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永遠の友達（前編）
『もっと一杯・・・話したい事が・・・。』
振り絞るように告げた“想い”が、宙に浮く。
『この闘いが終わったら・・・』
静かに告げて背を向ける、その後ろ姿に言葉が詰まる。
目の前が霞むのは、きっと悲しいから。
あの時と同じ言葉が口をついて出たのは、心の奥底に湧き出た不安によるもので・・・。
でも、あの時は全てが終わってしまった後で・・・どう足掻いても元に戻らない現実に、ただ溢れ落ちたのは悔し涙で・・・。
全然成長してない自分の弱さに、ただ唇を噛んだ。
そうして、見えなくなった背中・・・。
彼の行く先を、自分は知っているのだ。
そうして・・・そこで自分達は決着を付けなくてはならない・・・。
本当に大事な“モノ”を見つける為に。
今夜これから、とても辛い闘いが始まる・・・。
自分の部屋に戻って、ベットに腰掛ける。
今更ながらにはっきりと理解らされてしまった、現在の状況に、このまま何処かに逃げだしてしまいたいという弱い心が疼く。
それでも、わざわざ自分の元にそれを告げに来たくれた彼の心を裏切れない。
敵対する事になってしまったけれど、その力強い眼差しは少しも変わっていなくて。
“会いたかった・・・” そう、彼は告げた。
敵対してしまったので、きっと怒っているだろうと思って恐る恐る正面に立った瞬間に言われた言葉が、胸に響かなかったと言ったら嘘になる。
闘う事なんてできないと告げると、それでも、闘わなくてはならないのだという返事が返ってきた。
それが、どれ程の“想い”を包み込んでいたのか。
真っ直ぐに見据える瞳の強さは、変わらずに意識を奪っていくのに・・・。
彼のようになりたかった。
ずっとずっと・・・。
強くなりたくて・・・・憧れて。
漸く再会できた瞬間に、“友達”だと思っている彼と敵対してしまうなんて・・・これ程辛い事もない。
しかも、本人達にその気がなくても・・・“チーム同士”の立場で行動しなければならないなんて・・・。
ゆっくりと瞳を閉じる。
もう二度と、あんな想いはしたくない。
大切な人達を、誰も失う事なんて・・・嫌だから。
何ができるかなんて、理解らないけれど・・・後でずっと後悔し続けるぐらいなら、行動した方がずっと良い。
何もしないで、ただ黙って“運命”に従うのは、昔の自分。
それが嫌で、強くなりたくて・・・ここまで精一杯過ごしてきたのだ。
そうして、手に入れた大切な全てを・・・手放したくはない。
ゆっくりと息を吐き出して、瞳を開く。
何ができるかなど、理解らない・・・。
十分過ぎる程、自分が何もできない事も知っているけれど・・・。
立ち上がって、服を脱ぐ。
引き箪笥の中から、真っ白な晒を取り出す。
素肌にきつく巻き付ける。
胸下から、腹まで。
少し大きめのズボンをはいてから、一番上に折り畳んでしまっておいた“特攻服”を取り出した。
広げると、背中に綴られた文字は、“不倶戴天”。
伝説にまでなった『音速の四天王』の一人である、那森須王から、直々に貰ったものだ。
今まで一度も“特攻服”を着た事はなかった。
それは、何処の“チーム”にも正式には所属していないからで。
“爆音小僧”七代目の鮎川真里には誘いを受けていたが・・・大事な友達でもある“外道”の頭の彼と敵になりたくなくて何となくはぐらかしてきたのだ。
だが、この瞬間、敢えてこの“特攻服”を選んだ。
『―――この“特攻服”を着たら、誰にも負けられねーゾ！』
記憶の中から蘇った言葉が、頭の中に響く。
そう・・・負けない為に、これを着るのだ。
力でも走りでも・・・何よりも、弱い自分の心に負けないように・・・。
バッと広げて、戸惑いを振り払うように着込む。
両肩に掛かった重圧は、きつかったけれど・・・決心が揺らぐことはない。
身体の向きを変えて、机の前に立つ。
その上に置いておいた腕章を、持ち上げる。
“蠅王”と書かれたそれを、左手に嵌める。
それは、来栖がくれた物。
二人で“チーム”を造ろうと誘ってくれた時に、渡された『証』。
真里と同じように笑う来栖の瞳が、『龍神』の眼差しに酷似している事に気づいてしまった時から、できる限りの事をして“友達”になりたいと思っていたのだ。
