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バレンタイン物語・マー坊編
その日、『爆音小僧』７代目でもある鮎川真里・・・通称マー坊はブチ切れていた。
朝っぱらから、天敵とも言える武丸の顔を見てしまったからでもあったが・・・。
もう少しで修羅場になってしまいそうなその場を収めたのは、『夜叉神』の総長である鰐淵だった。
そうして・・・更に真里の怒りを燃えたぎらせたのは、すっかりお気に入りで、側にいるのがとーぜんで、大好きだと断言までできてしまう相手が、その鰐淵の後ろ姿を、憧れを見るように視線で見ていたからであった。
ただ、ジジ臭いだけじゃんか・・・と真里は思うのだが、如何せん、その相手は年上とか、守ってくれそうなシブイタイプに弱いらしい。
それが、真里には縁のないものだけに、煮詰まりも当然激しくなる。
昔っから、可愛いとか、女の子みたいとか言われるのが大っ嫌いでもあった。
だから、そういう言葉は今では誰にも言わせない程に強くなった。
それでも・・・この視線は耐えられない。
「行こう、拓ちゃんっ！」
何時までも、鰐淵の背中を見続けそうな相手−浅川拓を半ば引きずるようにして、真里はその場を足早に反対方向へと歩きだした。
「・・・なっ・・・何か、怒ってる？マー坊くん・・・？」
恐る恐ると言った様子で問いかけてくる拓に、真里はちょっとだけ唇を尖らせる。
「どーせ、俺は夏生さんとか、鰐淵みたいじゃないしぃ・・・。」
ベターッと拓に抱きついて、ギュッと抱き締めながら、想いを口にする。
そんな真里に、拓は困ったように笑った。
「マー坊くんは、マー坊くんだよ？」
譬え、拓がそう言ったとしても、真里の中に面白くない感情が残ってしまうのは、仕方のない事だった。
「でも、拓ちゃん・・・夏生さんとか、憧れてるだろ。」
知ってるんだよ・・・という視線で見つめると、拓は途端に真っ赤になってしまう。
「そ・・・それは・・・だって・・・」
こういう所で上手く誤魔化す事ができない拓が、可愛くて仕方ないのだが・・・やはり面白くない。
それでも、困りきった様子で、今にも泣きそうな拓に、真里はそれ以上追求するのを止めた。
別に拓に対して、怒っている訳ではないのだから・・・。
「まぁ、いーや・・・そんな事よりさぁ・・・拓ちゃん♪」
いきなり上機嫌になった真里の態度に、拓はついていけなくて目をパチクリさせる。
「今日、何の日か、知ってる？」
にっこりと問いかける真里に、拓は少し首を傾けた後で、そのまま横に振った。
途端に、真里の身体からがっくりと力が抜け落ちた。
「拓ちゃーん？！ホントーに知らないの？」
焦ったように言う真里に、拓は大きく目を見開いてから、青ざめる。
何か、知っていなければならない日だったのだろうか・・・？と。
「まっ・・マー坊くん・・・なに？」
「あぁ・・別に、拓ちゃんが青冷めるような事じゃなくてぇ・・・だから・・・今日は・・・」
「マー坊っ！！」
「こんなトコに居たのかよ？！」
ますます泣きそうになってしまった拓に、困ったように真里が説明しようとした瞬間、他の『爆音小僧』のメンバーが現れた。
何でこうタイミングが悪いんだよぉ(-_-;)・・・と真里が思ったのも束の間・・・いつの間にか拓は真里から離れて良なんかに、抱きつかれている。
いや、実際は、拓が良のヘッドロックに引っ掛かっていただけなのだが・・・邪になってしまっている真里の視線には、仲が良いようにしか映ってはいない。
「・・だからよぉ、リューヤの奴がよ・・。」
飛び込んできた幼馴染みの秋生に、まさか文句を言う事もできず・・・真里は、その怒りの総てを“敵”へとぶつける事にした。
「リューヤが・・・なんだってぇ？！」
額にブヂブチと血管を浮かせて、凶悪な顔のまま・・・振り返る。
その様子に、秋生は自分らがまずい時にきたのだという事を、悟ったが後の祭りであった。
