんだから。」
「でも・・・ヒロくんも一緒に誘われたのに、私だけじゃ翔くんがっかりするよ。」
「兄貴がそんな玉かよ？俺はダシに使われただけだって。春香を一人で来させたくなかっただけだろ。」
「そんな事無いっ！・・・初めてのコンサートだから、ヒロくんにもちゃんと見て欲しいんだよ。」
二人の会話に、拓は漸く事態を理解した。
どうやら、コンサートチケットを紛失したようなのだ。
「えっと・・・良かったら、これ使って下さい。」
拓は、鞄の中から自分のチケットを取りだして、少女に渡した。
「え？だって・・・」
「あー、僕も友達から貰って・・・でも、あの中に一人で入るのはちょっと嫌で・・・」
少しだけ言葉を濁して、拓は目線を会場に向ける。
「―――帰ろうかなって思ってたとこだから・・・使って貰えたらチケット無駄にならないし。」
そう言って、困ったように笑う。
きっと真里はがっかりするかもしれないが、こんな理由があれば納得してくれる。
家に帰ってご馳走を作って待っていて、戻ってきたらお祝いしよう。
「でも・・・貰う訳には・・・。」
「席、離れちゃうかもしれないけど・・・中に入っちゃえば、失くしたチケットの席に座っても文句言われないと思うから。」
まだ逡巡しているような少女に、拓は今度こそにっこりと笑う。
そうして、話は終わったとばかりに、その場を後にしようと身体の向きを変えた。
「ちょっと、待った！」
「・・・っ！」
グイッと腕を捕まれて、拓は目を丸くする。
「これ、特別チケットだろ？アンタも関係者じゃないのか？」
「え？特別・・・て、何が・・・？」
拓の腕を掴んだのは、今まで黙っていた少年だった。
拓が渡したチケットを見て、急に表情を変えたのだ。
だが、言われている意味が拓には理解できなかった。
確かに関係者ではあるが、別にチケットにそんな種類があるとは今まで知らなかったのだから。
「―――だから、初コンサートだからって、事務所が用意したやつだろ？俺に渡す時、兄貴が散々自慢してたから。一般人には手に入らないって・・・」
「・・・えーと・・・そうなんだ。」
初めて告げられる事実に、拓はがっくりと肩を落とした。
知らなかったとはいえ、ただの友達にそんな大事なチケットを渡さない事は、幾ら鈍い自分でも理解る。
冷や汗を掻きながら、拓は心の中でダーッと涙した。
＜・・・ううぅ・・・酷いよ、マー坊くん。僕、目立ちたくないのに・・・＞
「じゃあ、尚更・・・貰えません！」
きっぱりと言い放って、少女から戻されたチケットが自棄に重くて、拓は困った顔をする。
「ヒロくん・・・チケットを失くした私が悪いの。だから、外で待ってるから、私の分も翔くんの応援してきて。」
「はぁ？何馬鹿な事言って・・・。ああもぅ、しょうがない！こうなったら、アンタにも一緒に来て貰おう。関係者二人いれば、訳を話して入れて貰えるかもしれないし。ほら、春香も・・・」
「―――え？・・・え？」
「ちょっ・・・ヒロくんっ？！」
有無を言わさない力で、そのままズルズルと引き摺られて、拓は目を丸くした。
それでも、無理やり腕を振り払って帰る事も出来なくて・・・。
思っていた事とどんどん反対に転がっていく事態に、拓は遠くを見ながら世を儚んだ。

特別チケットは、本当に特別だった。
最初に入り口で係員にチケットを紛失した話をした時は、全く話にならない状態だったのに、駄目元で残っているチケットを見せた後は、恐ろしい展開で事態が進んだのだ。
奥から出てきた事務所の関係者の人が現れてからは、本当にあっという間に会場内に入れてしまった。
会場の入り口に並んでいた、あれだけの長蛇の列に並ぶ事も全くなかった。
関係者入り口から、３人ともすんなりと指定の席まで案内されたのだ。
本当に、ステージのまん前。
特別席とも言えるその場所に、拓は本気で帰りたくなってしまったのだが・・・。
「最初っから、こうすれば良かったのか。あんな格好で３０分もチケット探しなんかしなくても・・・」
「でも、私たちだけじゃきっと、信じて貰えなかったよ。あの・・・本当にありがとうございました。」
「え？・・・あぁ・・・良かったよ・・・ね。」
