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ＷＩＴＨ ＬＯＶＥ
悲しい夢はもう見ない。 怖い夢は消えてしまった。
何よりも、この腕の中・・・・。
小さな温もりが、ただ愛しくて。
手放せない・・・離せない。
繋いだままの手をそのままに・・・。
どうかどうか・・・最後のその一瞬まで。
―――側に居てほしい。
苛立ちはもういらない。 嘆きなど捨ててしまうから。
誰よりも、その眼差しが・・・。
真っ直ぐな想いが、ただ優しくて。
壊せない・・・壊したくない。
見つめ合ったままの瞳そのままで・・・。
せめてせめて・・・終わりのその時まで。
―――側に居てほしい。
まるでプロポーズの言葉のような台詞に、聞いていた者は、耳まで真っ赤になった。
その事に気付いた相手は、クツリと艶やかな笑みを浮かべている。
大きな部屋の、これまた大きくて柔らかなソファーの上に、二人はそれぞれの楽な姿勢で向かい合って座っていた。
今まで台詞を喋っていたのは、向かって右側の青年で、明らかに異国の血が混じっている様相をしていた。
銀に近い白髪に褐色の肌・・・。
何よりもその双眸が、印象的であった。
血の色・・・深いルビーレッド。
彫りの深い顔だちは、モデルでも十分通用する程、端整でもあった。
その真ん前に座っていたのは、これまた対象的な人物である。
一回り以上小柄な身体は、少年とも少女とも取れる。
クリクリパーマのくせっ毛が、可愛らしい顔だちを更に柔らかく見せ・・・なだらかなカーブを描く頬のラインがまるで子供のようだ。
黒い髪に、鳶色の瞳・・・こちらは純粋な日本人のようである。
零れ落ちそうな大きな瞳と、さくらんぼのような唇は、やはり綺麗というよりは可愛いという方が似合うだろう。
喩え少年だとしても・・・。
銀の髪の青年は・・・今や国際派ミュージシャンとして世界各国を回っている超有名人の天羽時貞と言う。
生まれは、自由の国『アメリカ』で、父親が日本人なのである。
つまり日系二世という奴だ。
母親の方に関しては、何処の国がどれだけ混じっているのか理解らなない程多国籍の血が混じっているらしい。
六才までハーレム育ちであったが、不慮の事故により、目の前で両親を惨殺されるという過去を持つ。
たった一人の肉親となった祖父に引き取られた為に、日本へとやってきたが・・・そもそも家を飛び出した父親の忘れ形見に関して、優しさなどかけらもない日常に、少々性格に支障をきたして、破滅型思想を強く崇拝していた。
そんな中で、言葉よりも先に覚えたのは、小さな頃に路地裏で耳にした“音色”であり・・・それが唯一の『手段』となった。
想いを伝える為の・・・。
ギターを弾かせたら、右に出る者はいないと言われる程、その旋律は無限の広がりを持つ宇宙のような存在を、聞く者達に与えるのだった。
日本に来て、十年。
漸く見つけた唯一の者に捕らわれてから・・・早５年が過ぎようとしていた。
手に入れて・・・三年。
まだまだ、“愛”は燃え上がる一方で・・・冷める気配など全く見られなかった。
一方・・・目の前の少年は、見初められてしまった方で・・・名前は旧姓を浅川拓という。
歴とした男である。
だがしかし、運命というのは、本当に数奇なもので・・・『人外』に好かれてしまったのが運の尽きだったらしい。
時貞のゴーイングマイウェイ・アタックに、気付いた時には逃れられない状況に陥ってしまったのだった。
敗因は、時貞の瞳の奥の隠された“感情”を、知ってしまったからかもしれない。
“淋しそう”・・・と感じてしまった時には、罠の中に足を突っ込んでしまっていた。
えっ？！・・・と思った時にはもう遅い。
事態は拓の預かり知らない所で、どんどん大きくなってしまい・・・。
こうして一緒に暮らすことになってしまったのだ。
しかも、何故か夫婦として・・・！？
そりゃ、もう抵抗なんて必死だった。
当たり前だろう・・・何しろ、拓は男なのだから、それなりに女の子が好きだったりする訳で・・・何が悲しくて男の相手をしなければならないのか・・・と嘆くのも当然だ。
だが、それでも折れたのは・・・その“緋色”の瞳が切なかったから。
捨てられた者のような眼差しが・・・余りにも『哀』しくて。
差し伸ばされた手を、振り払う事ができなかったのだ。
そのまま、天羽家のジェットヘリで男同士でも結婚が成立する国まで連れていかれて・・・。
