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外道と修羅
強い風が、吹いていた。
その、まるで嵐を呼び込みそうな激しさで吹く風の中を、一台のバイクが走っていた。
闇の中の対向車のライトに時折浮かび上がるその姿は、一匹の獣。
銀の髪を靡かせて・・・褐色の肌の中に浮かび上がるような、インパクトのある瞳の色彩は『緋』く輝く。
触れれば切れそうなオーラを身に纏い・・・夜のロードを彷徨う『龍神』。
愛車の“ＳＲ”を思いどおりに操りながら、彼は前方を見つめる。
そうして、視線の先に目的のものを見つけた瞬間に浮かび上がった微笑は、寒けがする程綺麗だった。
一瞬、追い風が吹く。
その違和感に、バイクを操っていた者は、訝しげな表情を浮かべた。
逆風ならば、理解る。
何故なら、彼の出しているスピードが、通常ではないのだ。
何しろ、自分の仲間の中で誰もついてこれない速度で、また走り始めたのだ。
だから、自然の風ならば、彼のスピードに対して真っ向から吹いてくる筈だった。
なのに、それが後ろから吹きつけた。
後ろ髪を逆立たせるその風の中に、強烈な“ナニ”かを感じ取って、彼は眉を潜めた。
「・・・お前が・・・秀人？―――外道の“頭”かよ・・・？」
低く、楽しむかのような『声』が響き、ハッと気付いた時には、彼の隣に一台のバイクが同じ速度で走っていた。
「―――誰よ、テメェ？」
その相手が、強烈な視線の持ち主だと知った彼は、初めて見る相手を睨み付ける。
銀色の髪に、褐色の肌。
この“街”には、珍しいその風貌は、余所者のように見える。
そう・・・この雰囲気は、米軍キャンプの側の・・・横須賀。
色々な“カラー”が混じり合うあの街に、雰囲気も近いものがある。
だが・・・それよりも彼の意識を強く捕らえたのは、“ルビー・ブラッド”の瞳。
何人の血を吸ったか理解らないような、底知れない鈍い輝きが、酷く彼の意識を苛立たせた。
彼の苛立ちを感じ取ったのか、相手は酷く意味深な嘲笑を浮かべる。
「・・・“拓”ちゃんは、オレが貰った。」
耳を疑うような台詞が、相手の口から発せられ・・・バッと彼が表情を変えた時には、その姿が消え失せた。
「ナニッ！！」
一瞬の内に消えたかのように見えたのが、実は更にスピードを上げたのだと気付いた彼は、酷く動揺する。
今まで走っていた速度さえ、彼のマシンの最高状態だったのだ。
なのに、相手のマシンは、アクセル一発で“疾風”を越えた。
それは、あり得ない筈の―『領域』。
ゾクリと背筋に、寒けが走る。
まるで・・・夜の街を徘徊する『死に神』のような“存在”。
だが、それよりも強く彼の意識を捕らえたのは・・・。
「・・・拓・・・？」
いつも頭の中にあるその名が、他人の口から発せられた瞬間に、秀人は何故か胸が痛んだ。
しかも、先程のセリフは、まさに彼に対する挑戦のようなものだった。
それを告げる為に、あの男は自分に会いに来たのだ。
そうして、あざ笑って去って行った。
酷く深い苛立ちが、彼の中に沸き起こる。
と、同時に浮かぶのは・・・懐かしい“顔”。
二ヵ月前に別れたきりの、『親友』と認めた相手の。
小さくて、なのに誰よりも心が強かった−拓。
どんなに無視しても、彼の後を追ってきたその態度に・・・最初に沸き上がった感情は、『不思議』と『疑惑』。
何の為に、自分の側に近づくのかが理解らなくて・・・損得以外の関係を知らなくて。
そんな彼に向かって、痛いぐらい真っ直ぐな瞳が答えをはじき出した。
“君のように強くなりたいんだ・・・”
強い強い・・・『意志』。
問うた彼の意識を、奪い取る程に純粋な・・・誰もが持っているが、口にも態度にも出せない“願望”。
その素直さが、彼の失われていた『感情』を呼び戻したのだ。
その後、“強さ”というものを目の当たりにした拓は、『世界』の違いに気付いて彼を拒んだ。
だが、それも普通の者ならば当たり前だと思っていた。
それが、当然だし・・・今までもそんな奴等ばかりだったから。
それでも、その意識を吹き飛ばす行動を、拓は彼の為に取った。
他の奴らのように、彼を無視すればそのまま普通の『世界』に留まっていられたものを・・・彼の為にその“強さ”を発揮したのだ。
他人の為に、全てを投げ打てられる程の、強い―――『力』。
それを“強さ”と言わずして、何と言うのか？
暴力ではなく、それ以上の強い“意志”で、拓は彼の信頼を勝ち取ったのだ。
