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突然
“強くなりたい・・・君みたいに強くなりたいんだ・・・！！”
その言葉は、衝撃となって彼−鳴神秀人−の意識を強く引きつけた。
“・・・俺が今一番大事な奴は、拓だからよ・・・。”
誰にも捕らわれなくて・・・ずっと一匹狼を気取っていた秀人が、ここまで捕らわれてしまうなどど、一体、誰が考えついただろうか？
横浜最強との噂も高い、『外道』のヘッドが、取るに足らないような小さな『存在』でしかない浅川拓を引き連れて集会に顔を出してその事を告げた時は、その場の全員が失笑したものだった。
だが、秀人は本気だった。
チーム以外の奴は、無視し続けた秀人が、初めてチームよりも拓を守ろうとしたのだ。
「―――オレは、お前等に理解って貰おうとは思っちゃいない。だけど、もう手放せねぇんだ。・・・一応、お前等に話だけは通しとくべきだからな。」
静かに告げた秀人の瞳は真剣だった。
誰もチャチャがいれられない程。
「秀ちゃん？」
昔からの秀人の仲間である吉岡が、困った顔つきで秀人に問いかける。
「悪ィ・・・吉岡。俺、こいつの事を大事にしてェんだ。」
そう答えると、秀人は心配そうな顔をしている拓を、そっと引き寄せた。
「・・・秀人・・・くん？」
不思議そうに、聞いてくる拓に向かって秀人は柔らかな笑みを浮かべた。
それは、普段の秀人を知っている連中に取っては、思わず後ずさりをしてしまう程の威力を持っていた。
「強くなりてェんだろ、拓。」
「うん！秀人くん。」
確認するように問いかける秀人に、拓は力強く頷いて見せた。
そんな拓の様子を、優しい眼差しで見つめると、秀人は少し頬を染める。
「だったら、ずっと俺の側にいろ。」
真面目な口調で、そう告げた秀人を拓はキョトンとした表情で見つめる。
途端に、秀人の顔の朱が更に広がった。
それが、秀人の照れなのだと気付いた拓は、春の日溜まりのような笑顔を浮かべていた。
「秀人くん・・・ボクが側にいて・・・邪魔にならない・・・？」
小さく聞く拓の言葉を、秀人は首を横に振る事で否定した。
邪魔になるぐらいなら、側にいろなどどいう筈もないであろう。
「邪魔じゃない。それとも、俺の側にいるのは、嫌か？―――拓・・・。」
「嫌じゃないっ！・・・あっ・・」
秀人の言葉に、強く答えた途端に、拓の瞳から涙が零れ落ちた。
「拓？」
「・・・違っ・・・嬉しいんだ・・・嬉しくて・・・ボク・・・」
零れる涙の訳を心配する秀人に、拓は手で涙を拭いながら、真っ赤になって顔を背けようとする。
そんな拓の動作が余りにもいじらしくて、秀人はその小さな身体を自分の腕の中に包み込んでしまう。
「秀人くん。」
腕の中で、焦った声を上げる拓のそのサラサラな髪に、秀人は嬉しそうに唇を寄せた。
余りの展開に、『外道』のメンバーは全員が硬直して塩の柱と化していた。
そりゃ、そうだろう・・・・
誰よりも硬派で、女なんか目もくれず、拳とスピードで突き進んでいた、皆の憧れの“頭”が・・・気が狂ったとしか思えない。
否、そう思い込んでしまいたかった。
そんなメンバー達のささやかな願いをも、秀人はぶち壊すのに容赦しない。
何かを決心したような視線を、哀れなメンバー達へと向けて、決定打を食らわせた。
「良いか、お前等・・・。俺は、拓の側にいるから・・・邪魔すんじゃねえぞ。」
「秀人っ！」
「秀？！」
きっぱりと言い切る秀人に、幹部達が慌てふためく。
「じゃ、行くか、拓。」
「え？！秀人くん・・・？」
ヒョイと拓を抱え上げると、秀人はそのまま自分の愛車のバックシートへと座らせてしまう。
「今日は、お前を皆に紹介しようと思っただけだから、もう良いだろ。―――他のチームとかち合っちまう前に帰るぞ。」
「・・う・・・うん。・・・でも・・・」
単車の前に乗ってから、言い聞かせるように告げる秀人に、拓は少し困った顔をする。
