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天下ムテキの親バカ共
その日は、給料日だった。
日給払いの方が断然多い土方仕事ではあるが、今回は、同じ仕事場だったので、週給払いとなっていたのだ。
久しぶりに纏まった金を持って、彼らは、東京から帰宅の途へとついていた。
「よぉ・・・ヒロシぃ・・・今夜はパァーーッとやろーぜ。」
バイクの後ろに乗っていた相棒が、前で運転していたヒロシに向かって、嬉々として告げる。
「おぉ・・・んだなっ！」
対するヒロシもまた、大声で後ろに向かってそう答えた。
首都高を、ノーヘル・二人乗り・・・という、凄まじい規則破りな方法で通っているので・・・二人の後ろには、勿論検問パトカーがへばりついていたりするのだが・・・。
それを、全然気にした様子もなく、ヒロシは自分らの誇りでもある“ＺⅡ”を操っている。
「ちっ・・・しつけー、奴らだぜ・・・」
「あぁ・・・横浜インターで“ブッチ”ぎってやんよ！？」
それでも、喧しいサイレンの音に、忌ま忌ましげにキヨシが舌打ちをすると、ニヤッと笑ってヒロシはアクセルを最大までフルスロットルした。
途端に、凄まじい加速が付いて・・・スピードメーターの針がレットゾーンへと移動する。
「ヒュウッ！！」
楽しそーに、キヨシが口笛を吹く。
「この“風神仕様”の“ＺⅡ”にクソマッポが“つ”いてこれっかよぉ・・・！？『拓』ちゃんに笑われちまうぜ・・・」
フッと笑みを零すと・・・ヒロシは同じ走行車をまるで止まっているかのようにすり抜ける。
そうして、二人の特攻野郎は、そのまま横浜インターチェンジの料金所まで、飛び越えてしまうのだった。
久しぶりに、住処に戻った二人は、そのまま今夜の酒盛り用の仕込みをする為に街に出てきた。
一週間振りの横浜は、別に変わった様子は無かった。
元町の通りも、夜の町並みを喧騒が広がっている。
いつも通っている酒屋で、酒を買い込み・・・コンビニでツマミを物色すると、両手にそれを持って歩きだす。
「明日は久しぶりの休みだしよぉ・・・今夜は潰れるまで飲み比べっこしよーぜ。」
腕の中の酒を見ながら、嬉しそうにキヨシが告げるが、ヒロシからの返事がない。
「ヒロシ！？」
隣を見てヒロシがいない事に驚いたキヨシが辺りを見回すと、何をやっているのかヒロシは歩道の真ん中で突っ立っていた。
否、正確に言うと、突っ立ったままガラスケースのショーウィンドウを見ていたのだ。
「・・・どうした？」
動かないヒロシに、キヨシがわざわさ戻ってきて尋ねた。
それでも、ヒロシの反応はない。
食い入るように、何かを見つめている。
何をそんなに見つめているのか、不思議そうな顔つきでキヨシも中を見つめる。
ここ最近、店を開いたらしくまだ綺麗なショーウィンドウケースの中に、女の子が好んで着るような洋服が、何着か飾ってあるだけである。
別に、特に気を引くようなものは何もなかったのだが。
「・・・いいなぁ・・・あれ。」
ボソッと呟いたヒロシの言葉が、キヨシの意識を奈落の底まで突き落とした。
「ヒ・・・ヒロシ・・・！？いっ・・・今・・・何て・・・？」
思わず、自分が聞き間違えたのだろうと思ったキヨシが、問い返してしまう。
「あれ・・・ほしいなぁ・・・」
「・・・・・・・・・・」
だが、またしても返ってきた答えに、それが聞き間違いできなかった事を知って、青冷める。
初めてではなかろうか？“鬼”のキヨシをここまで怖がらせる事など・・・・。
相棒の、知ってはいけない趣味を、垣間見てしまった瞬間・・・というのは、こういう事を言うのだろうか・・・。
・・・そう思いながら、キヨシは、ヒロシのその姿を想像してしまい、頭を抑えたまま悶絶してしまった。
もう少しで息の根が止まりかけた時に、ヒロシが行動に移した。
「―――買ってくる。」
「・・・ヒ・・・ヒロシィ・・・・」
きっぱりと告げると、そのままヒロシは全然似合わないその店の中にずかずかと入って行ってしまう。
情けない声を上げたキヨシは、どうしても硬直した身体が動かなくて、そんなヒロシを止める事ができなかった。
そうして、待つ事１０分間・・・。
その間、キヨシが地獄の責め苦の状態であった事は言うまでもない。
親友として、見捨てる事はできないが・・・それを認める事が、どうしても生理的に受け付けられないのだ。
自分と同じぐらい身体の良いヒロシが・・・・
幾ら、人の好みは色々だとは言っても、はっきり言って、許せない事もある。