「―――拓・・・。俺の知らない場所で、厄介事に巻き込まれてんのかよ・・・？」
バイクを止めて、きつい視線を町中へと向けながら、彼は吐息のようにそう呟いていた。
横須賀・・・駅前ロータリー。
横須賀一を誇る『麓沙亜鵺』の溜まり場でもあるそこには、同じ特攻服を着た者が数人たむろっていた。
ドウルドウル・・・。 低く重い音が響いて、一台のマシンが止まる。
途端に、強く吹いていた風も、ピタリと止まった。
だが、その銀の輝きの髪は靡いたままだ。
端正とも言える程彫りの深い顔だちは、この街で生まれた者のように見えた。
しかも、昼ではなく・・・まさしく、夜の街の“落とし児”として。
「・・・“緋咲”居る？」
特攻服を着ていた奴に、当然知っているだろうという雰囲気で話しかける。
だが、自分らの“頭”の事を呼び捨てにする相手に、彼らはブチ切れそうになる。
「テメェ・・・何、緋咲さんの事呼び捨てにしやがるんだよ？」
金髪の小僧が、きつく睨み付けてくる。
「止せよ、相賀。」
隣にいた奴が抑えなければ、今にも襲いかかってきそうな態度に、笑みが零れる。
それも、人の悪いという形容がぴったりな。
「―――どうでも“イ”ーから、早く呼べよ。」
「なんだとっ！？」
今度こそいきり立ったその場の雰囲気に、周りが騒然とした時だった。
「何、してやがる。」
低い支配者の声が、その場の騒ぎを一掃した。
特攻服と同じ色の紫に染めた髪が、街の灯に透ける。
「よぉ、緋咲。」
軽く手を上げる彼に、緋咲は目を細めた。
「何しにきやがった？セロニアス・・・」
その変わらない口調に、彼−天羽は酷く嬉しそうな笑みを向ける。
「“ヤ”られたって？」
「あぁ！？テメェ・・・冷やかしにきやがったのかよ？」
ブチっと切れそうな相手の感情に、天羽はおやっ？という風に目を開く。
確かに、自分よりは“感情的”ではあったが、ここまで苛立っているのが不思議で。
「あのクソチビ・・・今度会ったら・・・」
その苛立ちが抑えきれないという風に、零れ落ちた台詞に、天羽はクッと微笑う。
「随分、気に入られたものだ・・・。」
「何、“カンチガイ”してやがる？それより、テメェ・・・何でこの“街”に戻ってきやがった？勝手に飛び出してった癖に・・・」
ギッと天羽を睨み付ける緋咲の顔が、“本気”になる。
「―――仕方ないだろ・・・“お祖父様”の言いつけだ。」
「ふん！相変わらず、どうでも良い事に流される奴だな。」
「・・・良いんだ。見つけられたから。」
ボソリと呟かれた台詞に、緋咲が訝しげに天羽を見ると、初めて見るような微笑が浮かんでいて妙な違和感が残った。
「セロニアス？」
「この“街”じゃ見つけられなかった“モノ”を、オレはあそこで見つけた。―――絶対に手に入れる。」
真っ直ぐに緋咲を見つめる天羽の瞳が、更に深い“緋”を露す。
ゾクリと全身に鳥肌が立つような、『龍神』の瞳。
獲物を見つけた野獣のきらめき。
相手を食らいつくしてしまうだろう、その激情を感じて、緋咲は肌寒さを覚えた。
そうして、ここまで天羽を執着させる人物に少しだけ興味を覚える。
「だから、邪魔をするな。」
ガラリと表情を変えた天羽の眼差しが、緋咲を捕らえた−その瞬間。
それは、酷く挑戦的な“視線”でもあった。
「セロニアス？」
「オレの“唯一”に近づく者は許さない・・・喩え、それがオマエでも・・・」
「テメェ、何言って・・・？」
余りにもいきなりな態度に、緋咲は戸惑う。
「“拓”には、近づくな。あれは、オレの獲物だから・・・」
肉食獣の凶暴さを身に覆った天羽の凄味に、緋咲はカッと瞳を見開く。
理不尽な言われように、沸き上がったのは、怒り。
そんな事を言われる筋はないのだから。
「“フザケ”てんじゃねぇっ！！」
怒りが頂点に達した緋咲が、天羽に対峙した時には、既にその姿は走り去る所だった。
一瞬の風が吹き荒れたような場所に、置き去りにされた緋咲は、きつく拳を握り締めて・・・唇を噛んだ。
天羽の行動に一貫性が無いのは、今に始まった事じゃない。
なのに、苛立ちが抑え切れないのだ。
捨てた筈の“街”にわざわざ戻ってまで、釘を差しにきた天羽の態度が、逆に緋咲の感情に火を付けてしまった。
「クソがぁ・・・！？」
忌ま忌ましい程に、あの“街”にはろくな事がない。
拳は無くすは、絶対に勝てると思っていたチビには、カウンターを食らうわ・・・。
更に、“裏切った”『ダチ』までも、住んでいるのだ。
憎しみが、向けられる『横浜』という名の、緋咲にとっての悪夢の街。
なのに、何故か気付けばその街を走っているのだ。
