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ランデブー
一色大珠は、意識を記憶の中に沈めていった。
浅川・・・『拓』。
どうしても、その名前と顔が意識から消えないのだ。
出会いは、最悪の状態だったと言ってもいい。
いつもの、ただ大珠を苦しめる“薬”の副作用である、ノイズだらけの視界の中に、初めてクリアーに映った者。
不思議なまでに、拓の姿だけが、鮮明だったのだ。
それ以外が、変わらずにノイズの中でブレていたというのに。
大珠の意識にその姿が刷り込まれたのは、その瞬間だった。
―――不可思議な感情が、浮かび・・・気付けば、それを壊そうと動いていた。
なのに、その思いは果たされず・・・。
結局、深い印象だけが残って・・・その夜は終わった。
そうして、二度目の再会は、大珠が思いもしなかった拓の行動によるものだった。
今の状態に大珠がなってから、あんな風に守られたのは・・・温もりを与えられたのは、初めての事だった。
そして、そんな拓を選んだあの犬たちの柔らかな毛並みの感触を思い出して、大珠はキュッと拳を握り締める。
倫子にゴミの中から拾われて、手当てを受けた後・・・大珠はアルミ箔に穴を開けて、それをテレビ画面に張りつけて、星だと告げた。
自分の視界も、こんな風にただ星だけが映るのならば、こんなに荒れる事もなかったのだろうか？
そんな風に思っている内に、不意に浮かんだのは、あの瞬間の場面だった。
大珠を庇うようにして、殴られた拓の姿が、ノイズだらけの視界に映った途端に、視力が戻る。
意識も思い出の中から抜け出した。
自分がすべき事に、気付いたのだ。
「単車貸してくれ・・！“倫子”・・・」
立ち上がった大珠が、ゆっくりとそう告げた。
「バ・・バカぁ無理だよ！その身体で・・！死ぬ気なのォ！」
「・・死ぬ・・？」
怒ったように言う倫子の“死”という言葉に、ピクリと大珠が反応する。
着ていた皮ジャンを脱ぐと、単車に跨がる。
「・・・オレは死なねーー・・・」
ヴォンッとエンジンを起動させて、刺青を背負った大珠が、振り返る。
「“友達”が・・・教えてくれた・・・」
「大珠ぅ！」
きっぱりと言い切って、また皮ジャンを着込んだ大珠に向かって倫子が叫ぶ。
「ありがとう・・・倫子・・・」
視線だけ向けて、礼を言うとそのままバイクを発車させる。
ほぼウィリー状態のまま、単車は加速した。
横浜の町中で、うろついていた雛子と出会った大珠は、そのまま雛子を後ろに乗せたまま、走り続け・・・やがて目的の人物をその視界に捕らえた。
見知らぬ二人の女の側にいた拓は、何かに困っているようだ。
「“拓”センパぁい♪」
同じように気付いた雛子が、明るい声で叫ぶ。
「どーかしたかよ？“拓”ちゃん・・・」
大珠も声をかけると、途端に振り向いた拓の瞳が見開かれた。
「“大珠”クン！“ヒナ子”ちゃん？！」
顔中に絆創膏やガーゼを当ててはいるが、変わらない様子に、大珠は口元を緩ませた。
「どーしたよ？！」
「いや・・・単車が・・・」
再度問いかける大珠に、拓は驚きを隠しきれないと言った様子で答えた。
「ヘエ・・・？」
単車から降りて、調べようとする。
「どエレー古い“カワサキ”だナ・・・“カミナリマッパ”かい・・？」
「いやそーじゃなくてこっち・・・」
大珠の質問に、困ったように別のを示す拓のそれを見やった大珠の表情が変わる。
「これ・・・この“ＳＲ”あのドブ板の“マーカス”って店で見た・・・」
一度しか見た事はない・・・だが、何よりも鮮明に残っているその車体が・・・大珠に過去を思い出させた。
“龍神”の“悪魔の鉄槌”と呼ばれていた・・・それ。
まさか？という思いが拭えない。
触れて確かめてみるが、“それ”は確かにそこに存在していた。
「友達の・・・ボクを兄弟って呼んでくれた・・・“友達”に貰ったんだ・・・」
少し困ったように告げる拓は、それでもそれが誇らしいかのようだ。
「でも・・・エンジンが・・・」
続けられた言葉は、声が低くなってしまったけれど・・・。
それは、大珠にも理解る。
これだけ高圧縮されているマシンである。
生半かなテクニックでは、動かす事も困難だろう。
