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走り屋たちの夢
誰にでも、人生の変換期というのはある。
いじめられっこだったボクは、転校してきた彼と出会って、本当の強さを教えて貰った。
―――いざという時に、どう行動するかという事。
喧嘩は好きじゃない。
自分から進んでしたくないし、する気もない。
それでも、殴られる痛みを知った時から
―――ボクは少し強くなれた・・・気がする。
ボク、浅川拓。
彼の名は、鳴神秀人。
全身ボロボロになるまで一緒に戦った後に、僕は数えきれない程の痣や怪我と引換えに、“真友”を手にいれた。
新しい学校の物凄さには、相変わらず慣れないけど（慣れたら怖いかも・・・！？）それが少しずつ日常になってきた。
・・・筈なんだけどなぁ・・・。
「たぁーくちゃん」
出た！？語尾にハートマークを飛ばして、ニコニコ顔で言葉をかけてくるのは、『爆音小僧』７代目の鮎川真里−通称マー坊くん。
ボクが転校してきた時には、停学中だった彼が、ボクのクラスの総元締めだとは露知らず（勿論、存在すら知らなかったけど！？）その処分が解除になったというその朝に、何と路上でご対面をしてしまった。
その上、そのまま誘われて、ボクは一緒に遊園地で遊ぶという快挙まで遂げてしまった。
尤も・・・その場で真の恐ろしさを目の当たりに見てしまったけれど・・・・
普段の時は、本当にニコニコ顔で、とても暴走族の頭わやっているなんて思えないのに、切れた時の『マー坊』クンの凄さは、彼に匹敵すると思う。
同じように横浜最強の族をまとめている秀人クンに、とても近い気がした。
だけど、そんな凄い『マー坊』くんに、ボクはやけに気に入られているようで（理由は理解らないけど！？）よく、一緒にいるようになった。
同じ『爆音小僧』のメンバーで、クラスメートの『リョー』クンや『カズ』クンも、『マー坊』クンには逆らえないので、ボクの存在を許容してくれているらしい。
転校第一日目で、『リョー』クンにボコボコにされたボクが、特攻隊長の『アキオ』クンを殴るという無謀な事をしたので、その命知らずな性格を気に入られたという説もある！？（当然その後に更に殴られたけど・・・・）
そうして、ボクはいつの間にか『爆音小僧』の中心メンバーの中に紛れ込んでいた。
ボクが初めて族の事を知ったのは、秀人クンが誘ってくれたからだった。
何も知らなかったボクは、ただ目立ては良いのだろうと、今思うと恥ずかしいバイクで一緒に走ろうとしたのだけど、秀人クンだけはちょっと呆れた顔をしただけで、ボクを笑わなかった。
そうして、“友達”だとまで言ってくれた。
だけど、あの時はボクは暴走族という強いイメージだけに憧れていただけで、本当の怖さを知らずにいた為に、族同士の争いの凄さに恐怖を感じて・・・彼の手を拒んでしまった。
あの瞬間の、秀人クンの傷ついたような悲しい表情は、一生忘れない。
あの夜、ボクは確かに彼の心を裏切ってしまったのだから。
―――今でも思い出すと、胸が痛くなる思い出。
「―――で、聞いてる？拓ちゃん？！」
「あっ・・うん・・・ごめん・・なさい・・・・」
突然に、話が振られて、ビックリしてしまった！？
聞いていなかったという事で、『マー坊』クンの気を引いてしまったから、皆の視線が冷たい・・・。
「・・・ったく、ちゃんと『マー坊』の話を聞いてろよなっ！」
「ボーッとしてんじゃネェよっ！」
い・・・いたた・・・！？
言葉だけじゃなくて、手も一緒に出るのが『リョー』クンのボクに対する行動なんだよなぁ・・・・
「だから、今度の日曜日にまた集会やるから、ね♪」
勿論、『マー坊』クンだけは、これぐらいじゃ怒る事はない。
全く、『リョー』クンと『カズ』クンだけだよ。
「『拓』ちゃんも、おいでよ☆」
又しても、『マー坊』クン直々のお誘い。
実際、こんな事を言って貰えるのは、ボクだけらしい。
本当に・・・何処が気に入られたんだろう？
身長があるわけじゃないし・・・喧嘩だって強いわけじゃない。