神奈川制覇を目指すのなら、避けて通れない場所ではあるけれど・・・。
この“地”に強い奴がいないのも原因かもしれない。
そうして、緋咲の中の“強さ”を求める感情が、あの“街”を求めるのだろう。
あの“街”に棲む、強者共を追い求める為に。
緋咲もまた、“強さ”を追い求める者であるが故に・・。
ユラリと立ち上がる緋咲のオーラが、一層強まる。
『拓』と天羽は、言った。
―――浅川、拓。
それは、あのクソチビの名前。
二度と、忘れないだろう屈辱を、緋咲にもたらした“相手”。
近づくなと天羽は言ったが、だからと言ってそれを受け入れる事などできる筈もない。
借りを返さなければ、緋咲のプライドが傷を付いたままなのだ。
それが、弱みとなる。
だから、“強者”でいる為には、その傷を消さなくてはならないのだ。
喩え、抉り取る程のものとなっても。
真っ直ぐな瞳が、思い出される程に苛立ちをもたらす。
緋咲の拳を奪った、憎しみの相手の外道の“頭”をあのチビは『マブダチ』だと言った。
それだけで、緋咲の“敵”なのだ。
その“敵”と馴れ合う天羽も、“敵”にしかならない。
ふと、昔の情景が思い浮かぶ。
この“横須賀”を『懐かしい場所』だと言った天羽の姿が・・・見える。
だが・・・だが、あの時の“姿”はもうない。
黙っていなくなってしまった時に、緋咲は“裏切られた”のだ。
『仲間』だと思っていた、存在に。
一番近い場所に居て・・・同じ“魂”を持った相手を失った時から、緋咲は孤独になった。
「・・・バカ野郎・・・」
ふと漏れた呟きは、誰に対するものなのか、彼自身にも理解らないものだった。
何故、こんな事になってしまったのだろう？
敵対するつもりなんかなかったのに・・・。
“トモダチ”になれれば良い・・・と。
ただ、それだけを思っていたのに。
結果的に、酷い状態になってしまった。
身も心もボロボロにされて・・・惨めな想いで家に戻ってきた拓は、家の前に佇んでいた影に、一瞬ビクリと身を竦めた。
そうして、次の瞬間にそれが誰なのかを確認して、驚愕した。
「―――秀人クンッ！？どうしてここに・・？」
驚きと疑問が、拓の唇から零れ落ちる。
「拓・・・。」
だが、秀人の表情が何処か思い詰めたものである事に不可思議な表情となる。
「『龍神』が、オレのとこにきやがった。」
ボソリと呟いた秀人の台詞に、拓は青ざめた。
「・・・拓？」
その変化に気付いた秀人がその訳を問いただそうとした瞬間に、拓の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
「どうした！？何があったんだ！？」
強く問いかける秀人に拓は泣きながらただ首を横に振った。
言える訳もない。
誰よりも憧れている秀人に、自分に力がないから酷い目に会ったなどど・・・。
そんな事、知って欲しくもなかった。
「・・・何でもない・・・何でもないんだ・・・秀人くん・・。久しぶりに会えて、嬉しいよ」
零れ落ちる涙を拭いながら、真っ直ぐな瞳で告げる拓に、秀人は続ける言葉を失ってしまう。
何でもない筈はない・・・と思っているのだが、拓が喋らない以上、それを問いかけるのは酷く残酷な事のようにも思えたからだ。
だから、秀人はただ頷いて、拓の前髪をクシャッと掴んだ。
「理解った。お前の言葉を信じる。だけど、何か会ったら・・・オレができる事があったら言えよ。『親友』だろ俺ら。」
静かに、言い聞かせるように言う秀人の言葉に、拓は何度も頷いた。
嬉しくて・・・何も言わなくても理解ってくれて、拓が一番欲しい言葉を言ってくれる秀人に、拓は心の底から感謝した。
「・・・ありがとう。秀人くん・・・」
拓にとって初めての・・・強い“憧れ”である秀人に、『親友』と言って貰える事の喜びが何よりも嬉しくて。
そうして、思い出すのは、天羽の事だ。
拓には、こうして気にしてくれる友達が沢山いる。
なのに、天羽は拓のせいで、この国で唯一の『兄弟』であるヒロシとキヨシとも敵対状態となってしまったのだ。
恨まれても仕方のない事かもしれない。
天羽の狂おしい程の感情が、拓を追い詰める。
怖い程の瞳の中に、『狂気』の中に・・・隠れている“ナニ”かが、拓の心を捕らえてしまう。
最初の出会いは、夜のロードであり・・・二度目の時は二人で森林公園まで走った。
寝ころがった天羽の口元からこぼれ落ちた、“宮沢賢治”の物語の中の台詞は、まるで祈りのように聞こえて・・・。
何を探しているのか？
