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御意見無用スペシャル２
暖かい温もりに包まれて、ゆっくりと覚醒した拓は、次の瞬間にその温もりが人肌の所為だと気付いて、瞳を見開いた。
一瞬、硬直で固まる。
息がかかりそうな程真近で、綺麗な寝顔を見てしまったから。
化粧なんかしていなくても、千冬は素顔も綺麗だった。
思わず、その寝顔に見惚れてしまった拓は、視線が逸らせなくなったまま、カァァッと頬を赤らめた。
両腕に包み込まれた状態で、一夜を過ごしてしまったのだという事に気付いたからだ。
フロから出て、千冬が出てくるのを待っていた間に、どうやら眠ってしまったようで、その後の記憶が全くなくて・・・・
恐る恐る自分の身体を見た拓は、自分がガウンを着ている事にホッと安堵のため息を零した。
それからドキドキしながら、千冬を起こさないようにゆっくりとその腕の中から出て、起き上がろうとする。
だが、拓は、その両腕が全く外れない事にビクッと身を竦めた。
そうして、寝ている筈の千冬の口元が、微妙に持ち上がっている事に気付く。
「・・・ね・・・寝てるよ・・・ね・・・・」
静かに確認するように呟く拓に、返ってくるのは沈黙。
それに、息を吐いて、またそろそろと手を外そうとした拓は、今度こそ力一杯抱き締められて心臓を跳ね上がらせた？！
「わあっ？！」
「―――おはよ♪」
耳まで赤くなった拓を両腕で引き寄せた千冬は、片目を開けた状態でそう囁き・・・たじろいでしまった拓の頬にチュッとキスをした。
途端に、プシューッという音がしそうな程、拓は沸騰して真っ赤になってしまう。
「ちっ・・・ちっ・・・千冬さーーーんっ？！」
“お願いだから、離して下さい・・・・”と、涙目で上目遣いに、拓の大きな瞳が訴えている。
考えていた通りのリアクションをした拓に、すっかり気分の良い千冬は、あっさりとその要望を飲んだ。
クスクスと艶やかな麗笑を浮かべたまま、拓の戒めをゆっくりと解く。
今度こそ、ホッとした拓は慌てて起き上がって、乱れてしまったガウンをちゃんと着なおした。
そんな拓を見ながら、千冬もゆっくりと起き上がる。
顔にかかる長い金髪を、掻き上げるようにして後ろに流すと、そのままベットから降りて窓に向かう。
厚いカーテンを、両脇にバッと開くと、途端に眩しい朝の光が部屋の中を照らしだした。
窓から差し込むその光が、窓際に立っている千冬の金の髪に光を弾いて輝いている。
その眩しさに、拓は思わず目を細めた。
「―――ん。今日も良い天気だネ☆これなら、ハウステンボスの中は、ちょっと暑いかな？」
「千冬さん！？」
「食事はどうする？ルームサービス？・・・それとも食べに行く？」
ベットの脇に戻ってきた千冬の問い掛けに、拓は慌てて目をパチクリとさせて見つめ返す。
「あっ・・・えっと・・・ボクはどっちでも・・・」
少し困ったような表情で告げる拓に、千冬はクスリと微笑った。
「じゃあ、少し早いけど・・・支度して・・・ハウステンボスの中で食べようか？結構色々な料理とかあるらしいし・・・。」
「ボ・・・ボク・・・初めてだから・・・千冬さんに任せるから・・・」
自分の言った提案にコクリと頷く拓に、千冬の笑みが深くなっていく。
「じゃあ、そうしよう。初めてなら、尚更楽しんでかなきゃ♪」
そうして、鮮やかに笑いながら告げられたその言葉が、行動開始の合図になったのであった。
ハウステンボスは、オランダの町作りをそのまま手本にしたテーマパークだった。
入国ゲートという入口を通過すると、すぐに大きな城のようなものがあった。
「お城だぁ・・・」
その外見を見た途端に、嬉しそうな表情となった拓を見て、千冬はクスッと笑みを零した。
「さぁ、行こうね？」
「う・・・うん！」
ニコッと笑って歩きだした千冬の後を、拓も恐る恐る付いていく。
場内は、３つの部屋に別れていて、最初に『騎士の間』に入り、続いて『税官吏の部屋』で、実際に過去に使われていたような机や筆記具などが飾られていた。
「わあっ・・・すご・・・」
３つ目の部屋に入った拓は、そこに展示してあった物に感嘆の声を上げた。