今まで、そんな趣味がヒロシに合ったとは、少しも知らなかった事を、親友の癖に俺って奴は・・・とか、やっぱり俺がまともな道に・・・などと、心の中でずっと葛藤状態だったのである。
「ありがとうございました。」
「待たせたな。」
だが、店の中から、店員に挨拶されて、出てきたヒロシは凄まじく上機嫌であり・・・キヨシは絶望状態のまま、がっくりと肩を落とした。
「あぁ！？何トロトロしてやがんだよ。さっさと行くぜ。」
まるでスキップでもしそうな勢いのヒロシに、ガックリと肩を落としたキヨシは、泣きたくなる気持ちを押さえながら、すごすごと付いていく事しかできなかった。
酒盛りが始まっても、ヒロシは上機嫌だった・・・。
ここまで上機嫌なヒロシは、ここ最近見た事がないキヨシは、ヒロシとは逆にどんどんと落ち込んでいく。
「なぁーんだよ、キヨシィ・・・さっきからテメェ・・おかしぃんじゃねー？」
清酒の一升瓶を半分程飲みきった所で、ヒロシがやっと相棒の様子が奇怪しい事に気付いた。
あれだけ、『酒がやっと飲める☆』と騒いでいたキヨシが、さっきから全然進んでいないのだ。
「・・・具合でも悪ィんかよぉ・・・？」
不思議そうに尋ねるヒロシに、悪意はない。
キヨシにとっては、人の気も知らないで・・・という気持ちもあるが・・・。
どうしても、先程ヒロシが買ってきた袋の中身が気になってしまって、酒盛り所ではないのだ。
「まぁ・・・今夜は、特別ゲストも、ちゃーんと呼んであるからヨォ・・・♪」
ケラケラと笑うヒロシは、ますます上機嫌となっていく。
「ピンポーーン♪」 突然、呼び鈴が鳴って、ほろ酔い加減だった筈のヒロシが、ガバッと立ち上がって、キヨシの方が玄関に近いにも係わらず、足早に出ていく。
「・・・こんばんわ・・・」
「よぉ・・・わりぃな、んな時間に呼び出しちまってよぉ・・・♪」
「たっ・・・拓ちゃん！？」
ヒロシの行動を不思議な顔で追っていったキヨシは、ドアが開いた途端に、チョコンと顔を見せた相手に、驚きの声を上げた。
「キッタねェとこだけどよぉ・・・上がってくれよ、な。」
「うん。お邪魔します・・・。あっ、キヨシくん、こんばんわ。」
「おっ・・おう・・・。」
突然の拓の出現に、すっかり度肝を抜かれてしまったキヨシが、赤くなる。
「なぁーに、かしこまってやがんだぁ、キヨシィ・・・」
「バッ・・バカヤロー・・・何も言わなかっただろーがよっ！！」
ニヤニヤ笑いながら戻ってきて言うヒロシに、キヨシは焦った声で怒鳴る。
途端に、拓の顔が曇る。
「あっ・・ゴメン・・・ボク・・・邪魔だった・・・？」
「ちっ・・ちげーよ、『拓』ちゃんっ。このバカが、何も言わネーから、ちっと驚いちまっただけで・・・」
困ったように告げる拓に、ますます混乱しながらキヨシが告げる。
次の瞬間、ホッとしたように綻んだ拓に見とれてしまったのも事実であったが。
「うん。ボクも突然ヒロシちゃんから電話を貰って・・・驚いちゃった・・・。」
「まーな、ちっと・・・用があったんでな。」
「―――用！？」
びっくり眼となって、ヒロシを見つめる拓に、ヒロシは珍しくにっこりと笑って見せる。
そうして、キヨシがずっと気にしていたあの袋を持ち上げる。
「・・・これ、着てくんねーか？」
そんなに酒を飲んでない筈なのに、赤くなったままヒロシがそう告げる。
その瞬間・・・本当に、その瞬間にキヨシは総ての迷いが宇宙の彼方に飛んでいった気がした。
「ヒ・・・ヒロシィ・・・・」
抑えきれなかった涙を、ボロボロと零しながら、ウンウンと頷いてヒロシの肩を叩く。
「キ・・・キヨシッ！？」
「―――キヨシくん・・・？」
突然のキヨシの態度に、二人して目を見開く。
勿論、キヨシにとってはそんな事は目に見えていない。
おぞましいまでの、イメージから解き放たれた事に、至上の喜びを全身で感じていた。
「・・・良かったぁ・・・」
ハーーーッと吐息を零すように呟くキヨシに、ピクッとヒロシの額に血管が浮き出る。
「・・・何が、良かったんだよ、テメェ・・・」
今にもブチ切れそうな程、怒りを現して、キヨシを脅す。
そんなヒロシの態度に、少しムカッときたキヨシもまた同じように怒りを現す。
良く考えれば、何の説明もせずに行動を起こしたヒロシが悪いと思ったのだ。
だが、どっちもどっちという言葉を、二人は決して認める事はしない。
絶対的に相手が悪い・・・！と思うだけ。
・・・だからこそ、総てが敵になってしまうのだが・・・。
「大体、テメェが、まぎわらしい事言いやがるから・・・。」