＜スマン・・・マー坊・・・・＞
ただ心の中でそっと呟く事しかできない秋生であった。
「そうそう・・・こいつよぉ、キョーコから貰ったんだぜ・・」
「いーよなぁ、彼女がいる奴ぁよぉ・・・」
「ウルセーぞ、テメーらっ！！」
冷やかすように言う連中に、言われた良は真っ赤になって、今にも飛び掛かりそうな勢いで怒鳴る。
そんな様子に、拓はクスクスと笑う。
そうして拓は、真里の言いたかった事が、何となく理解ったような気がした。
彼等の話題はすっかり、バレンタインとなっていた。
その話題が始まったのは、晶が真里を呼び出したからだ。
「あーあ・・・やっぱ晶の本命ってマー坊なのかぁ・・・。」
「決まってんべ。かぁーーっ、オレも憧れの萌子さんから・・・」
「夢見てんじゃねーって！」
年頃の男の子・・・誰だって好きな女の子から貰いたいものだ。
去年までは、義理チョコだって望みがなかったので・・・ここ最近すっかり拓は忘れていたのだった。
＜バレンタインかぁ・・・＞
そういえば・・・小学校の時に、何かヒロシちゃんから、好きだからやるって・・・あの時はまさか女の子の告白の日だったなんて、知らなかったもんなぁ・・・などと、少し考えると怖い事を拓は思っていた。
だから、いつの間にか、自分に話しが振られていた事に気がつかなかった。
「・・・拓っ！！」
耳元で、良に怒鳴られて・・・慌てて意識を戻す。
「何？」
「・・何じゃねぇべよ・・・こいつはよぉ・・・」
「だから、拓はチョコ貰った事あんのかって？」
呆れたように言う良の横で、カズがフォローしてくれる。
それに感謝しながらも、突然の話題に拓は真っ赤になってしまう。
貰ったも何も・・・相手は小学校の時のヒロシなのだ。
それも遠足の時のお弁当を分けた時に、交換でチョコを貰ったようなもので・・・。
だが、それをどう取ったのか・・・皆驚いたような顔で拓を見つめた。
「何・・まさか、貰った事あんのかよ、拓？」
恐る恐ると言った秋生の言葉に、拓はハッとしたように首をブンブンと横に降る。
「うっ・・・ううん・・・貰った事ない・・・！女の子からなんて貰った事ないよっ！！」
その場の険悪な雰囲気に、拓は思わず必死になって否定してしまう。
「そっ・・・そっかぁ・・・そーだよな。お前が貰えるんなら、オレだって貰えるよなぁ・・・」
「マジマジ・・・一瞬、驚いたじゃねーかよっ！！」
緊張が弛緩する。
と、同時に、皆の責めを受けてしまう。
「いっ・・・痛いよっ！！リョーっくんっ？！」
ウリウリと肘で、頬をつつきながら、拓の首を締めつける良に、拓は悲鳴を上げる。
そんな様子を見ながら、秋生は、拓の言葉にまだ悩んでいた。
赤くなったと言う事は、そういう経験をした事があるからで・・・だが、女の子ではない・・・と？
そこまで考えて、ハッとしたように秋生は表情を引き締めた。
教室の入口・・・いつからいたのか、真里が立っていた。
その唇が、きつく噛み締められて・・・。
何かに耐えるような、そんな表情に一瞬声を失うが・・・それはほんの数秒の事で、またすぐに真里はいつもの表情となった。
柔らかな−笑みに。
「なに・なに・なにぃ？！何の話ししてんのさぁ？！」
笑顔を振り巻きながら、真里が話しの中に入ってくる。
だが、秋生の意識の中からは、先程の真里の顔が消えずにずっと残り続けていた。
放課後・・・。
拓の姿が、見えなくて・・・真里は捜し回る。
そうして、漸く見つけた時には、拓はあろう事か女の子と一緒にいた。
その子が渡す包みを・・・少し困ったような表情で、それでも受け取っているその姿に、胸に痛みが走る。
何が哀しいとかという訳ではない・・・なのにどうしようもなく、苦しいのだ。
まさかこんな場面を見るとは思っても見なかった真里は、そのまま踵を返して、駆け出した。
自分の想いが、普通じゃない事は理解っていたつもりだった。
だが、あの夜・・・。