だから、『マー坊』クン以外のメンバーは、大体がボクなんか眼中にないわけで・・・。
「・・・うん・・・。」
思わず返事に戸惑ってしまう。
それと、余り集会に出たくないもう一つの理由。
―――それは、秀人クンに会ってしまうかもしれないという事だ。
別に普通の時なら構わな・・・くもないけど、でも互いに暴走している時に会いたくない。
彼もまた一つのチームを率いる頭であり、ぶつかれば、何のきっかけで喧嘩になってしまうか理解らないから。
理由なんて本当にないんだ。
ただ、気に入らない（『上等』と言うらしい）からと言うだけで、殴り合いが始まってしまう。
誰にも負けたくないっていうプライドが強いからかもしれないけど・・・。
“誰よりも強くなりてーから”
そう言った彼の強さに、ボクは憧れて・・・ここまで来た。
彼に会わなければ、ボクは今ここに居ない存在なんだ。
あのいじめられっこだった時のままで、ただ時間だけが過ぎるのを待っている、弱くて情けないままの生活を今も送っていただろう。
だけど、僕は今ここにいる。
全て秀人クンのお陰だから、喩えそういう状態になってしまっても、ボクは秀人クンとは戦えない。
（尤も、秀人クンの方が強すぎて、相手にならないのが本当だけど！？）
その上、そんな状態になったら・・・あぁ、想像するだけで心臓が痛い！？
何しろ、ボクが＜横浜＞最強のチームである『外道』のヘッドの鳴神秀人と友達だという事は、『爆音小僧』の中では秘密だから・・・（今更言えないし・・・！？）ばれた時にはきっと修羅場になるかも・・・！？
はぁ・・・ボクがもっと強くなれたらなぁ・・・・
どんなに悩んだって、時間は過ぎて約束の日になってしまう。
しかも断る口実を見つける間もなく、『マー坊』クンたちがお揃いで家まで迎えにくるという決定打までついてしまった！？
これで『お誘い』を断ったりしたら、どうなってしまうのかとっても怖すぎて・・・結局、引きずられるように集会に来てしまった・・・・
「拓ちゃん、アイス食べよ・何が良い？チョコチップ？キャラメルリボン？シャーベットもあるよ☆」
だから、どーしてこの集会の中心人物が、ボクの隣で笑顔でコンビニの袋からアイスを取り出すんだろう・・・？
否、別に甘い物が嫌いなんじゃなくて、こんな場所で食べる物じゃ・・・。
でも、『マー坊』クンには似合ってるんだよね！？
「オレはチョコチップとストロベリーとラムレーズンとバニラにするから♪」
えっ？！本気で四つも食べるの？・・・このホーム用パックのを・・・・
「『マー坊』大変だっ！！今、本牧の北ロードを『朧童幽霊』が・・・」
あっ・・・！？『アキオ』くん・・・酷いよ・・・折角平和だったのに・・・。
その一言で全てが終わりだ・・・。
知らせにきた『アキオ』クンのセリフで、『マー坊』クンが切れちゃったよ！？
「『リューヤ』・・・今度こそ決着をつけてやるっ！」
怒りの形相も激しく、『マー坊』が立ち上がる。
『リューヤ』さんと言うのは、『朧童幽霊』の頭で、ウチの学校の先輩で、『マー坊』クンとは犬猿の仲だそうで・・・・
過去に何かあったらしいけど・・・。
とにかく、その名前が出ると、いつもロクな事がないので、ボクにとっても鬼門なお方だったりするのだ。
「どうすんだ？『マー坊』」
この場合、どうやって料理するかの問い掛けなのだ。
それを理解るようになってしまったボクは、とっても大人になったような気がする・・・！？
「“殺し”―ちまいな。」
ひいぃ・・・・まっ・・・またぁ？！どうしてこう・・・一遍で人格が変わっちゃうんだろ・・・
普段が明るいだけに、（でも笑いながら喧嘩もできるんだよね！？）本気で怒っている時の『マー坊』クンの迫力は底しれない。
「行くよっ！」
「おうっ！」
愛車に『ゼファー』に跨がって、掛け声を掛ける『マー坊』クンに、メンバー全員の声がハモって・・・ボ・・・ボクだけ言いそびれてしまった！？
一緒に走りだした筈なのに、気付くとやっぱりまたしてもボクだけ一人取り残されてしまった。
良いけど・・・ね、うん。
と、いうよりも、これってラッキーな事なんじゃ・・？