それを、拓が譲り受けたと言うのだ。
『龍神』の−伝説と共に。
大珠の中で、またしても拓に対する認識が変化する。
拓は『龍神』に認められた・・・選ばれた者でもあったのだ。
それを、知って何かが胸を締めつける。
それは、手に入らないモノへの憧憬・・・それとも・・・？
「“悪魔の鉄槌”の伝説・・・知ってるか・・・？・・・操るモノを臨界に連れて行く・・・」
問いかけるように、大珠は告げる。
「さぁ・・・キックを降ろせよ・・・？凶悪な“音色”を奏でる“悪魔の鉄槌”を・・・」
そうして、大珠は鼓動の止まってしまったバイクを再び生き返らせる為に、その方法を教えてやる。
『龍神』がそれを拓に渡したというのなら、動かせるのもまた、拓しかいない事を大珠は知っていた。
「目を閉じて・・・鉄槌の動きを感じろ・・・」
言われるままに、拓は単車に跨がって瞳を閉じた。
「“上死点”だ・・・ちっとでも狂えば弾き飛ばされんゾ・・？」
大珠の言葉に、その通りに動いていた拓が、確信したように瞳を開けて大珠を振り返る。
それを感じた大珠が、成功を予感して、親指を立てて見せた。
思いっきり全身を使うようにしてキックを蹴った拓の思いが通じたのか、“悪魔の鉄槌”が息を吹き返す。
「や・・やった！」
拓の顔に嬉しそうな笑みが広がって、大珠は夜空を見上げる。
「守ってくれてるんだ・・・“友達”が・・」
ここにはいない『彼の者』の姿を、思い浮かべる。
それは、大珠の捜し求めていた“音色”を持っている者でもあるのだ。
「さぁ・・・行こーぜ・・・？“拓”ちゃん・・・ゴフッ」
そう告げた途端に、大珠は喀血してしまう。
「“大珠”クン」
拓が声を上げた。
「アンタ・・・“薬物”・・・」
拓の側にいた女の片割れが、大珠を覗き込むようにそう言った。
「医者かい？医者ぁキレーだ・・・」
その言い方が、専門家のようだったので、大珠は思った事をそのまま答える。
だが、その女は尚も、大珠に向かって医者に行けと言う。
そのウザッたさに、大珠は聞こえない振りをした。
「“拓”ちゃん・・困ってるの？ゆってよ？この久須美萌子に・・“夜叉神”ぜんぶ動かすから・・・」
その間に、もう一人の女が拓に向かってそう告げた。
「その必要はねーー。」
拓が答える前に、大珠がきっぱりとそう言い切った。
「ソイツを渡しな“ヒナ子”・・・」
青冷める雛子に向かってそう告げると、大珠は着ていた皮ジャンを脱ぎ捨てた。
「道はオレが造る・・・！」
誰にも渡せない、邪魔させはしない・・・それは、大珠の決意だった。
その為に、大珠はここにきたのだと言う事を、知ったのだ。
導かれたのだ・・・と。
そうして、二人は夜の横浜の街を走りだした。
誰にも邪魔されない、ラインができる。
大珠の後を、拓が走ってくる。
拓の為に、自分ができる事があるのだ。
それだけで、大珠は幸せだった。
やがて、横浜の中心地に向かう道の途中で、そいつらに出会うまでは・・・。
なんとか、湘南の二人組を抜ける事ができた大珠と拓は、また横浜の街を疾走し始めた。
それにしても、この道は、邪魔な車が多過ぎて・・・走りにくい。
そう思った大珠は、少々荒っぽい方法を取って周りの車を排除した。
そんな大珠の行動に、拓がドギモを抜かれれたかのように汗だくになる。
＜もう・・・オマエは“友達”さ・・・？拓ちゃん・・・そして、オマエが友達の為に走るなら・・・オレは世界だって敵にしてやるよ・・・＞
それは大珠の本心から出た言葉であり『想い』でもあった。
“薬物”に手を出してから、こんな風に他人に対して、自分から動こうなどと思った事はなかった。 これ程までに誰かを守りたいと思った事も・・・。
拓が横浜の人間で、大珠が横須賀の族の頭だろうと、そんな事はもうどうでもよくなっていた。
それ程、拓の存在が大珠の中で大きくなってしまっているのだ。
忘れる事などできない程に・・・。
「大丈夫 道は・・・オレが・・・」
きっぱりと言い切る大珠は、すっかり拓の守護神と化していた。
『この道の先に何が待ち受けていようとも・・こいつだけは・・・この『拓』だけは・・・護ってみせる・・・！』
運命への扉が、今、開かれようとしていた。
終わり。 ／ 戻る |