|
一体、何時頃からだろう・・・。
夢を見なくなったのは―――。
カナリアイエローの夢
独りになってから、いつも見るのは・・・暗くて悲しい夢ばかり。
誰もオレを見ようとはせず、誰もオレを知ろうとはしない。
何処に居ても・・・本当の居場所なんかなくて・・・。
ただ、唯一の“トモダチ”と一体化している時だけ・・・オレがこの世界に存在する事を、感じられた。
カワサキＫＨ４００。
スクラップに近い状態の＜奴＞を・・・奴の声を聴いて・・・。
それは、まるで『神の啓示』のように、脳裏に響きわたった。
―――オレはお前を裏切らない。―――
確かに、その＜声音＞は聞こえたのだ。
ずっと、望んでいた＜モノ＞。
決して壊れない関係。
信じても・・・心を任せられる存在。
それが、＜キカイ＞でしかなかった事に、少しも疑問を感じる事はなかった。
だから、オレはその“塊”に“命”を吹き込んだ。 共に“生”きていく為に。
誰もいらない・・・誰も欲しくない。
全てに無関心で、総てを滅ぼして・・・。
この“心”さえ捨てられたら、オレは・・・オレはもっと強くなれるだろう。
―――理由など、何処にもない。
自分の“存在”など、意味がない。
何の為に、“生”きて・・・何の為に、“生存”しているのか？
この身体を流れるのは、きっと血ではないのだ。
“トモダチ”と同じだから。
エンジンの音が、＜鼓動＞であり、熱く滾るオイルが、＜血潮＞。
ずっと一緒にいれば、きっとオレも“ヒト”ではなくなるのだ。
その日を夢見て・・・今は“悪夢”の日常を過ごしているだけ。
いつか、夢すら見られなくなる日を、待ち望みながら・・・。
そして、その夢は叶った筈だった・・・。
小さな、凄味のかけらもないような者が、オレの大事な“トモダチ”に跨がって笑っている。
その姿を見た瞬間に沸き上がったったのは、凄まじいまでの憎悪。
八つ裂きにしても物足りない程の怒りを持て余しながら、オレの脳裏には残酷な程の感情が沸き上がる。
なのに、出会ったそいつは恐ろしいほど真っ直ぐにオレを見つめた。
鉄壁な筈の鉄の心が、本の少しだけ動いた。
不可思議な感情が、全身を支配する。
徹底的に痛めつけてやろうと思った筈なのに、その感情が全て顔に出てしまうような相手の表情に、考えが変わっていく。
誰からも裏切られた事がなく、のほほんと生きてきたような甘ちゃんな顔を、哀しみや恐怖や怒りに染めて、その“精神”をズタズタに引き裂いてやりたくて・・・。
決定的なチャンスを図る為に、笑顔を見せる。
勿論、相手を安心させる為だ。
“ニンゲン”は笑顔を見ると警戒心を解く動物らしい。
その表情の裏で、牙を剥いている事も知らずに。
他人など、簡単に信用するものじゃない。
都合の良い時だけ利用されて、後は裏切られるのがオチだ。
それを骨の髄までたたき込んでやろうと、散々優しくしてやったら、相手はまんまとその罠に引っ掛かった。
こんなに簡単に引っ掛かるとは思ってもみなかったので、頭の中のイメージがますます残酷なシーンを描きだす。
そうして、すっかり警戒心を解いて、ニコニコと嬉しそうな顔をする相手を地獄の底にたたき落とす為に、行動を起こそうとした途端に、邪魔が入った。
その為に、計画は実行できなかったが、楽しみが増えたと思ってその場は簡単に引き下がってやった。
取り合えず、収穫はあった。
浅川、拓・・・。
それが、相手の名前。
とんだお人好しかと思えば、時々全てを見透かしているのではないかという眼差しが返ってくる。
それ程、印象的な瞳だった。
決して許さないと思っていた相手なのに、いつしかオレはその“存在”が酷く気になってしょうがなくなってしまっていた。
深入りなんかする気は全く無かったのに・・・感情という奴は時折飛んでもなく厄介な現象を引き起こすものだ。
