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二人の記念日
両腕一杯に抱えた花束を、壊さないようにしながら、彼は家路への途を少しだけ足早に歩いていた。
彼が抱えている花束は、ビロードのような花弁を持っている真紅のバラである。
只でさえ高いその種類の花を、一体何本買えばこれだけの花束になるのかと思われる程の大きさは、身長１８０センチ以上ある彼の胸元をはみ出す程の大きさだった。
スラリとした長身・・・靡く髪は男にしては少し長髪で、首の後ろで一つに結わいていたりする。
スッと通った鼻筋といい、切れ長の瞳の奥に隠されている黒というよりは濃紺みを帯びた眼光が、人目を惹くのに十分な役割を持っていた。
だが、それ以上に異彩を放っていたのは、彼の顔の中央を横切るように走っていた一筋の傷痕だった。
最初はモデルか何かかと思って視線を投げかける者たちも、その傷痕を見て、何かやばい職業の者と思って慌てて目線を逸らしている。
人々の好奇の視線に晒されている事など、どこ吹く風といった風に通りを歩いている彼には、少しも周りの事など眼中にはなかったが・・・。
彼の頭に中を締めていたのは、家で彼の帰りを待っているだろう者の姿だけだったのである。
一刻も早くこの花束を渡した瞬間の、相手の顔が見たくて・・・またその表情を想像して、彼は鋭利的な印象を与える眼差しを少しだけ和らげた。
自然と口元が緩んでいく。
だが、ブラックスーツに身を包み、どう見ても堅気の者とは思えない彼の微笑は、道行く人々にとっては、恐怖を煽るものでしかなかった。
彼の名は、緋咲薫。
黙って立っていれば、２０代後半から３０代半ばのような貫祿を持っているが、実際は大学を卒業して漸く一年が過ぎたばかりの２３歳である。
趣味は、喧嘩。
高校の頃は、横須賀一を誇る暴走チームの頭なんぞをはっていたりもしたが、その頃に出会った相手に、一目惚れをしてしまい・・・高三の一年間での猛勉強の末、絶対にヤクザか、暴力団の幹部になるだろうという仲間たちの下馬評を見事に覆し、国立大学に合格。
人間死ぬ気でやれば、何とかなるという事を、身を持って実証した彼は、高校の頃散々敵対視していた警察に就職するという快挙まで遂げたのであった。
選んだ部署は、交通課である。
全く持って笑い話にしかならない現実ではあったが・・・それでも一目惚れした相手が、そんな彼に着いてきてくれた事が何よりも幸せだったので、彼は今とても充実していた。
結婚して一年・・・今日は、結婚記念日だった。
緋咲が住んでいる高級マンションは、大学卒業と同時に、結婚した彼への父親からのプレゼントだった。
金持ちではあったが、肉親の愛情は貰わなかった彼は、悉く父親に反発していたが・・独立と同時に、手切れ金という意味で、最後のプレゼントとして貰う事にしたのだ。
もう少しお金が溜まったら、このマンションを売って、郊外にでも一戸建ての家を建てるつもりであったが・・・。
取り合えず、セキュリティーシステムの完備しているこのマンションは、彼にとって今の所満足した場所だったので、暫くはここで生活するのも悪くはなかった。
ピンポーン。
花束を抱えなおして、チャイムを押す。
ドアの向こうからパタパタと、誰かが駆けてくる足音がした。
カチャカチャとカギを外す音の後に、ドアが開かれる。
「お帰りなさ・・・い？！」
出てきた小柄な身体が、緋咲に抱きつこうとして、目の前の花の洪水に硬直する。
「―――ただいま。」
大きな瞳を更に見開いて、ビックリしている相手の表情に、満足した緋咲は口元を持ち上げた。
「え？・・・これって・・・どうした・・・の？」
キョトンと緋咲を見て、目の前の巨大なバラの花束を指す相手に、それを手渡すと、その小さな身体は想像通りに花の中に埋もれてしまった。
両手で落とさないように花束を抱えている為に、動けなくなっている相手に、緋咲のそのままソッと口付ける。
