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ゼロよりも少ない始まり
風向きが変わった。
冷たく突き刺すような北風から、柔らかな・・・でも激しい春風へと。
そうして、その『想い』は、悪戯好きな春風と共にやってきた。
その日は、珍しく独りだった。
いつもなら、必ず誰かが側にいるのが当たり前だったので・・・こんな時は何となく心が落ち着かない。
無鉄砲で危なっかしくて・・・ほっとくと何をしでかしているか全く理解らない幼馴染みを持ってしまったせいで、物心ついた時には、すっかり保護者的な性格が身についてしまっている。
横浜の最速チームと呼ばれる“爆音小僧”の特攻隊長である真嶋秋生は、見かけによらずお人良しであった。
＜やっぱ・・・一緒にいきゃ、良かったな・・・＞
吸いかけの煙草を足で消して、空を見上げる。
今頃、他の皆は“頭”を筆頭に遊園地で遊んでいる頃だろう。
何となく今日はそんな気になれなくて、つい外れて帰ってきてしまったのだが・・・。
心配性がすっかり身についてしまっているので、どうしても気になってしまうのだ。
「てめー、なーにさっきっから、ウロついてやがんだ？あっ？！」
仕事の合間を見つけて、一服していた夏生が、まるでオリの中の熊のような状態でうろうろとしている弟に向かって問いかけた。
「あー・・・別に・・・ちっと、出てくんわ・・・。」
「―――秋生？」
そのまま、そそくさとバイクに跨がると、あっという間に、飛び出していく。
「なんだぁ・・・あいつは・・・？！」
後には、残された夏生が、缶コーヒーを片手に呆然としているだけだった。
「・・・って、勢いこんできたって、まさか今から、行く訳にもいかねーべ・・・・」
風の中を走っている最中に、自分の今の状況を思い出して、秋生は愛車のカワサキＫＨ４００を止めた。
一つの所にじっとしていない突風のような真里が、いつまでも同じ場所にいるとも思えない。
それならば、家で待っていた方が、確実に連絡が入ると思い直して・・・。
クルリと単車の角度を変えて、家に戻ろうとした途端、突然角から人が飛び出してきた。
「うわっ！？」
慌ててハンドルを切り、危うい所で避けたのだが、相手の反射神経がトロかったのか、飛び出してきた者はそのまま転んでしまう。
「―――大丈夫かよっ？！」
その怒りすら吹き飛びそうな、危なっかしさに思わず単車から降りて秋生は声を掛けた。
「えっ？・・あっ・・・アキオくん？！」
「・・・たっ・・・“拓”！！」
イタタ・・・と呟きながら顔を上げた相手が、大きな瞳をまん丸に見開いて秋生を確認すると、秋生も漸くその相手が誰なのかを理解する事ができた。
一瞬見ただけで、理解らなかったのは、その雰囲気がいつもと違ったからだ。
「オメー・・・その頭・・・」
驚いたように告げる秋生に、拓は相変わらずの困ったような笑みを浮かべた。
「あっ・・これ？！・・・えーと・・・」
いつものパーマを落として、ストレートに戻している拓は、普段とはまるで違って見えた。
もしも、前にその髪形を見た事がなければ、別人で通ってしまう程だ。
「そういや・・・『マー坊』は？一緒じゃ・・・」
「えっ？！『マー坊』くん？今朝皆と別れてから・・・会ってないけど？！」
取り合えず、会話を先に進めようと尋ねた秋生に、拓は思いがけない返事を返してきた。
途端に秋生の顔が、不可解なものとなる。
何しろ、いつも一緒にいる真里が、今日は別行動を取っているのが、この拓と二人っきりで遊びにいきたいというワガママだったのだから。