ヤバイと思い始めたのはいつからだったか？
拓を知れば知る程、その余りにもお人好し加減に反吐が出そうなのに、気付けばその“存在”を探しに動いてしまう。
捨てた筈の“弱い心”を再び復活させそうな＜相手＞。
このままで良いのか何度も＜トモダチ＞に問いかけたのに、返ってくる“声”は聞こえなくて。
その内に、ある場所で知り合った鰐淵と、拓も知り合いなのだと知った。
喰えない奴だ。
のほほんとした表情からは、全く想像もできない程の生活を送っているようなのだ。
回りの人間関係も大分複雑なようだったので、これを使って苛めても良いと思った。
誰でも簡単に信じられるような拓だから、自分と同じようにきっと全てに絶望するだろう・・・。
気分はずっと、獲物を狙う狩人のまま。
弱い獲物を徐々に袋小路に追い詰めていく、狂気のゲーム。
そうして、相手が想像以上に強かった時には、自分の“存在理由”がなくなり＜解放＞される時なのだと思いながら、生きていくだけだった。
鰐淵は、初めてその“存在”を見た瞬間に、背筋に悪寒が走った。
横浜最強の“漢”。
全身を纏う＜気＞のようなモノが静かに揺らめいていたのだ。
こんな奴が本気を出したらどれ程のものなのか、酷く興味があった。
地元でも、強いと言われている奴等と戦い続けていただけで、いつしか“族”の頭とか呼ばれていたが、他人に関わり合う事の煩わしさで、別の奴に押しつけてしまった。
どうせ、隙を見せればとって変わろうと思っている奴や、媚びへつらってくる奴ぐらいしかいない関係など、興味すらなかった。
なのに、そんな奴らしかいないような“族”の頭をしている鰐縁の本音も知りたくて・・・。
闘いを挑んで飛び込んで行った時に・・・側に居たのは不思議な事に拓だった。
鰐淵は、強かった。
桁外れな程の強さを見せつけた。
自分がこんなに無力だったのかと思い知らされる程、ボロボロにされた。
途中で意識が薄れてもう駄目だと思ったら、誰かが身を呈して庇ってくれた。
拓・・・なのか？
霞む視界で、良く見えない目を必死に堪えて見る。
壊れたロボットのような感覚で、動かない身体を動かして・・・。
違う・・・オレは誰も信じない。
裏切りだらけのこの世の中など、オレの手でぶっ壊してやりたくて・・・だから・・・。
『ごめん・・・』
そう拓は呟く。
『ずっと言おうと思っていた・・・言わなくっちゃいけないって・・・』
鰐淵に殴られながらも、拓は逃げる事もせずにオレの側にいる。
『見えてたよ・・・ちゃんと最初から・・・ボクは来栖くんの事が・・・』
言葉と同時に浮かんだその表情の深さに、全身を貫かれた。
そんな筈はないのだ。
オレ自身を“理解”ってくれるのは、＜トモダチ＞だけだと・・・同じ“鼓動”で走り・・・同じ“オイル”が通っているアイツだけだとずっと思っていたのに。
頭の中でシグナルが響く。
―――オレはお前を裏切らない・・・―――
アイツと出会ってから今日までの様々な出来事が、頭の中を駆けめぐっていく。
信じていた者たちに裏切られた事の、苦しみや哀しみや憤り全てが全身を覆い尽くす。
―――見エナイカラ、何ヲシテモ平気ダッタ。
そうして、オレは本当は他人に自分の存在理由を欲しかったのだろうか？
そんなオレの気持ちを、拓はずっと知っていたのというのか？
理解らない・・・理解りたくもない。
なのに、ならば何故、拓はここに居るのだろう。
どうして、こんなにも真っ直ぐな目でオレを見つめてくるのだろう。
弱い心がどんどん生まれてしまう。
強い筈の“魂”が、揺さぶられる。
そんなモノなど、欲しくもないのにっ！
感情を振りしきるように、鰐淵に立ち向かう。
壊れた筈の身体が動くのは、不思議だったが・・・。
そうして、オレたちは結局、鰐淵に勝てなかった。?