天羽の瞳は、いつも何かを探しているように見えて・・・それが、“空”を映している事を拓は知っていた。
遠い遠い・・・“空”を。
敵になるつもりなんか全くない。
だけど、天羽が緋咲の為に動くのなら、拓は『親友』であり、誰よりも大切な“憧れ”の秀人の為に対峙するしかないのだ。
喩え、そんな事を望んでいなくても。
「・・・ボクが、決着をつけなくちゃ駄目なんだ。まだ、全然“強く”なんかなれないけど・・・逃げる事だけはしたくないから・・・」
秀人の目を真っ直ぐに見返す拓の瞳には、もう迷いは無かった。
ドウルドウル・・・。
低い独特な重低音で響きわたる。
「―――コンバンワ・・・“拓”ちゃん。」
癖のあるイントネーションで、発せられた言葉に、拓はビクリと身体を震わせた。
「テメェッ！！」
バッと拓を庇って振り向いた秀人は、バイクに跨がったまま二人を見つめる“紅”い瞳を睨み返した。
「何しにきやがった！？ 」
怒りの形相も凄まじく、秀人が威嚇すると、ニイッと人の悪い笑みを浮かべて、天羽は瞳を細めた。
「―――オマエに用はないよ・・・遊びに行こう・・・“拓”ちゃん・・・今夜は月が綺麗だよ・・・とても・・・」
壮絶な・・・妖艶とも取れる笑みを浮かべた天羽が、拓を見つめる。
その視線に虜まれかけて、拓は思わず秀人の服を握ってしまう。
「・・・拓・・・？」
拓の身体が小刻みに震えている事に、秀人は気付いた。
だが、その震えが何に対してのものなのか・・・秀人は知らない。
拓は、天羽の姿を見て・・・その声を聞いてしまった時から酷く動揺していた。
気持ちではどんなに忘れようとしても・・・傷ついた身体と刻まれた“心”はどうしても『恐怖』を消す事ができないのだ。
必死の抵抗も難なく封じ込められてしまったあの瞬間の、引き裂かれた“痛み”と“絶望”が、蘇ってしまって拓は身体の震えを止める事ができなくなっていた。
「―――もう、オレを忘れる事はできないよ・・・“拓”ちゃん・・・オレも忘れない・・・」
拓が秀人の背中に隠れている事に気付いた天羽は、本の少しだけマジな顔つきとなる。
それは、酷く傷ついたような眼差しで。
ハッと顔を上げた拓は、そんな天羽の視線を見てしまった。
途端に、胸に沸き上がるのは、キリキリとした痛み。
「ボ・・・ボクは・・・！？」
それでも、首を横に振って拓はその痛みを忘れようとする。
―――そんな器用な性格になれる筈もない。
拓が拒絶の言葉を口にしようとした瞬間に、突風のような風が、彼らを包み込んだ。
そうして、気付いた時には天羽のバイクは拓の脇にいて・・・その右手に銀色の輝きが光った。
「拓ッ！？」
一瞬の事に、秀人が拓を庇うよりも先に、天羽のナイフは確実な意志を持って・・・拓の胸元を切り裂く。
時が止まったのは、一瞬だっただろうか？
ハラリと切り開かれた拓の胸元の、白い肌に散らばる鬱血の跡が、残酷な現実を秀人に示した。
驚愕に大きく見開かれた拓の瞳が、絶望に染まる。
「・・・あ・・・」
見る見る内に盛り上がる涙が、零れ落ちる。
一番知られたくない人に、知られてしまったのだ。
余りの衝撃に拓は一瞬意識を失いかける。
「・・・ッ！！」
そんな拓の身体を支えたのは、力強い腕だった。
それが、秀人の腕だと気付いた拓は、一瞬ビクリと身を竦ませた。
そうして、フルフルと首を横に振ってその腕の中から出ようともがく。
だが、それを秀人が許さない。
「−−見ないで・・・秀人くん・・・強くなんかない・・・強くなんかなれない・・・どんなに頑張ったってボクは秀人クンみたいには・・・」
両腕で顔を覆って泣きじゃくる拓の身体を、秀人は更に強く抱き締めた。
「バカヤロー・・一人で苦しんでんじゃねーヨ、拓。」
嫌われるとばかり思っていた拓は、秀人の言葉に恐る恐る顔を上げる。
「・・・ひ・・・ひで・・と・・く・・・」
そうして、秀人の自分を見る眼差しが、変わっていないのを見て、ホッとした途端に顔中をクシャクシャにして泣き始めた。
「・・・ったく、だから、たまには連絡してこいって言ったろーがよ。」
「・・う・・うん・・・ごめ・・ん・・・秀・・人・・くん・・・っく・・・」
しゃくりながら言う拓に、秀人は少しだけ口端を持ち上げてから、拓の髪をクシャッと撫でた。
そうして、天羽を振り返った表情は豹変した。
「“拓”を“泣”かすんじゃねーよ・・・」
低く吠えるように告げる秀人の眼光は、人を射殺せそうな程きついものだった。
『外道』のカンバンを背負っている時の・・・そのチーム名に相応しい容貌。
