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修羅の恋
いつも現実というのは、見たくないものまで見せてしまうものだ。
そうして、気付きたくはなかったものまでも。
その時、何故その場所に足を踏み入れてしまったのか・・・。
運命だとしたら、それは不運としか言いようがない。
「天羽の館へようこそ。」
ニッコリと囁くように呟かれた言葉は、拓の意識を捕らえてしまった。
その命令に逆らえる力を拓は持ってはいなかった。
「何をそんなに脅えているんだい？」
半ば強引に家の中に招かれて、そのまま部屋の中にまで連れ込まれてしまった。
拓は、どうすればよいのか理解らなかった。
目の前にいる天羽とは、つい先程喧嘩別れをしてしまったのだ。
しかも、一方的だったその原因の天羽に、今度会ったら容赦はしないと言われたばかりで、くつろげと言う方が無理である。
そんな拓の様子を見ながら、天羽はニッと感情を殺したような笑みを浮かべた。
「あ・・・時貞・・く・・・。」
そうして、ソファーに座っている拓の後ろに回り込んで、その顎をグイッと持ち上げて見下した。
今にも泣き出しそうな拓の表情に、天羽の中で何かがざわめく。
いつもなら、こんな風に他人を気にする事などないのに。
なのに、何故？
不可思議な感情。
愛読している宮沢賢治の世界を、初めて理解してくれた相手。
『詩』と『音楽』と・・・『走り』。
全て天羽にとっては同じだった。
それが、天羽の『感情』であり、『言葉』なのだ。
ただ一人音楽的に同じ『音』を感じてくれた奴が、緋咲だった。
その緋咲を倒した奴。
拓が緋咲を倒したのだと知った瞬間、天羽の全身に走った衝撃はまず怒りとなった。
ずっとこの国で『兄弟』だと思っていた『雷神』と『風神』の二人までも、拓の為に天羽と敵対したのだ。
裏切りだと思えた。
その哀しみが、怒りを燃え上がらせたのだ。
だが、あの瞬間、拓は自分の身を顧みずに、その身を呈して『雷神』と『風神』の二人を庇って、天羽のナイフの前に立ち塞がっていた。
そうして、きつい真っ直ぐな瞳が、天羽を捕らえた。
『友達だよね・・・！』
悲鳴のように告げられた想いが、天羽の怒りを奪い取った。
認めたくはない。
誰にも『支配』されない―――それが『誇り』。
ならば、それを揺るがす危険なものは・・。
「・・と・・時さだ・・く・・・！！」
顎を持ち上げられて苦しそうに喘いだ拓の薄く開いた唇に、突然天羽は口付けた。
衝撃で拓の思考回路がショートする。
見開かれた瞳が、口内に潜り込んできた天羽の舌に更に大きくなった。
「・・・やっ・！・・な・・何を・・！！」
必死の想いで無理な態勢体のまま、ずり落ちるように下に逃れた拓が、逃げようとするのを天羽は許さなかった。
「・・・今度会ったら、何をするか理解らないと言った筈だよ・・・拓ちゃん・・・」
耳元で、吐息を吹き掛けられるように囁くその台詞の凶悪さに、拓は全身に冷水を浴びせられたような気がした。
何故、ここで出会ってしまったのか・・・。
あのまま、家に帰れば良かったのに−と。
後悔先に立たずとは良く言ったものだ。
それと、ここ最近で余りにも多くの恐怖を体験してきたせいで、恐怖に対する感覚が鈍っていたのかもしれない。
「―――時貞クンッ！」
拓の悲鳴が上がる。
ソファーからずり落ちた状態のまま床に押し付けられて、顔面に突き付けられたナイフに、動けなくなってしまう。
「・・・動くな・・・」
決定的な『服従』―――絶望的な『命令』。
拓の瞳から、悔し涙が零れ落ちた。
ゆっくりと滑るナイフが、光を反射させながらシャツのボタンを飛ばしていく。
動けない拓は、ただ悲しい瞳で天羽を見つめた。
殺されるかもしれない恐怖に、浮かんだのはただ一人の顔。
拓の憧れの・・・拓に、本当の強さを教えてくれた―秀人。
こんな風に、ただやられるのは嫌だ・・・と思った。
勝てる筈はない。
それでも、負け犬にはなりたくない。
ギュッと瞳を綴じてそう心に誓うと、拓は覚悟を決めた。
「・・と・・・時貞くん！僕は・・君と『トモダチ』になりたくて・・でも、こんなの違う・・・」
震える声で、それでも精一杯の想いを伝える。
「―――黙れ・・・」
獲物を狩っていたのを邪魔されたように、天羽は唸った。
そうして、拓の口を封じようとナイフを移動させたその瞬間に、拓は天羽を突き飛ばした。
「黙らないっ！！だって、僕は別に緋咲と戦いたかった訳じゃないんだっ！彼が、秀人くんの事を馬鹿にしたから・・・時貞くんが怒ったように、僕だって・・・」
「ダマレッッ！！」
そのまま、叫ぶようにずっと言いたかった事を拓は晒け出した。