目が覚めたのは、病院だった。
不思議と悔しさとか憤りの感情は沸いてこない。
ただ、拓の“存在”を探していた。
二人共、ボロボロになるまで殴られた。
なのに、意識を失った後も傍らにあった温もりは確かに拓のものだった。
その暖かさが、やけに心地よくて・・・。
オレは一体どうしてしまったのか？
何故あんな風にまで闘い続けたのか？
オレを認めない者たちに、認めさせたかったのか。
オレを認めない者たちを作った世界全てを壊したかったのか。
それとも・・・オレ自身が滅亡を望んでいたのだろうか・・・。
理解らない・・・それも今となっては、もう。
ただ、酷くすっきりした気分だけが、感情を支配していた。
キョロキョロと辺りを見回しても、拓の“存在”は何処にもなかった。
そう、何よりも驚いたのは、鰐淵を“本気”にさせたのが、拓だったという事だ。
あんなにほのぼのとしていた拓なのに、鰐淵と対峙した時の気迫は凄まじいものだった。
決して強くはなかったのに・・・どんなに殴られても最後まで一緒に立ち向かってくれた。
拓が一緒に戦ってくれたから、オレは惨めな思いをしなくてすんだのかもしれない。
最初は、大事な＜トモダチ＞をオレから奪った憎い奴だった。
八つ裂きにしても物足りない程の・・・怒りの感情しかなかったのに・・・。
自然とこぼれ落ちたのは、＜微笑＞み。
可笑しくて堪らなくて・・・・。
総てを捨てて・・・総てを諦めた筈のオレの鉄と化した心臓を、あっと言う間に“血”の通うものに戻してしまう“存在”がまだ残っていた事が、楽しくて。
狂気に捕らわれていた筈の“精神”が、笑いを引き起こすのだ。
だから、どんな状態になろうとも、止められないのだ・・・生きていくという事を。
＜トモダチ＞以外に執着できるものが、この世界にまだ残っていた事が、ゾクゾクする程の喜びで。
拓がこの先、どんな風に変わるのかを側で見てみたくなった。
湘南と横浜で、住んでいる場所も違うのだが・・・それでも同じチームになれば、問題はないだろう。
拓という“存在”を手に入れられれば、オレはもっともっと強くなれる気がした。
『蠅の王』。
それが、オレのチームの名前。
“魔王”であり、魔界の実力者。
隙あれば、魔界一の王である“サタン”の地位を狙っている策略者でもある。
早速作った腕章を早く渡したくて、横浜の拓の学校まできたから、ついでに清美の所に顔を出す。
清美は、鰐淵のお姉さんであり、キップの良い姐御でもあった。
現在でも横浜で語り継がれているその経歴は、手に入れたいものの一つでもあった。
今となってはもう、どうでも良い事となりつつあったけど・・・。
問題を起こすなと言われても、向こうから近寄ってくるのは仕方ない。
漸く拓を見つけたら、邪魔者が山のようにいて、少しだけ気分が悪くなった。
どうして、拓の周りにはこんなにもウザッタイ奴等が多いのだろう。
取り合えず、用件だけ告げて、オレは帰ってきた。
返事をその場で聞かなかったのは、もう一度会う為の口実。
腕章を渡した瞬間の拓の驚いた表情を思い出して、オレは不思議とドキドキしていた。
そうして、今日は初めての“走り”の日。
「来栖くんっ！？遅くなってゴメンね・・・・」
待ち合わせの場所に１０分程遅れて来た拓は、困った顔をしていた。
「拓・・・ちゃん？」
やけに後ろを気にする拓に問いかけようとして、遠くから響いてくるエンジン音に耳を預ける。
「だから・・・その・・・来る途中で、見つかっちゃって・・・何とか逃げてきたんだけど・・・・」
ますます困ったように告げる拓に、オレは苦笑を隠せない。
「まだ、探してるよーだネ。」
「うっ・・・うん・・・こんなんじゃ、一緒になんて走れないよね・・・」
