ＫＩＳＳ　ＹＯＵ
　　
　「足りない・・・・」
　毎度毎度・・・いつもの事ながら、この者の台詞は唐突である。
　「えっ？」
　突然の台詞に、一緒にいた少年は、小首を傾げた。
　「足りないんだ・・・」
　同じ言葉を繰り返す少年は、好物のアイスクリームを片手に拳を握り締めていた。
　「足りないって・・・何が？もっと、アイス欲しいの、マー坊くん・・・？」
　「違うよ、拓ちゃん・・・足りないんだヨォ・・・」
　黒髪の少年の問い掛けに、金髪の少年はますます訳の理解らない事を呟き続けた。
　　
　金髪の少年の名は、鮎川真里。
　―――通称『マー坊』と呼ばれており、横浜最速を誇る暴走族“爆音小僧”の六代目だったりする。
　小さな身体に似合わぬ、馬鹿力は、自分の倍以上ある者たちでも吹き飛ばせるぐらいのパワーを持っていた。
　普段はニコニコ笑っている事の方が多いが、本気になった時の強さは、半端ではない。
　尤も、それぐらい強くなければ“頭”を張る事などできはしないのだが・・・。
　隣に居る黒髪の少年の名は、浅川拓。
　“乱校”の真里のクラスに転入してきた転校生であり・・・喧嘩によって自宅謹慎を食らっていた真里が、復帰した朝に路上で初体面をして・・・真里が一目惚れした相手である。
　勿論、真里も拓も同じ男なのではあるが・・・何処までも“我が道を行く”真里の強引なアタックによって、いつの間にか・・・公認の仲になってしまっていた。
　拓が自分よりも小柄な所も気にいっている真里は、いつも傍らに拓を連れ歩いていた。
　今日も、いつものように学校が終わってから、彼らの溜まり場である特攻隊長の真嶋秋生の家でもある・・・『真嶋商会』という解体工場の倉庫で、バイクの改造やチューンナップをしてから、解散して・・・二人で帰る所だったのだ。
　途中で、真里の甘いもの禁断症状が出た為に、これまたいつものように、近くのコンビニでアイスを仕入れて・・・隣の公園で食べていたのだが・・・。
　何か考え事をしていた真里が、突然呟いたのが・・・最初の台詞であった。
　　
　「だから・・・何がたりないの？お腹すいたの？」
　困ったように問いかける拓に、アイスを食べながら真里は首を横に振る。
　その姿はまるで駄々をこねる子供のようだ。
　拓の頬を冷や汗が伝う。
　「―――足りないって理解ってるんだけど・・・自分じゃ、どうしようもないんだ・・・」
　しゅんとなってしまう真里に、拓はますます困ってしまう。
　「・・ボ・・・ボクで力になれるんなら・・・」
　うなだれる真里の様子が可哀相で、拓はつい口を滑らせてしまった。
　「ホント？！」
　途端に、コロッと笑顔になる真里に・・・拓はまたしてもやられた・・(-_-;)と後悔したが、後の祭りであった。
　「んーーーとっ☆」
　ニコニコ笑顔で、キョロキョロと辺りを見回す真里の次の行動が予測できなくて・・・拓はビクビクしてしまう。
　「あっ・・・あったあった・・・♪」
　目的のものを見つけた真里が、拓の手を掴んだ。
　そうして、手を繋いだまま駆けだす。
　「マー坊クンっ？！」
　強い力に引きずられながら、拓はその名を呼ぶ。
　「なに？拓ちゃん・・・？」
　ブランコの前で立ち止まった真里は、拓を振り返った。
　「えっ？あの・・・何する・・の？」
　突然振り向かれて焦った拓は、しどろもどろに問いかける。
　「あっ、じゃあねぇ・・・拓ちゃんは、ここに立っててネ♪」
　拓をブランコの横に立たせると、真里は立ったままの体制でブランコを漕ぎだす。
　「キャッホー♪」
　暫くそうしてブランコに乗って、風を全身に感じて嬉しそうにしていた真里は・・・やがて漕ぐのを止めた。
　激しく揺れていたブランコの振り子が、徐々にゆっくりと小さくなっていく。
　「拓ちゃん・・・」
　それが止まる寸前、名を呼ばれて振り返った拓は、次の瞬間自分の唇に触れたものに瞳を見開いた。
　ブランコに乗ったまま、少し屈むようにした・・・真里の顔が目の前にあった。
　「へへっ・・・びっくり、した？」
　ほんのりと頬を赤らめて言う真里に、拓は次の瞬間ボッと顔から火を吹いた。
　「まっ・・まっ・・・まっ・・・(>△<)」
　余りの驚きに、言葉も出ない。
　不意打ちと言えば、これ以上はない程の・・・不意打ちである。
　不意打ちで、キスされてしまうのも・・・悲しいものがあるが・・・。
　「やっぱり、後、十センチは欲しいよなァ・・・。キスする時に、屈むぐらいの方が・・・サマになるもんネ♪」
　ニッコリと笑ってそう告げる真里に、拓はがっくりと肩を落とした。
　つまり、“足りない”というのは身長の事なのだろう。
　それが理解った拓は、ただ深い溜め息を付くばかりである。
　バッとブランコから飛び下りた真里は、がっくりしていた拓をギュッと抱き締めた。
　「大好きだよ、拓ちゃんっ！♪」
　力一杯の告白に、拓は真っ赤になってしまう。
　開けっ広げな真里の性格に、できる事なら常識とずっとお友達でいたいと思っている拓は振り回されっぱなしで・・・・。
　それでも、その“想い”は決して嫌な事ではなくて。
　「・・・ボクも好きだよ・・・マー坊くん。」
　照れたようにそう告げる拓は、他人の想いには誠実に応える性格をしていた。
　「あっれぇ、両思いなんじゃん？！」
　何を今更・・・という言葉を、驚いたように告げる真里に拓はまたしても冷や汗が出てしまう。
　「そっ・・・そうだね・・・」
　「なぁーんだ・・・。じゃあ、オレんち“行”こーか？拓ちゃん♪」
　「どうして・・・？」
　いきなりな真里の言葉に、拓の瞳が丸くなる。
　「“Ｈ”しよ☆」
　ドッカァーーーンッ！！・・・という爆発に飛ばされたように、拓の思考が真っ白になった。
　ハッ？今、何とおっしゃいました？状態の拓を、ガシッと捕まえたまま、真里は歩きだす。
　勿論、真里の驚異的な力の前では、拓の抵抗など嵐の中の木の葉であろう。
　ボーゼンとしている拓の身体を、軽々とバックシートに乗せると、真里はアクセルを全開に開いた。
　嬉々揚々とした状態で、愛車のフォアを操る真里の背中にしがみつきながら・・・逃れられない『不運』に捕まってしまった事を拓は思い知らされていた。
　　
　　―――翌日、ひょんな事から拓の首筋に真里が付けたキスマークがばれてしまい・・・メンバーの連中に堂々と“拓ちゃんはオレのもの”宣言をした真里が、拓の過去を知るのはもっと後の話になるのであった。　
　　
　　終わり。 　／　戻る