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夏の終わり
「拓ちゃん・・・久しぶりに縁日行かねーか？」
幼馴染みのヒロシから、突然かかってきた電話の内容は、拓の想像を遙に越えていたものであったが・・・それに拓はすんなりと頷いていた。
横浜は、外人が多く住んでいる事もあって、お寺や神社というよりは、カトリック系の協会の方が多くあるような気がする。
それでも、小さな神社の境内で、昔一度だけヒロシに連れられて行った記憶が、拓の脳裏に蘇っていた。
小さな時から気の弱かった拓は、、結局皆のミソッカスではあったが、ガキ大将のヒロシが何だかんだ言って、世話を見てくれたのだ。
中学・高校と別れてしまったので、つい最近衝撃的な再会を果たすまで、遠ざかっていたのではあるが・・・。
夏の終わりの夕暮れ時・・・拓はヒロシの指定してきた場所に向かってゆっくりと歩いていた。
「よぉ、拓ちゃん・・・こっちこっち。」
目的の場所まで歩いてきた拓は、薄暗くなった為に子供の帰ってしまった公園のベンチに座っていたヒロシの姿を見つけた。
「あっ、ヒロシちゃん。ごめんね、遅れちゃって。」
その足元に捨ててある煙草の吸殻の数から、ヒロシが結構前からその場にいた事を悟って、拓が謝る。
「ん？あぁ・・・別に暇だったしな・・・そりに、なんか懐かしくてよ。」
サングラスの奥の瞳が、一瞬細められた気がした。
「そうだね・・・。」
そこは、小学生の時に、よくヒロシと拓が遊んだ場所だった。
ブランコ・鉄棒・ジャングルジム・・・。
小さな時はあんなにも大きく感じられた遊び場所も、高校生になった今では、小さく彼らの目に映っていた。
「―――覚えてっか？隣小の奴らと、陣取りしてさ、ジャングルジムの天辺から落っこちた事もあったよな。」
口元に笑みを刻んで、ヒロシが呟く。
拓は、当時の事を思い出して、困ったような笑みを浮かべた。
「ヒロシちゃんて、昔っから凄かったもんね・・・。ボク、あの時、ヒロシちゃんが死んじゃったかと思ってびっくりしたんだから・・・。」
今だから笑って話せる事だ。
あの時の拓には、そんな余裕などなかったのだから。
「・・・拓ちゃんだけだったよなぁ・・・他の奴らなんか怖くなって逃げちまったのによォ・・・拓ちゃんだけ大泣きしながら、オレん事、心配してくれたんだゼ。」
「そっ・・・そんな事・・・(>_<；)」
ヒロシの言葉に、拓は真っ赤な顔で焦る。
「いっつも、拓ちゃんはオレの命の恩人だな。この前ん時だって、拓ちゃんが来てくれたんで、助かったんだぜ、オレはよぉ。サンキュウな、拓ちゃん。」
「う・・・うん。」
ニコニコと笑いかけるヒロシに、拓は何となく居心地が悪くなってしまう。
『獏羅天』の特攻一番機とまで呼び恐れられていた、通称『韋駄天』のヒロシに、そんな風に言われるなんて、背筋の辺りがむず痒くなる一方で・・・。
「ヒ・・・ヒロシちゃん・・・そう言えば、今日はキヨシくんは？」
いっつも一緒にいる筈のキヨシの姿が見えなくて、拓は疑問を口にした。
てっきりちょっと場所を外しているだけだと思っていたのに、全然戻ってくる気配もなくて。
「ん？・・ああ。キヨシの奴なら、今日はいないぜ。」
「えぇ？どっ・・・どうしたの？ケンカでもしちゃった・・・の？」
キヨシの不在を、余りにもサラリと言われてしまったので、拓は恐る恐る呟いた。
そんな拓にヒロシは可笑しそうに笑って、拓の頭をクシャッと撫でる。
「・・・んなに、オレがキヨシと一緒じゃネーと、変かよ？」
苦笑いの含まれた口調に、拓は思わずブンブンと首を縦に振っていた。
“ヒロシのダチならオレのダチだ”・・・とまで言い切ってしまう程の繋がりなら、始終一緒にいるのが、何となく当たり前のような気がして。
そう言えば、いつも二人で乗っているヒロシたちの単車のＺⅡも見当たらない。
それから、拓はヒロシをジッと見て、その様子もいつもと違う事に気付いた。
