_{はーどらっく}
　毎度毎度の事ながら、どうしてこんなにも『不運』とお友達になれてしまうのか・・・・
　彼−浅川拓は、自分の置かれている立場を自覚して・・・真っ白になってしまった。


　きっかけは、些細な事だった。
　仲良くなった“横須賀”の友達である一色大珠とツーリングの約束をして・・・その途中で降り始めた雨の為に、近かった彼の家に雨宿りをさせて貰っていたのだが・・。
　雨が止む気配は全くないし・・・仕方なく、濡れた服を脱いで・・・過ごしたいたのだが・・・ゾクリとする寒けが沸き上がって、拓は風邪を引いてしまったかもしれないと思った。
　そうして、早めの対策をしようと思っただけだったのだが・・・。


　首筋に触れる吐息に、ゾクリと身を震わす。
　絶対に風邪の所為ではない熱が、全身を駆けめぐる。
　「・・・やっ・・・」
　泣きそうな掠れた声が、拓の唇から溢れ落ちる。
　クラクラするのも、まちがいなく風邪の所為ではなくて・・・。
　自分がどうなってしまうのか、理解らない状態が、拓をますます不安にさせていく。
　それでも、その状態を拒絶するだけの抵抗力も、意識も残ってはいなかった。
　「ふっ・・・」
　熱に浮かされた吐息が漏れる。
　拓の首筋に舌を這わせているのは、大珠である。
　どうしてこんな事になってしまったのか・・・。
　全てが拓の責任ではないような気もするのだが・・・(-_-;)　?
　最初に声を掛けたのは、拓だった。
　「大珠クン・・・クスリないかな？」
　「クスリ？！」
　拓の問い掛けに、驚いたように振り向いた大珠は少し怒っているようで。　
　「えっ？！あっ・・・違うよっ！ボクが欲しいのは、風邪薬だよっ！！」
　大珠が何を想像したのか、理解した拓は困ったような表情で大珠に言いなおす。
　「あぁ・・・そっか・・・ん？熱でもあんのかよ？拓ちゃん・・・」　
　心配そうに尋ねる大珠に、拓は小さく首を横に振る。
　「そうじゃないけど・・・なんか雨の中走ってたら、ちょっと寒けがするから・・・」
　「そっか・・・えーと・・・確かあっちの戸棚の真ん中に入ってる筈だから・・・俺は、何かあったかい物を用意すんな・・・」
　拓の言葉に、そう告げると、大珠は部屋を出て行ってしまう。
　「えーと、ああ・・・これかな？」
　拓が戸棚の中を探ると、手前にカプセル薬が置いてあった。
　箱から二粒を取り出して、拓はまた席に座りなおした。
　「あっ、合ったかよ？んじゃ、ホットミルク作ったから、飲んじまった方が良いゾ。」
　湯気のたつそれを拓に手渡すと、自分はコーヒーに口をつけている。
　拓はもう知っているので、隠さない大珠の刺青に、コーヒーを飲む恰好がやけに大人びて見えた。
　「う・・うん。」
　促されて、薬をミルクで飲み込む。
　暖かな流れが喉を潤していき、拓はホッと吐息を漏らした。
　「止みそうもないな・・・ビデオでも見てっか。」
　リモコンのスイッチを付けると、途端に流れだすのは強烈な場面。
　「たったっ・・大珠くんっ？！」
　真っ赤な顔で目を逸らした拓は、耳まで赤い。
　テレビ画面から流れだしたのは、俗に言うエッチビデオだった。
　そんな拓の様子に、逆に大珠の方が目を丸くする。
　「―――何だよ、拓ちゃん・・・これぐらいで赤くなんのかぁ？」
　ククッと笑いながら言う大珠に、拓はカァァとますます頬を染め上げる。
　「そんなっ！こんなの・・・大人じゃなきゃ・・・見ちゃ駄目・・・っ？！」
　真っ赤っかな顔で、必死に言う拓の様子が可笑しくて、大珠はわざと側に寄った。
　「拓ちゃん“童貞”か？」
　身も蓋もない言われように、拓の思考が破裂する。
　「どっどっどっ・・・・」
　言葉よりも先に、態度がそれを肯定していた。
　「オレは・・・“中一”だったゼ☆」
　それはそれで、凄く問題のある発言をする大珠に、拓は頭がクラクラするのを止められなかった。
　「教えて、やろっか？」
　「な・・・何を？」
　つい身体が逃げてしまうのは、言った大珠の瞳の奥の輝きを見てしまったから。
　ニィッと人の悪い笑みを浮かべる大珠は、拓の知らない人物のようで・・・。
　「わっ！？」
　ドサッという状態で、絨毯の上に倒される。
　「ちょっと・・待って！？何っ？？・・・大珠くんっ！！」
　精一杯の抵抗で、逃げだそうとした拓は、首筋に下りてきた大珠の唇に、悲鳴を上げた。
　触れられた場所から、電流が走ったかのように、全身を硬直させてしまう。
　「―――拓ちゃん？」
　本の冗談だよ・・・と笑おうとした大珠は、拓の様子が可笑しい事に気づく。
　「どうした？具合悪いのかよ？！」
　自分の身体の下で、ぐったりとしているような拓の様子に、大珠は慌てて問いかける。
　「・・大珠クン・・・ボク・・・なんか変で・・・身体が・・・熱・・いっ・・・」
　瞳を閉じたまま、荒い呼吸を繰り返す拓の様子に、大珠はますます慌てる。
　「ちっと待ってろ・・・今、誰か呼んで・・・っ！」
　上体を起こそうとした大珠は、突然に忘れ去っていた記憶を思い出した。
　「・・・拓ちゃん・・・さっき飲んだ薬・・・ちゃんと青い戸棚のやつだろうな・・・」
　恐る恐ると言った口調で問いかける大珠に、拓は苦しい息の中で首を横に振った。
　「・・ううん・・・あっちの黄色の・・・」
　「カギ閉まってなかったかよ？！」
　拓が答えた途端に、大珠は、驚いたような声を出して・・・立ち上がって戸棚に駆け寄る。
　そうして、先程拓が取った薬の箱を取り出して、顔をしかめた。
　「・・・とんでもないモン、飲んじまったナ・・」
　ボソリと呟く大珠に、拓はゾクッとした。
　まさか、毒か何かだったのでは？と考えて怖くなる。
　余りの怖さに全身の震えまで納まらなくて・・・。
　「・・たい・・じゅ・・ク・・・？」
　呼びかけに、少しだけ困った顔をしていた大珠は、ゆっくりと拓の側に戻ってくる。
　「あのな・・・拓ちゃん・・・」
　どう説明すれば良いのか・・・大珠は口こもる。
　「ボク・・・死んじゃうの・・・？」
　疑問を投げかける拓は、すっかり潤んだ瞳を向ける。
　その眼差しを見た瞬間、大珠の中で理性が切れた。
　「死なネー・・・けど・・・死ぬ事よりも辛いかもしんねー」
　ボソリと呟く大珠に、拓は取り合えず命の危険はないと知ってホッとする。
　それでも、身体が熱くて息苦しくて・・・。
　「自分で“慰め”た事あっか？」
　大珠の問い掛けに、拓は一瞬キョトンとしてしまう。
　「だからよォ・・・こーゆう風に・・・」
　言葉と同時に、大珠の手が拓のズボンに触れる。
　「やっ・・・！！」
　思わず、全身がビクリと震えた後で、拓は大珠の言葉の意味が理解って茹でダコのように赤くなった。
　「えっ・・・あっ・・・大珠くんっ？！どうして・・？」
　泣く寸前の拓が、恥ずかしそうに大珠の手を外そうとする。
　「・・・身体、熱いんだろ。」
　「でもっ・・・こんな事っ！！」
　「なっても、仕方ねーんダ・・・。そーゆー薬なんだからよ・・・」
　「えっ？！」
　「“媚薬”なんだよ・・・。チームの旗揚げした時に、貰って・・・でも必要ネーから、鍵かけて入れといたんだけどよぉ・・。」
　ボソボソと呟く大珠の台詞に、拓の瞳がまん丸になってしまう。
　「“媚薬”・・・って・・・まさか・・・」
　信じたくない拓は、茫然とした口調となる。
　風邪薬と間違えて、とんでもないものを飲んでしまった(>△<)・・・と。
　「塗ったりするやつじゃないから・・・即効性じゃねーけど・・・何粒飲んだ？」
　「・・・ふっ・・・二つ。」
　「今夜ァ・・・眠れねーゾ。」
　溜め息をつくように言い切った大珠の言葉に、拓は完全に泣きだした。
　「どっ・・・どうしよう・」
　ダァーーッと涙を零しながら、大珠を見上げる。
　「まぁ、オレが出してやんなかったのも・・悪かったから・・・責任取る。」
　真面目な顔で頷く大珠に、拓は何の責任なのかを怖くて聞けなかった。