真里がずっと捕らわれ続けていた『スピードの向こう側』から、真里を呼び戻してくれたのは、紛れもなく拓であり・・・あの時から真里の中で拓に対する執着がどんどん大きくなっていったのだ。
初めて路上で出会った時から、強く惹かれてはいたのだが・・・。
真里にバイクを教えてくれ、尊敬していた誠が死んでから、ここまで一緒にいたいと望む相手が現れるとは真里自身想いもしていなかった。
「チエッ・・・」
小さく舌打ちして、真里は誰もいなくなった教室に戻ってきた。
そのまま歩いて、一つの椅子に座る。
机にうつ伏せるようにして、真里はゆっくりと瞳を閉じた。
「すっかり遅くなっちゃった・・・マー坊くんたち、もう行っちゃっただろーな・・・。」
屋上から走って戻ってきた拓は、教室のドアを開けて、一瞬ギクリと身を強張らせた。
教室の中に誰かがいたので。
だが、その髪が金色で、学生服だったので・・・拓はそれが誰なのかをすぐに理解した。
「・・・マー坊・・くん・・・」
少し困ったような笑みが、拓の口元からの言葉と共に和らぐ。
「・・・待っててくれた・・・のかな・・？」
小さく呟きながら、拓はゆっくりと真里の側へと近寄る。
真里が眠っていたのは、拓の机だったのだ。
そーっと起こさないように、隣の机に腰掛けてから、拓は眠りについている真里を見つめた。
窓から差し込む、夕焼けが、真里の金髪に良く映えて・・・きらめいているようだった。
こんな風に眠っている真里の表情は酷く優しげで、とても暴走族の“頭”をはっているようには見えない。 それでも、その強さは、あの武丸を天敵と呼び・・・互角以上に戦う事ができる程なのである。
そんな凄い真里が、何故自分などをここまで気に入ってくれているのかが、拓には理解らなっかった。
真里が、拓に対して、『好き』とか告げる言葉がそんな深い意味が込められている訳じゃない事を拓は知っている。
でも、その言葉を聞く度に、拓の心の中は喜びに照れ臭くなってしまう。
口では何だかんだ言っても、真里に気に入られているから、拓の身が守られているという事も理解っていた。
でなければ、恐怖の《乱校》で、今まで無事でいられる筈もない。
「・・・ん・・・拓・・ちゃん・・・」
不意に呼ばれて、拓は驚きにビクリと身を竦ませる。
起きたのかな？と思って拓は、ジッと真里を見るが、どうやら寝言だったらしい。
それでも、５時を知らせる鐘の音が遠くから聞こえてきて、拓はこの安らかな時間を終わらせなければならない事を知った。
「・・・マー坊・・・くん・・・。」
静かに声を掛ける。
それを２回繰り返した時点で、真里は不意にぽっかりと瞳を開けた。
「・・・起きた？マー坊くん？」
「―――拓ちゃん・・・。」
ホッとしたように、拓は真里を覗き込む。
ジッと拓を見ていた真里は、突然そんな拓を強い力で引き寄せる。
触れ合ったのは、一瞬だった。
だが、衝撃は凄まじいもので・・・。
真っ赤になったまま、唖然としている拓に向かって真里は微笑を浮かべる。
「―――好きだよ・・・拓ちゃん・・・。」
いつもの明るさではなく、真剣な程の真里の眼差しに、拓は頭が混乱してしまう。
「まっ・・・マー坊くん・・・寝ぼけて・・・？」
つい、そう思ってしまうのも無理はない事であった。
真里は拓がそう告げた瞬間、酷く切なげな表情となった。
その余りにも哀しげな顔に、拓は胸がズキリと痛んでしまう。
だから、抱き締めてきた真里の腕に抵抗する事が出来なかった。
「・・・拓ちゃんは、オレが嫌い？」
キュッと拓を抱き締めたまま、真里は拓にそう尋ねる。
聞いてみたかったのかもしれない。
―――拓の本当の心を。
言われた瞬間に拓は耳までカッと赤くなった。
「きっ・・・嫌いじゃないよっ！！」
初めて見る真里の様子に、拓は混乱したまま強く言い切る。
「じゃあ・・・好き？」
吐息のように吐き出される想いに、拓は頭がくらくらしてきてしまう。