そうして二人で、現在の横浜で最強の人物に向かっていきボロボロにされた後で、理解り合えた。
だから、これはとても大事な物なのだ。
そうして、視線はベットの上に落ちる。
枕元にあったそれを見つけた途端に、少しだけ眉が寄ってしまう。
丁寧に持ち上げて・・・洗って綺麗になった白い生地の真ん中に刺繍された文字を辿る。
“外道”・・・。
それは、彼の物だった。
沢山に増えた大切な品物の中で、原点とも言える“ハチマキ”。
この“ハチマキ”にずっと支えられてきたと言っても過言ではない。
それを付ける度に、身体の中から、“力”が沸いてくる・・・そんな感覚をもたらしてくれるのだ。
そうして、何度も窮地を救われた事もある。
「・・・秀人クン・・・」
溢れ落ちたのは、『想い』。
この“ハチマキ”を貰ってから、本当に随分と色々な事があって・・・。
その度に、新しい出会いを繰り返し。
辛い事も悲しい事も悔しい事も・・・全部、自分を強くする為の出来事だったのだとしたら、きっと今夜、これを付けるのは間違いじゃないから。
額に当てて、頭の後ろできつく結わく。
途端に、全身が引き締まった気がした。
深呼吸一つ。
窓から入り込んだ月の光が、壁際に立てかけてあったギターの弦に光を弾いた。
「行ってきます・・・。」
誰に言うでもなく呟いて、部屋を出る。
振り返らない表情は、いつもの気弱そうな顔ではなく“男”の顔になっていた。
その事に気づく事もなかったけれど・・・。
―――そうして、パタンとドアが閉じられた後は、静寂が部屋の中に漂っていて、何度も暗記できる程に繰り返し読んだ“秀人メモ”だけが・・・ただ机の上にポツンと取り残されていた・・・。
ずっと意識を捕らえていたのは、大切な彼等の事だけ。
だから、普段なら、他人の目がとても気になって逃げ腰になってしまうような状態でも、全く動じない。
両親に見つからないように家を出て、駅に向かう。
途中の道でも、駅の中でも・・・電車の中でも、絶えずまとわりつくような視線の嵐に見舞われたが・・・それも無視して、目的の場所につく。
彼等の居る場所に行く為に、最後に必要な物。
それは、自分の“想い”を乗せて走ってくれる“マシン(あし）”。
それを求めて、ここに来たのだ。
中に入って探そうとする前に、そこにいた人物に気づかれた。
「おぅ・・・来たかよ・・・。」
まるで、来るのが理解っていたかのような口調に、少しだけ驚く。
自分の姿を見て、一瞬驚いた顔は、次の瞬間苦笑に変わる。
「スゲー格好だな・・・」
ニッと人の悪い笑みを浮かべて言われた言葉に、困った笑みが自然と溢れて。
前の代の“爆音小僧”の頭であり、『伝説の四天王』の一人で、横浜でトップクラスだった真嶋夏生は、初めて出会った時からずっと“アニキ”のような態度でいつも接してくれた。
何度単車を壊しても、その都度さりげなく直してくれるので、とても世話になっていたりする。
「“夏生”さん・・・ボク・・・」
「―――理解ってる。用意してあるからよ。」
問い掛けに対して、夏生は倉庫の方へ促す。
いつもの溜まり場へと足を踏み込んだ途端に、思わず自分の目を疑ってしまった。
目の前に“存在”する『モノ』は、二度と鼓動を響かせない筈だったから・・・。
「・・・これは・・・？！」
抑えきれなかった呟きが、口元から溢れ落ちる。
「・・・ピストンは佐藤製作所の特注品だ・・・精度は千分の一ミリ・・・ピストンとスリーブは真嶋商会スペシャル・ハンドメイドホーミング・・・オレの手作業だけどよ・・・」
そう言って夏生は、被せてあったシートを全て取り除いて、跨がるように指示した。
ゆっくりと近づいて、真直で眺めると、変わらない輝きがシルバーの光を放っていた。
「“悪魔の鉄槌”変えらんねーからよ！鏡面仕上げで磨き込んだんだぜ？」
跨がった瞬間の、馴染んだ感触に、心の中に沸き上がってくるものがあった。
感動と驚きと・・・喜びーと。
「ホ・・・ホントに・・・この“時貞”クンの“悪魔の鉄槌”で“もう一度”走れるなんて・・・」
グリップを握る指先が震える。
それは永遠に叶わない筈の夢だったのだ。
「コイツにかわるピストンなんかあるワケねー・・・ボーリングできねーからフルパワーはできらねーが・・・」
