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星の降る夜
夜空に輝く満天の星屑。
ロマンチックを味わうには、随分と似合わないような気もするが・・・その瞳の中に映し出された輝きのまま・・・振り向かれて、目が合わせられなくなる。
最後に出会ったのが、もう随分と昔のような気がした。
冬の最中に初めて出会い・・・最初の印象など、もう忘れてしまった。
ただ、何処までも後をついてくる真っ直ぐな瞳が、苦手だったような気がした。
それが、変化したのはいつからだろう。
こんな風に付き合うようなタイプじゃないと思っていた。
良くある普通の・・・一般人と呼ばれるような奴らの中に含まれる筈が、気がつけば、他の誰よりも近い存在となった。
春先と言っても、まだ風は強く・・・特に夜のロードは遮る者がないだけに肌寒い。
「綺麗だね・・・」
白い息を零しながら、それでも空を見上げて少し笑いながら言葉を繋ぐ。
「手が、届きそうだよ・・・」
瞳を綴じて・・・両腕を広げて・・・満天の夜空を抱き締める動作が、心に染みる。
このまま抱き締めて、連れ去ってしまいたいような感情。
いつから、こんなに大事になってしまったのか・・・。
理由すら、もう理解らない程に・・・愛しくて。
ただこうしてもらしくない自分を晒け出している。
チーム名の『外道』と呼ばれるのに相応しい程の強さを持っている筈なのに・・・ただ一人の前ではそのプライドさえかなぐり捨てても構わないと思ってしまうのだ。
ただ、見つめていると・・・視線に気付いた拓が、ゆっくりと振り返った。
一瞬の泣き出しそうな表情。
胸が締めつけられる。
「・・・ありがと・・・ね、秀人くん。」
フワリと微笑むとその笑みが、目尻に輝きを齎す。
「何だ？」
それに気付かない振りをすると、肩までしかない小さな身体がゆっくりと近づいてくる。
「・・・ううん。何でもない。」
密かに、触れるか触れないかの位置で、逃げていく肢体を引き寄せる。
そのまま腕の中に。
「―――秀人・・・くん？」
驚きに、掠れた声が響く。
それでも、黙ったまま・・・ただ抱き締める腕の力を少し強める。
少しでも緩めたら、悲しみの中に奪われてしまいそうで・・・離せない。
腕の中にすっぽりと収まってしまう華奢な身体が、一瞬小さく戦慄き・・・秀人の服を、握り締める指先が震えた。
それでも、拓が泣く事はなかった。
「―――暖かい・・・」
囁くように呟いて、拓はにっこりと秀人を見上げた。
「大丈夫だから・・・ボクは一人じゃないから。もう泣かないって決めたんだ。『時貞』くんの事じゃなかないって・・・。」
「拓・・・。」
「秀人くん・・・『時貞』くんは、確かに『獏羅天』の三鬼龍の一人で『龍神』って呼ばれていたけれど・・・でも、ボクと会っている時は、いつだってただの『時貞』くんで・・・ボクの事を『兄弟』って言ってくれたんだよ・・・。凄く怖い時もあったけど・・・でも、いつも淋しそうな瞳をしてた。もっと色々な話しをして・・・そうすれば、きっと理解り合えるって・・・そう思って・・・・」
一言一言、言葉を捜すように喋る拓の髪をクシャッと撫でてやる。
暫くの沈黙。
世界は静寂に包まれ・・・互いの心臓の音だけが感じられた。
「拓・・・」
沈黙を最初に破ったのは秀人たった。
「あいつから、ギターを貰ったんだろ。」
尋ねるように聞くと、拓はゆっくりと頷く。
「なら、あいつは幸せだったよ。」
「秀人くん？」
遠くを見るように空間に視線を漂わせて、想いを交差させる。
腕の中の拓は、一瞬不可解な表情を浮かべた。
「命のような大事な物を、渡せる相手がいるんだ・・・だから、拓。お前といて、あいつは幸せだったとオレは思う。」
断言できてしまうのは、自分も今、幸せだからだろうか？
出会った事もなければ、直接に話した事もない。
なのに、同じ者を通して、その気持ちが何となく理解るような気がした。
もっと色々と話したかった・・・と拓は言う。
チーム名とか、通り名とか・・・そんなものは全て関係なく、拓は相手を理解しようとする。
怖がり、脅えながらも・・・たどたどしい不器用な接触で、他の誰も気付かない事に気付いてしまう。