このままはぐれた振りして家に帰っちゃえば、きっと理解らないだろう。
ボクって頭良い・・・・
そうして愛車をクルリと半回転させて、アクセルを開こうとした時だった。
ブォン・・・ブォルゥルゥウンッ！！
突如として後ろから響いた煽りに、一瞬心臓が止まるかと思ってしまった！？
こういう場合は、今までの経験から言って、ロクな事がない場合が多いから・・・。
「おい・・・。」
そのまま気付かない振りをして走りだそうとした途端に、相手の苛立ったような低い声が聞こえた。
「はっ・・・はいっ？！！？」
恐る恐る振り向いたボクは、、そこにいる筈のない彼を見て、自分の目を疑ってしまった。
「おいおい、ひでぇな。ちっと会わなかっただけで、オレの事忘れちまったのかよ？拓。」
「ひ・・・秀人クンっ？！」
相変わらず特攻服で『外道』のハチマキを締めた秀人クンが、苦笑混じりにそう言ったので、ボクは思わず声を上げてしまった。
「お前は変わってねぇなぁ・・・少しは強くなったか？ん？」
「・・・うん・・・どうかなぁ？」
ボクはバイクから降りて茂みの側のガードレールに腰掛けて、秀人クンを見た。
「あれ？お前単車変えたんかよ？ケニー・ロバーツ号はどうした？」
ギクリッ！？きっ・・・きた！恐怖の一瞬・・・。
「ちょっ・・・ちょっとコケちゃって・・・。」
「なんだぁ？それで・・・おい、乗れなくなっちまう程の・・・ケガとか大丈夫だったか？」
チクチク・・・。
あぁ、嘘を付くと胸が痛い。
だけど、ボクがどうしてケニー・ロバーツ号に乗れなくなったのかを説明すると、それこそ『爆音』の皆の事も、おまけにボクが実は“乱校”に行っている事も話さなきゃならなくなってしまうから・・・それだけは、隠しておかなきゃならないんだ。
「だ・・・大丈夫っ！それより、秀人クンこそどうしてここに？」
そう・・・ここは秀人クンたちがいつも走っている横浜ロードからかなり本牧寄りなのだ。
「んー・・・ただ何となく走っててな・・・そうしたら、オメーが居たからな。」
「それで、いきなり後ろから煽る事はないのに・・・ボク心臓止まるかと思った・・・。」
「フン・・・。」
ニッと唇の端を持ち上げて、秀人クンは強気な笑みを浮かべた。
「・・・秀っ！！ここにいたのかよ？！ハマロードで『麓沙亜鵺』の奴等がっ！！」
ボクたちに向かって走ってきたバイクが、目の前で止まってそう告げた。
途端に、秀人クンは吸いかけの煙草をギュッと踏み潰した。
「緋咲ぃ・・・！」
怒濤のような感情の波をぶつけるようにそう唸ると、秀人クンは自分のバイクに跨がった。
そうして思いっきりスロットルを全開にする。
「またな、拓！今度はツーリングでもしようぜっ！！」
物凄い排気音に消されそうな声は、それでもボクの耳に届いた。
「うんっ！またね。秀人クンっ！」
走り去る秀人クンに向かって、ボクは精一杯の声で叫んだ。
届かないかと思われた声は、ちゃんと秀人クンに聞こえたようで、軽く振られた右腕に、それが理解できた。
やがて、二つのバイクが小さくなって見えなくなると、周りがやけに静かに感じられた。
いつの間にか陽も暮れかかっていて、真っ直ぐな道路を赤く染め上げている。
「さてっと・・・今から行っても『マー坊』クンたちに追いつける筈もないし・・・帰ろ。」
メットを被って、キーを差し込んでエンジンをフカす。
＜明日『マー坊』くんたちに何て言い訳しようかな・・・？！？＞
その時の事を考えると、『リョー』クンとかの反撃が怖いけど・・・何となく、どうにかなるんじゃないかと思えるから、やっぱりボクも少しは強くなったのかもしれない・・・。
走り出す先に、何があるのか、まだ理解らない。
何も知らなかった頃は、その恰好良さと、見せかけの強さで憧れていた事も、ただの弱虫の逃げだったと思う。
誰でも、皆一生懸命に走っているんだ。
今はまだとても強くなんかなれないけど、いつかはきっと追いつきたい。
―――スピードの向こう側を目指して。
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