いつもなら、夏場のドカタの服装で、拓と出会う事が多いヒロシが、今日は普通の恰好をしているのだ。
黒のＴシャツに、ジーンズを履いて・・・靴までリーバイスで・・・拓の目が丸くなる。
トレードマークのグラサンだけは、いつもの通りだったが・・・今まで気付かなかった事に対して、拓は思わず困った顔付きとなる。
「・・・どしたよ、拓ちゃん？」
拓ちの表情に、ヒロシが問いかける。
「ヒロシちゃんの恰好が、いつもと違うから・・・。」
「・・ま・・・まーな・・・似合わねーか？！ん？」
照れたように言うヒロシに、拓は内心の焦りを押し隠して、ブンブンと首を横に振った。
「似合ってるよ！でも・・・ちょっとびっくりしちゃって・・・」
「あぁ、そーいやいっつも、拓ちゃんと会うのって仕事けぇりだかんな。」
「う・・・うん・・・」
突然、いっつも声を掛けられると、ヒロシとキヨシが揃っているというパターンが多いので、拓は苦笑を零す。
「今日は、拓ちゃんと縁日に行くって決めてたかんな。あの恰好じゃ、テキヤの奴とかに、目ぇ付けられちまったかもしんねーから・・・今日は折角拓ちゃんと一緒にいんだから、ケンカはしたくねーんだ。」
「ヒロシちゃん・・・。」
「そろそろ、行くか？拓ちゃん。」
「・・・うん。」
拓の事を思いやっての姿なのだと、認識した途端に、拓は優しくて胸が一杯になってしまう。
ヒロシの問い掛けに、拓はにっこり笑って頷いていた。
神社の境内は、結構な人だかりとなっていた。
二人がついた時には、既に周りも暗くなっていて、夜店の明かりが灯っていた。
石畳の道を、拓とヒロシは一緒になって歩いていく。
「拓ちゃん、何食べてェ？」
歩きながら、ヒロシはふとすれば、はぐれてしまいそうな拓を気遣いながら、色々と拓に問いかける。
そうして、拓が答える間もなく、見せに入っては次々と品物を買って、拓に手渡していく。
お金を払おうとしても、ヒロシは「勤労者だかんな、ヘーキヘーキ」と言って、拓の金を受け取ってはくれないのだ。
すっかり、オゴられながら・・・拓はヒロシの差し出してくる物を困った顔をしながらも一緒に食べていた。
「うめぇか？拓ちゃん・・・」
「うん。ありがとう、ヒロシちゃん♪」
ヒロシの問い掛けに、拓は全開の笑顔で答える。
途端に、ヒロシも満足したように拓に笑い掛けていた。
もしも、『獏羅天』時代や、拓と一緒にいる時以外のヒロシを知っている者が見たら、パニックを起こすのは間違いようがなかった。
タコ焼きから始まって、綿あめ・リンゴあめ・水あめ・・・ヒロシが食べないのは、必然的に拓が一人で食べる事になる。
焼きそばやお好み焼き、飲み物もラムネとか・・・ヒロシはいつの間にか冷や酒を紙コップで買って歩き飲みをしていた。
「おっ、金魚掬いだ・・・オレ、これ好きなんだよなぁ・・・。」
おじさんに金を払うと、ヒロシは拓にも道具を渡す。
「ヒロシちゃん・・・」
一体、誰が想像できるだろう・・・。
『韋駄天』のヒロシが金魚掬いが好きだなんて・・・(>_<)
「おっ、こいつ、元気いーじゃんか・・・あっ、でもこっちのおとなしそーな奴が・・・よっ、と。」
言うだけあって、その手際の良さには拓も感心してしまう。
あっという間に、ヒロシは５匹もの金魚を掬ってしまったのだ。
「げっ！！ちぇっ、やっぱあいつは無理か・・・？！」
６匹目に掬った元気の良い奴に、薄い膜を破かれてしまい・・・ヒロシは残念そうにそう呟いた。
「拓ちゃんも、やっか？」
場所を開けて、拓の荷物を持つと、ヒロシが促す。
だが、拓には全く自信が無かった。
「でも・・・ボク・・・ヒロシちゃんみたいに上手くできないから・・・」
困ったように言う拓に、ヒロシは口元をニッと持ち上げた。
「ちっ、しゃーねぇなぁ・・・いっか？ほらっ、こう持って・・・」
そうして、道具を持った拓の手の上に、自分の大きな右手を重ねて、ヒロシは拓に反対の手でお碗を構えさせた。
「一瞬、だかんな・・・」
「うっ・・・うん・・・」
緊張にドキドキしながら、拓も泳いでいる金魚を見つめる。