ずっと真里と一緒にいると思っていた人物が、こうして独りで目の前にいるのだ。
その上、真里と会っていないというのだから・・・これはもう秋生の心配性の虫が疼くのも無理はなかった。
＜ま・・・マー坊・・まさか・・・＞
どっかで事故にでも・・・と思いながら、最悪の考えは誰かを病院送りにしているのではなかろうかという不安だった。
いくら頭を金髪に染めていようが、その相貌や容姿はどう見ても威厳があるとはいえない真里だが、実際は猫の皮を被ったライオンなのである。
その腕力など、秋生でさえ勝てない程なのだ。
伊達に“頭”を張っているのではない。
だが、一見しただけで、そこまで理解できるヤツはそれ程いないので、そのギャップが、更に事態を悪化させる事が多くて、秋生の気苦労を増やし続けていた。
それでも、最近は収まってきた方だ。
昔に比べて、突然ブチ切れる回数がグッと減ったような気がした。
そうして、減ったその原因が、目の前にいる拓なのだ。
心の底から走り屋として尊敬していた誠が、バイクの事故で逝った時から、荒れ狂っていた真里が、拓と出会った後から、笑顔を見せる事が多くなった。
秋生は、ほっとけない幼馴染みという存在があったのだが、真里には走り以外に執着するものがなかった。
それをやっと見つけられた・・・と真里は、秋生に告白した。
誠の追悼集会の時に、何もできなかった秋生の代わりに、真里をこの世に繋ぎ止めたのは拓だったらしい。
あの夜が、決定的だったようだ。
ずっと認めたくなかった『死』を、受け止められた−−−と。
真里はすっきりとした笑顔を浮かべて、秋生をホッとさせたのだった。
「・・・アキオ・・くん？」
考え事に没頭していた秋生は、心配そうな拓の声にハッと我に返った。
「『マー坊』くんを探してるの？」
「あぁ・・・。」
「そっか・・ボク・・・今まで、ちょっと・・・前のガッコーの友達といたから・・・ごめん、ボクも一緒に探すから・・・」
険しい顔つきの秋生に只事じゃないと思ったらしく、拓が真面目な顔でそう告げる。
そんな拓に、秋生はフッと表情を和らげて、クシャッとその髪を撫で付けた。
結構気弱そうに見える拓だが、その心意気はもう“爆音小僧”の一員と言ってもおかしくない。
何しろ、真里直々にお“誘”いが掛かったくらいなのだから。
未だに、拓がチームの看板を背負わない事の方が、秋生には不思議だった。
だが、それでも、真里は拓の存在を許容しているし・・・秋生たちもそれを認めていた。
チームの特攻服を着なくても、拓は既に“爆音小僧”の幹部全員と付き合っているのだ。
それでも、秋生に取っては目が離せない相手が一人増えたという感覚だ。
トラブルメーカーと呼ばれる真里と為を張るぐらい、拓もまた『不運』を呼び寄せる力が強いようで、いつも厄介言に巻き込まれていた。
本人の意思なのか、それとも余程強い『強運』なのかは理解らないが、拓の存在はそれらの厄介言の中心で動き、それをまとめてしまう働きがあるらしかった。
真里の最大の天敵でもある“魍魎”の武丸の時も、“夜叉神”の時も、『朧童幽霊』の龍也の時も・・・また学校外の時もそうなのだ。
真里に言わせると、それがワクワクして面白いという事なのだが、秋生に言わせれば、『歩く心配事』の見本のような存在だった。
だから、最近では真里と一セットで面倒を見る事にしている。
「・・・拓っ？！」
立ち上がって歩こうとした拓が、不意に傾く。
ガクンッという感じで、崩れる拓を、秋生は反射的に腕を差し出して捕らえた。
フワリとした感覚が、秋生の腕に伝わる。
＜・・・軽い？！＞
思ったよりも、力を入れなくても拓の身体は簡単に秋生の片腕一本で支える事ができてしまう。
