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残酷な甘い時
もしも、違う出会いをしていたら・・・今頃どんな関係になっていただろう・・・？
そんな事を、ふと想いつく・・・。
それが、どんなに馬鹿馬鹿しい事かもちゃんと知っているというのに・・・。
二年という年齢差は、決して縮まる事はない。
更に、同年代にいなかったライバルを考えると・・・この感情は単なるやっかみにしかならないだろう。
最初っから、自分の存在位置は決まっていた。
『夜叉神』の會長であり・・・“乱校”では、先輩だ。
誰もが、自分の真正面に立つ事はない。
つまらない毎日・・・つまらない生き様・・・。
たった一年半で、世界の全てが変わってしまったのか・・それとも、自分の感情が失われてしまったのか・・・？
あの“魂”と共に・・・。
『音速の四天王』・・・そのメンバーの一人でいられた頃は・・・まだ、疾風を感じていた。
鼓動の止まったジェイソンは、何も語らない。
メチャメチャな行動で、己の存在を証明しようとする者たちの姿を、羨ましいとさえ思う。
もう誰にも自由な“走り”を奪われたくなくて、統一してきた代償が、その走りだった事が可笑しくて・・・。
知らなければ、もうとっくに諦めた筈の“感情”だったのに。
それを揺さぶり起こした“存在”。
似ているのか？お前に・・・。
真っ直ぐに見つめてくる瞳と、真っ直ぐな他人への“想い”。
そういや・・・お前も“ナツオ”に対しては人一倍正直だったな・・・。
“スピード”に恋してたお前を、自分達から奪ったのは、お前が何よりも嫌いだった“争い”だった。
誰が悪いのか・・・結局、全てはあの夜の底冷えに冷えた凍りついた時の中に埋もれたまま。
『不運』と呼ぶには、余りにも衝撃過ぎた・・・辛い過去。
もう何処にも“存在”しない・・・『輝き』。
なのに、この胸を揺さぶり起こす危険な『想い』。
ジリジリと身を焦がすのは、真夏の太陽の所為だけではなく・・・。
他人の為に身体を張っている瞬間の、眼差しの激しさが、時折“過去の友人”を思い起こさせたあのチビ。
本当に、“マコト”のような存在になるのかと思えば・・・その身体に似合わずに、更にそれ以上に化けた。
卒業してから・・・半年。
あのチビは、更にその“存在”を大きくしているのだろうか？
あの、印象的な瞳で・・・。
気づけば、一服の筈が・・・散らばる煙草の数が増えていて・・・。
随分と長い間、この場所にいたのだという事に改めて気づいた。
自分から“同志”を奪った場所。
同じ領域を走れただろう者たち全てを、失った場所。
喩えチームは違っていても・・・だからこそ、勝負が熱かったあの頃・・・。
過去を振り返ってしまうのは、自分がもう冷めてしまったからなのだろうか？
更に煙草に火を点けようとして、箱が空な事に気づく。
少しだけサングラス越しの瞳を細めた後、仕方なく煙草を吸う事を諦めた。
「また来る・・・マコト・・・」
ボソリと告げて、愛車に跨がる。
久方ぶりに、風を感じたくて・・・いつもの四輪ではない、単車の姿。
愛称ジェイソン・・・自分が『音速の四天王』と呼ばれた時代に、疾駆していたマシンである。
久しぶりの鼓動と、振動と、向かい風に浸ったままで、走り始める。
ふと、その場所を思いついたのは偶然だったかもしれない。
だが、その思いつきを消し去る事ができなくて・・・。
半年前の自分がまだ学生だった時に、失われてしまったもう一つの“魂”。
自分が引きずり出さなければ、天に還らなくても済んだかもしれない『龍神』。
その『龍神』が、最期を迎えた場所。
自分にとって、唯一の汚点。
横浜の連中を抑えきれるだろうと力を過信しすぎて、予測できなかった悲しくて辛い『出来事』。
真っ直ぐで大きな瞳から、大粒の涙を零して、その事を否定し続けた小さな姿は、一生忘れない。
あの時、胸を鷲掴みにした痛みは、決して忘れられない程、刻み込まれた。
それは、今でも変わらない・・・。
それでも、あいつは・・・あの“魂”は、全てを昇華させられたのだろうか？
