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遠い夢の国
『ここは何処・・・？』
『私は・・・誰？』
思わずそんな疑問が頭の中に沸き上がってしまう程、目の前の光景は、拓の知っているモノとは全く違った“世界”だった・・・。
「いたっ！！」
信じられなくて、自分の頬をつねってみたが、ちゃんと痛みがあったので、夢ではないらしい。
だが、出来る事なら夢であって欲しかった・・・と、拓はつくづくと思っていた。
まず、目が覚めて始めて見たのが、心配そうに覗き込んできた緋咲だったというのが、そもそもの始まりで・・・一瞬、心臓が止まりかける。
「なっ・・・何？！！」
自分が、どうしてこんな場所で眠っているのかを確認する前に、続けられた緋咲の言葉に、更に思考回路も真っ白になってしまう。
“大丈夫か・・・？拓・・・”
彼は、そう言ったのだ。
それはそれは優しげな声で・・・。
ゾゾゾーーーッと拓の背筋に悪寒が走ったのは言うまでもない。
何しろ、緋咲と言えば緋咲なのだ。
拓の憧れの秀人の天敵とも言える“存在”であり、拓自身も戦った事のある相手である。
その上、何故か出会ってしまう度に、“ブッ殺す”とまでご丁寧に告げられている相手に、どうして、心配されなければならないと言うのか？
新手の嫌がらせなのだろうか・・・？と拓が不安に思って探るような視線を向けると、途端に傷ついたような眼差しが返ってきた。
「どうした、拓？まだ、具合悪いのかよ？」
スッと上げられた手に、ビクッと怯えた瞬間・・・それは寸前で止まった。
「拓？」
不思議そうな表情を浮かべる相手に、拓はますます怖くなってしまう。
違う・・・何処かで、そんな感覚が沸き上がってくる。
奇妙な違和感・・・。
それが何を意味するのか、考えるのがとても怖くて拓はその感覚を振り払うように起き上がった。
そうして、キョロキョロと辺りを見回す。
そこは、自分の部屋と全く同じ作りではあったが、自分の部屋ではなかった。
拓が貼ってあるバイクのポスターの所には、ギターを持った知らない者のポスターが貼ってある。
一瞬、自分の“存在”が何もない空間の中に放り出される感覚にふらつく。
「・・・拓っ！」
驚いたような声を上げた緋咲が、倒れかかった拓の身体を支える。
その腕の中に包まれて・・・拓は余りの恐怖に真っ青になってしまう。
「バカっ！まだ具合悪いんなら、おとなしくしてろっ！医者呼んでくるからっ！」
だが、相手は拓の青ざめた意味を、具合が悪いからだと勘違いして、拓をベットの中に押し戻すと、そのまま部屋を飛び出して行ってしまった。
パタンとドアが閉じられた後、ハァーッと拓は深い溜め息を吐いた。
何の事はない・・・別に何処も悪くはないのだ。
ただ、緋咲の存在だけが怖かっただけで・・・。
その恐怖の対象がいなくなった拓は、始めて意識をこんな状態になる前に戻そうと試みた。
「えーと・・・確か、ベイブリッチで・・・時貞くんに花をあげようとして突然の強風に煽られて・・・」
白いユリの花が風に持ち上げられて、それを抑えようとして、そのまま身体が宙に浮かんだ事までも、思い出してしまって青冷める。
旋風の中、シルエットのように渦巻いていたのは・・・あれは一体何だったというのだろうか？
そこまで思い出した途端に、階下で話し声が聞こえてきて、拓は慌ててベットから飛び出した。
また緋咲が戻ってきては堪らないと思って、キョロキョロと辺りを見回して、窓で視線が止まった。
―――次の瞬間、拓の心は決まっていた。
窓に近づいて、それを開ける。
部屋の位置は、二階であったが、何故かその横に梯子がかけてあるのを見つけて・・・一瞬、不思議に思うがそれも束の間・・・。
近づいてくる、階段を上がってくる音に、追い立てられるように、拓はその梯子へと身体を伸ばした。
「ふぅっ・・・これから・・・どうしよう・・・・」