だが、何も聞こえないという風に、天羽は怒声を発した。
既に天羽の頭の中には、緋咲の事ではなく、拓を支配する事しかなかったのだから・・・。
そんな事はどうでも良い事なのだ。
ただ、拓が天羽の腕の中から逃げた事が気にいらないだけで。
「・・・もう遅い。時は戻らない。後は堕ちるだけだ・・・」
全てに絶望してしまった天羽には、それ以上の悲しみはない。
何もないからこそ、全てが『欲』しくなる。
満たされている者にその心が理解る筈もないのだ。
天羽の瞳が、怒りの色に染まる。
攻撃的な血の色へと。
それを目の当たりに見てしまって、拓はゾクリと身を震わせた。
自分が取り返しのつかない状況に追い込まれた事を、本能で悟ってしまった。
慌てて、立ち上がって逃げようとして・・・ドアに立ち塞がる二頭の巨大な犬に、絶望の淵に立たされた。
そうして、勝負はあっと言う間についてしまう。
両腕を掴まれたまま、足を払われて、縋り付く形になってしまう。
「・・・お遊びはもうお終いだよ、『拓』ちゃん。」
意味深な響きの言葉に、拓は目の舞うが真っ暗になった。
フラリと失いかけた意識は、グイッと掴まれた顎の痛みで呼び起こされた。
「殺されるよりも、辛い事を教えてあげるよ。」
獲物を追い詰めた『龍神』が、ニタリと微笑う。
「・・・ゃ・・・ぃやだ・・っ！！」
引き裂くように、シャツが破られる。
身体の芯まで凍りついてしまうような冷たい天羽の眼差しに取り込まれて、拓はどうする事もできなくなってしまった。
そのまま押し倒されて、その行為の本当の意味を悟った時も・・・抵抗は何の役にも立たなかった。
「・・・くっ・・。」
冷たいナイフが、肌の上を滑り・・・その後を天羽の舌が辿っていく。
冷たい感触の後に、熱いものが這いまわり、拓はビクッと肌を震わせた。
ねっとりとした感触に、気持ちが悪くて・・・触れられる箇所が、総毛立つ。
徐々に下降していくその行為が、何処を目指しているのかを悟り、拓は酷く狼狽した。
「・・・んくっ！」
唇を噛み締めて、その屈辱に耐えるが、噛み殺せなかった悲鳴が、零れてしまう。
下半身を支配する天羽の舌に翻弄されて、拓の意識は朦朧としていた。
どうなってしまうのかという不安と、どうする事もできない自分に対する悔しさに、情けなくて涙が止まらない。
助けて・・・助けて・・・誰か・・・。
心の中で、弱い自分が悲鳴を上げて、呼んでいるのはただ一人の・・・。
大きな疇りが、濁流のように膨張して、弾けた時・・・拓はその勢いに消されて一瞬何も考えられなくなった。
やがて、拓の下半身から顔を上げた天羽が、その『緋い』瞳をきらめかせた。
ぐったりとしている拓の身体を大きく開かせると、そのまま天羽は無情とも言える勢いで、深く自身を埋め込んでいく。
衝撃で、拓の意識が覚醒する。
次に訪れたのは信じられない程の激痛だった。
普通に殴られる事の何倍もの痛みが、切り裂かれる場所から全身へと広がっていく。
もう、限界だった。
強がりも・・・我慢も・・・。
「・・・っ・・・助け・・・助けて・・・秀人くっ！」
ボロボロと大粒の涙を零しながら、拓は初めて助けを口にした。
心からの『想い』を・・・。
だが、それは天羽の残虐に行動に拍車をかけただけだった。
堅く閉ざされたその場所を、半ば無理にこじ開けるように一気に根元まで貫き通す。
「・・・・っっ！！」
ビクンッと大きく拓の身体が撥ねて、声にならない絶叫が迸る。
途端に何かが壊れる音が聞こえた。
それはまるでガラスが砕け散ったような響きだった。
ヌルリとした感触が触れ合う箇所に伝わり・・・血の匂いが辺りに浸透する。
餌を貪り尽くした野獣の満足した笑みを浮かべて、天羽は微笑した。
「・・・やっと手に入れた。オレの・・・」
そうして、深々と抉った中に、想いを迸らせる。
・・・既に腕の中の拓は、失神していた。
手に入れたのは、心の『寄り所』。
もう誰にも渡さない・・・『心の友』。
その身体と精神に刻み込んだのは、絶対服従の『傷』だった。
天羽はそうまでしても、拓を手に入れたかったのだ。
拓は、『死に神』に魅入られたのかもしれない。
そうして、最後に拓が口にした言葉だけが、天羽の意識に酷く残った。
「・・・『秀人』・・・？」
初めて聞くその名前が、恐らくは最大のライバル。
「―――ふん。誰がこようとも・・・なぁ『拓』ちゃん。」
腕の中の拓に、軽く口付けると、天羽は不敵な笑みを浮かべた。
ガッと音がして、素早い動作で投げ付けたナイフが壁に突き刺さる。
「『殺す』だけだ・・・。」
低く呟かれた言葉は、天羽の本気だった。
いつの間にか戻った瞳が、ゆっくりと細められて、その中に怖い程に綺麗な『緋』が浮かび上がっていた。
終わり。 ／ 戻る |