小さく呟く拓が、妙に可愛くて、ドキッとしてしまう。
あいつらが、拓を追っ掛ける気持ちが、何となく理解る気もする。
オレでさえ、こんなにも惹きつけられるのだから、他の連中は尚更なんだろう・・・と。
だからこそ、手に入れたい“存在”なのだが・・・。
「ヘーキヘーキ・・・誰がこようが、オレが返り討ちにしてやっから・・・」
ケラケラと笑って告げると、拓は困った顔のまま、それでも小さく微笑った。
「良かった・・・」
「―――ん？」
「来栖くんの・・・えっと、上手く言えないけど・・・ボクたち、もう“トモダチ”だよネ。」
フワッと笑う表情の奥深さに、またしてもドキッとしてしまった。
「―――来栖くんって、とっても強いし・・・何か、変なんだけど・・・初めて会った時、殺されるかもしれないって思ってたから・・・。それも、仕方ないと思ってたのに・・・来栖くんはすぐに許してくれて、ボク嬉しくて・・・」
「拓ちゃん・・・」
「マー坊くんとか、秋生くんとかは、騙されてるんだっていうけど・・・」
続けられた言葉に、ズキッと胸が痛む。
確かに最初はそれを望んでいたが・・・だが、今となっては過去の話なのだ。
壊そうと思っても、結局拓は潰れなかったのだから。
それでも、その“答え”をオレは聞いてみたかった。
「―――もし、そうだったら、どうする？」
「来栖くん？！」
「だから、『爆音』の連中が言っている通りだったら？」
これで、壊れてしまうのなら、それはそれで仕方ない。
今更どう繕っても、過去を変える事はできないから。
「それでも・・・」
少し俯いてから、拓は真っ直ぐにオレを見つめた。
「それでも、ボクは来栖くんを信じる。」
強い意志の込められた眼差しと言葉が、オレの呪縛を解き放つ。
「・・・拓・・・」
「ううん、信じたいんだ・・・。前に、ボクがまだ“乱校”に来る前にいじめられっ子だった時、ボクは当たり障りのない生き方しかできなくて・・・本当に弱虫だった。そんな時に、知り合った大切な“友達”が教えてくれた“強さ”は、決して逃げない事だった。」
静かに、困ったように告げる拓の唇からこぼれ落ちる言葉が、オレの全身を覆い尽くしていく。
目の前の拓がいじめられっ子だったというのは、酷く意外だった。
それほど、今の拓の周りには人が集まっていたから。
「その“友達”を、ボクは一度恐くて信じきれなかったんだ・・・。」
「・・・・」
「初めて“族”の集会に誘われて・・・彼らの強さに憧れてたけど、いざ“族”同士の闘いになったら、恐くなっちゃって・・・差し出してくれた彼の血まみれの手が取れなくて・・・。」
そうして、拓は言葉もでないオレからちょっとだけ視線を外して、遠くを見た。
その時の事を、思い出しているのかもしれない。
「あの時の傷ついたような彼の顔は、一生消えないと・・・思う。」
「拓ちゃん・・・」
「でも・・・“秀人”くんは、そんなボクを許してくれた。彼の居ない時に学校に殴り込んできた奴と、喩え勝てないって理解っていても闘ったボクが、ボロボロにされている時に助けてくれた。来栖くんも知ってると思うけど、ボク喧嘩って弱いんだ。あの頃は今よりももっと弱くて・・だからこそ、本当の“強さ”を知った気がするんだ。」
「本当の“強さ”？」
「うん・・・。自分に負けない事・・・だと思う。力がなくて、弱いからこそ、人を信じたり大切にしたりする“想”いが・・・それだけが、ボクの“力”になるんだ。だから、ボクは来栖くんを・・・」
信じてるのだ・・・と、拓の瞳が告げる。
オレは言葉すら出なかった。
弱みにしかならないような過去を、拓はオレに告げたのだ。