変わらない町並みを歩きながら、拓はぼんやりとそんな事を思う。
何故かは理解らないが、ここは拓が今までいた“世界”とは違うようなのだ。
町並みも風景も、拓が日常で暮らしていたものと変わらないのだが・・・。
「学校でも・・・行ってみようかなぁ・・・」
ポツリと呟いて、踵を返す。
ヒタヒタと背後から歩み寄ってくる不安を振り払うように、拓は走りだした。
「あっれー、拓じゃん！？どーしたんだよ？今頃？」
角を曲がった途端に、後ろから声を掛けられて一瞬ビクッとしてしまう。
恐る恐る振り返った拓は、次の瞬間、目を丸くした。
「・・・あっ・・・アキオく・・・ん！？」
びっくりしたように問いかけると、相手は不思議そうな表情を浮かべた。
「何驚いてんだよ？変な奴だなぁ・・・クン付けなんか気持ち悪いゼ・・・いつも見たいにアキオって呼べは良いだろ！？それより、学校行くのか？乗せてってやろーか？」
妙にハイテンションで明るい、“特攻隊長”に、拓の意識は吹き飛びそうになる。
初めてではなかろうか？
泣く子も黙る“ワンパン”のアキオの、これぞ全開といった笑顔など・・・。
とってもとっても、嫌ーな予感がしてならない。
しかも彼の乗っているのは、彼の愛車である“ケッチ”ではなく、ただの自転車なのだ。
物凄い違和感に、身体が逃げる。
「えっ！？ボッ・・・ボク・・・歩いてくから・・・！！」
フルフルと首を横に振って、後擦さる。
驚愕とか衝撃とか、日常と化している拓には、もうそれらも慣れ始めてきたというのに、これはこれでまた、ショックどころの話ではないかもしれない。
「おいおい、何、遠慮してんだよ、お前らしくねーぞ。オレとお前の仲じゃないかよ♪」
どんな仲じゃ！？と、思わず突っ込みたくなるような怖い事を、笑顔で告げた秋生は、そのまま拓の身体をバックシートに抱え挙げて座らせてしまう。
「―――飛ばすからよ、しっかり捕まってろよっ！ヒャッホー☆」
浮かれている・・・。
奇妙な程にハイテンションの秋生の姿が、拓にとっては真里とダブる。
いっそ、これが真里の姿であったならば・・・こんなにも怖くはなかったものを・・・・
初っぱなの緋咲と言い・・・秋生と言い・・・これから向かう場所で、どんな展開が待っているのかがとっても怖くなってしまった拓であった・・・。
そんなこんなで辿り着いた私立聖蘭高校は、全く普通の高校だった。
拓の通っている“乱校”と呼ばれている要素など、皆無に等しいぐらい、不良の姿がないのだ。
「・・・ハハハ・・・」
乾いた笑いが、拓の口元から零れ落ちる。
ここまで違うと、笑い話にするしかないではないか！！
何が怖いって・・・取り合えず自転車を駐輪場に置いた秋生の横を、一緒に歩いていた拓は、信じられない光景を目撃してしまったのだった。
「あれは・・・・」
グランドの脇を通った時に、ふと目についてしまったその光景に、拓は我が目を疑ってしまった。
クラブ活動か何かだとは思うのだが・・・それを、その人物が行っている事に目眩が起こる。
「・・・何で・・・？」
つい、抑えきれなかった呟きが漏れてしまう。
頬に付いているキズは、同じ・・・。
強面のきつい眼差しも、変わっていない。
それが、小脇に抱えているのが木刀じゃないだけで、何であんなに印象が違ってしまうのだろうか？
「―――アメ・フト・・・！！」
“狂乱麗舞”を誇りにしている筈の、『朧童幽霊』の“頭”が、健康そうにグランドを走っていく。
「あぁ、“朝練”かぁ・・・アメ・フト部は。全国大会も近いしなぁ・・・流石、リューヤ先輩だ。」
更に、横からの秋生の台詞が止めを刺してくる。
何じゃそりゃ・・・・・・・と、言いたくなるような台詞に、真面目に頭痛がしてくる。
しかも、嫌な事に、それを誇らしそうに、言うのだ・・・あの秋生が！！
全く持って、ここは絶対に自分の“世界”じゃないと実感してしまった拓だった。