「よっ！」
グイッと右手ごと動かされて、金魚を掬い上げると、元気の余り破けてしまったが、その穴の下にお碗を差し入れたので、金魚はちゃんとその中に落ちていた。
「やったぁ・・・・」
嬉しさの余り、拓が大喜びをする。
「やったな、拓ちゃん！」
「うん、ヒロシちゃんのお陰だよ！僕、初めて掬えたよっ！」
嬉しそうに言う拓に、ヒロシもグラサンの奥の視線を和らげる。
そうして、６匹も入ったビニール袋をぶら下げて、二人はまた歩き出した。
散々歩き回って、疲れた二人は、少し縁日の場所を外れて、石段の側に腰掛けた。
「疲れねーか？拓ちゃん？」
「う・・・うん・・・ちょっとだけ・・・」
ヒロシの問い掛けに、拓は軽く首を振って見せる。
人込みから外れた場所は、少し薄暗かったが、心地好い風が通り抜けて、気持ちが良かった。
日中は、まだ夏の盛りで暑いのだが、夜になるとやはり涼しくなってきているようだ。
「・・もう、夏も終わんな。」
懐から煙草を取り出して、ヒロシが一服する。
煙草を吸わない拓は、ぼんやりとヒロシの煙草の煙を見ていた。
「そうだね・・・何か、早いなぁ・・・」
夏休みも後数日で、終わり・・・来週からは新学期も始まる。
結局夏休みも間中も、何だかんだ言って、『爆音』の皆と遊んでいた・・・と言うよりも、狩り出されていたので、あっと言う間に過ぎてしまったような気がした。
この夏に起こった事を思い出して、拓はクスリッと笑みを浮かべた。
『マー坊』たちと峠まで走りに言った事とか・・・『真嶋商会』の旅行に連れていかれた事とか・・・『秀人』に誘われてツーリングに出掛けたり・・・『時貞』には、何故か理解らない内に、家に呼ばれていたり・・・。
本当に一杯あったなぁ・・と思いながら、最後にヒロシとこんな風な時間が持てて、拓は穏やかな気分となった。
「ありがとう・・・ヒロシちゃん。ボクを誘ってくれて・・・。」
微笑むように、拓がそう告げる。
そんな拓に、ヒロシは吸い終わった煙草を捨てて、向き直った。
そうして、拓の隣に腰掛けると、ヒロシはトレードマークのグラサンを外した。
「ヒロシちゃん・・・？」
不思議そうに問いかける拓を、ヒロシは真摯な眼差しで見つめる。
時が止まったかのような瞬間・・・。
「・・・拓ちゃん・・・オレ・・・」
低く思い詰めたような口調で、ヒロシが拓の肩を抱き寄せ・・・
「ひ・・ヒロシちゃ・・・」
戸惑いの吐息が、拓の口元から零れ落ちる。
「ヒロシーっ！！てんめえぇぇっっ！！？」
突然の怒声が、もう少しで良い雰囲気になる所をブチ壊した。
一体、いつの間に現れたのか、背後に立ったキヨシが肩で息をするのも荒々しく仁王立ちしてたりして・・・・
「キ・・・キヨシくん・・・？！」
そのブチ切れた様子に、拓が青くなる。
「・・・ってぇなっ！このクマ野郎がっ！んな馬鹿力で殴んじゃねーよっっ！」
後ろっから後頭部を殴られたヒロシが、きつい眼差しでキヨシを睨みつける。
「何言ってやがるっ！てめぇ、ずりーゾっ！なぁんで、テメーと拓ちゃんが一緒に“居”んだっ熙抜け駆けしやがってっ！」
もの凄い迫力で、キヨシがズイッとヒロシに迫る。
「うっせぇなっ！拓ちゃんと幼馴染みなんだから、別にイーだろうがっ！折角、良ートコだったのに、ブチ怖しやがって・・・何しにきやがったっ！」
「テメェッ！そりゃ、こっちのセリフだっ、ボケッ！人の事を部屋ん中に閉じ込めやがって・・・何企んでんだか・・・と思ったら、んな事しやがって・・・！！」
殴りっこをしながら、言い争っている二人に、拓はがっくりと肩を落としてしまう。
「・・・ハハハ・・・」
もう乾いた笑いしか出ない。
それでも、ただでさえ、誰が目撃してしまうのか理解らないので、拓は何とかして二人の喧嘩を止めようと言葉を探した。
「あの・・・ちょっと・・・二人とも・・・・」
それこそ、死ぬ覚悟で話しかけるが、喧嘩に夢中になっている二人に通じる筈もない。
『・・・どーしよ・・・？！』
心底困りきってしまった時である。
