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モノクローム・トラブル
覚えているのは温もり・・・。
ずっと昔に無くしてしまった筈の・・・どんなに望んでも二度と手にはいらないだろうと思っていたもの・・・。
振動で、意識を戻した時・・・それは酷く衝動的な感傷をもたらした。
夢・・・？にしては―――。
小さな肩が・・・腕の中に包み込めるような背中が・・・与えてくれる温もり。
信じられない程の安堵感に・・・また意識を飛ばしていた。
ずっと長い事、望んでいた。
―――探していた。
それはあの“音色”を聞いた時からだったのだろうか？
何もかもが目障りで、虚像ばかりの世界の中で・・・初めて、本物だと思ったあの“音色”。
ケンカに明け暮れて、ボロボロになった身体で・・・不意に辿り着いたその店の中で−見つけたそれ。
全ての怒り・・・悲しみ・・・絶望が・・・交わり合って―――そして“宇宙”を祈っていた。
それまでの、どんな快楽よりも―――最上級の『悦楽』。
聞けたのはたった一度だけだった。
次の日には、その男は横須賀から姿を消していたから・・・。
知ってしまった『本物』を探して・・・『虚像』から抜け出したくて・・・。
いつしか、更に抜け出せない“虚無”にハマりこんでいた。
全ての感覚が麻痺するように・・・そのうち感情すら一定ではなくなり。
何を探していたのか・・・何を望んでいたのか・・・それすらも、理解らなくった頃・・・。
―――その温もりに出会った。
横須賀・・・城ケ崎パーキング。
因縁の対決が始まろうとしている。
横須賀で一番と言われている『麓沙亜鵺』と、“黒魔術師”・“愚連坊”の強者共で、結成された『美麗』。 どちらも、その勢力は互角のようだ。
「よぉ・・・てめぇ・・・。」
『麓沙亜鵺』の“頭”の緋咲が、ユラリと前に立っている。
「大珠クン、やっちまおーぜ。」
「オレらが“Ｎｏ．１”だってっ！」
周りで騒ぐ連中を気にした風もなく、大珠はニヤッと唇の端を持ち上げた。
「ンな事ぁ・・・どーだっていいよぉ・・・それより、“緋咲”ィ・・・お前、『拓』のテキかぁ？！」
ヘラッと笑いながら、大珠が前に立って緋咲に問いかける。
「・・・テメーに、カンケーねぇだろ。」
ギロッと睨み付けるように告げると、緋咲は銜えていた“ＪＯＫＥＲ”を握りつぶした。
「今んトコはな。けど・・・」
フッと表情を変えると同時に、大珠は緋咲に殴りかかる。
「ノイズだらけの中に、初めて映った奴だからなっ！！」
攻撃を緋咲が避けた途端に、今度は蹴りを繰り出す。
「チィッ！」
最初の拳は避けられたが、続けざまの蹴りは避け切れなかった。
ザッと音がして、緋咲の頬に赤い筋が流れる。
「・・・ハッ・・・どいつもこいつも・・・」
流れる血を指で拭ってペロリと舌で嘗めると、緋咲が反撃に出る。
繰り出したパンチを、大珠は何の抵抗もないままに受け止め、吹っ飛んだ。
「―――なにィ？！バカか・・・こいつ・・・」
驚愕が、緋咲を覆う。
いくら何でも、無抵抗で殴られる奴など初めてだったのだ。
「・・・へぇ、結構キツイねぇ・・。」
だが、一発で沈むと言われている緋咲のパンチを無抵抗で受け止めて尚、大珠はゆらりと立ち上がったのだ。
「そうこなきゃ・・よ・・・ッ！！」
凄まじいまでの殴り合いが始まる。
それぞれの“頭”同士の・・・死闘。
その余りの激しさに、周りの奴等の方が寒けを覚える程だった。
「大珠クン・・・」
元“黒魔術師”の幹部であり、現在は『美麗』の親衛隊長である大野が、大珠の変化に不可思議な表情を浮かべる。
『美麗』のデビューパレードで、横浜に行ったあの夜から、確かに何かの変化があったようなのだが・・・。
それが、完全に違うと感じたのは、今朝だ。
久しぶりに横須賀に戻ってきた、大珠が、大野に向かって、もうクスリには手を出さないと・・・そう告げた。
クスリ以上にトリップできるものを見つけたから・・・と。
「“一色”ィーーーッ！！」
「“緋咲”ッッ！？」
互いのフィニッシュブローが、カウンターで入る。
「ゲフッ・・・」
先に喀血したのは、大珠だった。
「大珠クンッ！」
「・・・緋咲さんっ！！」