恐ろしい事に、“夫婦”となってしまった。
“これで、ずっと一緒にいられる。もう、一人じゃない・・・約束しても良い。オレの“キモチ”は全て拓ちゃんのものだよ。他は何もいらない。拓ちゃんが、側にいてくれればそれだけで・・・”
指輪交換の後・・・初めて見た泣き顔は、信じられない程、拓の意識を捕らえてしまった。
透明な感情のような涙を零す時貞に、拓はただ小さく頷く事しかできなかった事を覚えている。
それは、一生忘れる事はないだろう・・・誓いの言葉。
―――“時貞の想い”。
受け止めてしまったのは、拓。
そうして、その日から・・・二人の生活が始まったのだった。
いっちゃあ何だが、時貞の家は、日本でも指折りの資産家であった。
武器商人としてではあったが・・・。
その武器が、両親を殺した凶器だったのかもしれないとずっと嘆いていた時貞は、その家業をとても嫌っていた。
画家だった父親が、家を飛び出して“自由の国”へと逃げだしたのも、その跡を継ぐのを嫌がった為なのだ。
だから、祖父に対して、時貞は甘い良い感情を持ってはいなかった。
この国に連れてきてくれた事だけは、感謝していたけれども。
何しろ、日本に来なければ、巡り合えなかったのだ。
・・・拓と。
それだけは、感謝してもしきれないかもしれない。
信仰厚かった母親の影響で、どうしても神に対して祈りを捧げてしまうが・・・両親が殺されてから十年は、全てが憎くてメチャメチャにしたくて堪らなく・・・神に祈る事すら諦めていた。
それでも、捨てる事はできなくて・・・。
母の形見となったペンダントヘッドのクロスを、ピアスにして肌身離さず持ち歩くように。
何千何万回の祈りは叶えられなかったけれど・・・それ以上の幸せを時貞は手に入れたのだ。
拓という存在を。
全身全霊を込めて愛せる者を・・・誰よりも大切で愛しい“家族”を。
これ以上、何を望むというのか。
それまでの、全ての苦しみも哀しみも昇華される程の幸福。
その“想い”と“感情”が、時貞の『音色』を更に広げた。
深い情愛が、『音色』に“祈り”以外の共鳴をもたらした。
歓喜天・・・上昇する・・・高く高く。
それはまるで、天にまで昇る“想い”。
聞く者達を魅了して離さない・・・『音楽』。
時貞の演奏は、生きているかのように、聴くたびに変化するのだ。
そうして、機械を通すと死んでしまう。
だから、全身でそれを感じたい者達は、まるで麻薬にとりつかれてしまったように、ライブに群がる。
一度でも生演奏を聞いた事がある者は、レコードやＣＤなどでは満足できなくなってしまうのだった。
エクスタシーを感じたいのなら、生で聴くべきだ。
世界的な音楽雑誌に、そんな記事が乗ってしまってからは、有名になるのなんかあっと言う間でもあった。
祖父の跡など継ぐ事もなく、時貞は音楽の道を進んだ。
尤も、拓と結婚したと、一応形式の上で知らせた時から、勘当されているような物だったので、余り意識はしなかったが。
所詮、互いに理解り合う事などできない深い溝があるのだから仕方ない。
自分と同じような境遇の子供を作りたくない時貞にとって、後継者を作れというのは、残酷な願いに他ならない。
祖父の望みが、“天羽家の存続”だと言うのなら、時貞の応えは“滅亡してしまえば良い”としか返せないのだから・・・。
それに、時貞は永遠のパートナーとして拓を選んでしまった。
子供を作る為だけに、愛のない“家族”を作る気など全くないし、真っ平ゴメンだった。
時貞は、拓が側にいてくれれば、それだけで幸せなのだ。
満足なのだ。
だから、他の事なんかどうだって構わないとまで思っている。
拓を幸せにできるのなら、どんな事だってできる自信もある。
それぐらい深い愛を、時貞は拓に対してだけもっていた。
「どう？」
今も、新曲の“歌詞”を、時貞が即興で作っただけだった。
その“台詞”が、拓に対してだけのものである事は内緒だったが。
聞き終わった拓は、時貞の思惑通りの反応を返したので、時貞の機嫌は頗る良かった。
「あ・・・うん・・・。良い・・と思う。」
甘い声で、囁くように唄われたら、拓だとて免疫はない。
鈍くて鈍感な拓だからこそ、この程度で赤くなるぐらいだが、これが時貞のフアンの女性が聞いたものなら、即座に失神状態になるのは間違いない。
尤も、拓以外の者に聞かせる事も無いであろうが・・・。
「ちょっとだけ、切なくなっちゃうけど・・・胸にとても響くバラードみたいだし・・・えっと・・・その・・・(>_<)」