それは、夜の闇を猛る獣。
対峙する銀の髪の『修羅』は、自嘲気味な笑みを浮かべていた。
「ヤッパリ・・・オマエの“ソンザイ”が、ジャマだナ・・・『外道』の“秀人”・・・」
スーッと細められた天羽の瞳が、鮮やかな“真紅”を彩る。
獲物を見つけた龍神の“狩”りの時の―――証。
「・・・拓？帰ってきたの・・・？」
玄関を開けたような音に、ハッとそちらに気を取られた拓は、次の瞬間自分の身体がフワリと浮き上がった事に気付いた。
「えっ！？」
「つーかまえた♪」
一体、いつの間に？どうやって？・・などという疑問符が溢れてしまう程唐突に、拓は秀人の腕の中から天羽のバイクの上へと移動している自分に驚愕した。
「テメェッ！！」
余りの事に一瞬我を失った秀人が、掴みかかろうとした瞬間、天羽のバイクはアクセル一発で、飛び出した。
拓をその上に抱き抱えたままで・・・。
奪われたと感じた瞬間に、秀人の感情は爆発した。
素早く自分のバイクに飛び乗って、これまたキック一発で『ＳＲ』の後を追って走りだした。
昔の自分なら、拓が天羽の“モノ”になってしまった時点で、興味を失った筈だった。
だが、今は違う。
本当に大切なものが何なのか・・・失えない者がいるという事に秀人は気付いた。
そうして、それを気付かせてくれたのは、拓なのだ。
だから、秀人は拓を誰よりも大切に思っていた。
そんな・・・秀人の大切な拓を、傷つけて“泣”かせるなんて・・・死に値する程の“罪”だと思った。
追いかけて捕まえて・・・半殺しの目に遭わせて、拓をこの腕に取り戻すまで・・・この怒りが収まる事はないだろうという事を、秀人は感じていた。
それ程、ハラワタが煮えくり返っていた。
「どうして・・・？どうしてこんな事をするんだよ・・・時貞くんっ！！」
悲鳴のような台詞が、拓の口から零れ落ちる。
拓には、天羽が何を考えているのか、全く理解できなかった。
酷く辛そうな面差しで、天羽は拓にひどい事をする。
酷く悲しそうな眼差しで、天羽は拓を苦しめる。
嫌いだから・・・？
だったら、こんな風に会いにこなければ良いのに。
どうして、こんなにも拓を苦しめる事ばかりするのか・・・。
本当に、拓には理解らなかった。
だから、拓は問い掛け続けるしかない。
赤い瞳に、涙を浮かべて・・・。
“想い”を秘めた眼差しで・・・。
相手の心を、真っ直ぐに天羽を見据えるように。
それでも・・・心は秀人を追っているのだ。
いつも・・・何時の時も。
それが、拓の真実の“想い”だから・・・。?
拓を捕まえたままの天羽の『ＳＲ』と、秀人の愛車であるパールホワイトの『ＦＸ』。
二台の単車が、夜の街中を疾駆する。
それは、一種異様な光景だったかもしれない。
“追う”者と“追われる”者。
“剥奪”者である『修羅』と・・・“奪還”者の『外道』。
どちらの想いが、より深いものなのか・・・。
理解するには、彼らの“想い”はまだ生まれたばかりだった。
それぞれの“想い”を抱えたまま、彼らは夜のロードを走り続けていた。
その先に何があるのか・・・どんな結末が待っているのか・・それすらも理解らぬままに。
身体を取り巻く、激しい風が不意に途絶える。
それが、単車が止まったからだと拓が気付くまで、少しの時間が掛かった。
天羽の腕に抱き込まれたまま、拓の足が漸く地面に触れる。
「―――時・・！」
抗議を伝えようとした唇が、天羽の人指し指に押さえられた。
「静かに！・・・これから“楽”しい事をするんだから。“拓”ちゃんは、ここにいるんだ。」
有無を言わさないような、凶悪な“緋”い瞳に見つめられて、拓はゴクッと息を飲み込んだ。
「・・・拓ッ！！」
キキィッというタイヤの軋む音と共に、秀人の『ＦＸ』がその場に現れる。
「・・・やっと、“来”たのか・・・」
ボソリと呟く天羽に、秀人が瞳をカッと見開く。
「うるせぇっ！！拓を返しやがれっ！！」
単車から降りて、歩いてくる秀人に向かって、銀の輝きがきらめく。
鋭いナイフの切っ先は、間違いなく秀人を切り裂くつもりで繰り出されたものだ。
「秀人くんっ！」
気付いた拓の悲鳴が上がる。
「チッ！」
間一髪で避けた秀人は、カウンターで拳を叩き込む。
だが、それもギリギリの所で天羽が避けたので不発に終わってしまう。
対峙した次の瞬間に、天羽と秀人はバッと戦う態勢へと動いた。
「へぇ・・・」
自分のナイフを避けた秀人の動きに、少しだけ天羽は感情を露にした。
この相手ならば、思ったよりも楽しめるかもしれないと感じて。
