+平和なひととき+
　
　
　
「・・・・暇」
　
窓辺に座り外を見ながらそう呟いたのは千冬慎。
憂鬱そうな表情をしているものの、その顔はそこら辺の女よりよっぽど美しい。
しかしその外見とは裏腹にアノ”阿修羅王”の親衛隊”曼呪沙華”の頭をしているのだ。
その外見に騙され病院送りにされた男の数知れず・・・・・。
　
いつもは阿修羅王の頭――八尋渉――が、千冬の’保護者’に近い存在として一緒に居るのだが今日は別行動をしていた。
だから今の千冬は極めて危ない存在と言える。何をするか判らない・・・。
彼の呟きに周り――八尋から千冬を見張れと言われている阿修羅王の幹部達――がビクッと肩を震わせたのも、その呟きに続く言葉を恐れているからだった。
　
　
呟きから暫くして千冬はスッと立ち上がると玄関へと歩き出した。
「千冬さん！！何処へ行くんすか！？」
焦った阿修羅王の幹部の一人が声を掛ける。
「・・・・・横浜」
ピタッと止まりフワリと振り返った千冬は当然だとでも言うようにそう答えた。
その答えに阿修羅王の幹部メンバーは必至で千冬を止めようとした。
「ダメッすよ！！今、千冬さんが横浜に行ったら夜叉神も黙っていません！！」
「それに、もし横浜に極悪蝶がいたら！！」
「八尋さんにも勝手な行動はするなって言われてるじゃないですか！！」
”八尋”という言葉を聞いたとき千冬はピクリと眉を顰めた。
やはり千冬も八尋には弱いのだ。
幹部達もそれに気付いたのか口々に八尋の名を出し千冬を止めようとした。
しかし・・・・
　
「俺は誰だ？」
　
真っ赤な唇を妖しく吊り上げて言ったその低い一言に幹部達は青褪め口を噤んだ。
「渉が帰ってきたら言っとけ。”アノ子”に会いに行くだけだ、ってな。」
そう言った千冬の顔は、さっきとは違う――まるでおもちゃを見つけたような子供のような笑みを浮かべていた。
　
　
　
　
　
　
　
――――横浜。
　
　
　
「もうっ、酷いなぁ。いきなりなんだもんなぁ〜」
　
そう愚痴りながら、人気の無い夜の道を歩く一人の少年―――浅川　拓
　
普段バイクに乗っている拓がなぜ一人で歩いているのかと言えば、それはバイクが不調で真嶋商会に修理に出しているせいである。それでは不便だろうと修理の間、爆音小僧7代目頭”マー坊”が拓を”後部座席”に乗せることにした。
―――この場合、拓に選択の余地はない。
さっき・・・そう数分前まではマー坊自慢のゼファーの後ろに乗っていたのだ。
もちろん、秋生達も一緒にいた。
しかしマー坊の安全運転は拓の言うソレとは桁外れに違う。
嫌な予感はしていたものの、やっぱり気分の悪くなった拓はバイクを止めてもらい休んでいたのだが、そこにマー坊の天敵であるリューヤが通った。その時リューヤがマー坊に気付いてニヤリと挑発的な笑みを浮かべたため、マー坊はいきなり怒りの形相に変わり叫ぶとリューヤを追いかけた。
当然、秋生やリョ―達もマー坊の後を追いかける。
拓が「待って！！」の”ま”の字も言えないまま彼らは見えなくなってしまったのだ。
　
　
「皆、僕のこと忘れてるんだもん。ひどいなぁ。あー、ココから歩いて帰るなんて・・・・。何時間かかるかなー・・・。夜が明けちゃうよ。」
トボトボと拓は歩いていた。
　
　
暫く歩いていると、バイクが近づいてくる音がした。
「もしかして、誰か僕のこと思い出してくれた！？助かった〜〜〜。」