そこには、昔の騎士たちが使った“武器”や“防具”が年代や身分別に並べてあった。
「・・・今じゃ全然原始的な“武器”だけど、この頃はきっと・・・“最強”だったんだろうナ・・・」
「うん・・・あんなのでつつかれたら、僕の身体なんか吹き飛んじゃうかも？！」
「真ん中に穴が開くかも！？」
「ええーーーっ？！凄く痛そうだよ・・・・」
「スマートじゃないし・・・汚いから“却下”」
展示してある剣や槍・・・それに鎖帷子や、鎧などを触りながら、二人で口々に言い合う。
拓は一瞬、自分がこれらを着用した時を想像して、その余りのみっともなさに、ガクッと肩を落とした。
“中世の騎士”とか“ファンタジー系の主人公”とかが、よくこういう恰好をしていて、とても恰好良いのだが、流石にキャラクターが自分では似合わないのだ。
チラリと横目で千冬を見ると、自分を見ていた千冬の視線とばっちり合ってしまい・・・拓は、焦って視線を鎧に戻した。
「でも・・・千冬さんだったら・・・こーゆうカッコしても決まるんじゃないかな？！・・・ボクと違って・・・」
ボソボソと続ける拓に、千冬は少しだけ瞳を大きくしてから、それをフッと細めた。
「そうだナ・・・拓ちゃんが“あれ”を着てくれたら、隣に立っても良いよ♪」
艶然と微笑みながら、千冬がスッと差した方を、何気なく見やった拓は、“ソレ”を見て目を点にした。
「えっ！？“あれ”！？」
見間違いかと、自分も確認するように、指した“ソレ”に、千冬はにっこりと笑って頷いた。
「冗談でしょ？？！」
「えー！マジだって！？きっと可愛ーヨ☆」
そういう問題ではないだろう・・・多分・・・きっと。
千冬の示す物が、中世時代の女性の着るドレスだというのならば・
シルクや派手な色ではないが、それでもフリルが多分に使われているのは女性用だからだろう。
そんな物を似合うと言われても、拓が素直に喜べる筈もない。
「まっ・・・自分で着ても“良”ーけどネ☆」
意味深なセリフを呟く千冬に、その姿を容易に想像できた拓は、それが肖像画のように似合うだろう事に気付いて、思わず赤くなってしまう。
そんな拓の様子が可愛らしくて、つい抱き締めたくなってしまった千冬であったが、後ろから団体客が入ってきたので、やむをえず拓を促して、先に進む事にした。
「さて・・・と、ドコ行こうか？」
ナイアンローデ城を出た途端に、全身に降りかかった陽光が眩しかったので、拓は目を細めて視界を慣らした後で、手に持っていたガイドブックを開いた。
「千冬さんは、行きたいトコある？」
「ううん・・・別にないから・・・今日は拓ちゃんの、好きなトコ行こ。」
「え？でも！？」
「良ーから！まぁ、時間はたっぷりあるし・・・ゆっくり歩き回れば良いかナ・・・？」
拓の広げている地図をちょっと覗き込んで、現在の位置を確認すると、千冬は問いかけるようにそう尋ねる。
拓が頷くのを見ると、千冬は地図の上に先細りの美しい指先を当てて、いくつかに別れている区画を順番に辿って行った。
「ここから・・・こっちに行って・・・ココでご飯にして・・・それから、この辺りを見て・・・海の方へ行って・・・一番奥のここへ行ってから、反対側を見て帰ってくるっていうのは？」
「・・・うん♪」
それが、満遍なく全部を見て回れるコースだと気付いた拓も、笑顔で頷いて見せた。
「あっ、風車だ！」
色々な花が綺麗な配置で咲き誇っている花壇が両脇に続いている道を歩いていくと、目の前に大きな風車小屋が見えた。
「中に入って見れるみたいだよ・・・拓ちゃん？」
どうする？と問う千冬に、拓は満面に期待のこもった顔で千冬を見つめ返した。
風車小屋の中はそれ程広くなく、中央に巨大なカラクリ機械が備えつけられていた。
どういう仕組みになっているのかは、良く理解らなかったが・・・羽根が回ると中の動力が動いて、水を汲み上げるようになっていて・・・とても面白い。
「―――凄いんだねぇ・・・」
素直に感心している拓に、千冬も口元を綻ばせる。
暫くそのカラクリを見ていた二人だったが、流石に夏休みで混んできたので、次の場所に移る事にした。
風車小屋を出て、すぐにある建物に吸い寄せられるように入った二人は、中に入った途端に、目の前の光景に見入られてしまった。