歯切れの悪い拓の口調が、秀人の仲間の事を考えての事だという事を、秀人は全く気付かない。
「秀人っ！！」
「どーゆうつもりよ？！」
「“頭”がいなきゃ、集会なんかできねーだろうがぁ・・・。」
幹部達の悲鳴のような言葉が上がる。
「テメー等・・・オレの邪魔をする気かよ？」
だがそれも、振り返った秀人のマジな睨みによって、萎縮してしまったようだ。
「誰もンな事言ってねーだろーが・・・・」
ビビくってしまった連中の中で、『外道』Ｎｏ．２の位置に付いている特攻隊長の吉岡が、宥めるように秀人に告げた。
何しろ、秀人が一度ぶち切れたら、敵だろーが仲間だろーが、それを鎮めるのは容易ではない。
滅多な事ではそんな状態には陥らないが・・・感情が一直線な方なので、自分の思いどおりにいかないと、まずいのだ。
しかも、また目茶苦茶強いものだから、始末に終えなかったりする。
「俺がいなきゃ、何もできねーよーな・・・そんなチームにした覚えはねェぞ。」
ギラリと睨む秀人の言葉に、吉岡はがっくりと肩を落とした。
誰もそんな事を言っているのではないだろうに・・・。
集会と言うのは、普通チームの“頭”が収集を掛けて始めて行われる事であって・・・今夜も、秀人が話があるからと言ったので、幹部たちがメンバーを集めたのである。
それを、一方的に訳の理解らない事を言って、そのまま帰られてしまうのでは、幹部達の顔が立たない。
下々の者達にも、示しがつかないではないか。
「だからよォ・・・」
まるで駄々っ子を宥めているような気分になってきた吉岡は、自分の立場を呪った。
秀人に対して、諌める事を言えるのが自分しかいないから仕方なく言っているだけであって・・・秀人の反感を買うのは、嫌だったのだ。
如何にして、自分達の気持ちを秀人を怒らせないように理解らせるかを考えて吉岡が口を開こうとした時だった。
「大変だァッ！どっかのチームが・・・！！」
飛び込んできた者の言葉に、周りがざわつくと同時に・・・後方が騒がしくなった。
同時に、一台のバイクが飛び込んできた。 赤いＣＢ４００Ｆに乗った−金髪小僧が。
「あっ・・・マー坊くん・・・。」
大きく見開かれた瞳がその者を確認した途端、小さな呟きが拓の口元から零れ落ちた。
「拓？」
「やぁーっぱ、拓ちゃんだぁ！ンもうッ、散々捜しちゃったよォ♪」
秀人の疑問と、その者の言葉は同時に拓へと向けられて・・・拓はますます困った表情を浮かべた。
「テメー、『爆音小僧』の鮎川だろ？なぁんで、『拓』の事を知ってやがんだ？！」
親しい馴染みのような口調に、乱入者を睨む秀人の額に血管が浮き出る。
「あぁ？！てめーこそ、ナニ者だよ？！慣れ慣れしく拓ちゃんの事呼び捨てにしやがって・・・」
拓に向けるのとは、全く違う、射殺しそうな視線を返すのは、横浜最速チームと噂も高いチーム『爆音小僧』の“頭”である鮎川真里である。
その真里の言葉に、更にブチブチと怒りマークが浮きまくりの秀人は、今にもぶち切れる寸前で・・・。
「あっ・・・あの・・・二人共・・・その・・・。」
余りの状態に、半ベソをかき始めた拓が、涙を浮かべて説明しようとするのだが、どうやら怖くて言葉にならないらしい。
二人が戦い合えば、至上最悪の決戦が始まってしまうに違いないのだ。
それだけはどうしても避けたいと思うのだが、拓は何処までも一般人であった。
「拓？」
「拓ちゃん？」
尤も、“不運”を呼び寄せる事にかけては、既に普通状態ではないのかもしれないが・・・。
二人に同時に見つめられて、拓はますすま涙顔となってしまうが・・・こんなトコで二人で喧嘩をされても困るのでしどろもどろ考えを口にする。
「あっ・・・秀人くんは僕の前の学校の友達で・・・マー坊くんは・・・今の学校の友達で・・・・」
半泣きになりながらも、精一杯の笑みを浮かべて・・・拓は決死の覚悟で口にする。
「違うだろ・・・拓。今は恋人・・・だろ・・・」