音楽と走り・・・話した事もない相手だったが・・・その生き様は、目まぐるしく変化していた。
あのチビと出会ってから、変わったと言った者の言葉が本当だとしたら、一体、どんな“想い”が交錯したと言うのか？
その答えは、満足できるものだったのだろうか？
その答えを知っているのなら・・・教えてもらいたいものだ・・・。
ギラギラとする太陽に照らされて・・・影のないベイブリッチの上は、ユラリと蜃気楼が立ちそうな暑さだ。
行き交う車を縫うように走り続けて・・・変わらずに花とかが添えてある場所を見ようとした途端、その傍らにた佇む小さな姿に、目を疑った。
“あれは・・・？”
一瞬通りすぎてから・・・グルリと一周して戻ってきても、その姿はあった。
本来なら、降りてはいけない筈の高速道でありながら、その禁を侵してまでも存在する姿が、ほんの少しだけ刻まれた傷の痛みを思い出させる。
キイッと“ジェイソン”のブレーキをかけて、その場に単車から降りた。
その事に気づいた小さな姿が、振り返った瞬間に瞳を見開く。
変わらない・・・真っ直ぐな眼差しで。
「よぉ・・・。」
「あっ・・・どうして・・・ここに？」
驚いている姿から、視線を外して、傍らのその場所を見つめた。
添えられたばかりの白いユリの花。
「時貞くんに会いに来たんですか？」
問い掛けのような言葉に、沈黙で返す。
それが、答えだから・・・。
「・・・ボ・・ボクも・・・時々来るんです・・・」
小さな呟きが、その唇からこぼれ落ちる。
視線を移動すると、泣きそうな笑顔を浮かべていた。
「―――たく・・・。」
「まだ、信じられなくて・・・あれからもう半年以上たつのに・・・お墓もあるらしいけど・・・あっちにはいけなくて・・・ここで待ってれば、ひょっとしたら走ってくるんじゃないかって・・・」
フフッと自嘲気味に見せる笑みが、それが儚い希望なのだという事を物語っていた。
決して、叶う事がないと理解っているけど・・・それでも諦められないのだと・・・少年は微笑う。
＜恨んでいるか？・・・その“存在”を奪う原因を作った俺の事を・・・＞
口に出せない後悔の念が・・・意識を苛む。
口を開こうとした途端に、遠くからサイレンの音。
咄嗟にやばいと感じた瞬間、バイクに跨がる。
「行くぞっ、拓・・・！ここは、不味い。」
その意味を悟っただろう相手も、慌てて自分の単車に戻っている。
銀色のアルミタンクの『ＳＲ』。
『龍神』が残した、最速の“マシン”。
どれだけ乗りこなしたのか、その走りは鮮やかな軌跡を滑って、自分の意識を取り込んだ。
無駄のないランディング。
抑えて走っているだろう“走り”は、全力を出したらどれ程のものになるのだろうか？
試してみたい“感情”が、身体の奥底からはい上がる。
忘れかけていた筈の熱い“滾ぎり”が、血液を沸騰させる。
“マコト”を越える“存在”になったのか・・・それをどうしても知りたかった。
「鰐淵・・・さん・・・？」
疑問を投げかけてくる相手に、高速道路の終点である本牧ふ頭先で単車を止めた。
「“勝負”するぞ。」
「はっ？！」
瞳をまん丸に見開いている相手に、初めて自分の考えが突拍子もなかった事に気づいた。
だが、この身体中で駆けめぐる血潮を鎮める術はないのだ。
「ルートはここから本牧市民公園の脇を通って根岸の森林公園までだ。」
「えっ・・・あの・・・どうして・・・？」
まだ状況を把握できていないチビに対して、サングラスを外す。
途端に、強い日差しが目に染みたが、無視する。
「―――『龍神』の走りを見せてみろ・・・」
結局目にする事ができなかったその“走り”を、瞳に焼き付けたくて・・・。
また、それが答えとなるのならば・・・。
「・・・理解りました・・・」
不安げな表情が、一変して真剣なものとなる。
それは、どれ程の絆によるものなのか？
失ってしまった“絆”を手繰り寄せるように、その“想い”を示す姿が、太陽よりも眩しい。
アルミタンクを弾いた光が、輝きを増す。
低い重低音な振動が、辺りの空気まで震わせる。
未知数の爆発力を秘めている『伝説』の“マシン”。