「―――そういや・・・拓ぅ？お前、保護者はどーしたんだよ？」
ふと、始めて気付いたという風に問いかける秋生に、拓は訝しげな顔付きとなった。
言っている言葉の意味が、取れなかったのだ。
「・・・ここに、居るゼっ！」
頭の上から声が振ってきて、拓はビクッと硬直する。
ゼーゼーと荒い息を吐いて、呼吸を整えているようなその声の主が、誰なのかを悟ってしまったから・・・。
「・・・ったく、何でいきなり居なくなっちまうんだよ、拓っ！」
振り返る事すらできない。
相手がとても怒っている事も理解った。
なのに、その怒りの理由が、何なのかすら、理解らされてしまったので・・・拓は泣きたくなった。
「―――具合は良いのかよ？気分は・・・？」
本気で心配しているだろう、その声音に、身体が震えてしまうのは、ここが拓のいるべき“世界”ではないから。
「相変わらず、過保護だな、緋咲は・・・」
呆れたように告げる秋生の言葉が、更にそれを肯定している。
この“世界”の自分は、どうやら緋咲と友達なのだ。
それも、非常に親密度の高い・・・。
だから、目覚めた瞬間に居たのだろうし・・・黙って姿を消した拓の事を、こんなに必死になって探してくれたのだろう。
振り返った視界に映った緋咲の姿は、ずっと走り続けたかのように乱れていて・・・。
ポタリ・・・と何かが零れた。
「拓っ！？」
驚いた表情を浮かべる緋咲の姿が、滲む。
「何でも・・・ない・・・」
不安が消えていくのが、理解った。
怖さが、安堵へと変化していくのだ。
これが、正しい事じゃなくても・・・ずっと拓が不安だった事には違いはない。
「泣くなよ・・・なぁ・・・」
クシャッと前髪を撫でながら、困ったように呟く緋咲の言葉に・・・拓は過敏になっていた心が落ちついていくのを感じていた。
どうしちゃったんだよ・・・一体・・・？との問い掛けには、拓は困ったように一瞬考えた後で・・・何も理解らなくなった−とだけ告げた。
まさか、ベイブリッチの上で風に飛ばされて、違う“世界”からやってきた−−とは、言えまい。
余りにも、凄い展開に、本当にこれが夢ではないのだろうか？と、また、つねった頬は、やっぱり痛かった！！
「―――オレの事も、忘れちまったのか？」
呆然と呟く緋咲の言葉に、少しだけ罪悪感が沸き起こったが、ここで適当に誤魔化すと、後々まで影響しそうだったので・・・ただコクンと頷いてみせた。
「だろうなぁ・・・だってよぉ、最初、オレの事も知らない人を見るみたいだったぜ！まるで、全く違う別人を見てるみたいな・・・」
口を尖らせて言う秋生に、拓はギクリとした。
限りなく真実に近い言葉に、どうしようかとドキドキしてしまう。
「どうすりゃ、治るんだよ？やっぱ、医者行った方が良いんじゃないのか？」
それが、こっちの緋咲と拓の間のスキンシップなのかどうか理解らないが、ギューッと抱き込まれての言葉だったので、拓は思わず逃げようともがいてしまう。
「医者は、嫌いだとよ・・・。こんなトコは変わってねぇなぁ。」
ハハッと明るく笑う秋生に、拓は困ったように微笑う。
「そういう問題じゃないだろっ！」
凄くまともな事を言っている緋咲に、拓はますます眉を顰める。
「だってよ、なっちまったモンはしょーがねぇじゃんか！こいつの事だから、その内、ケロッと元に戻るって！なっ、拓っ！」
だから、秋生のこの明るさとお気楽さは、一体何処から来るのだろーか・・・・
自分の知っている筈の秋生と比べて、全く違うタイプに困りながらも、拓は小さく笑って・・・取り合えず頷いて見せた。
「・・・気分悪くなったら、すぐ言えよ。」
緋咲もそれ以上は医者にいこうとは言わずに、ただ真面目な顔でそう言っただけだった。
それに、対しても、拓はただ頷く事しかできなかったのだが・・・。
そうして、何時までもそこにいても仕方ないという事で、拓のフォローを二人がしてくれるという会話の後・・・皆で一緒に教室に向かった。
「オッハヨーさんっ！」