「えっ？あれって・・・ここで作ってるの？」
「うーん・・・そうみたいだネ・・・チーズ製造の実演と、販売って書いてあるから・・・」
解説付きマップを開いた千冬が、確認してそう応える。
「へぇー、そうなんだ・・・チーズってこんな風に作るんだね・・・。」
モデルの外人の女性が、ドロドロの液体を、大きな“しゃもじ”のようなものでかき混ぜているのを見て、拓は驚いたように呟いた。
「それに、凄く時間もかかりそう・・・」
「食べるのは、一瞬だけどネ・・・」
作業順序を呼んだ拓がそう言うと、その横で千冬は苦笑する。
そのまま実演コーナー沿いに歩いていくと、店の奥にチーズの販売所があった。
「千冬さんっ！チーズってこんなに種類があるのっ！？」
カゥンターの前の販売コーナーのワゴンの中にあった様々なタイプのチーズを見て、びっくりした拓が千冬を振り返る。
そんな拓に、千冬はクスリと微笑すると、ちいさく切ってあった試食用のチーズを手に取った。
「取り合えず、味見してみれば？」
つまようじに刺さったチーズが、拓の目の前に差し出される。
「ありがとう・・・」
近くにいた客にまで、笑われていたのに気付いた拓は、恥ずかしそうに千冬からつまようじを受け取ると、それを口に含んだ。
「あっ・・・さっぱりしてて・・・おいしー♪」
口に入れたそれが、和風味で、チーズのクドさが消えているので、拓は笑顔になる。
「―――美味しいでしょ！これはね・・・このチーズを細かく賽の目に切って、刻んだ万能ネギをたっぷり乗せて、この先のフーズセンターに売っている特殊な薄口醤油で和えてあるのよ。お客さんの評判も良くて、サラダ代わりとかお酒の摘まみになるらしいわよ。」
人の良さそうな販売員の人が、にこにこと笑いながら説明してくれる。
「うん・・・チーズってこんな風にもできるんだ。」
「買って帰る？」
千冬の言葉に、拓は少し考えた後で、首を横に振った。
「拓ちゃん？」
「・・・だって・・・今日帰るんじゃないんでしょう？持ち歩く訳にもいかないし・・・」
少し困ったように言う拓に、千冬もそれ以上何かを言う事もせずにその場を後にした。
勿論、後から入ってきた全身黒ずくめの男が、二人が話題にしていたチーズとそれ以外にも山のように買っていった事は、店員しか知らない事であった。
＜キンデルダルクエリア＞を抜けた二人は、またマップを見直して次のエリアにやってきた。
オランダの農業地帯をモデルにしていた先ほどまでの景色とはまた違ったそこは、街中の風景へと変化していた。
最新アミューズメントの集まっている＜ニュースタッド＞は、ハウステンボスの未来ゾーンとも呼ばれている。
折角のフリーパスポートなのだから、片っ端から見物していこうという事で、それぞれの館の上映時間とかを調べてから、手近な場所から列の後ろに並んでいく。
最初に決めたのは、“ホライゾンアドベンチャー”という館で、オランダで起こった大洪水の時の話を上映と体感によって体験できると書かれていた。
「結構、混んでる・・・」
「夏休みだから・・・仕方ないよ・・・。」
鵜雑多そうに言う千冬に、拓が小さく笑う。
「まっ、拓ちゃんと一緒だから、楽しいけどね・・☆」
「そっ・・・そう？・・ボクは嬉しいけど・・・？！」
照れたように赤くなる拓に、千冬はフワリと微笑う。
そんな事をしている間に、次の上映時間がきて、漸く館内に入れる事ができた。
外に並んでいた時は、暑くて仕方がなかったが、館内は、クーラーが効いていて涼しかった。
「涼しくて、気持ち良い・・・それに、何だか湿気が多い気がする・・・」
「うん、ひんやりしてるみたいだ・・・」
椅子に座った千冬が隣から問いかけると、拓も辺りを見回して感想を告げる。
目の前には、巨大なスクリーンというか舞台のような物があり・・・その下には水が海のイメージでセッテイングされていた。
「洪水の体感て・・・どんな風にするんだろう？あの水を使うのかな？」
「でも、見終わって出てきた客がずぶ濡れになったりしたら、困るんじゃない？」
「そう・・だよね・・・・」
いくらなんでもそこまではしないだろう・・・と拓が考えている内に、上映時間が来たらしく、館内が暗闇に包まれた。
