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ＳＮＯＷ ＮＩＧＨＴ
「―――そう言えば、もうすぐ時貞くんの誕生日だ・・・」
暖かい部屋の中の窓際で、窓の外に降り始めた雪を見ていた拓が、ポツリと呟く。
部屋のカレンダーは１２月・・・今年も残り１０日程となっていた。
２４日のクリスマス・イブ。
まるで出来すぎたような誕生日に、拓はクスクスと笑みを零した。
現在、先月に出した新曲のライブ発表の為に、全米ツアーを行っているのだ。
サンフランシスコ・ロサンゼルス・カルフォルニア・・・西南から東に向かって・・・最終地点は年末のニューヨークである。
今回は、いつものメンバー以外に、共同セッションという事で、現地のアーティストも同じ行動を取るという事で・・拓はマネージャーという立場になっているのだった。
日本ならいざ知らず、この国は州ごとに法律が違うので、何かと不味い事もあるのだ。
勿論、時貞がそんな事を気にする事など全くなく・・・逆に拓と離れるぐらいなら、ツアーなどしないと駄々をこねたので、仕方なくその手段を取っているのだった。
今、時貞は、セッションのメンバー達と一緒に、下のラウンジで、明後日から始まるライブのミーティングを行っているのである。
音楽の事に関しては、全く知識のない拓がその場にいても仕方ないので・・・先に部屋に戻ってきたのだった。
「―――何をプレゼントしようかな？」
時貞の一番欲しいもの・・・そう考えて、拓は突然ボッと顔を赤らめた。
それが何なのかを思い出してしまったからだ。
“オレの一番ほしいもの？・・・そんなの決まってる・さ・・・”
二人が出会ってから、初めての＜その日＞、プレゼントが決まらなかった拓に向かって、時貞は恐ろしく上機嫌で、見惚れてしまいそうな笑顔で微笑した。
そうして引き寄せられて、思いの外力強い両腕の中・・・耳許で囁かれて言葉は、今でも心に残っている。
“―――拓ちゃん・・・だけだよ・・・”
一生忘れない・・・あの時の温もりと、掛けられた言葉の“重さ”。
尤も、その直ぐ後に、襲われてしまった事も決して忘れる事はできないが・・・(-_-;)
あの時からずっと、今日まで・・・時貞の“想い”は変わる事なく拓に注がれている。
男同志という世間体や、先の見えない不安に、恐れる拓の心まで総て包み込んでしまう程・・・。
結婚式の騒動の時も、たった一人の肉親から猛反対された時も・・・総てを敵に回しても、拓を選ぶと時貞は宣言した。
『拓がいなければ、生きていく意味がない・・・』と。
決して離しはしないという、激しい抱擁が、拓の心までも奪い取った。
自分が、誰かにそこまで“想”われる存在でいられる事が嬉しくて・・・ただその腕の中で泣き続けた事を覚えている。
あの頃・・・突然の事故で両親を亡くした拓は、精神が少し奇怪しくなっていた。
親戚すらも目を背ける中で、ただ時貞だけが側にいて、拓を抱き締めてくれたのだ。
同じ痛みを知っていたから・・・。
落ちついて考えてみれば、やはり間違った関係なのだと思う。
それでも触れ合う温もりが・・・喩え、それが正しくない事だとしても、拓の“精神”を救ってくれた事だから・・・。
時貞が拓を護る為に生きると言ったように、拓もまた時貞の側にいて、時貞を守りたいのだ。
それが“真実”。
そうして、いつまでも互いに支え合うように寄り添って、生きていけたら・・・きっと、それも幸せと呼べるかもしれない―――。
カチャッとドアが開かれたので、拓が振り向くと、丁度時貞が戻ってきた所だった。
「あっ・・・おかえりなさい・・・」
窓際から離れた拓が、テコテコと近づくと、時貞は持っていた書類をバサッと無造作に机の上に放り投げた。
「ただいま、拓ちゃん。」
それから、ギュッと拓を抱き締める。
まるで、離れていた時間の温もりを取り戻すかのように・・・。
「・・・時貞・・・くん？」
何となく、時貞の様子がおかしい事に気付いた拓が、ソッと問いかける。
「年が明けたら、旅行しようよ・・・二人っきりで。」