明るい声と共に、ガラッと秋生が教室のドアを開ける。
「―――遅いよ、真嶋くん。ホームルームは終わってしまったよ。」
途端に、掛けられた言葉に、拓は大きな瞳を更に開いて、口までポカンとしてしまった。
「まぁまぁ、級長・・・固ぇ事言うなよ・・・ちゃんと今日は、連れがいるんだからさっ！」
拓が驚きに、目の前の人物を凝視している間に、秋生はそんな拓をグイッとその人物の目の前にまで差し出してしまう。
思わず拓が身構えてしまったのは、その相手の反応がとっても怖かったから。
「・・・へぇ。浅川クンを連れてくるなんて、凄いじゃないか。」
だが、相手は眼鏡の奥の瞳を少し開いただけで、それ以上のリアクションを示さなかった。
「チェーッ、やっぱ、姫小路は驚かねーよなぁ！！」
「失礼だな。少しは、驚いたよ。」
がっくりと肩を落としている秋生に対して、その人物は少しだけ表情を崩して微笑した。
目の前で展開される出来事に、拓はただもう言葉もなく相手を凝視する事しかできない。
詰め襟をきっちりと止めて、標準の学生服で、パーマをかけてもいなければ、金髪でもなくて・・・更に眼鏡を掛けている人物が、誰なのか・・・知っているのだが、認識したくなくて頭が考える事を拒否する。
「リョ・・・リョーくん・・・・」
知らず問い掛けが口をついて出た途端に、拓はクラッとしてしまう。
だが、それに気付いた緋咲が間一髪で止めてくれた。
「どうかしたのかい？彼は？」
真面目な顔で問いかける良に、ますます拓はがっくりと力が抜けて緋咲の腕の中に沈んでしまう。
「大丈夫か？拓・・・」
「・・・うっ・・・うん・・・・」
心配そうに覗き込む緋咲に、漸く気を取り直して、拓は自力で立ち上がった。
「何してるんだ？授業を始める・・・おっ！？浅川じゃないかっ！」
「そーっスッ！オレが連れてきましたーっ♪」
「そーかそーか・・・偉いぞ、真嶋。」
ポンポンとアキオの肩を叩く担任の姿に、拓は段々自分の感覚がマヒしていくのを感じた。
ここまできたら、もう・・・矢でも鉄砲でも持って来いっ！という状態かもしれない。
伊達に“乱校”で鍛えられている訳ではないのだ。
習うよりも、慣れろ。
郷に入っては郷に従え・・・等々と言う言葉が、日常茶飯事な拓にとっては、造作もない事である。
「・・緋咲・・・くん・・・？」
もう大丈夫だから・・・と、小さく呟いた途端に、ムッとしたような顔を見てしまい、疑問に首を傾げる。
「―――カオちゃん・・・だ。」
一瞬の空白・・・。
時が止まったかのような感覚が、拓の全身を支配する。
「・・・はっ？」
非常に間抜けな表情で、拓がキョトンとする。
それは、聞かなかった事にしてしまおうとする、無意識の動作でもあったのだが・・・。
「だから、カオちゃん・・・だろ。幼稚園の時から、ずっとそう呼んでる癖に・・・」
傷ついたような緋咲の表情以上に、拓の頭はパニックに陥る。
ご近所ぐらいかとは思っていたが、まさか幼稚園の時から付き合いで・・・更に“カオちゃん”・・・？
一体、どんな顔をしてその言葉を口にすれば良いというのであろうか・・・・
余りにも残酷な現実に、拓は言葉すら無くしてしまう。
「−−カオちゃん・・・。」
だが、自分を指さして再度告げる緋咲は、どうしても拓にその言葉を口にさせたいらしい・・・。
「・・あ・・・ぅ・・・・」
口をパクパクさせては見るものの、どうしてもその言葉が出ない。
そんな拓の様子に、緋咲はますます悲しそうな眼差しで拓を見つめてくる。
信じていたものに裏切られたというような眼差しが、拓の記憶の中の人物のものと重なって・・・ギュッと胸が締めつけられるように痛くなる。
苦しくて苦しくて・・・息が止まる。
「―――カオ・・・ちゃん・・・？」
必死の思いで、全身の力を振り絞って・・・拓は蚊の泣くような声で、漸く声にする事ができた。
途端に、浮かんだ緋咲の初めて見る微笑に、拓はドキリとしてしまう。