その“走り”を、受け継いだ『者』。
「行くぞ。」
「ハイッ！」
シグナルが青に変わる。
一瞬で爆発した“ＳＲ”は、想像以上の疾駆を見せた。
たった一瞬で、凡そ１０Ｍ程の差ができたのだ。
馬鹿な・・・と思った。
そんな“マシン”が現実にあるなんて・・・。 それでも、これが現実なのだ。
ゾクゾクと身体が奮え上がるのは、驚愕だけではなく。
―――純粋な“喜び”。
過去に置き去りにしてしまった“走り”への強い『情熱』が、戻ってくる。
「―――負けてられるかっ・・・」
アクセルを全開にして、“ジェイソン”を走らせる。
大型な単車なので、馬力で負ける筈はないのだ。
だから、後は単車テクで競いあえば良い。
昔なら、昼間の暴走など考えた事もなかったが・・・今なら、それも気にならない。
目の前を走っている小さな背中を追いかけて・・・。
その姿を捕らえる事ができたなら・・・もう二度と過去に捕らわれる事はなくなるだろう。
それは、確信とも言える予感だった・・・。
草むらに座り込んで、煙草に火を点ける。
途中で、自販機で買ったものだ。
一息すって、煙を吐き出す。
途端に、隣に人の気配が現れた。
「―――遅かったな。」
ボソリと呟くと、位置をずらして座るように指示する。
「あんなの・・・アリですか？！」
咎めるような口調に、知らん顔を決めて、煙草をもみ消してから視線を向けた。
「“勝負”だと言った筈だ。」
「だからって・・・信号無視・・・？！」
「赤信号でビビるぐらいなら、単車乗りなんかやってねぇ・・・」
怒っているような表情に、つい言い訳をしてしまうのは、その眼差しが眩しいから。
「そうじゃなくてっ・・・！！」
悲鳴のような声が上がる。
続いて、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちるに至って、漸く何かが違う気がした。
「・・・拓・・・？」
「・・・事故ったら・・・怪我したら・・・どうす・・・」
泣き声で告げようとした言葉が、途切れる。
顔中をクシャクシャにしている相手に、その怒りが自分の身を案じたのだという事を思いされた。
「もう誰も・・・ッ・・・」
拭っても拭っても溢れ出る涙に、そのまま両膝に顔を埋める姿が、言葉を奪う。
かけて遣れる言葉が見つからない。
実際、“勝負”の方は、公道でなければ自分の負けだっただろう。
『マコト』でも『龍神』でもなく・・・自分の“走り”で、このチビは、疾風のように速く走っていたのだ。
“走り”で追い抜けないと悟った瞬間、残された手段は、ただ一つだった。
危険な賭ではあったが、“勝負”である以上、勝つ事だけが望みだったから。
だから、実行した。
その手段を・・・。
公園の手前・・・最後の信号に引っ掛かったチビを横目に、そのまま赤信号に突っ込んだ。
直覚線を走っていた車のブレーキの音とクラクションをくぐり抜けて・・・体制を立て直した瞬間に、勝利を掴んだのを確信した。
なのに、その行為は相手を酷く傷つける事でしかなく。
ポツリと空からまで涙が落ちてくる。
天気まで、チビの味方かと思うと、少しだけ苛ついた。
ポツポツと落ちてきた雨粒は、たちまちの内に、景色を飲み込んでいく。
「行くぞ。」
掴める程の細い腕に多少驚きながら、立たせるとそのまま雨に濡れない場所まで連れていく。
途端に、土砂降りとなったので、間一髪だったのかもしれない。
天上から降り注ぐ雨は、まるでベールのように外の景色を遮断しているようだった。
フウッと溜め息をついて隣に視線を移動しても、チビが泣き止む気配はない。
全く、他人の為にここまで感情を素直に表せるのは、ガキだからなのか・・・それとも純粋だからなのか・・・。
バケツの水をひっくり返したような雨が地面に落ちる瞬間に立てる音は、鼓動すらも消し去るようだ。
二人っきりの空間・・・。
何度このシュチエーションを考えた事だろう。
色々と聞きたい事も、喋りたい事もあった筈なのに・・・こんな状態ではそれもできない。
ただ沈黙だけが・・・時を刻んでいく。