「お前へのプレゼントだ―――拓。」
途端に両手に抱えたバラよりも鮮やかに頬を染め上げた愛しい者を、緋咲はその花束ごと抱え上げた。
「―――カオル？！」
驚いた声を出す相手を、目線で黙らせると、緋咲はそのままリビングまで移動する。
リビングのテーブルの上には、綺麗に飾られた料理がセットされており・・・それに緋咲は少しだけ驚いた。
「・・・拓？」
問いかけるように呟くと、腕の中の拓が少しだけ困ったような表情を浮かべている。
「・・・驚かせようと・・・思ったのに・・・」
小さな声で、今にも泣きそうな顔をする拓が、緋咲は心から愛しくて、胸が締めつけられるような気がした。
ソッと拓の身体を降ろして、その腕の中にある花束を取り上げて、空いていたイスの上に置くと・・・そのまま緋咲はギュッと拓を抱き締めた。
「かっ・・カオル！？」
カァァッと赤くなる拓の顔中に“想い”を込めたキスの雨を降らせる。
「―――料理より先に・・・お前が食べたい・・・」
抱き締めたまま、緋咲が低く耳許で囁くと、途端に拓はビクンと身体を震わせた。
「あの・・・でも・・・」
戸惑ったような口調が、緋咲の耳に届くが、それでも想いを留める事などできなかった。
「嫌・・か・・・？」
再度問いかける緋咲に、拓は一瞬困ったようにギュッと目を閉じた後・・・全身の力を抜いて、フワッと緋咲に抱きついていく。
「・・・いいよ・・・カオルが望むなら・・・」
真っ赤になったまま、ふんわりと表情を和らげてから、拓の真っ直ぐな瞳が緋咲を見つめ返す。
そんな拓に、緋咲は満足したように微笑し・・・拓の身体をもう一度抱き上げたまま、寝室まで運んだ。
小さな身体をシーツの波に漂わせながら・・・拓はふとすれば飛んでしまいそうな意識を必死につなぎ止める。
緋咲の愛撫によって紡ぎだされる感覚に、結べなくなった唇から零れ落ちるのは、切ない程の吐息と喘ぎ。
全身の至る箇所に口付けられて・・・敏感な肌が悲鳴を上げる。
総毛立つような感触は、快感というには鋭すぎて・・・感覚が狂っていく。
「・・あぁっ・・・もう・・・やぁだぁ・・・」
ポロポロと零れ落ちる雫は、哀願にも近い程の願い。
息もできない程の―――苦しさ。
溢れる蜜は、解放されるのを望んでいるというのに、緋咲の指先がそれを許さない。
「・・カオ・・・ル・・・もぅ・・・許し・・て・・・おかしく・・・なっちゃう・・・よぉ・・・っ・・・」
途切れ途切れの悲鳴が、零れ落ちる。
それでも、緋咲の貪欲な愛撫は、止まらない。
拓の柔らかな双丘の奥に秘められた、蕾をいつも以上に丹念にほぐしていく。
恥ずかしい態勢に、全身を恥辱で緋色に染め上げた拓の肌が、白いシーツの上をのたうち回る。
「ヒッ・・・許して・・・やぁっ・・・もっ・・・いゃあ・・・」
内壁を、舌が蠢く感触に、掠れた悲鳴が上がる。
過ぎる快感が、苦痛を伴うものだという事を、拓は嫌という程思い知らされた。
差し込まれた指と舌で、存分に嬲られて、意識が朦朧としていく。
呼吸困難に陥ってしまいそうな程、息苦しくて、涙が止まらない。
不意に、止んだ感覚に、ホッと息をついたもの束の間で、次の瞬間には、指なんかよりももっと巨大な物に、拓は貫かれた。
「―――っっ！！」
衝撃に、喉が引きつる。
始めての行為ではなくとも・・・身体を引き裂かれるような痛みに、どうしても慣れる事はない。
ポロポロと零れ落ちる涙を、緋咲の唇が拭っていくが・・・強張った身体は、解けなかった。
「・・・拓・・・苦しいか？」
余りにも苦痛の表情を浮かべる拓に、緋咲はいつもの言葉を呟く。
苦しくない訳はないのだ。
元々、こういう行為をする事自体が、無理を伴う事なのだから。
それでも、緋咲を受け入れたままの状態で、瞳一杯に涙を溜めたままの拓は、うっすらと瞳を開けて緋咲を見つめて、首を横に振るのだ。
「・・・だい・・・じょ・・・ぶ・・・」