工具を棚に戻していた夏生が振り返る。
「いーじゃねーか？“爆音の特攻服”“外道のハチマキ”・・・“蠅の王”？それに“獏羅天”の“龍神の単車”・・・今のオメーにぴったりだぜ？」
続けられた言葉に、胸が一杯になる。
下手をすれば、強いチームの格好をしているだけの者とみられても仕方ないのに、ちゃんとその気持ちを悟ってくれた夏生に対して、認められたという“想い”が昇華されて・・・。
「ボ・・ボク・・・ナンて言っていーか・・・な・・・“夏生”サン・・・」
気持ちをどう伝えれば良いのか、言葉にならない。
目線を上げてみつめ返すと、不意に夏生が真剣な顔つきとなった。
「・・・死んだ“友達（だち）”には到達（とど）かない・・・わかるな？」
問い掛けのように呟かれた言葉に、意識が捕らわれる。
「もし“それ”が見えても“無理”に“捕”まえに行くんじゃねーぞ・・・？―――たとえ、怖く見えなくても・・・だ・・・・・」
続けられた言葉に、瞬間思い出したのは、あの雪の日の奇妙な感覚だった。
“乱校”で乱闘の代わりに決着を付ける為に、いつの間にかする事になってしまった“走り対決”で、その“領域”を見たような気がしたのだ。
そうして、あの時・・・死にかけた自分を、最後に助けてくれたのが“ルシファーズ・ハンマー”だったのだ。
「“夏生”サン・・・ホントにいっぱい・・・あの・・・全部は良くわからないけど・・・」
ほんの少し目頭が熱くなる。
こうしてまた“時貞”の残した“証（もの）”と係われる事が嬉しくて・・・。
「アリガトウございました・・・・」
ただ、礼だけを告げて深く頭を下げた。
ギアを変えて、単車を動かす。
「“６速”だって？」
横を向いたまま喋る夏生は、何かを思い出すかのように視線を前に向けたままそう呟いた。
「バラしてみても無かったぜ？５速ギアだ・・・その単車は・・・」
独り言のように言葉を発する夏生に、驚く。
ならば、あの時・・・走り対決の時に、最後に感じたあのスピードは一体何処から・・・？
「もし“在った”のなら・・・」
見開いた瞳に気づいた夏生が振り返る。
「“天使の翼”だ・・・きっとよ・・・」
フッと笑みを見せて言う夏生に、言葉を発する事はできなかった。
“悪魔の鉄槌”と呼ばれ続けた時貞の単車を、そう表現できるのも横浜広しと言えど、この人ぐらいだろう。
夏生は、時貞の事を知らない。
実際に喋った事もない筈なのだ。
なのに、まるでその生き様全てを納得しているかのように、告げる言葉にはただ驚かされるだけで・・・。
深い“想い”が胸にこみ上げる。
今は“亡き”それぞれの友達の為に・・・沈黙の時は互いの“想い”を再確認しただけだった。
「あの・・・ボク・・・行きます。」
「あぁ・・・」
「もう・・誰も・・・失わないように・・・」
キュッと唇を噛みしめても、滲んだ涙は止められない。
「―――頼んだぞ・・・拓・・・」
静かに告げられた“約束”に、大きく頷いて・・・スロットルを開いた。
「これだ・・・この一発のピストンが強烈に爆発してる・・・縦の方向に鼓動してるカンジ・・・」
真嶋商会から走りだして、横浜の町並みを移動する。
珍しく車も走らない夜の町中で・・・“ルシファーズ・ハンマー”の機嫌も良さそうだ。
「あの時は怖いだけだったけど・・・今はこのマシンがよく理解る・・・」
時貞が逝ってしまい・・・その後“悪魔の鉄槌”を譲り渡された時は、その強烈な馬力と扱いにくいセッティングに、まとも走る事もままならなくて、振り落とされた事も何度もあった。
そうして、“走り対決”の時に、自分の走りの限界までマシンに引き出されて、その“領域”に踏み込んだ途端に、意識が薄れて・・・。
気づいた時には、冷たい海の中にいた。
真里が引き上げてくれなかったら・・・どうなっていたのだろう？
そうして、湘南の海から上がった時に、“ルシファーズ・ハンマー”はまるで墓標のように砂浜にその車体を突き刺していたのだ。
止まった鼓動と共に・・・。
自分に勝利をもたらす事と引換えに、その最後の力を使い果たして・・・永遠の眠りについた筈だった。
その“持ち主”と同じように・・・。
それでも良いと思っていた。
何故なら・・・確かにこの“単車”に一番似合うのは、時貞以外にいなかったから。