オレをそれだけ信用しているからこそ・・・。
「あっ、ゴメン・・・何か、ボクばっかり喋っちゃって・・・その・・・あの・・・偉そうな事言っちゃって・・・怒った？」
心配そうに告げる拓に、オレはただ首を横に振る。
どうして、こんな“存在”があるのだろう。
きっと、拓はオレが裏切ったとしても、壊れる事はきっとない。
傷ついても、打ちのめされても・・・それでも立ち上がるのだ前を見つめて・・・。
「来栖くんっ？！」
気付いたら、オレは拓を抱きしめていた。
見た目よりも更に小柄な身体の何処に、そんな強い“魂”が隠れているのだろうか。
オレがずっとなりたくて、でもなれなかった“存在”。
なんて、色鮮やかな“夢”なのだろう。
「・・拓・・・ちゃんは、強いよ。オレが保証する。」
耳許で呟くと、わたわたとしていた拓の抵抗がオレの腕の中で止まる。
「来・・・栖く・・ん？」
―――だから、オレの側にいてほしい。
“想”いは言葉にならない。
喩え、どんなに強く願ったとしても、言葉にできないものはあるのだ。
「だから、一緒に神奈川一のチームを作ろう。伝説になるようなチームを・・・」
だから、笑ってその手を離す。
「でっ・・・伝説って・・・そんなの・・・！？」
ムリ・・・と言おうとしている拓の唇を塞ぐ。
自分のそれで・・・。
不思議と嫌悪や悪寒は沸かなかった。
ただ、柔らかな感触だけが唇に残った。
「くっ・・・くっ・・・」
「約束の印。もう、逃げられないからね♪」
茹でダコのように真っ赤になった拓が、言葉も無くしている間に、さっさと誓いを告げる。
こうすれば、人の良い拓は嫌とは言えなくなるのだ。
少し付き合えば、これくらいは簡単に理解できる。
「来栖くんっ！？」
「―――拓っ！！」
漸く何かを言おうと口を開いた拓の後ろから、更に大きな怒鳴り声が響いた。
瞬間、ビクゥッと身を竦ませた拓が恐る恐る後ろを振り向いている。
「みっ・・・皆っ？！」
鳩が豆鉄砲を食らったような拓の表情と、怒りでぶち切れそうな連中の対峙が可笑しくて、笑いが溢れる。
「どうして・・・ここ・・・。―――まっ・・・まさか、今の？！」
一瞬青冷めた後で、瞬く間にカアアァァっと頬を紅潮させた拓を、オレはグイッと引き寄せる。
「見てたよ・・・なぁ。」
拓に見えないような位置で、オレは出来るだけ人の悪い表情を浮かべてやる。
奴等が近づいてくるのが理解ったから、わざわざ見せつけてやったのだ。
拓がもうオレのものだと教えてやる為に・・・。
「どう言う事よぉ・・・拓。」
「拓ちゃん、騙されてるんだって言ってんじゃん。」
「許せねぇなァ・・・」
「―――テメェは、ブッ殺スッ！！」
わらわらと出てきた奴等の凄まじい殺気が、ビシビシ伝わってくる。
「じゃあ、拓ちゃん、走りに行こーか。」
そんな奴等に更に見せつけるように、オレは拓の耳許でわざと連中に聞かせるように囁いた。
途端に、奴らの＜気＞が膨れ上がる。
これだから、拓を手に入れるのは楽しいのだ。
「くっ・・・来栖くんっ！」
「何だい？拓ちゃん。」
「皆も、来ちゃうよ・・・多分・・・」
「別に、構わねーんじゃない？どっちにしろ、今んとこチームはオレと拓だけだから。宜しくな、相棒。」
にっこり笑ってそう告げると、拓は途端に嬉しそうな顔付きとなった。
「うっ・・・うん、ボク頑張るネ・・・」
照れたように言う拓に満足する。
もう他の奴等など、関係ない。
「拓ちゃんっ！」
「拓っ！！」
「何で、そんな奴と？！」
「答えろよ、拓ちゃんっ！！」