拓の説明に、フゥッとため息をつくと、秀人はわざと見せびらかすように、拓の肩を抱き寄せてそう囁いた。
途端に、真里の表情が阿修羅の如く変化する。
「あぁ？！だから、フザけんなって！！拓ちゃんの『恋人』は、俺だよ、オ・レ！」
そのまま真里が宣った言葉は、その場を恐慌に陥らせるのに十分な力を秘めていた。
「ああぁぁぁぁーーー・・・」
信じられない展開に、拓はただただ頭を抱えて泣きに入る。
「ハッ！何ネゴト言ってやがんだ？！テメェ。―――拓は、オ・レ・の・だ！」
眉を寄せて、だが秀人はそう言い切った。
「俺たち、ちゃんとデートしたし・・・“Ａ”だってクリアーしちまったモン！だ・か・ら、俺の拓ちゃん返せよっ！！」
更に告げられた真里の言葉に、周りが騒然とするが、秀人はそのセリフに対して一笑しただけだった。
「フン・・・それが、どーした？！俺は、拓の全てを知ってるゼ。キスしたぐれェでイイ気になってんじゃねェよ・・・。」
動揺する所か、余裕の笑みで秀人が言い返したセリフに、拓は完全に完熟したトマトのように真っ赤になった。
プシューっと音がして、秀人の腕の中でクラクラと凭れていたりする。
「オォ！秀ちゃんッ！！負けてねーゼ！！」
周りの『外道』の中から、そんな声が上がる。
＜そーゆー問題じゃねェだろうがヨ・・・・＞
すっかりぶちキレて、正常な認識や、思考回路を手放してしまって、ただ秀人の・・・自分たちの“頭”が、他のチームの奴よりも上位に立っている事にのみ、意識を傾けている他の仲間たちの中で、昔っから秀人の側にいて、秀人の性格を良く知っていた筈の吉岡は、心の中で深いため息を零していた。
「秀ちゃんがぁ・・・。」
幹部たちは幹部たちで、崇拝していた秀人の自分たちの知らない所業に、嘆きを覚えているようだった。
一瞬、グッと詰まった真里は、だが諦めるという言葉を知らなかったりする。
どんなモノやコトも、諦めた時点で手に入らなくなるのだ。
それを良く知っている真里に、遠慮という二文字はない。
「テメー、拓ちゃんが何も知らないのをイー事に、誑かしやがったんだろ？！それに、オレ、拓ちゃんの“過去”なんか気にしねェよ。んな、心狭くねーモン！んじゃ、行こーか、拓ちゃん♪」
すっかり、開き直って秀人の腕の中から、拓を連れだそうとする真里に対して、秀人はそれを拒否する。
「行かせねェよ。」
対峙する二人のきつい視線が、中央でぶつかった瞬間スパークしたような気がした。
その間に挟まれた拓は、生きた心地がしなかった。
「あの・・・ボク・・・ゴメ・・・」
「拓？！」
「拓ちゃん。」
ピーッと泣きだしてしまった拓に、流石に睨み合うのを止めて、二人は拓を心配そうに見つめている。
「おんどりゃあ・・・拓ちゃん、泣かすなんて、“イ”ー度胸してんじゃねェか・・・」
「“殺”すゾ！」
地の底から這うようなドスの効いた声が、二つ響いてその場に新たな乱入者が現れる。
「オレ等の“ダチ”に、ナニしてやがんだよ・・・。」
「拓ちゃん、デェジョーブか・・・。」
余りの迫力に、『外道』の囲みが破られて、一台のバイクが側に止まる。
それが何を意味するのか、一瞬で理解る。
「テメー等、横須賀ん時の・・・」
以前に、面識がある真里が、唖然とした声を出す。
「・・・『獏羅天』の、特攻一番機かよ・・・。何で、テメェ等が拓とダチなんだよ・・・ 」
ここに至って、またしても邪魔が入った事に、秀人は凍りつきそうな一瞥をくれる。
「ダチ処じゃあ、ねェゾ！俺の大事な幼馴染みを、どうしよーってんだよ？！あぁ？！」
「・・・ヒロシ・・・ちゃん・・・。」
サングラスの奥の剣呑な視線で、『風神』こと沢渡ヒロシがドスのきいた口調で、辺りを威嚇していく。
ここに至って、また人間関係がこんがらがってしまった事を悟った拓は、パニックを通り越して・・・何も考えられなくなりそうだった。
「幼馴染みだァ？！」
「何よぉ・・それってぇ・・・どーゆー事ォ？！」