「・・・ごめっ・・・！？・・ボク・・・ッ・・・・」
一瞬、何が起こったのか理解らなかった拓が、慌てて自分の力で起き上がろうとして、眉を顰めた。
「お前・・・ケガッ・・・」
その表情に、その原因を見つけた秋生は表情を変えて問い正した。
「えっ・・・？あっ・・さっきコケた時に、ちょっと・・・！？」
良く見ると、拓の踝から赤い筋が流れていた。
「・・・わりぃ・・・。」
「あっ・・・！？ううん、ボクもちゃんと前見てなかったから・・・その・・・アッ・・・アキオくんっ！？」
突然しゃがみ込んだ秋生は、そのまま細い拓の足首を掴んでヒョイと持ち上げてしまう。
「―――ホネは・・折れてねーみてーだけど・・・痛むのか？！」
喧嘩する奴が多いから、怪我を見るのなんか日常茶飯事なので、怪我の具合なら少しは理解る秋生だったが、それでも少しきつく動かすと途端に息を詰める拓の様子に、それが軽いものではない事を悟った。
「・・・ネンザだな。一端、戻るか。」
「―――アキオ・・くん・・・？」
一通り具合を見て、その部分以外の傷はない事を確認すると、ゆっくりと立ち上がって秋生はそう拓に告げた。
「もしかすっとマー坊も、もう戻ってんのかもしれねーからな。」
「・・・うん。」
秋生の言葉に、拓が頷いた瞬間。
突然、強い風が二人の間を通りすぎた。
「・・・っ・・・」
下から上空に向かって吹き上げるような、つむじ風に思わず目を瞑ってしまう。
秋生は、吹き付けるような風を片手で遮るようにして避けた。
だが、突発性のものだったらしく、一通り暴れるとそのまま吹き抜けてしまった。
「スゲー風だったな・・・」
土埃を払いながら、秋生が顔を上げると、まだ目を瞑ったままの拓がしかめっ面をしていた。
「拓・・・？！」
「・・・ぃたっ・・・」
秋生の問い掛けと、拓の小さな呟きは同時だった。
その言葉と同時に、閉じられた拓の目尻から、涙が零れてくる。
「たっ・・拓！？」
一体何事があったのか理解らない秋生は、驚いた表情で側に近寄る。
「どうした？！」
必死に目を擦る動作の拓に、まるで自分が苛めて泣かせているような気分になってきて、秋生の保護者的性質が、ムクムクと沸き上がってきてしまう。
「な・・・何か・・目に入っちゃって・・・！？」
泣きながら告げる拓に、原因が理解ってホッとしながら、秋生はまだ目を擦ろうとする拓の手を掴んだ。
「擦ったら、余計痛いだろーが・・・どら？！ちっと見せて・・・」
告げている最中に、涙目をうっすらと開けようとする拓の表情に、思わずドキっとしてしまって、秋生はそんな自分に酷く動揺してしまう。
＜バッ・・・バカっ！？何ドキッとしてやがんだ？！オレ・・・相手は拓だぞ＞
自分に言い聞かせるように、必死に心を落ち着かせる。
だが、いつものパーマではなく、サラサラのストレートの髪は、一見すると女の子とも見えるのだ。
おまけに、お世辞にも拓は体格が良いとは決して言えなかった。
今も、拓の目の位置は秋生の肩ぐらいしかないので、少し屈んでいるぐらいなのだから。
「・・・アキオくん？」
涙の跡で頬を赤くさせながら、潤んだ瞳で拓は秋生が見てくれるのを大人しく待っている。
そうして、やっとの事で気を落ち付けさせた秋生が、拓の瞳に触れようと手を伸ばす。
「あーーーーんっっ、『アッ』ちゃーーーーんっ！？」
愛車のフォアに跨がった真里が、突然その空間に出現した。
「まっまっまっ・・・『マー坊』！？」
ギクリッと全身でビビった秋生が、思わず拓に懐く。
「拓ちゃんがいなくってぇーーー、街中走り回っちゃったぁ・・・あぁーーー？ナニぃ？！誰その娘ぉ・・・ミキちゃんに言いつけちゃうゾーッ！！」