心配そうなきつい眼差しが和らぐと、とても優しそうな雰囲気になる事を知って・・・頬がカァッと熱くなる。
「何かー、今日の浅川くんって・・・いつもと雰囲気が違う気がしますねー」
低く地を這うような声で、背後から声を掛けられて、拓はビクッと驚いてしまい、思わず緋咲に縋る形となってしまった。
「なっ・・・何！？！！」
慌てて振り返ると、そこには、明るさが売り物の、いつも底無しに元気な筈の真里が立っていた。
勿論、拓が知っている彼でない事は明白であったが。
オドオドとした物腰に、他人の機嫌を伺うような上目使いの表情・・・・
背負っているのは、拓の知っている真里なら絶対にありえない筈のオドロ線である。
そう・・・この“世界”の真里はとても暗かったのだ。
それこそ、信じられない事に・・・。
「鮎川っ！テメーは出てくんじゃねぇ！」
気分の良い所を邪魔されたせいか、少しきつく緋咲が怒鳴ると・・・途端に真里の目尻に涙が浮かんだ。
「そ・・・そんな風に言わなくても・・・」
ジワァ・・・と見る見る内に盛り上がってくる涙が、そのままポロポロと零れ落ちてくる。
「―――えっ・・・あっ・・・泣かないでよ、マー坊くんっ！」
泣き顔なんて見た事もない真里のその表情に、思わず拓が叫んでしまう。
「拓！？」
訝しげな表情で問いかける緋咲にも気付かずに、拓はポケットの中からハンカチを取り出して、泣いている真里に渡していた。
途端に、教室中からどよめきが沸き起こる。
その違和感に、気付いた拓は、自分が何か不味い事をしてしまったのかと、不安げな表情となった。
「何だよ・・・いつも苛めてんのは、“浅川”じゃんかよォ・・・」
「そーだよなぁ・・・雪でも降んじゃねーのぉ？」
のほほーんと告げられた言葉に、そちらを見やると、どっから見てもシブカジ系の二人がニヤニヤしながらこちらを見ている。
その顔を見た瞬間に、拓はそれらが誰なのかを理解したが・・・それでも、その眼差しの中に見られる敵意のようなモノに少し悲しくなった。
口調からして、余り仲が良いという訳ではなさそうだ。
それでも、拓の本当の“世界”でなら、彼らは確かに拓の友達と呼べる者たちなのだ。
少し茶髪の軽いパーマを掛けた、カズとジュンジ。
懐かしい顔なのに、近づけないもどかしさが、目の前の真里と一緒で・・・。
それに、今までの会話の成り立ちから言うと、この教室の中での一番の問題児は実は自分で・・・学校にはこないし・・・不真面目で、いじめっこだったらしいのだ。
一体、どんな性格なのか・・・・
自分の事ながら、戸惑ってしまう拓であった。
「気にするな・・・拓。お前の事はオレが一番良く知ってるから・・・。」
そっと告げられる言葉が、唯一の救いで・・・。
でも、それは拓にとって別の“世界”では、敵になる筈の人物の台詞で・・・。
まるで、鏡の世界の中に入ってしまったような気がしてくる。
何が“真実”で・・・。 何が“間違って”いるのか・・・。
それでも、たった一つ理解るのは、ここが自分の“世界”ではないという事。
自分の住むべき“世界”では・・・。
「―――帰らなきゃ・・・」
ポツリと口から零れ落ちる“想い”。
そう、帰るのだ・・・自分の存在していた筈の本当の“世界”に。
だが・・・どうやって？
どうすれば・・・この“世界”から、帰れるというのだろうか？
「・・・帰りたい・・・」
次に出た言葉は、望みだった。
心からの・・・“願い”。
「―――拓っ！？」
呟きに気付いた緋咲の、顔つきが変わる。
ポロポロと涙を零して泣き崩れる拓に、教室中もパニックに陥っているようだった。
―――どうすれば、帰れるのか？
道に迷ってしまった子供のように、心の中に不安がさざ波のように押し寄せて、拓は流れ落ちる涙を止める事ができなくなっていた・・・。
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