包み込んだ拓の耳許に、時貞はそっと囁きかけるようにそう告げた。
その“声音”がいつもよりも沈んでいるようなので、拓は少しだけ胸が苦しくなった。
「何か・・・あったの？」
小さく続ける拓に、時貞は答える代わりに、その耳許にキスをする。
「時貞クンッ！」
とたんに、バッと耳まで赤くした拓を見て、時貞はククッと微笑を浮かべながら拓を抱え上げ・・・そのままソファーに座り込んだ。
「別に、何もないヨ・・・拓ちゃん。ただちょっと、面倒くさくなっただけ。」
何の感情も含まないような“声音”で、さらりと告げる時程、時貞の煮詰まりが激しいのだという証拠である。
今度こそ、困った顔でタラタラ冷や汗を流す拓に、気付いた時貞は、何かを思いついたようにニッと不穏な笑みを浮かべた。
その表情を見ていない筈なのに、瞬間、拓の背筋を悪寒が走り抜けた。
「―――時貞くん？」
嫌な予感を感じつつ、拓が恐る恐る時貞を見つめると、満面の笑顔が帰ってきて、拓は少しだけびびって、身じろいでしまった。
「旅行するなら・・・暑いトコが良いな。そうだ・・・南半球でも行こうか？オーストラリアとか・・・アマゾンの奥地とか・・・人が誰もこないようなトコで、二人っきりで野性に戻って暮らそう・・・♪」
鮮やかな麗笑を浮かべる時貞に、一瞬見惚れてしまって頷きそうになってから、その内容の怖さに気付いて、拓は慌てて首を横に振った。
「―――イヤ？」
ジーッと見つめてくる“緋”い瞳に、ドキドキしてしまう。
どう答えれば良いのか途方に暮れてしまった拓の表情に、時貞はついに堪えきれなくなって吹き出してしまう。
「・・・！？」
完全にからかわれたのだと、ハッと気付く。
「時貞くん！」
少し怒ったように声を上げるが、時貞の笑いの発作は収まらない。
その姿は、周りの連中・・・特にフアンの者が見たら、ショック死するかもしれない。
『クールで繊細で神秘的』・・・な、ステージの上の時貞とはまるで別人だが、この笑い上戸の方が、本当の時貞の姿であり・・・感情的で情熱的な性格をしているのだ。
尤も、それは興味ある対象にしか見せる事はない。
“・・・皆、騙されてるんだ・・・・”
一緒に暮らすようになって、僅か一ヵ月でその事に気付いた拓は、よくそう思ったものだった。
いつまでも笑っている時貞に、段々と心配して損した気分になってきた拓の眉が中央へと寄っていく。
その事に気付いた時貞が、漸く笑いを収めた時には、拓はプイッと横を向いてしまう。
「・・・拓ちゃん？」
オロッとした表情で、今度は、時貞がうろたえる番であった。
確かに、からかったのは事実であり・・・拓の機嫌を損ねても仕方ない方法を取った自覚もあるのだ。
どんなに困った顔をしても、最終的には時貞の“想い”に応えてくれる拓だから、それが余りにも可愛くて・・・また、途方に暮れる拓の表情が笑いを引き起こす衝動だったから・・・つい笑ってしまったのだ。
決して、拓を怒らせる為にした訳ではないのだが・・・少し不味ったかもしれない・・・と狼狽する。
何しろ、時貞に取って何よりも怖い事は、拓に嫌われる事なのである。
「拓ちゃん・・・？」
ソーッと伺うと、赤くなった目尻に涙まで見えてしまい・・・時貞は酷く動揺した。
“ヤバイ・・・どうしよう・・・？”という感情が頭を過ったが、表現とボキャブラリィの乏しい時貞に、良い考えなど浮かばない。
パニックを起こしかけた時貞は、次の瞬間に胸元をギュッと掴まれて、ドキッとした。
「―――温泉なら、行きたい。」
ボソリと告げられた言葉に、ホッと息を付くのと同時に、嬉しくなる。
「拓ちゃん？」
「・・・日本に戻って、温泉にでも行って・・・ゆっくり過ごす方が、良いんだけど・・・駄目？」
少し潤みがちの大きな瞳が、上目遣いで見上げてくるその凶悪な程の可愛らしさに、時貞の理性が崩壊し始める。
「そりゃ・・・もうっ！！拓ちゃんの望むトコなら、温泉でも・・・何処でも・・・」
「うん・・・時貞くんもずっとステージばっかりだったから・・・のんびりできると良いネ。」
