切愛
　　
　その瞬間、全ては無へと皈りつく。
　望みも希望も何もかも、グチャグチャに潰れたトマトのように、中身をぶちまけて・・・その内容を無様に晒すだけでしかありえない。
　諦めて生きていくには、ただ悲しみだけが残り・・・絶望の狭間で、もがき続けていた哀れな自分。
　頼るモノは何も無く、なのに心の隙間を埋めてくれるナニかをずっと欲しがっていた。
　力では、いつしか空しさだけが増え・・・音楽には魂が足りなかった。
　偉大なる彼の詩人のように、超越した魂を持てたとしたら、もっと存在する事も楽になるのか？
　焦がれて、救いを求める心を、もう一人の自分が嘲笑う。
　どう足掻いたとて、森羅万象全てのモノは無へと帰還していく運命なのだ・・と。
　ナニガホシイトイウノカ・・・。
　答えはない。
　見つからない・・・見つかる筈もない。
　己自身の事すら理解らずに生きているこのオレにナニが手に入れられるというのか・・・。
　虚勢と虚無と飽きる事の無い・・・怠惰。
　夢？！望み？！・・・そんなモノは既に何処にも存在などしていない。
　それでも・・・。
　悪夢と言う名の夢を魅せ続けられる。
　漆黒の暗闇の中で・・・先も分からず己の存在も朧気な状態で・・・手探りでナニかを探している。
　それが、ナニを意味するのかも、教えてくれるモノなど存在しない・・・。
　―そう・・・ずっと思っていた。
　　
　瞬間、辺りは光りに包まれ、何処か遠くで囁きが聞こえた。
　それは無数に羽ばたくナニかの羽音のような響き。
　神を祝福する天使の賛美歌のような祈り。
　彼の偉大なる詩人への、共有する想い。
　衝撃は、全身を貫き・・・盲目の自分に未知を示した。
　先にナニがあるのかは理解らないが・・・周りの闇は消えている。
　そうして、瞳に映ったただ一人の―者。
　惹き付けられる・・・強く・・・激しく。
　その姿も心もナニもかもを、奪ってしまいたくなる程に渇望しながら・・・。
　狂っていく・・・狂い落ちて・・・。
　求めて求めて焦がれ続けて・・・他にどうすれば良いと言うのか？
　方法など・・・知らない。
　そこに存在するのなら、力で奪う事しか・・・知らない。
　誰も、何も、教えてはくれなかった。
　教えてくれる前に、無理やり力を教え込まれたのだ。
　略奪するように、奪われる前に、それ以上の力でもって、対抗していく以外に・・・生き方を知らない。
　それが、追い詰める事だと・・・言われた所で、どうすれば良いと言うのか？
　誰でも良い・・・この心を・・・魂を・・・救ってくれ。
　絶望以外の感情を・・・怒り以外の想いを・・・。
　笑いかけられたのは、初めてだった。
　心が凍り付いてから・・・初めて感情が動いた。
　欲しくて欲しくて堪らない―小さな存在。
　小さくて小さくて・・・力の前では握り潰されてしまいそうなのに・・・それでも凛とした態度で、精一杯に戦っている。
　強い、魂。
　裏切りだと思った瞬間に、爆発していた感情に真っ向から立ち塞がって・・・彼はずっと『オレ』が望んでいた・・・『オレ』自身すら諦めていた『言葉』を発した。
　その、響き・・・。　
　深く心を捕らえて止まない・・・『魂』を揺すぶる『想い』。
　泣いて・・・しまいそうだ。
　どうして・・・どうして、こんなにも清らかでいられるのだろうか？
　自分が遥か昔に奪われたモノを、彼はそのままに生きている。
　眩しいまでの存在。
　導きし・・・者。
　これは、救いなのか？
　『オレ』は許されるというのだろうか？
　当ての無い世界を彷徨い続けた『精神』が、柔らかな想いに包まれる。
　狂っている心が、恍惚感に包まれる。
　精神の昂揚・・・足元から空に昇ってしまいそうな・・・全ての枷が外れたかのような感覚。
　―見つけた。・・・見つかった。
　ずっと探していた存在。
　もう・・・離さない・・・離す事などできやしない・・・。
　だから・・・。
　だから『オレ』はこれからも狂い続けるだろう。
　『彼』という『清らか』な『魂』をこの手に堕とす為に・・・。
　『淺川拓』という存在を、手に入れる為に・・・『オレ』は『魔』となるだろう。
　
　―いつか世界の全てが『無』へと皈っていくその瞬間まで・・・。
　　
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