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抱き締めたい
誰にも縛られない。
支配を受けない。
自分の思うように行動し・・・ただ走り続ける。
それが、誇りだった。
そして、これからもずっと、続いていくものだと信じて疑わなかったあの頃・・・。
自分は、まだ―――『独り』だった。
「秀人くーんっ！！♪」
息急ききって、拓が走ってくる。
てけてけてけーーーーーっ、と。
小さな身体が、一回りは大きな特攻服の中で泳いでいたりして・・・。
秀人は、一瞬赤面した。
「た・・・拓？！」
今にも足に絡んでしまいそうなダボダボの服の裾に、秀人は拓が転んでしまうのではないかと、気が気ではない。
年端もゆかない子供ならいざ知らず、拓が自分と同じ高校生なのだという自覚は、こんな時の秀人にはない。
「あぁっ？！拓・・・・」
尤も、自覚できない行動を、外す事なく拓が実行してくれるからでもあるが・・・。
こけっ☆
ハラハラしている秀人の目の前で、いっそ見事な程、拓は顔面から地面にダイブしてしまった。
「・・・ったく、大丈夫か？」
「・・・つぅ・・ご・・・ごめ・・・？！僕・・・？！」
慌てて駆け寄った秀人が、拓の腕を掴んで引き起こしてやると、拓はおでこを真っ赤にしたまま、困ったように俯いてしまう。
「―――拓？」
拓が謝った理由が理解できなくて、秀人は拓の顔を覗き込む。
「汚しちゃって・・・・」
泣きそうに呟く拓に、秀人はその理由を悟ってホッと胸を撫で下ろす。
実は、転んだ時に何処か傷めたのかと思ったのだが、そんなたわいもない理由で落ち込んでいる拓に、思わず口元が緩む。
―――可愛い・・・♪
そんな腐った事を思ってしまうのだから、もうビョーキと呼ばれても仕方ないかもしれない。
「気にするな。」
精一杯の優しい声で、そっと大きな特攻服のまま、拓の身体を引き寄せる。
「秀人くん・・・？」
不思議そうに、秀人を見つめる瞳が、余りにも純粋なので、一瞬心の中で謝ってから、そのまま秀人はそっと拓の唇を摘み取った。
「・・・ん・・・。」
何度も繰り返されているキスに、拓はその瞳を閉じて秀人にすんなりと応えている。
ここまでくるのに、どれだけ長かった事か・・・・
両思いだと言う事に気付いてからの方が、ずっと大変だったのだ。
互いの気持ちは理解っているのに、秀人は拓が純粋過ぎて手が出せないし、拓はただただ不安な状態で・・・その上、いつもなんからの邪魔が入る事も少なくはなかった。
それらが、拓の周りにいる連中の意図的な動作だと気付いた時から、秀人の腹は決まっていた。
拓を誰にも渡さない・・・。
自分が見つけた、息を抜ける存在は、知ってしまった今ではもう二度と失う事はできない程、秀人の中で大きな存在となってしまっているのだ。
「・・・拓・・・。」
想いを込めてその耳許で囁くと、ピクッと首を竦めて・・・拓は困ったように秀人を見つめる。
ほんのりと染まった頬が・・・妙に色っぽくて、秀人もまた困ったように笑う。
「―――このまま、食べちまいてェ。」
ボソリと欲求を吐息に乗せると、腕の中の拓がますます真っ赤になって困ったように縮こまってしまった。
「・・・？！」
小さくなってしまう拓の顔を上げさせて、秀人はニッと笑うとそのまま、さっき転んだ時に拓が擦りむいたおでこの傷を舌で嘗めた。
一瞬何をされるか理解らなかった拓は、ビクリと肩を竦めてから嘗められたおでこに指を当てて、びっくりしたような瞳で秀人を見つめている。
その瞳を見つめ返したまま、秀人はゆっくりと微笑を浮かべた。
そうして、そのまま腕の戒めを解放する。
このまま閉じ込めてしまえば、拓を壊してしまいそうな気がして・・・。
「・・・秀人くん・・・？」
不意に包まれていた温もりから解放されて、拓は問いかけるような視線を秀人に向けた。