席に座って茫然としていた拓は、掛けられた声に漸く意識を戻した。
そうして、気付かれないように、そっと溜め息を漏らす。
帰る気満々だった身としては、ここにいる事の方が、針の筵なのだ。
警備員が呼びに行ってくれた事務所の人間は、拓の顔を見た瞬間に顔色を変えて、本当に逃げるまもなく席まで連行されてしまったのだ。
散々、拓の知り合いの話題を降るだけ振って、また慌しく何処かへと消えてしまったので、今は解放されているが・・・。
ぐったりと席に身体を預けるようにして、拓は目線を周りに向けた。
未だ開場してない巨大なホールは本当に全部の席が埋まるのか信じられないぐらい席が一杯あった。
それでも、チケット全てが即日完売したというのは情報誌で知っているので、気が遠くなりそうだ。
ステージの上では、最後の調整とばかりに何人ものスタッフが動き回っている。
「あの・・・私は翔くんの幼馴染みで、ヒロくんは翔くんの弟だからチケットを貰ったんですけど・・・貴方は誰のお知り合いなんですか？」
「あっ、と・・・マー坊くん・・・じゃなくて、マサトになるのかな？」
「あぁ！マサトさんのお知り合いなんですか。」
「うーん・・・と・・・友達？高校の時から・・・」
どう答えれば良いのか理解らなくて、拓は乾いた笑いを顔面に張り付かせる。
あんまり話すと、ボロがでそうなので、一生懸命に言葉を濁す。
本当は一緒に暮らしているのだが、そんな事を言える筈もなくて。
「へぇ、意外！マサトなら、チケットは絶対に彼女に渡すとばっかり思ってた。」
「わぁっ？！」
反対隣から掛けられた声に、拓の心臓が跳ね上がる。
いつの間にか、隣の席にやってきた人物にいきなり声を掛けられたのだ。
ドキドキしながら視線を流すと、見惚れそうなほど格好良い人物が座っていた。
その姿を、拓はよく知っていた。
「―――“キョウヤ”さん？」
「お？俺の事知ってんだ。やっぱ、マサトと仲良いんだな。あー、ひょっとして“拓”ちゃん？」
「・・・っっ！！何で、僕の名前・・・？！」
突然飛び出した自分の名前に、更に拓は驚愕する。
それから、カアアアァァァっと真っ赤になった。
「うわぁ・・・やっぱり、そうなんだ。ハハッ、マサトの奴がいっつも口にするから、凄く気になってたんだけど。凄く内気で人見知りするから、紹介できないって言ってたの・・・本当みたいだな。」
「えっと・・・その・・・」
自分の事をどう説明しているのか全く理解らないので、拓はダラダラと冷や汗を流すしかない。
目の前の人物は、モデル業界�ｂPとも言われる【帝王】こと天王寺響也は、真里の所属している事務所のトップモデルだ。
何回か真里とも一緒に仕事をしているので、自然と拓も知っているのだが、こんな風に直に話しをするのは初めてなのでどうすれば良いのか理解らない。
「あー、別に硬くならなくても良いから。俺も、今日は“リョウ”に友人として招待された身だし。しっかし、アイドルのコンサートに男を招待するって時点で、間違っているよなぁ、あいつ等。どう考えても、場違いだって。お仲間がいて、助かった。」
苦笑しながら椅子に座ったその姿の優雅さに、拓はそんな相手と隣同士で座らなければならない自分の姿を思って、ますます逃げたくなった。
余りにも、違和感がありすぎる・・・。
＜ううぅ・・・＞
余りにも居た堪れなくなって、拓は緊張の余り気持ち悪くなってしまった。
前日、悶々としてちゃんと眠れなかったのも理由の一つかもしれないが、会場の持つ独特な雰囲気に呑まれたのかもしれない。
「―――春香っ！！」
大きな声が聞こえて、ステージの上から小柄な人物が飛び出してきた。
「翔くんっっ！」
名を呼ばれた少女が、綻ぶような笑顔で応える。
既にステージ衣装を着込んだ“ショウ”こと、皆川翔は人懐っこい笑顔を浮かべながら観客席に近付いてきた。
「ヒロもご苦労様。―――チケット失くしたんだって？大丈夫だったか？」
「・・・あぁ。」
「あの・・・ごめんね、翔くん。私が不注意で・・・風に飛ばされちゃったの。」
「ははっ・・・春香らしいドジだなぁ。まぁ、無事に入れたようで良かったよ。」