「・・・っく・・・時貞くんっ・・・」
時折、小さな呟きが、泣き声に混じる。
自分が事故ったらと思った瞬間に、どうやら『龍神』の事を思い出したらしい。
まだ、半年だ・・・。
吹っ切ろという方が酷かもしれない。
自分だとて、一年半も前のでき事に、まだ捕らわれているのだから・・・。
だからと言って、零れ落ちる涙が、自分を責めているようで気分が悪い。
その“存在”がどれ程、周りの者たちを惹きつけているのか、知っているのか知らないのか・・・。
この自分に、もう二年遅く生まれれば対等に接する事ができたかもしれないのに・・・と、強く思わせた相手。
その成長を、側でもっと見ていたかった。
その化けぶりをもっと真近で見られたなら、もっと面白い生き方をできたかもしれないのに・・・。
「・・・拓・・・」
『龍神』は、一体何を望んでいたのか？
“魂”とも言えるギターをステージの上から投げ与えたのは、何故だったのか？
この小さな存在の中の何処に、“答え”が秘められているのだろうか・・・。
それを知りたいと思うのは、ただの我が儘なのか。
それでも・・・。
それが許されると言うのならば・・・。
知りたいと思うのは、残酷なのだろうか？
「―――泣くな。・・・お前の涙は、キレイ過ぎて・・・苦しい・・・」
半ば力付くで顔を上げさせると、そのまま涙を拭う。
大きな瞳を更に見開いた相手は、キョトンとした顔を浮かべた。
驚きに涙も止まったらしい。
その表情が、余りにも子供くさくて・・・。
引き寄せて抱きしめて、口付けてしまった。
腕の中の小さな肢体が、ビクリと硬直する。
その瞬間、ずっと長い事自分の中で形にならなかった“想い”が、形成されたようだった。
そうか・・・と知らされる。
ずっと、この存在を欲しかったのだ・・・と。
他の者たちとは違うと思い込んで・・・だが、確実に惹かれていたのだ・・・この自分さえも。
その事に気づいた途端に、胸に沸き上がったのは自嘲気味な感情。
今更、気づいたとしても、既に遅いのだ。
時が戻る事もなければ・・・自分が変わる事もない。
二年遅ければ違った出会いをしていたかもしれない。
それでも、ひょっとしたら二年違うから、この時間が持てたのかもしれない。
出来事の全てを『運命』で意義付けたくはないけれど。
そう惟う方が、楽に生きられるのは間違いないだろう。
どんなに逆らってみても、どうしても変える事のできない状態に陥ってしまった時は・・・。
「・・・ど・・・どうして・・・？」
呆然とした呟きが、離れた唇から零れた。
いつの間にか、雨も降りやみそうだった。
「ちょっとした、『不運』だ。」
ボソリと告げて、外に出る。
そう・・・こんな『瞬間』を作ってくれた気まぐれな神様に対する、ささやかな意趣返し。
悔しかったら、戻ってこい・・・。
そう口の中で呟いて、ゆっくりと歩いて単車まで戻る。
すっかり濡れている“マシン”は、少しスネているようだった。
＜もう少しだけ、付き合ってくれ。＞
単車を叩いて、ボソリと心で告げる。
跨がって、エンジンをかけると、応えるような振動が戻ってきた。
「鰐淵・・・さんっ！」
掛けられた言葉に、振り返る。
「ボ・・・ボク・・・忘れませんっ！先輩たちの事・・・皆・・・絶対っ！！」
強く言い切るその眼差しが教えてくれた。
自分が進んできた道は、決して間違ってはいなかったのだ・・・と。
それだけで、何かが満たされていく気がした。
応えるように、右手をスッと挙げて、理解った事を伝えてやると、途端に笑顔が広がった。
それが、初めて見るものだという事に気づいて、ほんの少しだけ“愛”しくなった。
シーサイドラインを戻るように走っていく 沈んでいく夕日が、海を鮮やかに染めていった。
もしも違った出会いをしていたなら・・・。
“ナツオ”や“マコト”と巡り逢えた事・・・『音速の四天王』として、走っていられた頃・・・。 それら全ての過去を後悔するわけではないけれど・・・少しだけ残念な気がした。―――
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