「―――拓・・・見ろよ。」
スッと指先を伸ばして、拓の視線を促してやる。
「・・・うっ・・・わぁ・・・」
感嘆のため息が、拓の唇から零れ落ちた。
二人の視線の先には、水平線に沈む夕日が、雄大な姿で一日の終わりを告げているようだ。
オレンジ色の太陽が、水平線の彼方で、海の碧と混ざり合って不思議な色合いを醸しだしていた。
「・・・凄い・・・とっても綺麗だね・・・秀人くん・・・」
振り返ったまま、海を見て感嘆の言葉を呟いている拓の身体を、今度はそのままキュッと後ろから包み込む。
夕焼けに染まった景色の中で、二人は一つの影を作りだしていた。
秀人の腕の中に包まれたまま、拓は安心したようにその広い胸の中にもたれ掛かって、そのまま沈んでいく夕日を手を繋いだまま見つめ続けている。
誰にも邪魔されない・・・幸せな時。
腕の中に、愛しい者の温もりを感じて、秀人は幸福であった。
だが、この時間が終わってしまえば、二人はまたそれぞれの日常に戻らなくてはならないのだ。
―――このまま、時が止まってしまえば・・・。
夕日を見ている拓を見ながら、秀人はそんな事を考えていた。
拓の性格から言って、拓が強気でこられると拒めない事を秀人は良く知っていた。
そうして、そんな拓の優しさに付け込むような連中が、腐る程いるという事も、知りたくないが、次から次への邪魔によって理解らされてしまったのだ。
秀人が、時間を止めてしまいたいと思うのも、無理はないだろう。
何しろ、拓のファーストもセカンドも・・・その他諸々の事まで、既に秀人はしているとは言え、流石に目の前で奪われるようにキスされるのは、もう二度とゴメンだと思っても仕方のない事である。
秀人と離れていた僅かな時間で、拓はすっかりアイドルと化していて、秀人を驚かせた。
それも拓が、人間不信と苛立ちに包まれていた秀人の意識を、虜にしてしまう程魅力的な性格なのだから、当たり前とも言えるかもしれない。
だがしかし、一癖も二癖もあるような連中にばかり気に入られるというのは、やはり拓が持っている“不運”とお友達状態というのに起因していると言っても過言ではないだろう。
本当にできる事ならば、このままかっさらって二人で何処か遠くへ行くか、閉じ込めて誰にも合わせないような事をしたいのだが・・・。
それは、秀人の欲望でしかなかった。
だから、秀人は歯痒い想いで、腕の中の拓をただ抱きしめる事しかできないのだ。
やがて、太陽はすっかりと水平線の中に姿を沈めてしまい・・・辺りが薄暗くなってきた。
太陽が沈んだ事で、海風も徐々に冷たくなってきたようで、少し肌寒くなってくる。
「―――行く・・・か？」
心で思っている事と全く反対の言葉を、秀人は口にするとそのまま拓の身体をまた手放した。
途端に、拓がクルリと振り返って、秀人にふんわりと抱きついた。
「・・・もう、ちょっとだけ・・・・」
頬を染めた拓の小さな呟きに、秀人は何かで胸が満たされていく感じがした。
手放せない・・・。
そんな感覚が、沸き上がるように胸を焦がして、今までの優しい抱擁ではなく、秀人は拓をきつく抱きしめた。
「・・・拓っ！」
手加減などできない程、高ぶった感情は、もう抑える事なんかできやしない。
「―――好きだ・・・お前が・・・好きだっ！！拓っ！」
飲み込まれそうな程、激しい情熱の塊のような告白に、拓はびっくりしてしまう。
そうして、大きく見開いた瞳をゆっくりと幸せそうに細めていくと、目尻に涙が浮かんだ。
「・・・ボク・・・も・・・好き・・・」
たどたどしく答える拓の言葉を耳にして、秀人は困らせないように言わないでおこうと思っていた言葉まで口にしてしまう。
「・・・拓・・・。」
少し戸惑ったような口調で、秀人は拓を見つめる。
真剣な眼差しに見つめられて、拓は完熟トマトと化したようだ。