誰もが、緋咲の勝ちだと思った・・・。
だが、その緋咲もまた膝をついてしまう。
「・・・クソがぁ・・・ 」
怒りを露わにしたまま、何とか立ち上がろうとする。
「デェジョウブかよ、大珠クンっ！！」
肩をかして起こそうとする、大野の腕を拒んで、大珠はフラつきながら立ち上がると・・・自分の単車に戻った。
「ヘ・・へへ・・・あんたも・・・大魔王みてぇーだな・・・」
緋咲に向かってそう告げると、そのままスロットルを全開にした。
「・・・タカちゃん・・・わりぃ・・・今夜ぁ・・・帰るわ・・・」
「―――大珠くんっ！？」
「一色ィ・・・テメー、逃げんのかよっ！！」
『麓沙亜鵺』の相賀が、ブチ切れたままつっ込んでくる。
「・・・ヤメロッ！！」
それを止めたのは、他ならぬ緋咲だった。
「一色ィ・・・まだ、ケリぁついちゃいねーゾ・・・ドコ行く気だ？！」
凄んでいう緋咲に、大珠はまたニヤリと笑みを浮かべる。
「―――横浜。」
答えと同時に、大珠の単車であるＲＤ４００が飛び出した。
「・・・テメェッ！！」
『麓沙亜鵺』のメンバーが慌てて、道を塞ごうとしたのだが、それは全て徒労に終わってしまった。
あれだけの傷を負っていながら、大珠が、通り抜ける瞬間に邪魔になる奴等全てを、叩き潰したのだ。
カマイタチのような素早さで、大珠のバイクは１６号線を横浜に向かった。
風が、髪を靡かせる。
まだ幾分冷たい風が、腫れて熱を持ちはじめた傷に心地良かった。
ここ暫く、あのノイズだらけの視界にならないのが不思議だった。
あの温もりを知った後から、大珠の感覚が戻ってきたのかもしれない。
最初の三日間は、地獄のような苦しみだったが・・・。
自分の身体が、ドラッグによってボロボロに喰い尽くされている事を、知っていた。
既に、どんな手を尽くしても・・・。
死ぬ事など、少しも怖くなかった。
―――“虚無”の方が、ずっと恐ろしかった。
幼い頃に夢見ていた事が、この手からどんどん零れていく・・・砂のような『存在』だと、理解らされてしまった時から・・・。
総てを、破滅へと追いやってしまいたくて。
独りでも、構わなかった。
誰にも束縛されない。
誰にも捕らわれない。
なのに、心のどこかでは、ずっと“救い”を求めていたと言うのだろうか？
理解らない・・・。
それすらも・・・もう・・・。
大珠に温もりを与えた相手は、初めて出会った夜に、喧嘩をした相手だった。
中途半端で、緋咲に奪われてしまった闘う相手が・・・傷ついた大珠を、助けたのだ。
大珠にとってそれは、生まれて初めての事でもあった。
それが、大珠の心を捕らえた。
ドラッグに蝕まれた身体を・・・この刺青を見ても、態度を変えなかった相手。
ボロボロだった大珠を庇って、自分が傷つく事を厭わなかった『拓』。
そうかと言って、拓が大珠に何かを要求する事はなかった。
だから、逆に大珠の方が、拓の為に何かをしてやりたくて・・・。
「・・・拓・・・。」
シーサイドラインを走りながら・・・大珠は口元に笑みを浮かべていた。
そうして、大珠がお目当ての人物を見つけた時は、既に太陽も登り切った後だった。
町並みに騒がしさが溢れている中を、大珠がフラフラと歩いていくと、目の前からバイクで拓が走ってきたのだ。
「た・・・大珠くんっ？！どうしたの？！」
「・・・拓・・・？」
バイクから降りてきて、大珠に近づいてくる。
不思議な程、その態度には大珠に対する警戒とか、注意は含まれない。
まるで、普通の友達に駆け寄るような動作で近づく拓に、大珠は笑みを零した。
「・・・ひ・・・酷い怪我・・・・大丈夫・・・！？」
そーっと問いかける拓に、ゆっくりと頷いてから、それでも大珠はガクッと膝をついた。
全く持って、迫真の演技である。
「ホネが痛ぇ・・・」
「たっ・・・大珠くん！？お医者さん呼ぼう・・・！？」
両手で身体をきつく抱き締める大珠に、驚いた拓がそう告げると、その腕を掴んで大珠は嫌そうに首を横に振った。
「・・・必要・・・ねぇ・・・」
「でもっ！！」
「暫く・・・あそこの公園で・・・休めれば・・・・」
苦しそうに告げる大珠に、拓も頷いて、あの時と同じように大珠の身体を背負おうとするのを、今度は大珠が制した。
「―――肩・・・だけでいい。」