一斉に見られても、思考回路がショートしてしまっている拓に、満足な答えが返せる筈もない。
「あ・・・あぅ・・・・」
言語障害に陥ったまま、口をパクパクさせるだけで・・・。
ドゥルドゥルドゥル・・・。
更に地の底から響くような低い重音が辺りに聞こえる。
ハッとした全員がその音が発する場所に目を向けると、そこには銀の髪を靡かせた、褐色の肌の異国人が赤い瞳を細めて悠然と立っていた。
「やっと、見つけたよ・・・拓ちゃん・・・。」
その口から独特なイントネーションの響きが零れ落ちて・・・拓はついに真っ白になってしまった。
脳貧血を起こして、秀人の腕の中でクラッと倒れそうになってしまう。
「拓っ？！」
驚いた秀人が慌てて支えるが、拓の表情からはすっかり血の気が引いているようで・・・。
「てめぇ・・・拓に何しやがった・・・。」
突然の拓の様子が、目の前の者の所為だと気付いた秀人が、威嚇するような視線を向けていく。
「テメェには、カンケーねぇよ。オレが必要なのは、拓ちゃんだけだから・・・。」
“緋”い瞳が、危険な輝きを秘めていく。
邪魔をする者は許さないとでも言うかのように・・・。
ピクリと秀人のこめかみがヒクつく。
人が目を離していた隙に、随分と虫がまとわりついていたのだという事に思い当たって---血管が浮き上がる。
そうして、自分の手元から離してしまっていた時間を、悔やんだ。
この者たちは、自分の知らない所で、拓との時間を共有しているのだ。
自分の知らない拓がいる事に・・・秀人の中で言い表せない程の強い感情が沸き上がっていく。
―――それが、『嫉妬』だと気付くには、既に秀人は拓に捕らわれ過ぎていた。
ムカ付きが、胸の中に広がって秀人は心の中で舌打ちをする。
「時貞っ！！テメー、まぁだ、拓ちゃんに絡んでやがんのかよ？！」
「ちっとギターやったぐらいで、良い気になってやがんじゃねぇゾォ！！」
「時貞・・・？ギター・・・？」
呟いて、ハッと気付いたように秀人は相手を凝視した。
随分とイメージが変わっていたので、一瞬理解らかったが・・・増天寺ライブの時の『龍神』に間違いなかった。
昔は、“顎の時貞”と呼ばれ、『獏羅天』の切り裂き魔として、畏怖されていた者でもある。
そんな奴と拓がどうして知り合いなのかが、秀人には皆目見当もつかない。
秀人が、確信したのは、絶対に拓を渡してはいけないという事だけだった。
腕の中の存在を、誰にも渡さない。
―――渡せない。
だから、秀人は自分の気持ちを周りの連中に理解って貰おうと、『外道』の仲間には話を通したのだ。
なのに、そんな事すら、お構いなしのような非常識な連中ばかりが集まってきて・・・しかも、全員が拓を目的としているようなのだ。
それは逆に言えば、秀人から拓を奪おうとしている・・・つまり、“敵”なのである。
そんな奴等といつまでも付き合っている程、秀人もお人好しではなかった。
「―――拓。」
「・・・はっ・・・はいっ！」
改まった口調の秀人の様子に、拓がビクッと反応する。
その大きな瞳が、秀人に救いを求めているのに気付いた秀人は、大きく頷いた。
「テメェ等が、拓の知り合いだという事は理解った。だけどよ・・・こいつは、俺の“特別”だ。悪ぃが、他を当たってくれ。」
秀人は自分の来ていた『特攻服』を、拓に頭から被せてそのまま抱えてしまうと、唖然とした表情を浮かべている連中を一瞥したまま、愛車に戻る。
「あ・・あの・・・秀人・・くん・・・？！」
「俺を選ぶな、拓。」
バックシートに、チョコンと座った拓が恐る恐る尋ねてくるのに対して、秀人は真剣な顔で確認する。
「あっ？！・・・」
一瞬、瞳を見開いた拓は、それでも次の瞬間には、いつもの少し困ったような微笑を浮かべていた。
「・・・うん。」
はにかむような返事が、最大の決定打でもあった。
「よしっ！行くぞ。」
拓の返事にすっかり満足した秀人が、シートに跨がってから満面の笑顔でそう告げた。
そうして、一瞬後には、二人の乗ったパールホワイトのＦＸは風よりも速く、その場から走りだしていた。