「駄目だよ、拓ちゃん・・・探したよ、オレ。」
「わぁっ(>△<)」
不意に背後から耳に、息を吹き掛けられるように囁かれて、拓は飛び上がった。
「とっ・・とっ・・・時貞くんっ(-_-;)」
慌てて振り返った拓は、しれっとした顔で立っていた天羽の姿に、びっくりした。
「拓ちゃんがいなくてつまんないから、ヒロとキヨシのトコに遊びに行ったら、キヨシしかいないし・・・ひょっとしたらって思ったけど・・・」
そうして、きつい眼差しのまま、拓の身体をヒョイと抱き寄せる。
「オレ以外の奴と・・・浮気したら、“殺す”よ。」
脅かし以外の何でもない天羽の台詞に、拓はダーッと涙を零した。
相変わらず、天羽の性格はイッちゃってるまま、帰ってくる気配もなかった。
「とっ・・・時貞くんっ？！」
そのまま、拓の顎を掴んで顔を近づける天羽に、拓は身の危険を感じてジタバタするが・・・拓の抵抗なんか天羽にとっては挑発と同じ意味を持つようで・・・。
「恥ずかしがらなくても・・・。」
フワリと微笑まれる度に、拓の背筋を悪寒が走る。
ツツツーッと天羽の指が、拓の背筋を辿るせいかもしれない・・・(T_T)
『うわーん(>_<)ヒロシちゃーんっ(>△<)』
唯々、心の中で助けを求める事しかできない拓であった・・・。
「てめーは、どさくさに紛れて、何してやがんだよっ！！」
ペイッと天羽の腕の中から拓をひっぺがすと、ヒロシは庇うようにして、拓の身を隠す。
「ヒロシーーー・・・」
地の底から這い上がるような声で、怒りの形相も凄まじく天羽がキレる。
お気に入りの人形を取られた子供は、容赦がない。
「だぁー、もうっ！テメーらは何なんだよっ！オレの幸せをブチ壊しやがって！！」
「一人だけ幸せになるんじゃねーよっ！！」
ヒロシが叫ぶと、キヨシが負けじと言い返す。
「拓・・・ちゃん・・・☆」
「と・・・時貞くん・・・(T_T)」
べったりと懐く天羽に、拓は困った表情を浮かべた。
結局、ヒロシとキヨシが何故一緒にいなかったのかと言う意味を理解ってしまったから・・・。
そうして、この喧嘩を止める言葉を拓は見つけてしまったから。
「・・・皆で一緒に戻ろ、ね。」
ホッと息を吐いて、拓は決定打を告げる。
「拓ちゃんっ！」
焦ったヒロシの声に、拓はゆっくりと首を横に振る。
「折角、来てくれたんだもの・・・四人で歩こうよ。それで良いでしょ・・・ヒロシちゃん。」
縋るように言う拓の瞳に、ヒロシはグラサンをかけてフイッと横を向く。
「やっぱ拓ちゃんは“やさ”しーなぁ。」
「拓ちゃん・・・♪」
キヨシと天羽が、表情を変えて、喜ぶ。
拓は黙ってしまったヒロシの事を見つめたが、そのままヒロシは何も言わなかった。
ただグッと握り拳を作って、前を歩いていく。
何となく、寂しい気持ちになって、拓は本の少しだけ唇を噛んだ。
そうして、戻った拓は、四人で歩く度に、やっぱりあの時のように目の前から人が消えていく状態に、軽い目眩を覚えた。
ヒロシと一緒の時は、ヒロシが気を抑えていたので誰も避けたりはしなかったのだが・・・。
そのヒロシも、現在は感情のままに激しい気を発しているので、ヒロシの側にいた人間はあからさまな態度で、避けるようにしていた。
やっぱり・・・言うんじゃなかった・・・と、拓は困った顔のままで、一緒に歩いていた。
時間はあっと言う間に過ぎていく。
キヨシと天羽が現れた時点で、既に夜も更けていたので、縁日が終わるまで幾らもなかったのだ。
すっかり人通りのなくなった道を、四人で歩いていく。
夜風が吹く中を、夜空を眺めて・・・。
やがて、拓の家の前まで辿り着く。
あれから、ヒロシだけが不機嫌なままで・・・拓の心を傷めていた。
それでも、今日のお礼を言わなければ・・・と拓は言葉を探した。
「あの・・・ヒロシちゃん・・」
だが、ヒロシは顔を向けただけで、何も言わない。
一瞬、拓は泣きそうな表情となる。
「んだよ、てめぇ！すっかりガキみてぇなマネしてんじゃねーよ！」
キヨシがそんなヒロシの背中をバンッと叩く。