普通じゃない状態に、思考回路が考える事を拒否してしまう。
だから、後に残されたのは・・・素直な気持ちだけだった。
「・・・うん。」
小さく頷く拓は、好きかと聞かれたから、頷いただけで、余り深い意味は持っていなかった。
なのに、真里はそう受け取らなかったらしい。
「嬉しいよっ！拓ちゃんっ♪」
今までのシリアスは何処へやら、いつもの何処までも明るい声と表情で・・・いきなり真里は拓を机の上に押し倒す。
「えっ？ちょっ・・・マー坊く・・・・んっ」
上げられた抗議の声は、真里の唇に奪われてしまった。
密かな抵抗すら、真里の力の前では無力としか言いようがない。
先程のただ、触れただけのそれではなく、ちゃんとしたキスに拓の動揺は最高点まで達した。
真里の唇が、名残惜しむように離れた途端に、ポロポロと泣きだしてしまう。
「たっ・・・拓ちゃんっ？！」
焦ったように驚きの声を上げる真里に、拓はただ首を横に振る。
驚いたのだ・・本当に・・・ただ、それだけ。
「ごっ・・・ごめん・・・嫌だった？」
真里の言葉にも、ただ拓は首を横に振りつづけた。
その瞬間、ホッとした表情となって真里は、今度はゆっくりと拓を抱き締める。
「マジだよ・・・オレ・・・拓ちゃんが・・・」
泣いてる拓に、何度も言い聞かせるように真里は告白する。
包み込まれて、髪先にキスをされて・・・拓はゆっくりと緊張が緩んでいく。
「・・・くん・・・」
掠れる声で、やっと真里の名を呼んだ。
顔を上げた拓は、真里が真摯に瞳で自分を見ている事に、ドキリとしてしまう。
真里の告白は、はっきり言って驚き以外の何でもなかったが・・・キスに関して嫌悪とかは全然なかった。
不思議な程・・・。
「マー坊・・くん・・・。」
涙に濡れた瞳で、拓は真里の名をもう一度呼んだ。
「・・・拓・・・」
切なげに呟かれた言葉は、初めて聞く音のように甘く拓の耳に響いていた。
「おっせーぞ、拓っ！！」
「―――マー坊くん？！」
二人が真嶋商会に辿り着いたのは、随分と日が暮れてからだった。
先に来ていた者たちから、抗議の声が上がるが・・・それらは、“頭”である真里の声に途切られてしまう。
「ごっめーん、みんなぁ・・・急にオレ、アイス食べたくなっちゃって・・・拓ちゃんと一緒に食べてたんだぁ♪」
にっこりと笑って、理由を告げる真里に、その場のメンバーがそれ以上何かを言える筈もない。
真里のビョーキがまた始まったのか・・・とそこで二人が遅れた事への関心は消え失せていた。
真里のビョーキ・・・それは『甘い物大好き病』という。
だが、さりげないフォローに回った秋生の言葉が、更に阿鼻叫喚を生む事になる。
「へぇ・・・何食ったんだ？」
いつもの真里の食べっぷりを良く知っている秋生にして見れば、どれ程真里が食べたのかが知りたかっただけなのだが・・・。
「うん♪あのねぇ、拓ちゃんに買ってもらった《チョコレート・アイス》っ！Y^o^Y」
ケラケラと笑う真里には、遠慮のえの字もない・・・。
拓に抱きついたまま、平然と皆の前で言い切ってしまった。
「なにいっ！」
「マジ？！」
「まっ・・・マー坊・・くん(-_-;)」
皆の反応を楽しむように、真里はクスクスと笑っている。
その表情に、秋生だけが呆れながらも、喜んでいた。
しょーがない奴だな・・・と思いながらも、この幼馴染みの無鉄砲さがほっとけなくて。
真里が拓を選んだのが、意外といえば意外だが・・・長い付き合いからか、理由も何となく理解できた。
「大好きだよっ！拓ちゃん♪」
「わぁっ？！」
すっかり上機嫌の真里に懐かれて、拓はこれから先、どうなってしまうのかが全く持って理解らなかった。
―――困った時の対処方とも言える“秀人のメモ”に、勿論処理の仕方が書いてある筈もなく、ただ強引な真里に、かき回されるだけであった。
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