「あぁ！？だから、何だってェんだよっ！」
トコトンまで追求しないと気がすまないヒロシが、歯切れの悪いキヨシの言葉に、耐えきれなくなって吼える。
「だから、テメーがショーウィンドーの前で、あれが欲しいなんて言いやがるから、てっきりテメーが着るのかと思ってたんだよっっ！！」
キヨシもヤケクソになって怒鳴る。
一瞬、その場が水を打ったように静寂に包まれた。
「あ・・・あの・・・ヒロシちゃん・・・キヨシ・・・くん・・・ケンカ・・・しない・・・で・・・ね・・・」
迫力のある二人の側で、すっかり萎縮してしまった拓が、恐る恐るお願いするが・・・その言葉を遮るかのように、ヒロシの血管がブチンッと音を立てて切れた。
「キヨシッ！テメー、何ておぞましー事、考えやがんだっ！！」
「うっせぇっ。誤解するよーな言い方しやがってぇ・・・ソーゾーしちまっただろーが！！」
天をも割れんばかりの大怒声で、言い争う様は、まるでゴジラとキングギドラが闘っているような様相であった。
＜ひーーーん。＞
飛んでもない所に来てしまった・・・と拓はただ壁にへばりついて泣いていた。
２０分後、漸く嵐が収まった部屋の中は、酷いものであった。
疲れ切った二人が、同時に床に大の字に横たわる。
「―――っだらぁっ！」
「・・・マジッかよォ・・・・」
「ヒロシちゃんっ！キヨシくん・・・」
倒れた二人に、慌てて拓が駆け寄る。
「アー、もうイイベ・・・なぁ、拓ちゃん・・・マジで着てくれネっか！？」
青痣を創った顔で、ヒロシが困ったように笑みを浮かべる。
「ヒロシィ・・・オメー、マジなんかぁ？」
「ヒロシちゃん・・・？」
キヨシと拓が、ヒロシを見つめる。
「あぁ・・・見つけた時よぉ・・・白くてふわふわして見えてな。・・・なぁーんか、『拓』ちゃん想い出しちまってよぉ・・・。絶対似合うんじゃねぇ！？」
ヘヘッと照れ臭そうに笑って、ヒロシはムクリと起き上がる。
「・・・ありがとう・・・ヒロシちゃん・・・ボクでよかったら・・・」
袋の中から、そっとそれを取り出すと・・・そのまま拓は頭からそれを被った。
「なっ、良く似合うべ☆」
真っ白なふわふわの春物のセーターを着込んだ拓に、ヒロシは会心の笑顔を浮かべた。
「あぁ・・・ホントだな。拓ちゃんに良く似合ってんな。」
キヨシも、笑みを浮かべる。
二人に似合うと言われて、少しだけ戸惑ったような表情を浮かべたまま、拓も照れたような微笑を見せた。
「―――あたぼうよぉ、オレの拓ちゃんは“やさ”しーからよぉ・・・」
なっ☆と言いながら、抱き寄せるヒロシに、キヨシの額に血管が浮き上がる。
「あ！？誰の拓ちゃんだってぇ？」
ビキビキとまた形相が険しくなっていく。
「ふわふわでやーらかくてよ、真っ白な、オレの拓ちゃんだべっ！！」
拓を両手でしっかりと包んだまま、ヒロシがきっぱりと言い切る。
この事に関しては、妥協する気もない。
それは、またキヨシにしても同じなのだが。
「ヒロシの拓ちゃんなら、オレの拓ちゃんだべっ！！」
「あぁ！？“フザ”けてんじゃねーよっ！！」
ヒロシの腕の中から、拓を奪おうとして、また空気がおかしくなっていく。
二人の腕の中で、拓は半べそを浮かべる。
「あっ・・あの・・・仲良く・・・して・・・ねぇ・・・」
精一杯の勇気を振り絞って、声を出すが・・・どちらが所有権を取れるかで争っている二人に通じる筈もない。
「拓ちゃんは、オレんだっつうてんだろっ！」
「だから、ヒロシのなら、オレのだべっ！！」
ちょっと良く考えれば、同じ事を言っている事に気付く筈なのだが・・・。
ヒロシのなら、またそれはキヨシのでもあるという事。
結局は、二人の『想い人』という事なのだ。
半分以上は意地の張り合いなのだが、それに、気がつかない程二人共、拓を溺愛しているという事らしい。
それが、拓にとって幸せな事なのか・・・それとも・・・。
「店の人に、ちゃんと恋人へのプレゼントですか！？ってよぉ、言われたんだからなっ！」
きっぱりとヒロシが言い切る。
店から出てきたヒロシが上機嫌だった理由も、これで判明がついたキヨシに遠慮はなかった。
「オレが買っても、同じ事、言われたべっ！」
その台詞が、第二ラウンドのカーンという鐘の音になってしまったのである。
―――所詮、どんな世の中でも、親バカ程始末に終えないものはない・・・という事である。
むすめ
『拓』の未来に、幸あれ。
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