「・・マー坊くん・・・秋生くん・・・ヒロシちゃん・・・キヨシくん・・・皆には、悪いと思っているけど・・・でも、ボクは来栖くんと走りたいんだ。その上手く言えないけど・・・走ってみたい・・・皆と敵対したいとか、そー言うんじゃなくて・・・一緒に走らないと理解らない事もあるから・・・ううん、来栖くんとは走りじゃなきゃ、理解りあえない気がするから・・・」
「・・・拓？」
「伝説のチームなんて・・・そんな事、出来るなんて理解らないけど、でもそれが来栖くんの望みなら、ボクはボクを必要としてくれる来栖クンの為に一緒に走りたい。」
真っ直ぐな強い意志の瞳。
奴等の顔から、険が消えていく。
「だけど、拓ちゃんっ！」
「まてよ、鮎川。」
尚も食い下がろうとする金髪小僧を止めたのは、グラサンを掛けたガタイの良い男だった。
そいつがグラサンを外して、拓を見つめた。
「昔っから、そうだったよな、拓ちゃんは・・・。」
「ヒロシちゃん・・・。」
「困っている奴がいたら、喩えどんな事があっても、そいつを見放さない優しい“性格”だから・・・だから、オレはマジで心配してんだぜ。」
「うん・・・。ありがとうヒロシちゃん。他の皆も心配してくれるから、こうして探してくれたんだよね。凄く嬉しい・・・。」
「あぁ・・・。」
そうして、拓に向けるのとは明らかに違う顔で、そいつはオレを睨み付けた。
「テメェがどんな奴なのか知らねぇけどよォ・・・良いか？拓ちゃんに掠り傷一つでも負わせてみろよ・・・この“風神”のヒロシ様がテメェの事ブチ殺してやっからな。頭ん中に叩きこんどけ。」
ビッと指を突きつけてそう告げると、その後でオレの拓の髪をクシャッと撫でた。
「―――ヒロシちゃん。」
「オレは何時だって、拓ちゃんの味方だゼ。だから、困った事があったら、いつでも連絡してこいよナ。」
「ありがとう・・・ヒロシちゃん。」
「テメェ、ヒロシっ！！一人だけカッコつけてんじゃねぇよっ！！拓ちゃん、オレもすぐに駆けつけるからよォ。“雷神”のキヨシ様が居れば、恐いモノなんか何もないからな。」
「キヨシくん・・・。」
クスクスと笑って拓が呟く。
「尤も、その前に、オレ等よりも数十倍ヒデェ奴が出てくる気もするがな・・・」
「そうそう・・・拓ちゃん、あの馬鹿にはちゃんと言っとかないと、後が大変だぞ。」
「何しろ、一回拗ねるとよォ・・・世界の終わりが３回位来ちゃうからな。」
しみじみと告げる彼等に、拓の身体が固まる。
見る見る内に青くなっていく所を見ると、その相手はよっぽどの脅威らしかった。
「・・・時貞・・・くん？やっぱり、怒るかなぁ？！」
「そりゃあな・・・」
「怒るぐらいなら良いがよ・・・拓ちゃんが他の奴に構うと、監禁しかねねぇ奴だかんな・・・」
「うっ・・・・それは、勘弁してほしいかも・・・」
泣きそうな顔となる拓に、オレは全く話が見えない。
「拓？」
「・・・来栖くん・・・あの・・・その・・・“龍神”って知ってる？」
「“龍神”って？伝説の？」
「ううん・・・そうじゃなくて・・・えっと・・・“龍神”ってあだ名が付いていて・・・ちょっとだけ、恐れられてたりするけど、本当はとても良い人なんだよ。寂しそうな瞳してて・・・だから、色々な話をして“友達”になったんだけど・・・」
「拓ちゃんが、そう思っててもなぁ・・・」
「あいつは、すっかり違う“感情”だしよォ・・・・」
「そーかっ！天羽連れてくりゃ、一発だ！」
「まっ・・・マー坊！？」
話が全然見えない。
“龍神”？天羽？
そいつが拓と一体どういう関係なのか・・・。
「どうして、お前はそういつも事態を大きくしようとするんだよ！？」
「えー？だってアッちゃーーん！拓ちゃんは、オレがずっとウチのチームに入ってもらおうと思ってたのに、いきなり横入りしてきた奴となんて、悔しいじゃん。だから、こいつに天羽をぶつけて、その間に拓ちゃんは、ウチのチームに入れちゃえば良いかなー♪って思って・・・」