神様、仏様でも見るかのような瞳でバイクの音がする方を見てみるとそこには・・・・・。
「えぇ！！？千冬さん！！！？？？何でこんなとこに！？」
「会いに来た。」
　
　
そう、千冬が会いに行くと言っていた”アノ子”とは拓のことだ。
最初の出会いで千冬は拓を見て”楽しめそう”と感じた。
それは千冬にしては珍しい感情だった。
それが縁でよく拓に会いにくるようになり、今では普通に話す仲なのだ。
あの”曼呪沙華”の千冬相手に、拓にはそれがどんなにすごいことなのか判ってないが・・・・・・。
　
　
「歩きかよ？」
「それが・・・・・」
困った顔である程度今までの経緯を千冬に説明すると、千冬はにっこりと笑い拓をひょいと持ち上げ後ろに乗せた。
「！！？？千冬さん？？」
「つかまってろよ？」
その綺麗な微笑に見惚れ拓が「なんで？」と質問する間もなく、千冬のハーレーはいきなり走り出した。
　
　
　
突然のドライブも終わり、公園のベンチに腰をかける。
しかし拓はさっきからキョロキョロと周りを見渡していた。
その理由に気付き”嫌なこと”を思い出した千冬は少し不機嫌な顔をした。
「渉はいねーよ。アイツは別行動。別行動してるってーのに俺を下のモンに見張らせやがって。
渉が”浜”には行くなって五月蝿くってよ。別に夜叉神と喧嘩になろーが俺はかまわねーのに。」
「ははははは・・・・・。」
渇いた笑いしかでない拓。
　
　
隣でぶつくさと文句を言っている千冬をちらりと見る。
その綺麗な・・男とは思えない容姿は拓じゃなくても見惚れるだろう。
月夜に照らされ余計に白く見えるその肌に、柔らかい風にサラサラと揺れる髪。
それなのに、族の頭だなんて・・・・。
　
　
「もったいない・・・・・・」
素直な感想を拓は呟いていた。
「ん？なんだよ？」
「・・・なんか・・・もったいないなーって思って・・・・」
「は？」
話の見えない科白に千冬は判らないといった表情で拓を見る。
拓は風で流れてきた千冬の髪に自然と手を伸ばし、その柔らかい髪をそっと指に絡ませた。
「すごく綺麗だから・・・・。髪も手も。
こんなに綺麗なのに喧嘩するっていうのももったいないし、喧嘩したらいくら千冬さんでも傷はつくと思うし・・・。なんか千冬さんと周りの風景が絵みたいで・・・・。喧嘩の中にいるよりも千冬さんに似合うなって・・・・。」
拓はふんわりと優しく微笑んだ。
驚いたように瞳を開き拓を見る千冬。
この時、拓はハッと自分がサラリと恥ずかしく何かすごい事を言ってしまったこと気付き顔を赤らめパッと千冬の髪から手を離した。
「ご・ごめんなさい！！！えっと・・・・その・・・お・・・怒りました？」
反応も無くただ拓を見ている千冬に恐る恐る尋ねる。
しかし・・・・
「ぷっ！！あっはっはっはっはっは！！！」
「ち・千冬さん！？」
突然笑い出した千冬に今度は拓が何がなんだか判らないという表情で千冬を見た。
「もったいない？俺が？・・・・へぇ、そんな風に思ってくれてたんだ？？」
スーっと目を細め美しく悪戯な笑みを浮かべて、拓の真っ赤な顔を覗き込むように近づく。
拓は恥ずかしそうにやや後ろに下がりブンブンと頭を縦に振った。
「クスクス。俺が女だったら惚れてた？」
「え！？えっとあの、はい・・・。」
「じゃぁ、男の俺は嫌い？」
「い、いや！！そ・そんなこと無いです・・・・」
逃げる拓の服を引っ張り自分のほうに近づけ優しく頬にキスをした。
「！！！？？？」