だが、完全に修復不可能と思われた“単車”に、夏生が“魂”を吹き込んでくれた。
これだけ乗りやすくなったのは、秋生に走りのコツを教えて貰っただけではなく・・・夏生のセッティングが上手いという事もあるのだろう。
周りの皆に支えられて、今こうしてここにいる。
『もう一度乗ってるんだ・・・今あの“時貞”クンの単車に・・・・』
深い感動が胸を焦がす。
『“夏生”サンの言ってた・・・“それ”がもし見えたら・・・』
前を向いてスピードを上げる。
車もバイクも通らない静かな“道路（みち）”をただ一人で走っていく。
もう、頬を切るような風も、身体を持ち運びそうな風圧も怖くない。
“時貞”の残してくれた“単車”と共に、彼も走っただろう町並みを滑っていく。
それが同じ“領域”なのかは理解らなかったけれど・・・。
流れるように風景が後ろに見えなくなっていく。
真っ直ぐな前方の道を、ただ見つめていると、不意にそれは、顕れた。
横を通って、前方へ流れた“光”。
信じられない光景に、驚愕してしまう。
光が、突如に『龍神』へと変化したのだ。
『・・・まさか・・・？！』
驚嘆の台詞は、言葉にならない。
だが、それは一瞬の事で、驚いている間にその姿が消えてしまう。
『ア・・・アレ？今・・・確かに・・・でもまさか・・・もっと迅く走ったら・・・見えるかナ・・・？』
見間違いだとは思えなくて・・・知らずスピードを上げていた。
グンッと加速した瞬間に・・・前方を走る単車を捕らえる事ができた。
その後ろ姿を見た瞬間に、驚きは喜びへと変化する。
「“時貞”クン！！」
紛れもなくその姿は、ずっと探していた“者”。
『獏羅天』“三鬼龍”の一人・・・『龍神』と畏怖されていた“存在”。
「“時貞”クン？！ボクだよ？！“拓”・・・」
いくら声を掛けても、前方を走っている背中が振り返る事はない。
―――もし“それ”が見えても“無理”に捕まえに行くんじゃねーぞ・・・？たとえ・・怖く見えなくても・・・だ・・・―――
突然に、先程の夏生の言葉が頭に浮かんだ。
あの時、夏生が真面目な顔で言った事は・・・ひょっとしてこの事を告げていたのではないか？
だが、それも一瞬の事だ。
目の前に、その姿があるのだ。
悔しくて悲しくて・・・色々な繋がりをもっともっと一杯したかった“友達”がそこに“在”るのだ。
『ナ・・・ナニ考えてんだ！“時貞”クンじゃないか！？もしかしてホントは死んでなんかいないんじゃ・・・』
そう自分に言い聞かせた瞬間、前方の姿がもっとスピードを上げて離れようとする。
「待って！“時貞”クン！ホラッ？ボク“時貞”クンの単車・・・こんなに乗れるようになったよ！！」
縋るような言葉が、口から発せられる。
前を走る姿を失わない為に、必死だった。
それでも、その姿は更にスピードを上げていく。
“単車”の走りの限界を更に越えて・・・。
スピードメーターすら、最高速度を振り切って図れなくなっている程なのに。
「みんなは“呪われてる”って怖がったけど！ボクこの単車が大好きなんだ・・・！！」
小さくなっていくその姿に向かって、言い募る。
“想”いが激し過ぎて、何を言いたいのかすら、纏まらない。
大事な事・・・もっと大切な言葉がある筈なのに。
「・・・あっ・・・」
小さなシルエットが完全に消滅する。
光の中に飲み込まれるようにそれが消えた瞬間に、感情が爆発した。
「行かないで！“時貞”クン！！」
悲鳴のような慟哭が、全身を包み込む。
やっと“逢”えたというのに、またしても“失”う事に耐えられなくて・・・。
身を乗り出すようにして、その姿を追い求めた瞬間に・・・それは突然に顕れた。
正面を向いた“時貞”が、自分を招くように手を広げて“存在”していたのだ。
意識が捕らわれる瞬間、辿り着けたのだという安堵に包み込まれた。
漸く、巡り逢う事ができたのだ・・・と。
ドンッという衝撃は一瞬だった。
どうなったのかすらも理解らない。
ただ、限界を越えた“領域”の中で、バイクごと吹き飛んだのだ。
フワリとスローモーションのように、身体が宙に浮いている間に、夜空に“存在”する事を象徴するような満月が、瞳に焼きついていた・・・。
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