口端に浮かんだ笑みは、“龍神”のそれ。
強い者に対する、歓迎の“意”。
相手が強ければ強い程、戦った後の充実感を味わえるからだ。
「“凶器”かよ・・・テメエの力だけじゃ、戦えねぇのかよ。」
避けた筈なのに、頬の皮一枚を裂かれていた事に、気付いた秀人はチッと眉を潜める。
自分のパンチを躱した俊敏さと言い、対峙した瞬間の余裕の表情と言い・・・ただ者ではないと判断したのだ。
『獏羅天』の元“三鬼龍”の一人・・・“顎”の時貞・・・“切り裂き魔”。
何人の屍の山を築き・・・その血を全身に浴びたか理解らない程の・・・『修羅』の者。
勝てるだろうか？
秀人の中で言い知れない感情が沸き上がる。
だが、勝たなくては、拓を取り戻す事はできない。
“想い”が力となる。
昔のようにがむしゃらに戦うのではなく、誰かの為に戦う事。
それが何よりも、自分を大きくしていくのだ。
秀人の台詞に、天羽は持っていたナイフを捨てた。
そうして・・・肉体だけを駆使した戦いが始まった。
互いに間隔を取りながら、近づいた次の瞬間にはまた離れていく。
だが、その間に繰り出される拳や蹴りは、半端なものでなく。
拓の意識がその戦いに捕らわれる。
決着を付けなくてはいけないのは、拓なのに・・・拓の代わりに秀人が天羽と対峙してしまっている事に対して、胸が苦しくなる。
自分に力がなく・・・思っている事の半分も言葉にできない事が悔しかった。
拓は天羽を嫌いではない。
なれるものなら、友達になりたいとも・・・。
孤独に包まれた“緋”い瞳が、悲しみ色に見えてしまった時から・・・その姿が何故か過去の自分にオーバーラップして・・・。
何処か寂しそうな・・・他人を寄せつけない天羽の姿は、拓にとっても辛いのだ。
昔の、秀人と知り合う前の拓は、いつも他人の顔色を伺って生きてきた。
いじめられっこだったので、巧く立ち回らなければならなかった。
それは、一人になるのが怖かったから。
反抗して、更にいじめられたりするのも嫌だったし・・・それに誰にも相手にされなくなるのはもっと嫌だった。
それが、学生生活という共同の場に於いて、拓が自然と身についたものだったのだ。
だが、それが弱い自分だからだったと気付いたのは・・・秀人と出会ったから。
転校してきた秀人と出会って、その一匹狼でも構わないというような堂々とした態度と強さに、拓は強く惹かれて・・・変わったのだ。
一人になるのは、誰だって怖い。
だけど、本当の気持ちを相手に伝えられないような関係なんて、本当の『友達』になれる筈もない。
心を隠して付き合っていた自分は、とても狡い人間だったとその時思ったのだ。
だから、拓は天羽の台詞がとても気になって仕方なかったのだ。
“すべてがあるがまま・・・。”
『銀河鉄道の夜』の台詞を呟いた天羽の姿は、とても怖くて・・・そして、辛そうで・・・。
まるで、行き場のない強い悲しみを抱えて生きているような彼に、拓も悲しくて・・・。
だから、拓はあんなに酷い事をされても・・・天羽を嫌う事ができなかった。
それは、同情なのかもしれない・・・それでも、その悲しみを越える何かを自分ができるのなら・・・色々な事を一緒に話せれば・・・きっと。
そんな事を拓が考えている内に、戦いは更に激しくなっている。
互いに相手の動きに慣れてきたのか・・・身体に当たる攻撃を繰り出し始めたのだ。
バキィッという鈍い音がして、秀人の拳が天羽の右頬を捕らえ・・・倒れかかった天羽はその反動で秀人の腹部に蹴りをぶち込んだ。
「時貞クン！秀人クンッ！！」
拓の口から押さえきれなかった声が上がる。
ダメージは秀人の方が酷かったらしく・・・切れた口の中の血を吐き出して天羽が立ち上がった後も、秀人は膝をついたままだった。
『チッ・・・肋骨が折れやがった・・・』
やばい状態に、秀人は眉を潜めた。
息を吸い込むだけで、かなり痛む。
それでも、ユラリと立ち上がって、秀人は天羽と対峙した。
ここで、自分が負けたら、拓がどんな目に合うか理解らなかっただけに・・・どうしても負けたくなかった。
尤も、理由はそれだけではなかったけれど。
そうして、再び死闘が始まる。
だが、怪我をしている分だけ秀人の動きが鈍くなって、天羽の攻撃を躱しきれなくなっていた。
勿論、そんな好機を天羽が見逃す筈もなく・・・。
いつしか一方的な展開となったその戦いに、拓はもう我慢できなくなってしまった。
「・・・“消”えちまえっ！」
もう一度膝をついてしまった秀人に向かって、天羽が止めとばかりにフィニッシュブローを繰り出そうとする。