仲良く歓談している声が、ちょっと幕を張ったような遠くから聞こえるようで、拓はヤバイ気がした。
目の前が少し霞んでくる。
それは、貧血を起こす前兆の感じがした。
＜あぁ・・・まずい・・・かも・・・＞
「―――リョウ！マサト！」
同じように仕度が終わった二人がステージに姿を見せると同時に、隣の席の響也も立ち上がって声を掛けた。
だが、拓は同じように席から立つ事が出来なかった。
「あっ、キョーヤさん、こんにちは・・・！！」
明るいマサトの声が、途中で止まる。
「拓ちゃん？」
「・・・マー坊・・く・・・」
困惑したような真里の声に、漸く顔を上げる事ができた拓の顔は真っ青だった。
「ちょっ？！ど・・・どうしたの？！」
「う・・・ちょっと・・・気持ち悪くて・・・」
「うわーっ、大変だぁ！！薬っ！いや・・・医者？！」
オロオロする真里の腕を掴んで、拓はゆっくりと息を吐く。
「―――外・・・行ってくるから・・・大丈夫。多分・・・緊張し過ぎただけだから・・・。」
それは、本当の事だ。
真里の声を聞いた途端に、ちょっとだけホッとしたら、息苦しさも和らいだのだ。
それでも、言葉にしても立ち上がる事が出来ない。
真里の服を掴んだ腕が震えるのを抑える事すらできなくて・・・。
ギュッと目を瞑ったら、不意に体が浮遊感に包まれた。
＜えっ？＞
「―――マサト？」
「ごめん、翔くんっ！・・・ちょっと外に行ってくるから、後、宜しく。」
驚きの余り、声も出ない拓が愕然としている間に、真里は拓を抱えるとそのままその場から走り出した。

「・・・ううぅ・・・もう、僕あそこに戻れない・・・」
幾ら具合が悪いとはいえ、お姫様抱っこで会場から連れ出されてしまった拓は、半泣き状態で人工芝の上に横になっていた。
それでも、３月半ばの外はまだ風が冷たかったが、すっきりとした外の空気は肺の空気を一新してくれて、胸の中の気持ち悪さを拭ってくれた。
真里に抱えあげられるという余りの驚きに、その時点で具合が悪いのなど吹き飛んでしまったのも事実だったが・・・。
「・・・ひゃっ！」
「あ、驚いた？ごめんごめん。飲み物買ってきたんだけど・・・飲める？大丈夫？」
「―――マー坊くん？・・・うん。」
いきなり、頬に押し付けられた冷たい感触に、拓はビックリして変な声を出してしまう。
顔を上げて視線を向けると、心配そうな顔をした真里が、スポーツドリンク缶を差し出した。
拓をこの場に置いたまま、何処かへ行ってしまったのがわざわざ飲み物を買ってきてくれた為なのだと知って、拓はジーンと感動してしまったが・・・次の瞬間に罪悪感が湧き上がって申し訳ない気持ちになった。
「・・・ご・・・ごめんね、迷惑かけちゃって・・・」
上半身を起こして缶ジュースを受け取ると、困ったように芝生に視線を落として謝る。
「迷惑なんかじゃないよっ！！」
ギュッと抱き込まれて、心臓が跳ね上がる。
「ちょっ・・・こんなトコ誰かに見られたら・・・」
慌てて離れようとするが、真里の腕は強くて拓の力では外れなかった。
「俺の方が、一杯迷惑かけてる・・・いつも拓ちゃんの優しさに付け込んで・・・」
肩口に顔を埋めたままくぐもった声で呟く真里に、拓は少しだけ胸が苦しくなった。
「そんなこと・・・ないよ。」
確かに一緒に暮らし始めた最初の理由は真里の我が侭だったし・・・断わり切れなくて仕方なくだったけれど・・・。
それでも、今では拓も受け入れているのだ。
世間には大っぴらに言えない関係だとしても、拓にとって真里が大事な存在なのは間違いないから。
「マー坊くんだから・・・。あの・・・その・・・何しても・・・」
プシューと湯気を出しそうな程、顔を赤くして拓は小さく呟く。
それでも、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
「―――でも・・・恥ずかしいよぉ・・・」
ギュッと顔を隠すようにして真里の肩に凭れ掛かった拓に、真里が漸く顔を上げる。
「拓ちゃん？」
問われても顔を上げられない拓は耳の裏まで真っ赤だ。
クスッと笑った真里はそのままそこにキスした。
「―――っっ！！」