ふんわりと微笑う拓に、惹き込まれるように・・・時貞はその唇を摘まみ取る。
「・・・時貞・・・くん？」
「嬉しいヨ・・・拓ちゃん。オレはネ、拓ちゃんと一緒に居られるなら、何処だって良いんだ。拓ちゃんが、側に居てくれるなら・・・。それに、オレの事を考えてくれてるんだろ？凄く嬉しい・・・」
腕の中の拓に、時貞はキスの雨を降り注ぎながら、そっと囁く。
「・・・オレも、いつでも拓ちゃんの事考えてる・・・側に居る時も、ステージの上で“演奏”ってる時も・・・いつでも拓ちゃんを感じてる。」
「・・・時貞くん・・・」
ヒョイと抱えられて、寝室に運ばれてベットの中に沈むまで、睦言のように呟かれ続ける。 い
「だから、この腕の中に、拓ちゃんがちゃんと“存在”る事をもっと感じさせてよ・・・」
「あっ・・・でも、まだ・・・皆の支度が・・・」
「そんなの、勝手にさせときゃ良いだろ・・・拓ちゃんは、オレの事だけ見てれば良いんだ・・・」
「だけど・・・マネージャー・・・んっ・・・！・・・」
それ以上、何も言わせないように、口を封じ込める。
自分の唇を使って・・・。
拓の全身から、抵抗する力が失われるまで・・・それが外される事はない。
戸惑っていた拓の身体から、徐々に力が抜けていき・・・全身をシーツに預ける頃には、拓の意識は半分程飛んでしまっているのだが・・・。
「・・・愛してるよ・・・拓ちゃん。」
艶然と笑みを浮かべる時貞に、拓も困ったような微笑を零す。
とーん
囁く時貞の“声音”が、心地良いのも事実だったから。
フワリと微笑った拓の腕が、時貞の背中に回される。
その動作に、更に機嫌の良くなった時貞は、心置きなく拓の服を脱がそうと、指先に力を入れた。
ドンドンドンッ！！
突如響くその音に、拓はビクッと硬直する。
「ちょっ・・・時貞くんっ！誰か・・・来たよっ？！」
その音を無視するかのように、行為を続けようとする時貞に拓はジタバタと抵抗する。
「−−オレは、何も聞こえない。」
きっぱりと言い切る時貞の“緋”い瞳が、怖い程ぎらついていて、思わず拓は息を飲んでしまう。
「セロニアスッ！！ここを開けろっ！！文句があるなら、後でちゃんと聞いてやるから、途中でいなくなんなッ！？今回は、オレ達だけのステージじゃねーんだゾッ！！」
大声で時貞を呼ぶ声が、誰の物か理解った拓が、困ったように時貞を見る。
「―――時貞くん？」
時貞がチッと舌打ちしたのに気付いた拓が、ため息を零す。
「拓ちゃん？」
「仕事の途中で、帰ってきちゃったの？」
ジーッと見つめて悲しそうに告げる拓に、それでもしぶとく行為を続けようとしていた時貞の手が止まる。
“朱”い瞳が、本の少し陰った。
このまま拓を抱き締めても、その心が不安状態のままだという事に気付いたからだ。
きつく眉を寄せて、感情を追いやるように、時貞は頭をガシガシとかき乱した。
「時貞くん・・・」
もう一度問いかける拓に、ハーッと息を吐き・・・それから安心させるように口付ける。
「―――“ウルサイ”から・・・行ってくる。」
不機嫌だが、拓にキスしてちょっと落ちついた時貞は、未練を断ち切るように拓から離れてベットから降りる。
そのまま歩いていく時貞の後を、慌てて起き上がった拓が追いかけて・・・。
ドアを開けようとする前に、追いついてその背中のシャッを掴んだ。
「―――拓ちゃん？」
「あの・・・その・・・ごめんね・・・。でも、皆楽しみにしてると思うから・・・時貞くんの“演奏”・・・だから・・・」
不思議そうに振り返った時貞に、頬を紅潮させた拓はそう告げてから、背伸びをするようにしてその頬にそっとキスをした。
途端に、時貞の瞳が驚きに見開かれる。
こんな風に拓の方からキスするなんて、本当に滅多にない事なのだ。
案の定、まじまじと見つめ返してしまった時貞の視線に、恥ずかしくなったのか拓は真っ赤になって俯いてしまっている。
「・・・ちゃんと・・・待ってるから・・・行ってらっしゃい・・・」
蚊の啼くような声で、ボソボソと呟く拓が、余りにも可愛くて時貞はギュッと抱き締める。
「・・・オレの“演奏”は、全部拓ちゃんへの“気持ち”だから・・・」