少しもそう思えないような状態で、そんな事を言う拓が、とても愛しくて・・・。
「・・・たく・・・。」
そっと、静かな口付けを交わす。
そうして、負担をかけないように、動きだす。
狭くてきつい拓の内は、ちょっとでも力を込めたら壊れてしまいそうな気がして・・・。
ゆっくりとした動作を繰り返しながら・・・拓の敏感な箇所に、愛撫を施す。
途端にビクリと全身を震わせた拓は、快感の波の中に飲み込まれた。
「・・んっ・・・あっ・・・・あっ・・・」
痛みから逃れる為に、快感を追いかけ始めた拓を見ながら、緋咲も自分の感情を追い上げていく。
「・・・はっ・・・あっ・・・・カオ・・ルぅ・・・もぅっ・・・」
流されそうな意識を、拓は必死で緋咲しがみつく。
腕の中で、艶やかな媚態を魅せる拓の姿に、緋咲は更に奥深くまで貫いていき・・・。
「ひぃっ・・・あぁぁーーーっっ・・・！！」
「・・・くっ・・・」
掠れた悲鳴が、上がり・・・拓が全身を硬直させると、その内壁の締めつけに、緋咲も己の欲望を解き放った。
全身で酸素を求めるように荒い呼吸を繰り返す拓を抱き締めながら、緋咲も肩で息をする。
暫くそのままの状態で呼吸を整えた後、緋咲はそっと拓に口付けた。
「―――辛かったか？」
いつも以上に、感情を抑えきれなかった事を自覚しなかせら、緋咲は困ったように拓に問いかける。
「・・・死ぬかと・・・思った・・・・」
まだ幾分、ゼイゼイと呼吸を繰り返す拓の顔色は、ほんの少し蒼い。
それだけで、大分無理をさせてしまった事が伺えた。
「悪かったな・・・。」
だから、素直に謝る。
それでも、この行為を止める事など、死んでもできなかったが・・・。
他人と馴れ合う事など、一生ないだろうと思い込んでいた頃が、笑い話になってしまう程だ。
こうして、拓が側にいないと気が狂ってしまいそうなどと・・・。
ベットサイドに置いてあったタバコを取る。
火を付けて一息吸うと、漸く心が落ちつく気がした。
それでも、名残惜しむように指先は、拓の存在を探す。
緋咲にもたれ掛かったまま、微睡みの中に沈んでいこうとしている拓の髪先や、頬を撫で摩る。
「・・・拓？」
吸い終わった煙草を、灰皿で潰してから、静かな訳を問いかけようとした緋咲は、拓がすっかり眠りの国に入っていってしまった事に気付いて苦笑する。
「―――料理は？」
笑い混じりの口調で問うても、勿論返事は返らない。
テーブルの上では、折角の料理も、もう冷めてしまっているだろう。
一瞬、どうするか考えた緋咲は、それでも原因は自分だったと思い返して、眠りについている拓を起こさないように、そっと身体を離して楽な姿勢で寝かせると、自分はベットから下りた。
そのまま、裸のままで寝室を出て、シャワールームへと向かった。
シャワーを浴びて、すっきりとした緋咲は、リビングに戻ってきて、放りっぱなしだった花束を、持ち上げる。
時間がたってしまったので、少し萎れてしまったが、それでもまだ綺麗だったので、流しに水を溜めてその中に入れた。
途端に、両手に花束を抱えた拓の事を思い出して、口元が緩む。
本当は、もっと可愛らしい花束にしようかとも、思っていたのだ。
だが、前に仕事場の女性たちが、真紅の花束は“愛情”という意味を持っているというのを耳にして、選ぶ時点になって、これにしてしまったのだが・・・。
想像以上に驚いた拓の様子に、緋咲は買って良かったと思った。
花束に埋もれた拓の表情が、愛しかった。
緋咲が拓と初めて出会ったのは、高一の冬だった。
紫の髪に紫の特攻服・・・『麓沙亜鵺』の“緋咲”と言えば、知らない者はいない程、極悪非道だった緋咲は、珍しく遠出して“横浜”に走りに行っていた時に、丁度地元の族とぶつかってしまい、そのまま乱闘になってしまったのだ。
並の奴らなら、一人でも全滅させられる自信があったが・・・その内の一人がやたらと強くて、緋咲は最終的に自分の拳を砕いてしまった。