「始まるよ・・・。」
途端にざわついていた場内も静まり返った。
上映は、幼い兄妹が、祖母から昔の話を聞く事から始まる。
＜海辺の町であるオランダでは水を粗末にすると、海神が怒って嵐が怒る＞という話を聞いた二人が、その後でふざけて壺を割ってしまい、その水を無駄にした為に、大洪水が起きてしまったという話だった。
壊れた壺から溢れ出た水が、床を伝って流れていき・・・それがやがて大きな流れとなって海に戻っていく様が、映像と、音響によって生々しく感じられた。
そうして、その夜・・・空は稲光が走り、強風が波を煽っていく様子を、舞台の下に溜まっていた水によって表現していた次の瞬間・・・天上から膨大な量の水が滝のように降り注いだのだった。
拓の座っていた席の方にまでも、水飛沫がかかる程の量が降り注ぐ光景は、圧倒される程のものであった。
「凄い・・・」
思わず見入ってしまった拓の口から、知らず感嘆の声が漏れる。
やがて大波は、子供達の住んでいる筈の家までも飲み込んでいったという状態で、物語は終了した。
と、同時に、場内アナウンスが退場の案内を告げた。
「拓ちゃん？」
まだボウッと椅子に座っていた拓に向かって、立ち上がった千冬が問いかける。
「あ・・・うん・・・凄かったね・・・あんなに一杯水が降ってくるなんて・・・びっくりしちゃった。」
「濡れた？」
「うっ・・ううん！？こっちには落ちてこないようになってたから、飛沫がかかった程度かな・・・」
漸く席から立ち上がった拓が、洋服を調べてから首を横にふる。
「なら、さっさと次のトコに行こうか？」
「うん。」
流れる人並みに紛れ込みながら、二人は出口へと向かった。
次の＜宇宙帆船館＞では、大航海時代の帆船をイメージした乗物に乗って、人類が抱いていた＜宇宙＞への想いを体験した。
昔の人が想像していた宇宙図とか、色々な物が映像として移っていく中を、座ったまま移動していくのだ。
スペースアクションとかはなかったけれど、それなりに面白い見せ物だった。
＜ミステリアスエッシャー＞という建物では、オランダの版画家であるＭ．Ｃ．エッシャーの不思議な世界を、三次元の新しい空間と立体映像で表現されていた。
永遠に流れ続ける水とか、視覚の擬態で、角度によって全く違う図柄となってしまう絵とか・・・終いには、歩いている足元や、壁にまで趣向を凝らしてあって、まるで異次元空間に迷い込んでしまったかのような錯覚を受けた。
その付近にあった色々な場所を見た後で、二人は上映時間が近くなってきた＜ノアの劇場＞へと向かった。
だが、流石に人が増えてきた所為で、一回並んで待たなくてはならなくなってしまう。
「どうする？」
「うーん・・・でも、ここで列から離れたら・・・また後で来た時も同じかもしれないし・・・」
「―――そっか・・・じゃ、ちょっとここで待ってて、拓ちゃん。」
そう拓に告げると、千冬は列から離れて歩いて行ってしまった。
素直に拓が待っていると、暫くしてから戻ってきた千冬は両手に食べ物と飲み物を抱えてきた。
「こんなに暑くっちゃ、死んじゃうから・・・水分の補給しよう♪」
「わっ・・冷たい？！・・・ありがと・・・」
ピトッと頬に付けられたカップの冷たさに、ホッと息をつく拓も、暑さに少々参っていたのだ。
「まだ午前中なのに、この暑さじゃ、午後になったら干乾しだね。」
カップを頬に付けたまま、心地良さそうにしている拓を見ながら千冬がクスクスと微笑う。
「横浜も暑いけど・・・こっちがこんなに暑いなんて知らなかった・・・・まだジメジメしていないだけマシかもしれないけど・・・」
スッと差し出されたスナックを摘みながら、拓はうんざりしたように告げている。
「ここは建物とか密集してるし・・・壁も下も煉瓦みたいな作りで照り返しがあるから・・・特にそんな感じがするのかも・・・」
気付いた事を、そのまま口にする拓に、千冬はサングラス越しに視線を周りに向けた。
確かに、街中という状態と、人込みが暑さを増幅させていると言っても過言ではなかった。
「確かに・・・ネ・・・」
ポツリと呟いてから、千冬は自分の分の缶コーヒーを口付けた。
暑さには強くない千冬であったが、こんな状態でも少しも嫌な気がしないのは、側にいる者の所為かもしれない。