飛び込んできたまま、喋る真里に、驚いて拓の瞳もパッチリと開いてしまう。
同時に、痛みも収まった。
尤も、別の意味で心臓が痛くなったのも事実ではあったが！？
「アッちゃんも、スミにおけないネー♪」
「まっまっ・・・マー坊・・誤解だ・・・これは、そのっ・・・・」
どうやら、真里は秋生が誰と一緒にいるのかをまだ理解っていないようである。
そうして、よく考えると真里はこの髪形の拓を知らないのだという事に秋生は気付いて更に青ざめる。
余りにもヤバイ展開に、目眩さえ起きそうだ。
「ダイジョーブだって、こんなに可愛い娘じゃ、アッちゃんが気に入るのもトーゼン！・・・ん？！」
思わず、秋生の影に隠れてしまった拓を、近くでマジマジと見ていた真里の笑顔が、一瞬で消える。
「・・・きっ・・・気のせいかなぁ・・・アッちゃん・・・オレ、このコ拓ちゃんに似てる気がするんだけど・・・」
ジーッと見つめてくる真里に、秋生はもう駄目だと観念した。
「まっ・・・まさかっ、アッちゃんも拓ちゃんが・・・？！」
真剣な表情で振り返る真里に、秋生はがっくりと肩を落としてため息をついた。
「・・・んな、訳ねーって・・・ちゃんと良く、見てみろよマー坊・・」
「―――マー坊・・くん？」
二人して、真里に声を掛けると、真里はキョトンとした表情で、秋生を見た後、拓をジーーーッと見つめた。
次の瞬間、まるで信じられないものを見るかのような表情で、口を大きく開く。
「えっ・・ええぇーーーっ・・・たっ・・拓ちゃん？！」
半ば叫ぶように、真里は拓を指差しながら目を見開く。
「・・・ったく・・・・」
「ハハハ・・・！？」
派手なリアクションに、秋生は頭痛を覚えて額に手をやり・・・拓は渇いた笑いを発した。
「マジー？！うっそ・・スッゲーカワイーーーッ槇拓ちゃん、そっちのほーがぜってー、イーのにっ！！そーかぁ、拓ちゃんだったん・・・」
ニッコリ笑顔で喋ってる途中、真里の表情が豹変する。
「・・・アッちゃぁーーーーん、これってェ・・・どーゆー事ォ・・・？！」
ブチブチと血管がブチ切れそうな程、怒りを露にする真里に、秋生は恐れていた事態に陥ってしまった事を認識した。
「・・お・・落ち着けっ！？マー坊・・・・」
「落ち着いてるよぉ・・・オレェ・・・相手がアッちゃんだから・・・ネェ・・・ 」
＜嘘つけっ！？＞
武丸とタイマン張る時のような顔つきで落ち着いてるもないもんだ。
すっかりビクついてしまった拓は、恐怖のせいか思わず秋生の後ろに隠れてしまって・・・それがまた真里の怒りに油を注いでしまったようだ。
ビキィッと激怒の表情が、固まった。
「ヒッ！？」
「止せっ！マー坊・・・拓が怖がってんだよっ！？」
初めて向けられる真里の本気の怒りの顔に、拓がガタガタと身体を震わせているのを感じた秋生が、この泥沼状態から何とか抜け出そうと、原因を指摘する。
「・・・怖い・・・？」
秋生のその言葉に、衝撃を受けたように、真里はバッと表情を変えて・・・ジッと拓を見つめる。
その顔は、悲しみに沈んでいるようだった。
「―――マー坊・・・くん・・・。」
そんな真里の変化に、気付いた拓が、恐る恐る秋生の後ろから出てきて・・・ゆっくりと真里に近づく。
「・・・オレ・・・怖い？拓ちゃん・・・？！」
マジメな顔で問いかける真里に、拓は困った表情のままそれでもゆっくりと首を横に降る。
「・・・ごめん・・なさい・・・」
自分のとった態度が、真里を傷つけてしまった事を恥じるかのように。
シュンとなってしまった拓に、真里は見る見る内に表情を和らげた。