信じられない状態のままに・・・警察の乱入によって、喧嘩は立ち消えてしまったのだが、苛立ちだけがずっと心に残っていた。
そうして、相手の事を緋咲は調べた。
横浜最強と呼ばれている族の、カンバンを背負っている男の事を。
『外道』の“秀人”−そいつは、そう呼ばれていた。
緋咲から、拳を奪った男。
ならば、そいつから一番大事な“モノ”を奪ってやろう・・・と。
そうして、手下を使って、奴の一番大事な者を拉致し・・・ボロボロにしてやろうと思っていたのに・・・。
目論見は、ものの見事に失敗。
何故なら、奴の一番大切な者が・・・拓だったから。
壊れた拳を抱えたまま、横浜の町を漂ってた緋咲に対して、真っ直ぐな瞳でそっとハンカチを差し出した相手。
真っ白な雪が降っていたあの瞬間・・・緋咲の心を奪い去った者だったのだ。
やり切れない苛立ちと、行き場のない“想い”で・・・あの時、緋咲は拓を無理やり抱いた。
そうして、自分自身も傷付き・・・。
自棄になって、勝負を挑んだ秀人に、ボロボロになるまで闘って・・・負けたのだ。
余りにも惨めな状態に、絶望に包まれた次の瞬間・・・事態は思わぬ展開を迎えた。
そのまま殺されるだろうと腹を括った緋咲を庇ったのは、緋咲自身の手でボロボロにした拓だった。
誰かが誰かを傷つけるのは、もう真っ平だ・・・と、泣きながら告げる拓の姿に、緋咲は言葉を失った。
夢だと思った。
何処までも都合の良い・・・夢なのだと。
だが、それが目覚める事もなく・・・頬に走った痛み。
たった一発の平手で、拓は緋咲を許した。
緋咲のした行為を許し・・・そうして、見つめてくる眼差しは、初めて出会った時と全く変わらない真っ直ぐなものだった。
あの瞬間から、緋咲は過去の自分を捨てたのだ。
そうして、族を止め・・・ただの緋咲薫として、自分の気持ちを伝えた。
友達として、２年・・・大学に合格した時に、“想い”が砕け散るのを覚悟で、告白し・・・。
４年離れて・・・それでも心が変わる事はなくて、大学卒業と同時にプロポーズしたのだ。
最初は、驚いた拓だったが（・・・当たり前といえば当たり前だが）・・・真剣な緋咲の気持ちに、最後には小さく頷いたのである。
そうして、周りの連中を出し抜く形で、緋咲は拓を手に入れたのだった。
一年前の結婚式の騒動も、まだ記憶に新しい。
持ち前の魅力と、誰でもキチンと見つめられるという、非常に特異体質な為、拓は誰からも好かれる・・・アイドル状態だったのだ。
つまり、拓を知る者ならば、誰でも拓を手に入れようとしていたという事で・・・。
嘘偽りのない瞳で、真っ直ぐに自分を見てくれる者ならば、側に居てほしいと思うのは、誰でも一緒だ。
更に、拓は自分のわがままをいうタイプではなく、側に静かに佇む空気のような包容力を持った者なのだ。
我の強い者にとってみれば、これ以上の相手など、捜しようもないだろう。
だから、拓が緋咲と結婚すると知った瞬間の、拓の言うところの『友達』達の阿鼻叫喚は、見事なものだった。
隙あらば、拓をかっさらってそのままとんずらしようとする者たちを牽制し、策略し・・・漸く結婚式を終えた後は、緋咲は、一生分の苦労を果たしたような脱力に襲われていた。
それでも、目尻に一杯涙を溜めた拓に“・・・ごめんね・・・”と呟かれた者たちの気持ちを考えると、自分がそうならなくて良かったと本当に思ったものだ。
あれから、一年・・・時間はあっと言う間に過ぎて・・・早かったような充実したような・・・。
それでも、拓は出会った頃と少しも変わらなくて。
小さくて、可愛くて、真っ直ぐで・・・純粋で。
日に日に愛しさが募っていくだけで・・・。
きっと、この気持ちは一生変わらないだろう。
肉親から愛情を貰わなかった分・・・憎しみではなく、こんな風に他人を愛せるのだという事を教えてくれた拓が・・・緋咲には何よりも大切な―――『唯一』なのだ。