いつもの千冬であったならば、さっさと涼しい場所に移動するか、周りの者を使って涼しくさせるのが常であったが・・・こうして、拓が側にいるだけで、暑さもそれ程苦ではないのだ。
拓の大きな瞳が、クルクルときらめいて、楽しそうに色々なモノを映し出していくのを見ている方が、ずっと大事な気がして・・・。
ジュースとスナックで一息ついた頃、漸く前の回の上映が終わったようで、列が動き始めた。
「あっ、中に入れるみたい・・・じゃあ、これはボクが捨ててくるね・・・」
手に持っていたゴミを、掴むとそのまま拓は列から抜けて走ってゴミ箱にゴミを捨てに行った。
そうしてから、入口でパスポートを見せて一緒に館内に入った。
「“ノアの劇場”ってどういうのかな？前に“ノアの方舟”って言葉を聞いた事があるけど・・・何か関係があるのかな？」
イスに腰掛けた状態で、前面のスクリーンを見ながら、拓がわくわくしたように呟く。
「入口に書いてあった紹介では、ちょっと違うみたいだったけど・・・？」
「えっ！？そんなのあった？ボク・・・見なかった・」
「・・・始まれば理解るからネ・・・」
途端に困った表情を浮かべる拓に、千冬も苦笑する。
やがて場内が暗くなり、スクリーンに上映が始まる。
先程の＜ホライゾンアドベンチャー＞と違って、こちらは完全に映画を見るような感じだった。
話の内容も“ノアの方舟”とは全く関係がないようで・・・ノアという名の少年が、知り合いのおじさんが作ったロボキャットという飛行物体を気に入って・・・勝手に一人で動かしてしまうという冒険物語だった。
少年が、“ロボキャット”を操縦して、大空を自由自在に飛び回るシーンでは、画面一杯に風景が映し出されると同時に、座っていたイスが動きはじめるという衝撃まであって、拓は思わず声を上げそうになってしまった。
視界一杯のスクリーンに同調するかのような動きは、疑似体感を引き起こすに十分な役割を持っていた。
順調に行っていた飛行も、やがて“ロボキャット”の故障と共に、最悪の状態へと向かってしまう。
そのままではエネルギーがなくなって墜落してしまう状態の“ロボキャット”を必死に操作して、少年は地球のエネルギーを引き起こしていく。
風を起こし、水を動かし・・・雲を作りだして・・・空を覆う巨大な雷雲に変化させて・・・“雷”の直撃によって漸くエネルギーを作りだして、墜落から逃れて帰るといった話だった。
上映が終わり、館内が明るくなっても・・・まだ身体に振動が残っているような感覚に、身を震わせてしまう。
「何か・・・これも凄かったかも・・・・」
マー坊のバイクの後ろぐらいの衝撃だったかもしれないと、拓は心の中でそっと呟いていた。
もう少し続けられてたら、きっと気持ち悪くなってしまっただろう。
「大丈夫？」
「う・・・うん？！」
覗き込んでくる千冬に、漸く強張った笑顔を返すと、拓は感覚を振り切るかのように立ち上がった。
場外へ出てから、外への出口までの間に、上映された作品で使った“ロボキャット”の模型とか、制作記録のようなものが色々と展示されていた。
それらを一通り見てから、出口から外へと通り抜けた。
「あっち側はどうする？色々なお店があるみたいだし・・・ちょっと覗いて行く？」
千冬の問い掛けに、拓はこっくりと頷く。
結構、体験ゾーンばかりを見てきたので、ここいら辺で違った事をするのも良いと思った。
“マウリッツ広場”の横から、企業館レストラン街のストリートに向かう。 レストランとオリジナル商品の販売を行っている企業館レストランには、様々な種類があった。
チョコレート・チーズ・コーヒー・ステーキ・ワイン・ビール・・・などなど・・・。
それぞれが、専門の店を構えていて、道の両脇にずらっと並んでいるのだ。
「さて・・・と。」
その壮観な様子を一望してから、千冬はクルリと拓を振り返った。
「何が食べたい？拓ちゃん。」
ニコッと微笑まれて、拓はうーーんと唸ってしまった。
余りにも種類が有りすぎて、目移りしてしまい、これと決められないのだ。
「ボクは・・・何でも・・・」
そんな拓の様子に、千冬はちょっとだけ首を傾げると、目についた看板にサングラスの奥の瞳を輝かせた。