「拓ちゃんっ♪」
どうやら、怒りなど一瞬の内に宇宙の彼方へと飛んでいってしまったらしい。
嬉々揚々と拓に抱きついて、その感触を楽しみ始める。
「ちょっ・・・マー坊くん！？」
「だって、ずっりぃよォ・・・なぁーんで、こんなカワイーのに、わざわざパーマかけるわけェ・・・？」
拓のサラサラの髪に指や頬を撫でつけながら、笑顔で問う。
自分が同じ事を言われれば、激怒は間違いなく、相手を血の海に静める事も厭わない真里が、よくもまぁ、拓に対してそんな事を言えるもんだ・・・と思いながらも、秋生はいつもの展開になっている事にホッとため息を付いた。
「あーっ、そだっ・・・拓ちゃん、早くアッちゃんちに行こうっ！！」
「えっ？あ・・・うん・・」
突然の真里の提案に、真里にクシャクシャにされて真っ赤な拓がハッとしたように頷く。
そうして、真里に促されるままに動いた拓が、またしてもガクンッと崩れる。
「おいっ、拓ッ！？」
「拓ちゃん？！」
拓が倒れようとするのを、一瞬早く気付いた秋生が二の腕を掴んで引き止める。
だが、力が強かったせいか、思わず引き寄せる形となってしまい、フワリと空気が動いた後・・・とんでもない事に拓はすっぽりと秋生の腕の中に収まる形となってしまった。
その瞬間の、拓の匂いが秋生の鼻孔を擽り、思わずドキッとする。
「あっ・・・ありがと！？アキオ・・くん・・・・」
「・・・いや・・・」
真っ赤っかになっている拓に、釣られて秋生も照れてしまったが、次の瞬間、心臓を巨大な槍で貫かれるような殺意のこもった真里の視線を見てしまい、ゾクッとした。
長年の付き合いで、完全に真里が恨みに持った事を、確認してしまう。
本気で、拓に関して、真里に遠慮はないのだ。
「どうしたの？拓ちゃん・・・」
不自然な動きに気付いた真里が、心配そうに拓に問いかける。
しかも、秋生が手を離した途端に、これは自分のだ！とワガママな子供のように主張権を求めるかのように拓の肩を抱き寄せている。
「あっ・・あの・・・足・・を・・・」
困ったように告げる拓の説明では、完全に全てを理解できる筈もない。
「足？足がどーしたって？！」
「―――挫いてるんだ。」
仕方なく、秋生が疲れたように告げる。
それに対して、真里はピクッと眉を動かしたが、それ以上は何も言わずに・・・急にヒョイと拓を抱え上げてしまった。
「まっ・・・マー坊くんっ！？」
「・・・早く手当てしなきゃ、ね☆」
ニッコリと笑う真里の意図が理解らなくて、オロオロとする拓が、真里の腕の中から秋生に救いを求めるが、だからと言って、秋生に何かができる筈もないのだ。
＜すまん・・・拓・・・・＞
これ以上真里の不快を買いたくない秋生は、思わず心の中で謝っていた。
「あっ・・ちょっと・・マー坊くんっ！？・・・自分で歩けるから・・・・」
「ダメだよ・・・ケガが悪化したら大変だろ♪」
真嶋商会に戻ってきた途端、真里はフォアの後ろに乗っけていた拓を降ろしたまま抱え上げてしまう。
そうして、そのまま嬉しそうに歩きだす。
真里の腕の中の拓は、もう耳まで真っ赤だ。
真里の意図が理解出来てしまった秋生は、がっくりと肩を落とした。
どうやら真里は−新婦を抱えて歩く新郎の気分−を味わっているらしい。
悠々と歩く真里を、集まっていた“爆音小僧”のメンバーがびっくりした顔で迎えた。
「なんだぁ？！」
「どーしたよ、拓っ？！」
「ケンカかぁ・・・？」
「誰にやられたんだぁ！」
ワラワラと集まってくる皆に、にっこり笑顔だった真里の表情が見る見る内に、険しくなる。
「ちょっと・・・まてっ！」
怒りを含んだ真里の声に、回りの連中が思わずビクついてしまう。