「−駄目だっ！！」
その天羽の腕を、拓は全身を使って抱き込んだ。
「・・・“拓”ちゃん・・・？」
そうして、バッと秀人を庇うようにして目の前に立つ拓を、天羽の“緋”い瞳が捕らえる。
それが、ほんの少しだけ歪む。
「“ど”け・・・」
低い声が唇から零れる。
『龍神』の怒りの滲むような・・・その声に、拓は背筋を冷たいものが走ったような気がした。
それでも、その言葉を聞き入れる事はできない。
身体が、動いてしまったのだ。
心が、選んでしまった。
本当に大事なのは、一体何なのか・・・。
拓は、秀人がこれ以上傷つくのが我慢できなかったのだった。
「い・・・嫌だ・・・。」
言ってから、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちる。
辛くて・・・悲しくて・・・。
こんな形でしか、“想い”を伝える術を持たない自分が悔しくて・・・。
「・・・拓・・・」
半分意識を飛ばしていた秀人が、覚醒する。
胸が痛むのは怪我のせいではなく・・・拓が泣いているから。
自分の為ではなく・・・人の為に泣く拓を弱いとは思わない。
そうして、その涙が誰の為のものなのかを、秀人は理解した。
「・・・嫌だ・・・こんなのは・・・嫌だ・・・『友達』になりたいのに・・・どうして？・・・こんな酷い事ばっかり・・・」
巧く自分の気持ちが喋れなくて・・・拓はますます胸が苦しくなる。
溢れだす涙を止める術も持たなくて・・・。
拓が泣きだした途端に、天羽の中で荒れ狂っていた“ナニ”かが消滅した。
そうして、もどかしいまでの“苛立ち”が沸き上がる。
いつもそうだ・・・。
こうして、誰かを傷つけながらしか、自分は生きてはいけないのだ・・・と。
今度こそ見つけたと思った唯一にまで・・・自分の気持ちは傷つける事でしかなかった。
それが、歯がゆくて・・・悲しくて。
自分自身に対する苛立ちが、益々増長していく。
「・・ボクは時貞クンを嫌いじゃないっ！」
不意に飛び込んできたその台詞に、自分の世界に入り込もうとした天羽は、少し瞳を見開いた。
「嫌いになれないっ！！だから・・・だから・・・ボクを知ってほしい・・・し・・・ボクに時貞クンの事をもっと教えてっ！！」
真っ直ぐな瞳が、恐れるなく“緋”い瞳を捕らえる。
その純粋な感情に触発されて・・・狂おしいまでの天羽の感情が爆発した。
目の前の拓の身体を、両腕で力一杯抱き締める。
「時貞クンッ！？」
驚いた拓の台詞も無視して・・・天羽は気が狂いそうな程のもどかしい感情を、腕の中の存在を感じる事によって追い払おうとした。
小さな・・・思っていた以上に柔らかくて、なのにしっかりとした存在感に・・・零れ落ちるのは―――涙。
ずっと永い間、胸の中で荒れ狂っていた“モノ”が、昇華されて・・・身体を離れて昇っていく。
突然の事にびっくりして、逃げ腰になった拓だったが・・・天羽の周りを覆っていた怖い程の雰囲気が消えていくのを感じて、ゆっくりと力を抜いた。
「―――時貞クン・・・？」
そっと問いかける呟きは、答えが返る事を期待したものではなく・・・。
『・・・・―――・・・』
小さな呟きが、天羽の口元から零れて、拓の耳に届く。
「・・・うん。」
それは、異国の言葉だったので、拓は理解できなかったけれど・・・何故か頷いていた。
―――シンとした静けさの中で・・・『修羅』はようやく戦い続ける“宿命”から解き放たれたのだった。
―――それから三週間後。
増天寺ライブをやり、その夜の交通事故から奇跡の生還を果たした時貞は漸く退院したばかりだった。
それなのに、事態はあっと言う間に、急展開を告げた。
「時貞クンッ！！」
広い横浜駅・・・の早朝。
通勤ラッシュにもまだ早い時間帯に、その声はやけによく響いた。
そうして、タタタッと走り寄るその足音も。
気付いた者が、振り返る。
銀の髪に褐色の肌・・・“朱”い瞳のままで。
「・・・“拓”ちゃん・・・」
目の前に走ってきた相手に、穏やかな笑みを浮かべたまま、天羽はその存在を受け入れた。
一瞬その笑顔に見惚れかけたただったが、それどころじゃないと慌てて意識を取り戻す。
「“ドコ”行くの！？」
「“世界の真ん中”」
「えっ！？」
拓の問い掛けに、天羽はサラッと答えて・・・更に拓の瞳を開かせた。
そんな拓に、天羽はただ一つ持っていたギターを示す。
「こいつで・・・」
その言葉に、拓は一瞬泣きたくなったが・・・グッと堪えた。
「・・・そっか・・・」