まるで、世界は二人の為にあって・・・それ以外の奴らなど眼中にありませんというような秀人の態度に、残された連中が、ハッと気付いた時には後の祭りであった。
「秀ちゃーん・・ひでぇよぉ・・・・」
シャレでは決してないセリフが、特攻隊長の口から零れ落ちる。
いくらチーム名が『外道』だとしても・・・同じチームの者に対してまで、それを実行しなくてもよいではないか。
『外道』で“ひでぇ”・・・ときたらもう、救いようもないような気がする・・・・
それぞれが、チームの頭を張れるような実力の持ち主ばかりを残されたとしても・・・一体誰が責任を取れるというのだろうか？
「誰だよ、あいつっ！！」
「―――拓ちゃんに馴れ馴れしくしやがってぇ・・・」
『ガッデム・・・ブッ殺す・・・！！』
「あいつが・・・拓ちゃんの言ってた、奴・・・？」
余りの展開に、石化してしまっていた連中が、漸く元に戻った時には、その場の空気はまるで異次元空間のようになってしまっていた。
今から追いかけたとしても、あの最初の立ち上がりでのスピードを出せる程の腕の持ち主ならば、既に追いつけない程の距離を付けられてしまっているのは間違いない。
行き場のない怒りが、全身に漲って・・・天羽が『龍神』と化した。
怖い程の“紅”い瞳が、その相貌を引き立たせてゆく。
『外道』の下っぱの者達が、その恐怖に萎縮しながら、幹部たちに救いを求めていた。
だが・・・だが、なのである。
何だかんだ言って、幹部連も皆、ブチ切れ寸前なのである。
「秀人ォーーー、今日こそ引導渡してやるゾォーーーッッ！！」
その時、丁度運良く、八つ当たりの対象が出現して・・・吉岡達は、完全にプッツンした。
『九尾の猫(ｷｬｯﾂ)』・・・ひょっとしたら、今夜で『普通の猫』と名前を変えなくてはならなくなってしまったかもしれない。
何しろ、『外道』の皆さんだけでなく・・・横浜の実力者たちすら、敵に回してしまったのだから・・・・
『外道』と因縁の間柄の『麓沙亜鵺』であったなら、まだ生き残れたかもしれないが・・・。
じゃれ付く事しかできない“キャッツ”では、所詮潰されるのが落ちである。
可哀相な阪田クン達に・・・
―――合掌。
さて、『九尾の猫』が、最期の夜を迎えている時、肝心な秀人は、横浜港まで走ってきていた。
単車から降りて、海沿いの道を歩く。
傍らには、拓が寄り添っていて、秀人は実に気分が良かったりする。
今、この瞬間、世界は二人の為だけにあるのだ！
少なくとも、秀人はそう、思っていた。
横浜港のイルミネーションは、とても綺麗だ。
桟橋の側には、他にも恋人同士が、寄り添い合って佇んでいる。
海から流れてくる潮風は、幾分冷たい。
プルッと身を竦めた拓を、秀人は特攻服の中に包み込んだ。
「・・・秀人くん？」
頬を染めて問う愛しい恋人に、秀人はただ微笑う。
「・・・ありがとう。大好き♪」
途端に、拓は更に真っ赤になって、秀人の胸に顔を埋めるようにして、恥ずかしそうにそっと呟いた。
同時に、秀人は身体中の血液が、全て逆流するかと思った。
バクバクという心臓の鼓動が、鼓膜を破きそうに響いていたりして。
―――幸せだ―――。
そう秀人は思った。
これ以上の幸せは、他には見つけられないだろう・・・と。
それぐらい、秀人は拓にゾッコンなのだ。
同じ歳だろうが、同性だろうが・・・可愛くていじらしくて、ほっとけないのだ。
いつでも側に置いて、腕の中で・・・誰にも取られないように護っていたい。
優しくて、傷つきやすくて・・・小さな拓を。
真っ赤になって俯いている拓の顔を上げさせると、秀人は少し屈むようにして、視線を合わせる。
「・・・愛してる・・・拓。」
真剣な眼差しで告げると、拓はトマトのように真っ赤になってから・・・コクンと頷いた。
途端に、秀人は満面に笑みを浮かべる。
ゆっくりと近づいた顔が、重なる。
大きな瞳を閉じた拓柔らかな唇が、秀人の想いを受け止める。