余りにも自分に都合の良い展開を夢見る奴に、一瞬殺意が沸く。
女みたいな顔しやがって、何て姑息な事を考えやがるんだ。
「そんなんで、拓が『爆音』に入るわけねーって。これは、あいつが自分の意志で選んだ事なんだぞ。」
「だって、アッちゃん！拓ちゃん、ゼッテーこいつに騙されてるだけだって！大体、湘南の奴が、何で横浜の拓ちゃんを誘うんだよ？そんなにチームが作りたきゃ、地元で“遊”んでりゃ良ーじゃんか。」
側に居る奴の言葉にも耳を貸さない。
まるで、わがままな『子供』のようだ。
思いどおりにいかなくて、わめき散らしているだけの・・・。
「マー坊くんっ！」
ちょっと強い言葉が拓の口から零れて、そいつは始めてビクッと身体を震わせた。
「そんなに、ボクが来栖くんと走るのは嫌なの？」
哀しそうに告げる拓に、そいつはみるみる内に泣きそうな表情となった。
「オレだって・・・オレだって拓ちゃんと一緒にチーム組みたくて・・・だけど・・・拓ちゃんは“族”には興味なさそうだったし・・・誘っても一緒に走る事はあってもチームには入ってくれなかったし・・・だから・・・」
「マー坊くん・・・」
「知ってる・・・拓ちゃん、大事な奴が一杯いるから・・・だから、特定のチームに入りたくないって事。だけど、“乱校”じゃ、そうも言ってらんねぇし・・・同じクラスメートだし、同じ単車だし・・・初めて会った時からずっと一緒にいたいと思ったから・・・だから、側にいて・・・拓ちゃん、オレよりそいつの方が良いのか？」
そいつの言葉に、拓は困った顔で一瞬だけオレを振り返った。
だが、それは助けを求めている訳ではなく、確認する為のものだったようだ。
「マー坊くん・・・ボクは皆の事を大切な“友達”だと思ってる。・・・マー坊くんは、同じチームじゃなくてもボクの友達で居てくれるよね・・・。」
「うっ・・・うんっ！勿論・・・」
「そう・・・それに、マー坊くんには秋生くんやリョーくんやカズくんや・・・他の皆が一杯いるよ。でも・・・来栖くんは、ちょっと違うんだ。」
「拓ちゃん？」
「同情とか、そんなんじゃないよ。その上手く言えないけど・・・この前、一緒に鰐淵さんに向かってった時に、感じたんだ。来栖くんと本当の『トモダチ』になりたいって・・・。だから、調子いい事言ってるだけかもしれないけど・・暫くは、ボクの事を許してほしい・・・」
「―――拓ちゃん・・・」
「来栖くん・・・実はボクには、他にも一杯大切な友達がいて、皆の事が好きだから、喧嘩したくないし・・・嫌われたくない・・・。狡いから、友達に他の友達の事を告げる事もできない。だから、大変な事も一杯あって・・・一緒に走ったとしても、これから先もきっと・・・その・・・色々な事とか巻き込まれちゃうかもしれないけど・・それでも、ボクを誘ってくれる？」
少し寂しそうに告げる拓は、それでもオレの事を裏切らないと言うことだ。
喩え、他の者たちの反対を受けても、オレと一緒にチームを組んでくれるのだ・・・と。
それだけでもう、胸が一杯になる。
あぁ・・・もう、他人なんかどうだって良い。
この“存在”が手に入るのならば・・・。?
「オレはオレの総てを掛けて、拓を選ぶ。」
「来栖くん・・・」
「―――約束だから・・・な。」
神奈川一のチームを作ろう。
伝説に残っていくような“絆”を。
“存在理由”を欲しかったオレに、忘れてしまった筈の“夢”を思い出させてくれた拓と一緒に・・・。
拓が側にいてくれるのなら、きっと世界征服だってオレにとっては『夢』じゃない。
―――きっと・・・。
ＥＮＤ．
／ 戻る |