　「・・・ふっ・・・あっ・・・」　喘ぎが空気に混じる。
　熱に浮かされた意識が、朦朧としてきて・・・。
　止まらない涙は、息苦しさの所為なのか・・・それとも・・・。
　「―――拓ちゃん・・・。」
　うっとりと囁くように呟く大珠は、すっかりその気だ。
　別に、薬を飲んでいる訳でもないのに。
　だが、前々から拓に並々ならぬ感情を抱いていた大珠は、この棚からぼた餅状態に非常に満足していた。
　腕の中で、自分の思いどおりの反応を返す拓が、何よりも大事。
　あの時・・・ノイズだらけの視界の中に、ただ拓だけがクリアーに写った時から・・・。
　ずっと、大珠は拓に惹かれていたのだ。
　決して止める事のできなかった“麻薬”さえも、拓を知った事で捨てる事ができた。
　それぐらい・・・大切な拓・・・。
　その拓が、今、大珠の腕の中にその小さな身体を預けて・・・四肢を震わせているのだ。
　「・・・拓ちゃん・・・」
　譲れない想い・・・。
　こんなにも満ち足りた空間があった事に、大珠は泣きたくなる自分を知った。
　何が真実なのかを、ずっと探していて・・・。
　もしかしたら、その“領域”を知っていたかもしれない『龍神』は、既に居なくて・・・。
　その『龍神』が、たった一人選んだ“存在”。
　―――それが、拓だった。
　それを知った時の、胸に沸き上がった感情は一生忘れる事はないだろうと大珠は思っていた。
　そうして、何よりも・・・他人の為に一生懸命な拓が鮮烈だった。
　初めての−感情。
　全身を震わせたものは“怒り”ではなく。
　“恐怖”でもなく・・・
　譬えようのない程の・・・『安堵』。
　ずっと捜し求めていたモノを、大珠はやっと見つけだせたような気がした。
　そうして、もう決して見失う事もないだろう。
　それ程、大珠の意志ははっきりしていた。


　もう幻覚を見る事もないだろう―――。
　振り続ける雨の―夜。
　今夜の事が、幻想となるだけで・・・。


　　　終わり。　　　　/　　　　　　戻る