傷つける事でしか他人との関わりを持てなかった緋咲が与えた傷を、“忘れない”と告げた拓。
“忘れないけど、恨まない”と応えた初めての相手だったから・・・。
だから、一生守り続けていく。
もう、他の誰にも拓を傷つかせないように。
「・・・カオル？」
「―――起きたのか？」
後ろからフワリと抱きつかれて、緋咲は記憶の淵から戻ってきた。
「うん・・・。」
小さく頷く拓を、ソッと引き寄せて、キスをする。
「何、考えてたの？」
唇が離れた途端に零れた疑問に、緋咲は小さく微笑う。
「・・・昔の事だ。」
「ふうん・・・。」
呟くように告げる緋咲に、拓は納得したように頷いた。
「あーあ・・・折角の料理だったのに・・・もうすっかり冷めちゃった・・・」
「温め直せば、十分だ。それに、御馳走は先に喰ったからな・・・。」
「・・・・・ばか・・・」
テーブルの上の料理を見た拓に、緋咲は意味深な笑みを浮かべる。
その言葉の裏の意味を理解した拓は、途端に真っ赤になった。
レンジのスィッチを入れて、温め直した料理を二人で向かい合って食べた後で、冷蔵庫に冷やしてあったワインを取り出した。
ワインとワイングラスを持ったまま、場所を移動して、ソファーに二人して座る。
「一年目の結婚記念日に、乾杯」
「・・・乾杯♪」
グラスに注がれたワインをカチャリと合わせてから、傾ける。
アルコールに弱い拓は、少しづつ嘗めるようにして飲んでいた。
「―――もう、一年なんだね・・・なんか、あっと言う間だったみたい・・・」
「色々あったからな・・・」
「うん・・・でも・・・これからも、宜しく・・・」
ほんのりと頬を色づけて、ソッと告げる拓に、緋咲は目を細める。
言わずもがな・・・それはどっちが言うべき台詞なのだろうか・・・と想いながら。
言葉にするよりも先に、身体が動く。
拓が持て余しているグラスを取り上げて、グイッと中身を口に含み、そのまま口移しで緋咲は拓に飲ませた。
「・・・んっ・・・」
コクッと拓の喉が上下して、飲み切れなかった赤い液体が、口元からこぼれ落ちていく。
「・・カオ・・・？」
ケホッと咳き込んだ拓を、緋咲は腕に包み込んだ。
「愛してる・・・」
大切に大切に、両腕に包み込んだ愛しい『存在』に、言い聞かせるように、言葉を告げる。
「お前は誰にも・・・渡さない。」
真剣な“想い”の込められた台詞に、拓はキュッと緋咲の服を掴んで・・・。
「・・・うん。ここに、いるから・・・」
仰ぎ見るような、真っ直ぐな眼差しが緋咲を見つめた。
誘われるように、緋咲はその唇を啄んでいく。
そこから先は、言葉はいらない。
更に深い感情を・・・真実を告げる手段があるから・・・。
言葉よりも正直な、肌の触れ合いが・・・互いの情熱を相手に伝えていく・・・。
愛情というには、強烈過ぎて・・・渇望というには、物足りない“情交”。
それでも、それが不器用な者達にとっては、一番理解りやすい行為だった・・・。
―――肉体の繋がりだけが総てではないけれど・・・触れ合う温もりが安らぎを与えてくれるのも事実だった。
今度こそ、完全に意識を失った拓を、緋咲はゆっくりと抱え上げて寝室へと戻る。
涙の跡が残る頬に唇を寄せて・・・涙の跡を辿って、薄く開いた唇に重ねる。
そうして、拓を抱き締めたまま緋咲はベットに横になった。
「・・・愛してる・・・拓・・・愛してる・・・」
抑えきれない感情を、意識のない拓に何度も囁いて・・・腕の中の存在を確かめながら、緋咲も拓と同じ微睡みの中に浸っていく。
次に目が覚めた時に・・・これが夢でない事を祈りながら・・・そっと瞳を閉じていく。
胸が苦しくて、泣きたくなるぐらいの幸せを感じながら・・・こうして緋咲の眠りは訪れるのだ。
―――昔のように悪夢を見る事はない・・・。
こうして拓が側にいる限り・・・永遠に。
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