「誉めてくれたお礼。誰からもあんなふうに口説かれたこと無ぇし。」
千冬の突然の行動に本気で焦り言葉も出ない拓を、楽しそうに見ながらくすくすと笑った。
　
　
　
「テメー！！拓ちゃんから離れろっ！！！」
聞き覚えのある声と共に、突然出てきた手に千冬から引き離された拓。
驚いて手の持ち主を見るとそこにいたのは愛らしい顔を恐ろしく歪めた来栖だった。
「てめーは確か来栖・・・」
「男女！！！てめぇ、拓ちゃんに変なことしやがって！！」
二人の間に火花が見える拓。
「く・来栖くん！！落ち着いて！千冬さんも！！」
必死に止めようとするが、拓の言葉を素直に聞くような二人ではなかった。
「俺はただ拓ちゃんに口説かれたからお礼をしただけ。」
しれっと言う千冬に来栖はさらに怖ろしい顔となる。。
「ふーん？あんた頭悪ぃーね？拓ちゃんは俺のほうが好きに決まってるじゃん？拓ちゃんは俺の相棒だよ？」
「ふん、お前がそう思ってるだけだろ？」
「いや、俺なんか口説かれてたも同然！だって、拓ちゃん俺に言ったよ？会ったときから俺しか見えてなかったってさ。」
勝った！と言わんばかりに胸を張る来栖。
―――ちなみに、本当に拓が言った言葉は”会ったときから来栖君が見えてたのに・・・”だ。
・・・・明らかに来栖は自分のいいように解釈していた。
「あんたと話しても、つまんないよ。俺はこれから拓ちゃんと”蝿王”の集会すんだよ？顔に傷つけられたくなかったらおとなしく帰りな、”ねーちゃん”？」
にやりと、とてもその可愛らしい顔からは想像できない凶悪な笑みだ。
”ねーちゃん”という禁句に千冬は切れた。
「へー、この千冬に上等かよ？」
「やんの？壊れちまうよ？あんた。」
　
　
「楽しーことしてんなー、千冬？」
　
　
二人の間に入ってきたのは八尋だった。
「部屋でおとなしくしてろっつたよな？・・・・まぁ、こーなると思ってたけどな。」
ふーっと煙草の煙をはく。
「渉？何でこんなとこにいんだよ？」
「あぁ？迎えに来たんだよ。オラッ、帰るぞ。」
「・・・・・チッ！・・・来栖。今度会ったときがテメーの最後だ。」
来栖を見て、不敵に笑った。
そして、拓のほうを向き優しく頬に両手を当てる。
「ち・千冬さん！？」
「来栖なんか捨てて”曼呪沙華”においで。」
それはまるで母が我が子を慈しむような優しい微笑だった。
「テメー！！！」
瞬間に飛んできた来栖の蹴りをひらりと交わして八尋の隣りに行く。
拓にバイバイと手を振ると、千冬と千尋はバイクに跨り去って行った。
　
　
　
「次会ったら、ボコボコにしてやる！」
来栖の怒りは当分消えないだろう。
絶対に二人を会わせられない、と来栖の横で苦笑いを浮かべる拓だった。
　
　
　
　
終り　　　/　　　戻る　

（コメント／かなり遅くなりましたが、これでいかがですか？（汗）
最後にとても悩んだんですが・・・・・。はたして、こんな終わり方でよろしかったでしょうか？？
千冬が偽者っぽくて申し訳ありません！！！！）　

（ドリーマーのコメント：最高ですｖｖ千冬の性格がとっても好みですｖｖｖさり気なく言いくるめて拓ちゃんを掻っ攫って欲しいです♪来栖相手でも強気な千冬〜（ラヴ）ぜひとも千冬にはガンガン突っ走って頂きたいですね（＞▽＜）アノ監禁ネタ・・・ドリーマーも早く書きたいですぅ。千冬が激しくコワれてると思いますが・・・こっそりひっそりＵＰしたら読んで下さいね（苦笑）本当に素敵なＳＳをありがとうございました（感涙））