「―――誰にも譲りたくない。俺の手元に置きたい・・・一緒に、居てくれ・・・。」
こんな風に他人に願い事をする事は秀人に取って初めての事であった。
だから、上手く言えたかどうかすら理解らない程、秀人は緊張していたらしい。
瞬間、唖然とした拓は、秀人の言葉が嘘偽りのない、本心からのものだと知って、更に困惑してしまった。
それでも、ずっと憧れていて・・・一緒にいられるのが夢のようだといつも思っている拓に取ってみれば、それはまるで夢のような台詞だったのだ。
答えなど、決まり過ぎる程決まっていた。
「秀人・・・くん・・・？」
「あっ・・・なっ・・・泣くな？！拓・・・いやなら・・・別に・・・・」
半泣き状態と化し始めた拓の姿に、秀人が慌てる。
だが、そんな秀人に向かって、拓はゆっくりと首を横に振って見せた。
「違・・・嬉しく・・って・・・ボク・・・信じられない・・・本当・・・に・・・？」
「あ・・・あぁ・・・。んな事、冗談なんかじゃ、言えやしねーよ・・・・」
確かめるように聞いてくる拓に、秀人は照れたように頬を赤らめる。
途端に、拓は秀人の背中に両手を回して抱きつく。
「・・・嬉しい・・・ボク・・・。」
本当に嬉しそうな言葉に、秀人も緊張を解いていく。
「―――側にいてくれ。」
「・・・うん。秀人くん♪」
もう一度繰り返した願いに、拓も今度こそしっかりとした肯定の意を告げた。
そうして、次の瞬間には、拓の唇はまたしても秀人に奪われていたのであった。
長い長い口づけは・・・まるで、結婚式の誓いのキスのように甘くて、トロけそうだった。
二人だけの約束・・・。
それでも、誰が聞いていなくても、二人が知っていれば幸せなのだ。
互いの気持ちが、寄り添い合っていれば・・・怖いものなど何もない。
そんな気がするから・・・。
「・・・拓・・・。」
名残惜しむように離れた唇が、形作った言葉は・・・秀人にとって最愛の者の名である。
きつく抱きしめられた腕の中で、吐息のように甘く耳許で囁かれた自分の名に、拓は幸せそうな笑顔を浮かべていた。
側にいられるだけで、こんなに満たされる相手なら、それは『運命の相手』と言っても良いのかもしれない。
この場合、二人とも男同志という事が、既に道を踏み外してしまったような気もしないではないが・・・。
どうせ、幸せになるのなら、どうでもいい人間と一緒になるよりも、愛する者と暮らしたいではないか。
少なくとも、秀人はそう思っていた。
拓と一緒なら、ずっと求めていた安らぎが、得られるだろう・・・と。
尤も、同じ事を、周りの連中皆が思っているからこそ始末に終えないのだが・・・。
「あっ・・・足手まといにならないように、頑張るからネ・・・ボク・・・！」
はにかむようにそう告げた拓の心意気に、秀人は柔らかな表情を浮かべている。
「―――危なくなったら、俺が守ってやるよ・・・。」
きっぱりと言い切る秀人は、すっかりその気になって拓のおでこをツンとつつくと、そのまま拓の身体を抱きかかえてしまう。
「ひっ・・・秀人くん？！」
びっくりした拓が、ジタバタと抵抗するが、そんなものはちっともききやしなくて・・・海岸を歩き始めた秀人の腕の中で、いつしか拓はおとなしくなっていった。
こうして、秀人は拓を手に入れた。
喩え、どんなに他の奴等に邪魔されようとも、やっぱり“外道の秀人”は最強であったらしい。
尤も・・・『刷り込み現象』の影響が一番大きいのだとしても・・・幸せならば、それでよいのだ。
秀人が幸せなら、拓も嬉しいし・・・また二人が幸せになる為なら、どんな事でも秀人はできるのであった。
―――数日後、事後承諾の告白が二人の周りの連中に、一大センセーションを巻き起こしたのは言うまでもない事であった？！
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