“チーズワーフ”と書かれた看板の上、風にはためく幟に記されていた文字は、『チーズフォンデュ』。
ここでなら、持ち帰らなくても、チーズを口にする事ができると思って。
「じゃあ、あそこにしよう。」
「え？千冬さん？」
キョトンとしている拓の腕を掴むと、千冬は嬉しそうにその店の二階に向かって歩きだした。
『チーズフォンデュ』とは、鍋に入れたチーズを火にかけて溶かして、それを串にさした色々な具財に付けて食べる料理である。
野菜とか、肉とか・・・魚介類にパン。
チーズが合いそうな物ならば、なんでも具財にして良いのだ。
取り合えず、目の前でとろとろに溶けたチーズの中に、千冬は手に持った串に野菜を付けてそれを口にした。
「うーん・・・まぁまぁだネ。」
取り合えず、可も不可もない味に、小さく頷くと目の前で困った顔の拓におや？と言う顔つきとなった。
「拓ちゃん？」
「え？」
「どうしたの？もしかしてチーズ嫌いだった？」
ちよっと眉根を寄せる千冬に、拓は慌ててブンブンと首を横に振ると、目の前の物に視線を移した。
初めて目にする料理に、拓はどうすれば良いのか全く理解らなかったのだ。
「その・・・どうすれば？・」
甘いチーズの匂いが、拓を誘うというのに、どうやって食べればよいのか？
「あぁ。ごめん、ごめん。だから、この串で、皿の上の物をこうグサッとさして・・・」
「こ・・・こう？」
手本を示すように手を動かす千冬の真似をするように、拓も手元の串を持って皿の上にあったパンを刺した。
「そうそう。それにチーズを付けて食べれば良いんだよ。簡単だろ？」
「うっ・・・うん。」
ニコッと笑う千冬に、困惑した表情でも漸く頷くと、拓はその串をチーズの中に入れた。
ところが、とろりとしたチーズがパンに絡まったので、それを取り出そうとした途端に、柔らかくなってしまったパンが串から外れてチーズの海に沈んでしまったのだ。
「あっ？！」
驚きに目をまんまるくして、泣きそうになった拓に、千冬は堪えきれずにプッと吹き出してしまった。
「ごっ・・・ごめん・・・・」
カァァァッと顔を真っ赤にして、恥ずかしさの余り目尻に涙を浮かべて俯いてしまう拓がちょっと可哀相になった千冬は、自分の串を使って、そのパンを器用にチーズの海から取り戻してやった。
「パンはすぐ柔らかくなっちゃうから・・・慣れないと食べにくいんだよ。大丈夫だから、作法なんか気にしないで好きに食べて良いよ。大体、料理ってのは、美味しく食べられれば、それで良いんだから。」
他の者だったら、美しくない行為は半殺しの千冬であったが、余りの拓の可愛らしさに、神経が奇怪しくなっているのかもしれない。
まだ少し赤い顔で、漸く顔を上げた拓が、コクリと頷いて、千冬が取ってやったパンを口に含んでモグモグとしているのを見て、千冬は感動に陥っていた。
＜あぁ・・・もう、こんなトコじゃなかったら、迷わず押し倒して拓ちゃん食べたいよなぁ・・・＞
うっとりとした表情で、危険な事を考えている。
そんな事も知らず、モグモグと口を動かしていた拓の表情が、フニャッと崩れる。
「美味しい・・・♪」
「そう、良かったネ♪」
ニコッと笑う拓に、千冬も艶やかな美笑を浮かべた。
嬉しそうに次々と皿の上の物を串に刺すと、ゆっくりと丁寧にチーズを絡めるようにして、拓はそれを口にしていった。
プチトマトに、グリーンアスパラ・・・エビに貝に魚に・・・肉にウィンナーにハム・・・。
チーズに合う物・・・余り口に合わない物・・・色々とあったが、やがてそれらは総て胃の中に収められた。
陶器にたっぷりと入っていたチーズも、底が見える程減っている所を見ると、結構食べたと言えるだろう。
実際、二人とも、満腹状態である。
「ごちそうさま♪」
「美味しかった？」
「うん！とってもっ！！」
全開の笑顔で答える拓に、千冬も満足気に微笑む。
手を上げてウェイターを呼ぶと、清算レシートと一緒にカードを手渡した。
「これで。」
「あっ、千冬さん・・・僕、自分の分は・・・」
慌てて拓が荷物の中から財布を取り出そうとすると、途端に千冬が悲しげな表情を浮かべる。
「駄目だよ、拓ちゃん。」
「で・・・でも・・・・」