「マー坊？」
突然の真里の変化に、皆を代表して仕方なく“爆音”の保護者である秋生が声をかける。
「まだ、何も言ってないのに・・・どーして拓ちゃんだって、理解るわけェ？！」
説明しろっ！という迫力で逆に言われて、秋生はその事実に想い当たって、マズイッ！！という表情を浮かべてしまう。
真里にして見れば、初めて見る拓の姿を皆にも見せて驚かそうと言う魂胆だったのだろう。
だが、それが思いがけずに不発に終わったので・・・キレているのだ。
しかも、ノーマル髪の拓を知らなかったのが、自分だけだと理解ったら、どんな事態になってしまうのか・・・秋生には怖くて口を開く事ができなかった。
それでも、それを言えてしまう者もいるのだ。
「だ・・・だってよぉ・・・」
「―――なぁ・・・。」
「あぁ・・・こいつ、転校してきたばっかン時・・・」
「・・・ずっと、この髪形だったよなぁ・・・」
『バッ・・・バカヤロウ・・・！？』
ボソボソと呟くのは、真里の『想い』を知らない連中なのだから仕方ない。
だが、それが真里の怒りの時限装置を発動させる事を知っている秋生に取っては、禁句だった。
ピキィーーーンとその場の空気が凍りつく。
「ふうぅぅぅぅぅぅぅんっっ・・・・」
なぁーーんにも知らなかったぁ・・・と言うような真里の地を這うような言葉に、全身に冷や汗が吹き出る。
「まっ・・・マー坊くん？！」
事態を悟った拓が、何とかして真里の機嫌を直そうと声を掛けるが、自分だけ知らなかったというのが、そうとうショックだったようで、真里の顔が笑顔に戻る事はなかった。
「知らなかったのってェ・・・オレだけ・・だったんだァ・・・」
低く呟く真里に、漸く回りの連中も自分たちがマズイ事を言ってしまったのだと認識して、青冷める。
「アッ・・・アッちゃん！？」
「どーしたんだよォ・・・マー坊・・・・」
唯一、真里を抑えられるだろう秋生に助けを求める。
特攻隊長の秋生に抑えられなければ、他の誰が相手でもムリなのだ。
だからこそ、“頭”なのだが・・・。
頭痛を覚えながら、秋生は深いため息を零した。
もう、今更なのだ。
ここまで、真里がキレたら・・・誰の言葉も受入れる事はない。
そうして、その怒りの対象は・・・おそらく・・・。
「アッちゃぁーーーーん・・・ちょっとォ・・・。」
鋭い目線で、ゆっくりと手招きする真里に、秋生はやっぱり・・・と情けない表情を浮かべる。
最終的には、幼馴染みの自分にくる事など、お見通しなのだ。
おまけに、この調子だと、先程の件もまた掘り返してくる事だろう。
真里の誤解が解けるような説明を、自分が上手くできるかどうか・・・悩みながらも、仕方なく秋生は真里の手招きのままに付いていくのであった。
真里の為なら、何でもするし耐えられる。
真里が喜んで、笑顔で居られるなら・・・例え男同志だって拓との事を認められる。
世間の誰が認めなくても・・・。
それが、真里が選んだ事であり・・・幸せならば。
秋生にとって、それが望みでもあるのだから。
それでも・・・。
あの瞬間―――。
思いがけずに、拓を抱き寄せてしまった時の―――あの感触にドキリとしてしまったのも・・・事実だ。
危なっかしくて、ほっとけない・・・という想いもあるが・・・幼馴染み以外で、ここまで秋生が他人を気にした事はなかった。
その事にまだ秋生は気付いていなかったが・・・知らない内に『想い』は成長するのだ。
今は、まだ・・・その片鱗すら“形”にはなってはいなかったが・・・。
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