そうして、クルリと振り返る。
「時貞ぁ、こんな奴放って、先行くぜっ！」
「キヨシぃ？」
「良いから、“く”んだよっ！」
眉を顰める天羽の首根っこを掴んで・・・有無を言わさない力で持って、キヨシは天羽を連れていった。
そうして、呆気に取られた二人が取り残される。
「チッ・・・ダボ野郎・・・！」
キヨシの思惑に気付いたヒロシが、舌打ちする。
「あの・・・ヒロシちゃん・・・」
「・・・ワリィ・・・。やっぱ・・・ガキみてーだな、オレはよぉ・・・」
眉を寄せて苦笑するヒロシに、拓も緊張を解いて・・・首を横に振る。
「ううん・・・ボク、ヒロシちゃんに嫌われたかと思った・・・」
「－んだよっ！オレが拓ちゃんの事キレェになるわけ“ね”だろっ！」
小さく呟く拓に、ヒロシは焦ったように声を上げる。
「うん・・・だから、ありがとう。すっごく楽しかった・・・ボク今日の事も思い出にする。また、来年も一緒に行けたら良ーね♪」
にっこりと笑う拓に、ヒロシは目を細めた。
そうして、大きく頷く。
「あぁ・・・また、“いこ”っぜっ！」
約束。
それはあの時のように・・・。
小学生の時も、二人で行って、怒られた後・・・二人で指切りをしたのだ。
懐かしい思い出が胸を包んで、拓は幸せそうに笑った。
「『キヨシ』ィ・・・“カ”し一個だよ。」
角を曲がった所で、ヒロシを待っているキヨシに、煮詰まった天羽が、『紅』い瞳で微笑う。
「そりゃ、ヒロシに言えよナ、時貞。」
口にくわえた煙草を足で踏み消しながら、キヨシはニッと笑い返した。
「あの馬鹿、本気で殴りやがった・・・。」
ボソリと呟く。
それだけ、『本気』だという事。
ヒロシに取っての・・・拓という“存在”。
実際、キヨシは拓と会っている時のヒロシの表情の深さに驚いたのだ。
『特別なんだよっ！！』
拓の事を口にする時に、ヒロシはとても嬉しそうで・・・実際、キヨシだとて強く惹かれていると言っても過言ではない。
何しろ、この目の前の『三鬼龍』の中で一番恐れられている天羽でさえ、こんなにも懐かせてしまう奴など、今まで何処にも存在しなかったのだ。
ふと、天羽を見たキヨシは、考えを吹き飛ばした。
「と・・・時貞？」
「―――拓ちゃんに、貰った♪」
にっこりと答える天羽に、罪はない。
無いだろう・・・が、やはり見たくないものはある。
一体、何処に持ってたんだ？と悩んでしまうヨーヨーを、天羽はパシパシと叩いていたのである。
鋭いナイフのイメージを持つ天羽が、丸いゴムまりで遊んでいる様というのは、はっきり言って凶悪以外の何でもない。
『ヒロシィーーー・・・早く来いよ、テメェ(-_-;)』
そんな天羽と二人っきりで居なければならないキヨシが、疲れ切ったように肩を落として・・・夜空に救いを求めていた。
「じゃあな、拓ちゃん。」
「うん、ヒロシくんも、またね。・・・キヨシくん、時貞くん、ありがとうっ！」
ヒロシに別れの挨拶を告げてから、拓は誰もいない道に向かってそう言った。、
ヒロシが不思議そうな表情を浮かべると、その角から拓の言葉に応えるかのように、手がニュッと現れて、振られていた。
「・・・あいつら・・・？！」
あんなトコにいやがったのか・・・と苦笑するヒロシに、拓はクスクスと笑う。
「・・・拓ちゃんは・・ほんと“や”さしーな・・・」
クシャッと拓の頭を撫でると、スイッとヒロシは拓に近づき一瞬後に離れた。
「―――じゃ、な、拓ちゃん。」
そうして、ゆっくりと歩いていく。
その姿が、角を曲がって見えなくなった途端に、拓はボッと顔から火を吹いた。
最後の一瞬、近づいたヒロシが、触れた頬の感触に・・・指を這わせる。
「・・・ヒロシ・・・ちゃん？」
恐れも嫌悪も感じなかった。
それは、本当に自然で・・・認識するまで、それがキスだったなんて気がつかなくて・・・。
―――思わず呟いた言葉が、胸の中に不可思議な感情を、秘めていくようだった・・・。
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