「最初に言っただろ。この旅行中のお金は全部こっち持ちだって。でなきゃ、気が済まないから。」
きっぱりと告げる千冬に、拓は言葉が続かない。
困った顔でじっと千冬を見つめてから、漸く拓は表情を和らげる。
「うん・・・。ありがとう。ごちそうさま。」
ペコリと頭を下げる拓に、千冬は幸せそうにゆったりと瞳を細めた。
そんな拓だからこそ、千冬は選んだのだ。
自分の選択が間違っていない事を、千冬は改めて確信していた。
レストランを出た時には、丁度昼過ぎになっていた。
この時間から、レストランが混み始めるので、他の展示物などは少しは空いているかもしれないと思って、二人は先に進む事にした。
何しろ、このハウステンボスは結構広いのだ。
午前中掛かって、まだ半分も行っていないので、本当に全部見て回れるか理解らなくなっていた。
「さっ、次の所へ行ってみようか。」
「うん。」
地図を開いて、今後の行動を確認する。
次の場所は、＜ミュージアムスタッド＞と言って、音楽などに関係する展示やアミューズメントが揃っている場所だった。
橋を渡って、最初の館では列に並ぶ事なく入場できた。
“クリスタルドリーム”という劇場では、虹色の光と噴水の溢れる舞台の上、音楽に包まれて牧神と妖精が宙を舞いながら恋を表現するという、世界初の映像マジックが上映された。
「いかにも、子供騙しって感じの・・・」
「うーん・・・でも、結構、こういうファンタジー系ってボク好きなんだ・・・やっぱり、変かなぁ・」
ボソリと告げる千冬に、困ったように頭を掻いてポツリと拓が呟く。
「―――変じゃないと思うけど？拓ちゃん、こう言うの好きなんだ・・・？」
「う・・・うん。恐いのはちょっと遠慮しちゃうけど・・・“不思議な世界”って夢があるから・・・」
「夢？」
「うーん・・・上手く説明できないけど・・・例えば、妖精とか、精霊とか、目に見えなくても、そこに存在してるって考えると、ちょっとドキドキする・・・でも、オバケは嫌いなんだけど・・・・」
少しづつ言葉を発する拓に、千冬はクスッと笑った。
「千冬さん？」
そっと握られた手に、拓は驚いた顔をする。
そんな拓の耳許に口を寄せると、千冬は内緒話をするように囁いた。
「オレは、拓ちゃんがこうしてここに“存在”してるって考えるだけで、ドキドキしてるよ・・・」
甘く囁かれる告白に、拓はここが暗い館の中で本当によかったと思った。
真っ赤になった顔が見られずに済むから・・・。
「ちっ・・・千冬さんっ？！」
吃りながら自分の名を呼ぶ拓が、真っ赤になっているだろう事を、千冬は見えなくてもちゃんと知っていた。
だからこそ、ここで“想”いを告白したのだ。
そうでもしなければ、酷く照れ屋な拓は、あっと言う間に腕の中をすり抜けて逃げてしまうから。
そうして、内容の半分も理解らないままに、その映像は終わってしまったのだった。
博物館形式の建物を次々と見学して回った二人は、次の地域である＜ビネンスタッド＞まできていた。
ここは、観光客のメッカであるショッピング街でもあった。
様々なお店が一杯並んだ場所を、ショーウィンドウショッピンクの要領で、一通り眺めてから、買い物はせずにその場を後にした。
「本当に何も買わないの？」
「うん。荷物が重くなるだけだし・・・十分楽しいから♪」
「あれ？あの高い建物って？」
「えっ・・？あぁ、あれか。えーと、“ドムトールン”・・・オランダで尤も高い教会の塔を再現したもの・・・展望台があるって。」
地図を見ながら説明する千冬に、拓はきらりと瞳を輝かせた。
「この辺、全部見れるかな？」
「うーん、多分ね。・・・行ってみる？」
「うん。」
にっこりと良い子の返事を返す拓に、千冬も破顔した。
「うわっ・・・凄いや・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
展望台へ登る為に入口に来た二人は、エレベーターを待つ人波の多さに、一瞬目眩を感じた。
「―――止めようか・・・。」
ポツリと拓が言うが、明らかにその声には残念な響きが混じっていたので、千冬は小さく首を横に振った。
そうして、拓の手を掴んで歩きだす。
「千冬さん？？？」
「折角だし・・・見ていこう。」