だからこそ、誰よりも近くに“居る”と感じられる。 遠く離れていようとも。
「秀人くん・・・ボクは・・・そんな・・・」
純粋に褒めると、直ぐに真っ赤になってしまう・・・そんな拓が秀人はどうしようもなく愛しかった。
「・・・オレ・・・もな・・」
「え？！」
小さく呟かれた言葉を、聞き逃し・・・拓がもう一度尋ねようと顔を上げた瞬間、秀人はゆっくりとその唇を摘まみ取った。
触れた感触に、拓の身体が一瞬驚きに硬直し・・・大きく見開かれた瞳は・・・だが、キスの間にまた綴じられる。
秀人にとっては軽い物でも、拓は精一杯の気持ちで応えてくる。
脅え、震えながらも・・・秀人の総てを許容するように。
そんな拓だからこそ、秀人は手放せない。
できる事なら、どんな時も側に置いて・・・目の届く範囲にいてほしい。
でなければ気になって仕方ないのだ。
走っている時や喧嘩をしている時は、まだ平気なのだが、ふと気を抜いた瞬間に浮かび上がるのは、拓の事だった。
真っ直ぐに見つめてくる大きな瞳が、忘れられなくて。
『外道』の秀人の名が泣く―――と言われようとも、確執してしまう相手。
「・・・秀人・・・くん？」
真っ赤に染めた頬の上で、純粋な大きな瞳が問いかけてくる。
言葉以上に、その気持ちを。
「オレの前で・・・あんま他の奴の話しをすると、危険だぜ。」
ニッと笑って答えてやると、拓は更に頬を上記させて、腕の中に顔を埋めてしまう。
そんな仕草をする奴なんか、今まで相手にしたどんな女にだっていなかった。
腕の中で、少しでも隠れようと小さくなるその姿を、今、誰よりも守ってやりたくて。
「・・・拓・・・？」
問い掛けは、要求。
欲しくて・・・感じたくて・・・その総てを。
「―――今夜は帰さないからな。」
逃がさないように幾分きつく抱き締めて、その耳元で囁いてやると・・・あっと言う間に耳まで真っ赤になった。
「返事は・・・拓？」
そんな拓が可愛くて、秀人はつい意地悪く聞いてしまう。
「・・・・・・うん。」
やがて・・・腕の中で蚊の鳴くような小さな肯定が、聞こえ、秀人の笑みが深くなる。
そのまま、拓を腕の中に感じて、安堵したようにその温もりに浸る。
見た目よりも柔らかな髪先に、慈しむように・・・脅えさせないように幾度も軽いキスを贈る。
暫く、その状態を続けた後、頃合いを見計らって秀人が拓を促す。
「行く・・か？」
離した途端に、また満天の星空を見上げてしまう拓にそっと秀人は寄り添って声をかける。
「・・・うん・・・。」
そうして自分の愛車まで歩き始めた秀人に、拓は小走りに追ってきた。
「ねぇ・・・秀人くん。」
「ん？」
「・・・あの・・・“居る”よね。」
「・・・拓？」
不意に言われた言葉に、疑問を投げかける。
上手く言えなくて困ったように拓は首を傾ける。
「あの中に・・・『時貞』くんも・・・きっと・・・。一杯・・・あったから・・・淋しくないよね・・・」
感じた事を、そのまま素直に伝えてくる拓に、秀人は柔らかな笑みを浮かべる。
その心を感じて。
「あぁ・・・。」
クシャッと髪を撫でてやると、拓は照れ臭そうにニコッと微笑う。
「―――秀人くんなら、理解ってくれると思っていた。」
そう言って、拓は小さくホッと息を吐き出した。
白く吐き出された吐息が、辺りに消えていく。
メットを被る前に、拓はもう一度空を見上げる。
遠く、何かを捜すように・・・。
音楽と走りで有名だった『時貞』は、そのまま走ったまま逝ったのだ。
拓に大事なギターを渡した後で・・・。
拘るなと秀人に言える筈もない。
拓の気性を考えれば考える程・・・。
だから、秀人は拓を夜の峠までのツーリングに誘ったのだ。
二つ返事で、却ってきた返事では、ここまで捕らわれていたとは思ってもみなくて・・・。
ほんの少しだけの嫉妬。
離れていた間に、知らない事が多過ぎるから。
それを少しでも埋めたくて・・・秀人は拓に自分という存在を植え付けたかった。
それが、己のエゴイズムだとしても。
「―――拓。」
メット越しに問いかける。
「・・・うん。」
真っ直ぐに返ってくる返事が、秀人の自信となる。
どんな事があっても、この気持ちが揺らぐ事はないような気がした。
振り向いた拓の瞳に、空と同じ星がきらめいていた。
終わり。 ／ 戻る |