言い聞かせるように耳許で囁く時貞の言葉に、拓はコクンと頷いた。
その間もずっと部屋の外の声は途絶える事なく時貞を呼び続けていたのだが・・・世界に浸っている二人には、全く意味がないようだった。
正しく、哀れとしか言いようがない。
「じゃあ・・・」
「うん・・・。」
名残惜しむように離れた時貞が、漸くノブを回したので、外の声が止んだ。
カチャッとドアを開くと、ずっと呼び続けていたので、随分と焦燥してしまったドラム担当者が、紫の髪を逆立たせて仁王立ちしていた。
「―――行くぞ。」
１０分以上無視し続けた時貞の第一声がこれである。
「てめっ！セロニアス・・・オイッ・・・・」
ゼイゼイ肩で荒く息をする彼を、底冷えするような“緋”い瞳で一瞥すると、時貞はそれ以上何かを言わせる前に、スタスタと歩き始めてしまう。
苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべながら、それでも彼−緋咲−は何も言わずにその後を付いていく。
そんな二人の背中を見送った拓は、取り合えず何事もなくて良かった・・・と胸をなで下ろした。
呼びに来たのが、一応“親友”である緋咲だからこそ、時貞も行動を起こさないのだ。
もしも違う者だったなら、完全に無視するか、待たせる前にその者を血の海に沈めて、おとなしくさせている処であろう。
まぁ、長年の付き合いで、そんな時貞の性格を良く知っている緋咲が結局、貧乏クジを引いたのだろうが・・・。
部屋の中に戻ってきた拓は、先程と同じように窓際のベットに腰掛けた。
夜も更けてきて、雪も本格的に降り始め・・・ホテルの窓から見える景色を白く覆っていく。
そんな中で、街の灯がぼやけて見える。
年末と言う事もあって、夜になっても通りを走る車の数は減っていないようだった。
“積もるかな・・・？”
吹雪になってしまうのは、困るけれど・・・ホワイト・クリスマスは何となく素敵かもしれない。
“―――日本でも降ってるのかな？”
この国で年末と年明けを過ごすのは、ツアーの為でもあるけれど・・・何よりここが時貞の“故郷”だから。
でも、ツアーが終わって年が明ければ、暫くは休みが貰えて・・・半年振りに、日本に帰れるのだ。
昔、まだ学生だった頃・・・“乱校”と呼ばれていた母校の高校で、皆で一緒に雪合戦した事が、不意に思い出された。
勿論、お遊びというよりは、サバイバル・ゲームと言った方が正しいような物だったが・・・・
もしも、明日の朝に起きた時に、雪が積もっていたら、時貞と一緒に遊びたいと思った。
寒いのと朝が、極端に苦手な時貞なので、連れだす事はちょっと難しいかもしれないけれど、きっと大丈夫だろうとも思う。
実は、全く容姿に似合わない事なのだが、時貞はそういう事が大好きなのだ。
以前も、最初は“寒い”とか“かったるい”とか言って、拓をカイロ代わりにして渋々付いてきたいた時貞が・・・結局、最後まで雪遊びをしていた事だって覚えている。
調子に乗って、ホテルの中庭を“雪うさぎ”だらけにしてしまった事だってある。
窓の外に降り続く雪を見ながら・・・その時の事を思い出して、拓は少し困ったように微笑した。
夜空から降ってくる雪は、まるで空を舞う白い花のようにも見えた。
しんしん・・・と。
永遠に舞い続けるようなその儚い姿を、拓は飽きる事なくずっと見続けていた・・・。
数十分後・・・。
ミーティングの最中、ずっと黙ったままで・・・文字通り『その場にただ“居”ただけ』の時貞が、漸く部屋に戻って来た時には、拓は既に眠りの住人と化していた。
余りの事に、呆然とした時貞が、それでも拓の安らかな寝顔を、どうしても壊す事ができず・・・ただ煮詰まりを酷くしただけだっのは、言うまでもない事である。
そうして、更に後日。
時貞の煮詰まりが、頂点にまで達して爆発し・・・“龍神”の本性を発揮するような事件が、起こってしまうのだった・・・・
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