ゆっくりと告げる千冬が、本当は人一倍人混みが嫌いな事を拓は知っていた。
それでも、その千冬の言葉が拓の為なのだと何となく理解って、拓は嬉しくなった。
人波に紛れて２０分。
漸く二人はお目当ての場所へと辿り着いた。
勿論、千冬の気分は最悪である。
できる事なら周りのうざったい奴らを全員叩きのめして、空間を作りだしたい所なのだが、流石にここではそうもいくまい。
拓が側に居なければ、実行していたかもしれないが・・・。
「大丈夫？」
千冬の顔色が悪い事に気付いた拓が、気づかって声をかける。
そんな拓に、微笑してから、安心させる為に千冬はゆっくりと頷いて見せた。
「大丈夫・・・それより、苦労した分だけ、景色を見ていこう。」
「う・・・うん。」
まだ幾分気遣いながらも、拓は言われるままに千冬が示した方へ視線を向けて、瞳を見開いた。
「うわぁ・・・すっごい・・・」
地上８０ｍの高さから見下ろす地上は、他に高い建物が存在しないだけに、総てが一望できた。
遙か彼方の方まで、視界が開けていて・・・拓はその素晴らしい景観に感嘆の声を上げた。
隣にすっと立った千冬も、そんな景色を眺めた。
「夕暮れ時だったら、もっと美しいんだろうけど・・・残念だね。」
「ううん・・・海にお日様が反射してて、とっても綺麗だよ。それに、反対側には今まで歩いて来た場所が良く理解る・・・あっ・・・あそこ、風車が見える。」
「うん・・・こうして見ると、結構歩いたね。」
「本当・・・楽しかったから、全然距離を感じなかった気がする。」
「うーん・・・でも、まだまだ先も長いようだね・・・ほら、あっちの遠くに見える建物があるだろ？」
「えっ？あの宮殿みたいなの？」
「そう・・・あれが、一番奥の場所だから・・・」
「そうなんだ・・・本当にここって広いんだね。一日じゃ、回りきるなんて無謀なんじゃ？」
「じゃあ、もう一泊していく？」
ボツリと感想を告げる拓に、悪戯っぽい笑い声で、千冬は問いかけた。
「えぇ！？だって・・・千冬さんの実家へ行く・・んだよね・・・？」
「拓ちゃんが望むなら、別に一日や二日程遅れたって、構わないよ。」
くすくすと笑いながら告げる千冬に、拓は困ったような顔で小さく首を横に振った。
「拓ちゃん？」
「―――一日や二日ぐらいなら、まだ大丈夫だろうけど・・・それ以上だと、きっとマー坊くんたちが心配するから・・・。本当は、休みに入ったらキチンとバイクの走りとか教えて貰う約束もしてたし・・・また湘南の方まで探しに行っちゃったら、千冬さんも後で困るよね・・・。」
苦笑しながら告げる拓に、千冬はふんと鼻を鳴らした。
いつもいつも拓に付きまとっている癖に、夏休みまで一緒にいないと気が済まないなんて、贅沢な奴らだと。
でもまぁ、そんな奴らを出し抜いて、千冬は今、拓と二人っきりで旅行をしているのだ。
嫌な奴らの事など考えずに、とにかく拓と一緒にいられる時間を大切にしよう―――とそう千冬は思った。
「まぁ、一泊でも二泊でも、拓ちゃんと一緒にいられるんなら、八尋なんかどーでも良いんだげどね。」
更に、くすくすと笑ってとんでもない事を言う千冬に、拓はますます、困ったような不安気な表情を浮かべた。
千冬の言葉は、何処までが冗談なのか判断しにくいからだ。
バレンタインの時も、拓にチョコレートを渡す為に横浜までやってきて、拓を浚って地元の湘南まで戻った人物である。
あの時も、拓を探しにきてくれた『爆音』の皆や天羽と、“聖龍連”の連中とで騒ぎが起こって拓は気が気ではなかったと言うのに・・・。
「まっ、取り合えず邪魔が入らないウチにせいぜい楽しんでおこうネ。」
悪戯っぽく微笑う千冬の顔を見ながら、拓は何だかこれから先に自分の身にとんでもない事が起こりそうな予感がするのを抑えきれなかった。
絶対にこの旅行中に一波瀾ありそうで・・・。
できれば、穏便無事に解決しますように・・・と願わずにはいられない拓だった。
続く？！ ／ 戻る
（ごめんなさいっ？！またしても終わりませんでした。一体、この話っていつになったら収拾がつくんだろう・・・TT）
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