しゃべっている内に、時貞がどんどん近づくので、拓は困ってしまう。
真っ赤な顔が更に赤くなっていく。
「拓ちゃん？」
「―――何でもない？！」
少しだけ、時貞が自分の“想い”を歌詞にしたのではないかと考えてしまった拓は、その“想い”の深さにくらくらしてしまったのだ。
だが、そんな事を言った日には、時貞が付け上がる一方なので、必死で言葉を飲み込んだ。
不用意に一言で、今まで何回悲惨な目に合ったかなど、数えきれなかったりするので。
そんな拓の様子に、フッと微笑を浮かべると、そのまま時貞は拓の身体を、軽々と捕まえてしまう。
その腕の中に・・・。
「時貞くん・・・」
「捕まえた♪」
慌てる拓の耳許で、幸せそうに囁く時貞の呟きに、拓は動けなくなる。
髪に触れるキスは嫌いじゃない。
頬を辿る指先も、何とか慣れた。
拓の存在を、全身で感じるように・・・時貞の愛撫はとても優しい。
こんな時の時貞は、人恋しい時だと理解っている拓は、おとなしく腕の中で止まっている。
「時貞くん・・・。」
「愛してるよ、拓ちゃん。」
「・・・うん・」
「―――愛してる・・・。」
熱に浮かされる夢遊病者のように、時貞は何度も何度も確認するかのように呟く。
戸惑いながらも、拓は時貞が満足するまで声をかけて、自分の温もりを時貞に与えるだけだ。
「ここにいるよ・・・時貞くん。ボクはここにいるから・・・。」
そのまま貪られても、拓はそれを受け入れる。
激情のような、時貞の“愛”を。
小さな身体で、精一杯の優しさで・・・。
それが、拓の“想い”だから・・・。
時が流れて・・・時貞が満足する頃には、拓の意識は既にない。
それでも、時貞の側で生きる事を決めた拓は、激しすぎる時貞の情愛を、否定する事はない。
また、そんな拓だからこそ、時貞も感情を抑える事ができないのだ。
欲しくて欲しくて堪らなくなって・・・。
抱きしめてしまった後で、少しだけ後悔する。
だが、手放す事などもうできはしない。
世界中の人間を敵に回したとしても・・・絶対唯一の“存在”は失くせない。
気絶してしまった拓を、そっと抱え上げて・・・ベットへと連れていく。
柔らかな羽布団の中に沈めて・・・その横に寝そべる。
閉じられている瞼の下の涙の跡が、切なくて。
時貞は、そっとその場所に接吻した。
大切にしたくて・・・守りたくて・・・。
なのに、護られている。
その“存在”に。
拓がいなければ、今の時貞はない。
他人を排泄したままで、今も路地裏で怒りのままに彷徨よっていたかもしれない。
残虐な行為に、笑みさえ浮かべて。
何も信じられずに・・・祈りすら忘れて。
少しだけ自嘲気味な苦笑を刻む。
こんなにも簡単に、思い浮かべる事のできるビジョンだからこそ、どれだけ拓の“存在”が大事なのかという事を思い知らされる。
時貞の『音色』とその外見だけで、フアンだと称する者達は大勢いるが・・・何百万の者よりも、本当に聞いてほしいのは、ただ一人の者。
自分の“想い”を・・・受け止めて欲しいのは・・・。
「拓ちゃん・・・。」
甘い甘い囁き。
ずっと側に居よう・・・。
誰にも邪魔されない、幸福な夢を見続けられるなら・・・。
「―――愛しているよ・・・。」
自分の中に、他人を愛せる感情がまだ残っている事を教えてくれたこの“存在”に。
統べてを捧げる為に。
柔らかな唇に口付ける。
滑らかな肌を抱き寄せると、縋ってくる仕種がとても愛しくて堪らない。
“オンリー・ユー”
たった一つの真実。
紛れもなく、純粋な“想い”。
穏やかな時を刻む鼓動が、聞こえる。
同調させていく内に、時貞の中にも眠りの波が訪れる。
腕の中の存在を感じられる状態で捕まえたまま、時貞もその眠りに身を委ねていく。
部屋の中に満たされているのは、深い愛情と安らぎの空間。
幼い頃に失くしてしまったものを、時貞は取り戻す事ができたのだ。
幸福に包まれたまま、眠りに就く時貞の表情は見惚れてしまう程、綺麗だった。
『睦言みたいに聞こえるの。』
『本人が歌ってくれたら、もっと良いのに・・・。』
様々なフアンの願いも、何処吹く風で・・・今日も今日とて、それは拓の為だけのものらしい。
“愛してるよ・・・君だけを・・・”
―――永遠に囁かれる、睦言のような、“音楽(ﾄｰﾝ)”。
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