「えっ・・あ・・・うん・・・・」
流石に、大珠と拓の体格差を考えてかもしれない。
この前は気を失っていたから良いが、余りにも間抜けな姿になってしまうのだ。
「・・・ふぅ・・・。」
公園についた途端に、大珠は拓の肩から滑り落ちるように芝の上に横になった。
「ちょっと待ってて・・・！」
その間に、拓は走って行ってしまう。
「・・・拓？」
呼びかけるが、返事がないので、仕方なく大珠はゆっくりと瞳を閉じた。
「あれ？！寝ちゃった・・・？」
戻ってきた拓が、大珠の側に座り込むと・・・途端に冷たいものが、腫れた頬に付けられる。
その感触から、ハンカチか何かを水で濡らしてきたのだという事が、理解って・・・思わず何とも言えない感情が胸に沸き上がってくる。
泣きだしてしまうそうな自分に、気付いて大珠は可笑しくなった。
「オモシレー奴だな・・・おまえ・・・」
自嘲気味に呟くと、大珠はムクリと起き上がった。
「―――大珠くん？」
目の前にキョトンとした顔の拓が座っていた。
「・・・ナンで、緋咲と敵対してるんだ・・？！」
それが、一番の疑問。
あの夜、緋咲の言葉に対して、拓はやらなきゃならない理由がある・・・とそう告げた。
その理由が、何なのか大珠には理解らなかったけれども、それが、大珠がずっと追い続けていたあの“音色”を持つ『龍神』と関係があるというのも心に引っ掛かり続けていたのだ。
「そっ・・・それは・・・だから・・・」
途端に、困ったようにしどろもどろになる拓に、大珠は何かが身体の奥底から沸き上がってくるのを感じた。
言いようのない・・・『感情』。
「あっ、ボク・・・ハンカチまた冷たくして・・・」
「―――拓っ！」
立ち上がろうとした拓の腕を大珠が掴む。
「あっ・・・」
戸惑ったような拓を、そのまま大珠は捕らえようとした。
「あーーーーーっっ！てっめぇーーーっっ！」
もう少しで、拓の身体を引き寄せられる瞬間に、けたたましい真里の怒鳴り声が、響いた。
「・・・チッ。」
「マー坊くん・・・？！」
厄介な奴がきた・・・とばかりに大珠は舌打ちする。
拓は拓で、目を白黒して、突然の事態を把握しきれないようである。
「まぁた・・・こっちまできやがってぇ・・・横須賀の奴は横須賀の奴等同士で、アソんでろよなっ！！拓ちゃんに近づくんじゃねーヨッ！！」
ブチブチと切れまくった真里が、単車から降りて近づいてくる。
このままだと厄介な事になるのは、目に見えている大珠は、今日の所は引き下がる事に決めた。
「またなぁ・・・拓ぅ・・・。」
ニコッと笑うと、大珠が立ち上がる。
さっきまでの死にそうな姿は何処へやら、軽やかな動きに、拓の瞳が更に丸くなった。
「・・・た・・・大珠・・・くん(-_-;)」
「このハンカチ、カリとくぜ♪」
ヒラヒラと手を振りながら、真里が来る前に、ヒラリと柵を越えてしまった。
「待てよ、てめぇ・・・一色ィ・・・ 」
真里が、怒髪天を突くの勢いで走りだすが、既に大珠は単車に跨がった状態で、エンジンをかけていた。
「今度はジャマが入らねー、トコで会おうぜ、拓！」
ニッコリと告げると、そのまま大珠は走り去ってしまった。
「バカヤロー、テメェッ！！今度、面見せたら、ひき肉にしちまうからなっ！！ 」
「ハ・・・ハハハ・・・・」
咆哮のように叫ぶ真里の横で、拓は、またしても厄介な人物に好かれてしまった事に、ただ乾いた笑いを発する事しかできなかった。
＜楽しくて仕方ねぇなぁ・・・＞
唇の端を持ち上げて、微笑を浮かべながら、大珠は街道を走っていく。
握り締めたハンカチが、風に吹かれる。
必死で、大珠を支える小さな身体から、与えられる温もり。
その感覚が蘇って・・・笑みが深くなる。
感情が、どんどん凝縮されていく。
最終的に行き着く所は―――渇望だ。
・・・欲しくなる。
真っ直ぐに、見つめてくる瞳が、初めて大珠の視界の中にクリアに映った時から・・・。
―――『想い』は、始まったのだ。
どうやら一目惚れというやつに掴まってしまったらしい。
だが、拓の周りにいる連中の事を考えると・・・それもスリリングで面白いかもしれない。
そう考えて、大珠はまた自嘲めいた笑みを口元に浮かべるのだった。
終わり。 ／ 戻る |