耳を押さえたまま、信じられないという表情で拓はババッと後ずさった。
「・・・何、しても？」
艶然と微笑う真里に、拓はブンブンと首を横に振る。
「えー、残念。」
あんまり苛めると、本気で帰りそうなので、真里も困ったように微笑う。
今居る場所は、非常口の外側なので、勿論人気はない。
扉一枚隔てた向こう側には、それこそ何千人という規模の人間が移動中だったりするのだが・・・。
「―――頑張れるように、ちょっとだけ。」
更に建物の影になるようにドアを背に真里に追い詰められて、拓は少し困ったように眉を寄せた。
「で・・・でも・・・」
「―――ね？」
拓の顔を覗き込むようにして、笑顔で強請る真里に、拓が勝てる筈もない。
そのまま覆い被さるように顔を近付けてきた真里に、結局抵抗する事もできなくて・・・真っ赤な顔のまま、拓は瞳をゆっくりと閉じた。
ちょっとだけと言いながら、真里の行為は軽く触れるだけのものから、徐々に深い口付けへと変る。
歯列を割って侵入してきた舌に、意識の全てを持っていかれそうで、拓は思わず真里の服をきつく掴んでしまった。
だが、それが普通の服じゃない事を、その布地の感触で思い出して慌てて離す。
力を失った指先は、ダラリと垂れて、背後の壁に触れた。
「・・・ふふ・・・続きは家に帰ってからしよう・・・ね。」
甘く耳元で囁く真里の声を聞きながら、呼吸困難に陥ったまま、拓は必死に息を繋ぐ。
余りの羞恥に、先程の息苦しさとはまた違うドキドキが納まらない。
「・・・あ、そうだ。」
突然、何かを思い出したかのように真里はポケットに手を突っ込んでごそごそと何かを取り出した。
そうして、まだ呼吸を整えきれない拓の顎を持ち上げると、またしてもキスをした。
「・・・んぅ・・・！？」
舌と一緒に口内に入ってきた物に、拓は目を白黒させる。
口中に広がったのは、ちょっと甘いけれど、爽やかな柑橘系の味だった。
「―――喉を休める為に貰った俺の【マサト飴】・・・拓ちゃんにあげるよ。」
そうして、手中に残っていたセロファンに包まれたキャンディを拓の手に渡した。
「・・・ぅぅ・・・」
口内に存在するキャンディを舌で転がしながら、拓は声も出ない。
最初から全部手渡しすればよいものを、態々口移しで寄越した真里に、拓はただ恨めしい目付きで見るが、真里はすっかり上機嫌だ。
「マサトォーーーっっ！！何処だぁ？」
「今、行きまーすっっ！！」
建物内から聞こえてきた大きな呼び声に、真里は非常ドアを開けて同じくらい大きな声で答える。
「じゃあ、俺行ってくるね。無理しなくても良いけど―――見ててくれたら、嬉しい。」
真っ直ぐな真剣な目で真里に見つめられて、拓は驚いた。
一瞬だけ逡巡したけれど、もう心は決まっていた。
「・・・理解った。マー坊くんが頑張ってるとこ、ちゃんと応援するから。」
だから、精一杯の笑顔で送り出す。
恥ずかしい思いはどうしても消えないけれど・・・その姿をブラウン管内ではなく実際に見られるのだから、ちゃんと見ようと思った。
「ありがとう。拓ちゃんから、十分パワーも貰ったし、俺、頑張るからっ！」
「うん。・・・ほら、早く行かないと・・・」
握り拳を作って言う真里の背中を、拓は苦笑しながらその背中を押した。
いつの間にか、随分と大きくなってしまった身長差が、そのまま成長の差だというのなら、随分と離されてしまったのだろう。
確実に一歩一歩前進している真里と比べると、先の確定していない自分はまだ大人になりきれていないのだ。
走り去る真里の背中を見ながら、拓はほんの少しだけ目を細めた。

手にキュッと力を入れたら、手中のキャンディのセロファンがカサリと音を立てた。
ゆっくりと開くと、オレンジ色の鮮やかな色彩と、Ｍの文字が見えた。
それは、確かに【マサト】のキャンディだ。
コロリと転がったのは飴玉二つ。
落とさないように、大切に扱いながらポケットにしまうと、拓も会場内に戻る為に歩き出した。

―――だが、その後席に戻った拓が、もう二度と会場には来ない事を硬く胸に誓ったのは、それから３０分も経たない内だったという。

　　　どっかに、続く。（多分、地下室行き（TДT；））　　　／　　　戻る