―――至福の瞬間。
やがて、名残惜しむかのように、秀人はそっと離れた。
同時に、拓は吐息を漏らして、秀人に寄り掛かる。
そんな拓を、逞しい腕で支えてやると秀人はそのまま拓を腕の中に包み込んで、そのサラサラな髪に口づけた。
「・・拓・・・拓・・・。」
何度も何度も呟く。
愛しい者の名を。
誰にも渡さない・・・誰にも渡せない。
大切な・・・大事な・・・たった一つの『存在』。
他人に心を開く事のできなくなっていた秀人の心の中に、すんなりと入り込んできた『奇跡』。
いつだって他人の為に、一生懸命になれる拓だから・・・。
その優しさが、他の奴らを惹きつけてしまう事が、不安で仕方ない。
このままかっさらって、誰にも触れさせたくない程・・・腕の中の存在が愛しい。
「―――拓・・・“奇跡”を見せてくれ・・・俺だけの為に・・・」
低く呟く秀人のセリフは、心からの“想い”でもあった。
埠頭を渡る風は冷たかったが・・・二人でいられる場所は暖かかった。
互いの温もりが・・・心地良くて・・。
誰にも邪魔されない空間で・・・二人はいつまでもそこに佇んでいた。
唯一気を許せる拓の側で、秀人は夢を見ているかのように幸せだった。
終わり。
（おまけ♪）
「・・・クスッ・・・」
二人から見えない場所の建物の影に潜んでいた人影が、微笑う。
“紅”い唇が、あざ笑うかのように。
スラッとした身体つきの、男とも女ともとれない影が、クルリと踵を返して歩きだす。
「・・・ん？ナンかよ、“楽”しー事でもあったんかよ？！」
単車に乗っていた男が、通りに出てきた影に向かって声を掛けた。
「ちょっとネ♪」
「ハン・・・テメーがンな顔してんじゃあ・・・ちっと所じゃねーな。」
月光に照らしだされた顔つきは、かなりの美貌である。
サラリと背中に流れる金髪が、光りに弾ける。
化粧を施した顔は、そこらの女性よりも美しいというのに、その紅い唇から発せられたトーンは明らかに、低く女性の物ではなかった。
「まっ、今日のトコは、戻んゾ。」
「うん☆」
濃紺タンクの“フォア”の後ろに軽やかに跨がりながら、頷く。
「ヒロォ・・・『外道』って知ってる？」
「・・・あぁ？！横浜のかぁ？だったら知ってるぜ！あそこぁ、今確か・・・秀人が“頭”張ってんからな。」
「秀人ォ？！―――誰・・それ？」
「オレのダチ。」
口元をニマッと持ち上げて言う相手に、フーンと曖昧な相槌を打ってから、流れる髪に指を絡める。
「んで、『外道』がどーしたよ？！」
「んー、さっきさぁ・・・無茶苦茶幸せそーなカップルがいてさー・・・なぁーんか、思わず邪魔したくなっちゃったんだけどォ・・・『特攻服』着てたし・・・」
「『外道』のかよ？！」
「タッパあったし・・・すっごく良ー“男”だった♪でも、全然、隙ねェの。全然ヤンキーっぽくない子を大事そーに、包んでたからさぁ・・・笑っちゃったけど。」
「ヘェ・・・。あいつは、んな甘っちょろい事は嫌いだったかんなぁ・・・“女”なんか、ちっとも目ェくれねぇ、“硬派”って奴だったし・・・そいつ、『掟』破りしてんじゃねーのか？！」
「ンなの、しんねーよ。オレには、カンケーねぇモン？！」
「まっ、そりゃそーだナ。」
“横浜”を後にするバイクはどんどんと南へと下っていく。 バイクの後ろのナンバーは“湘南”。 会話が途切れた後は、沈黙が漂う。
互いが何を考えているのか、理解る事はないけれど・・・面白そうだという予感だけは共有できた。
たまには、地元を離れてこんな風に遠出するのも悪くないな・・・。
愛車を疾駆させながら、口元に笑みを刻んでいく。
嵐がやって来る。
南から・・・。
どでかいそれは、やがて“横浜”を巻き込んでいく事になるだろう。
―――物語の中心人物となるだろう二人は、そんな事も知らずに、まだ幸せな夢の中を漂っていた・・・。
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