天羽は見つけたのだ−自分の進べき道を。
ならば、それを拓が止められる筈もない。
「頑張ってね・・・時貞クンなら、きっと“や”れると思うからっ！！」
だから、泣くのを堪えて精一杯の笑顔を見せる。
そんな拓の表情に、天羽は決心がほんの少しだけ揺らいだが・・・自分達の様子を、離れた場所から覗いている人物に気付いて、口元を密かに持ち上げた。
そうして、ちょっとだけ意地悪をしたくなる。
「“拓”ちゃん・・・。」
驚かせないように・・・そっと抱き締めて、その肩口に顔を止せる。
『オレが“世界の真ん中”を捕まえたら、絶対戻ってくる。そうしたら、きっとオレを振り向かせるから・・・愛してる・・・』
耳許に触れるか触れないかの位置で、天羽は“想”いを囁いた。
途端に、耳まで真っ赤になった拓に、素早く天羽は口付けた。
「テメェッ！！」
バッと飛び出してきた秀人に、見せびらかすかのようにそのキスを堪能した天羽は、唇を離してから秀人に向かって底意地の悪い笑みを浮かべた。
「仕方ねーから、“今”んトコは、オマエに預けて置く。帰ってきたら、今度こそ返してもらうからナ！」
そうして、ボーゼンとしている拓の身体を、秀人の方に押しやると、天羽そのまま荷物を持って高笑いをしながらホームに向かった。
「二度と戻ってくんなっ！！バカヤロウッ！！」
あうあうと泣き出した拓をしっかりと両手で抱き締めたまま、秀人のそんな天羽の背中に向かって、そう言い放っていた。
振り返らなかった天羽は、その瞬間、実に艶やかな笑顔を浮かべていた。
―――反対ホームの上。
電車に乗り込んだ天羽は、そこに思いがけなかった人物を見つけて、目を見開いた。
慌てて窓を上げて、その姿を見つけた事を知らせる。
絡まった視線は、一瞬だった。
紫の髪が揺れ・・・鋭い視線が・・・天羽を捕らえた。
ゆっくりと持ち上げられた右手が、差し出される。
親指を立てたまま、その手を下に突き出す。
―――くたばっちまえっ！！―――
そんな罵倒さえ、聞こえそうなその仕種に、天羽はフッと微笑を浮かべた。
皆不器用で・・・素直になんかなれない。
それが理解っているからこそ・・・それは緋咲の精一杯の“友達”としての餞別なのだ。
電車が走りだすその瞬間、天羽は持っていた物を、緋咲に向かって投げつけた。
大きく弧を描いたそれは、確かに緋咲の手の中に収まった。
赤い色のピック。
それは・・・まだ天羽が緋咲の隣に“存在”た頃から、愛用していたものだった。
「・・・ふざけんな・・バカヤロウ・・・」
『ＪＯＫＥＲ』の紫煙を吐き出しながら・・・緋咲は、そんな“想い”を吐き出した。
「いっちゃった・・・。」
ポツリと拓が呟く。
「ふん・・・そんなに簡単にくたばるような奴じゃねぇし・・・その内またひょっこり帰ってくるさ・・」
「・・・秀人クン・・・ボク・・・時貞クンと『友達』になれたのかなぁ・・・？」
ぼんやりと呟く拓の姿に、秀人は少しだけ呆れた表情を浮かべる。
だが、それ以上だ・・・とは、教えたくなくて。
自分の気持ちが伝わらないのは酷くじれったいが、拓が他人の気持ちに対しても鈍感で良かったと心の底から思っていた。
だが・・・キスまでされても気付かないようでは、自分はどうやってこの“想い”を教えればよいのか・・・・ そっちの難関の方が秀人にとっては重要な事だった。
あーゆータイプは、言った事は実行するのだ。
だから、今度天羽が戻ってくるまでに、自分の“存在”をもっと的確に主張できる位置でないと・・・本当に拓を奪われそうな気がして。
現に今も、こうして天羽の事で胸を傷めているではないか。
「十分だろ。お前がいなかったら、アイツは救われなかったさ・・・」
だから、真実だけを告げる。
多くの言葉はいらないのだ。
それだけで、通じるだけの繋がりは持っている。
「・・・うん。理解った。」
そうして、拓もまた微笑う。
あの増天寺ライブの後で、事故に遭った天羽は、本当ならあのまま死んでいたのかもしれないのだ。
その事に比べたら・・・まだ辛くはない。
いつかまた帰ってきたその時に・・・笑顔で“お帰りなさい”と告げられるように・・・。
だから、淋しがるのはもうよそうと思った。
「メシでも食いに行くか？」
「うん！」
二人で単車置場まで戻ってきて・・・そう告げた秀人に、拓はにっこり笑顔で答えた。
秀人の単車のバックシートに座った状態で・・・。
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